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56.レーナとお買い物



 ってなわけでショッピング当日。俺は電車に乗って待ち合わせの場所に向かっている。


 いやー、あのあと本当に大変だったよ。

 なにせあのレーナちゃんがショッピングのお誘いをわざわざしに来たわけだからね。クラス中どころか全校生徒にあっという間に知られちまったんだ。

 おかげで行く先々でヒソヒソ噂されてるし、一二三ひふみトリオには尊敬の眼差しで見られるし、レノンちゃんには「うわっ、現役アイドルまでたらしたにゃん」とか言われるし、羽子ちゃんはなぜかヤキモチ妬いちゃうし……。


 でもまぁ俺としても、レーナちゃんという正真正銘現役アイドルとショッピング出来るってのは嬉しかった。だから今日という日を楽しみにしてたんだ。




 集合場所である個室のあるカフェに着くと、既に男の娘と化したいおりんが待っていた。

 ……え、なぜいおりんがいるかって? もとはレーナちゃんからの提案だったんだけど、正直俺としても大歓迎だったので受け入れたんだ。なにせレーナちゃん、性格がアレだからさ。いおりんでもいてくれないと会話が持たないと思ったんだよねー。


「やっほーアカルちゃん。そしたらメイクしよっか」

「メイク? なんで?」

「なんでって、これから撮影があるからだよ」

「そっかー、撮影かー。……って、撮影っ⁉︎」


 いやいや、なにそれ聞いてないんですけどっ⁉︎


「だってそう言ったらアカルちゃん断りそうじゃない」


 そう言うといおりんはいたずらがバレたときの女の子みたいな顔でペロッと舌を出したんだ。




 ◇◇◇




 今回の取材はファッション雑誌の特集で「アイドルのプライベートに密着!」という内容だった。だから俺に友達役として出て欲しい、顔は真正面から掲載されないようにしてもらうから、といおりんから説明された。

 ついでに「レーナちゃんにはボク以外の友達があんまりいなくてさ、助けてあげて欲しいんだよね」ってお願いされたら断れないよね。いおりんには普段からお世話になってるし。


「いやー、まさかあなたがレーナのお友達とは思わなかったよ!」

 と言って名刺を差し出してきたのは、レーナちゃんのマネージャーである黒木さん。俺、この人に会ったことあったかな?


「あれれ? 覚えてない? 新○で君のことスカウトしたんだけどなぁ」


 あぁ、もしかして前にオフ会のときにナンパしてきた人かな? あんまり覚えてないんだけどなぁ。


「まあいいや、もし芸能界に興味が出てきたら僕かレーナに言ってくれよ? 悪いようにはしないからさ!」

「は、はぁ」

「ところでそっちの子も可愛いねぇ! 君もレーナの友達?」

「あれ? ボクのことレーナちゃんから聞いてないのかな?」

「黒木さん、彼が例の……」

「えっ? ええっ⁉︎」


 レーナちゃんに説明され、狼狽える黒木マネージャーがなんとも可笑しかった。だよねー、いおりんが女装してたら絶対女の子に見えるよねぇ。


 そのあとも黒木マネージャーは何度もいおりんを見ては「えっ?」と言っていた。挙句に「もしかしてあれはあれでありなのか……」などとつぶやき始める始末。もしかしてこいつ、男でも女でも構わないのか? 恐ろしいヤツをマネージャーにしてるなぁ、レーナちゃんも。


「日野宮さん、今日は来てくれてありがとう」

 少しツンとした表情でそう挨拶してくるレーナちゃん。世間で言われている通り、実に塩対応だ。もう少し愛想よくしてくれてもいいのにさ。


「撮影なら撮影って言って欲しかったな。こっちにも準備ってものがあるからさ」

「だ、だって、断られたら困るじゃない」


 顔を真っ赤にしながら目をそらしてそう言うレーナちゃんに思わず胸がキュンとする。さすが現役アイドル、めっちゃ可愛いやんけ!


「ま、まぁいいけどさ。今度からは先に教えてよね」

「えっ? じゃ、じゃあもしかしてまたあたしとお買い物に行ってくれるの?」

「ん? 別にいいけど……」

「本当⁉︎ それって、あたしとおと、おと、お友達になってくれるってこと?」

「う、うん。まぁ」

「んんーっ!」


 な、なんだ? 突然目を瞑って唇を噛み締めるレーナちゃん。そのままプルプルと首を振り始めた。


「……なにあれ?」

「たぶんレーナちゃん、喜んでるんだよ」


 さすが付き合いの長いいおりんだ、あんな意味不明な行動も理解できるとは。俺にはさっぱりだよ、トイレ我慢してるのかと思ったわ。





 ◇◇◇




 今回の取材は、レーナちゃんがお友達と自然にショッピングなんかをしている姿を撮影することになっていた。カメラマンや編集者の人、さらにはレフ板っいうのかな? キラキラした板を持つ人やらなんやらで総勢五人近くと合流する。


「こんにちわ、チェリッシュの桐谷です。美華月さん、今日はよろしくお願いしますね」

 雑誌の担当者は桐谷さんという女性の方だった。スーツをビシッと着てるけど、柔和で話しやすい感じのする人だ。

 ちなみに雑誌名は『Cherishチェリッシュ』という。一二三トリオなんかがよく読んでいるファッション雑誌だ。すごい有名どころじゃん。


「こんにちわ、桐谷さん。あたしのことは気軽にレーナって呼んでくださいね。あと、こちらがあたしの親友の--ぶふっ、日野宮あかるちゃんです」

「こ、こんにちわ……」


 い、いつのまに親友に昇格したんだ? まぁ雑誌向けのリップサービスだろうけど、相変わらず読めない子だよな。だってさ、無表情で説明しながら「親友」って言った途端噴き出すんだよ? そんなに顔を赤くするくらいなら無理して言わなくて良いのにさー。


「あらー、さすがレーナちゃんの親友ね。びっくりするくらいの美少女だわー。もしかしてどこかの事務所に所属してる?」

「い、いいえ。私は普通の高校生です」

「本当に? こんなに可愛いのに? でもだとしても黒木マネージャーが放っておかないわよね。だってこんなに可愛らしいんですもの」

「は、はぁ」

「もしデビューしたら私にも教えてね、いい記事書くわよ」


 こうしてさんざん褒められたあと、ようやく雑誌の撮影が始まったんだ。




 撮影自体は滞りなく順調に過ごしていった。俺とレーナちゃんはなるべく自然な表情で、あらかじめ取材予約していた店を何軒か回りながら買い物をしていく。

 カメラが入ると、そこはさすが現役アイドル。レーナちゃんはすぐに表情を切り替えて笑顔を振りまいたりしていた。俺もそんな様子に引っ張られるように、適当に笑顔を作りながらなんとか撮影をこなしていったんだ。


 撮影に気づいた一般客たちから、ヒソヒソ声が聞こえてくる。

「ねーねー、あそこでなんかの撮影してるよ?」「あれ『激甘☆フルーティ』のレーナちゃんじゃない? かわいいー!」「一緒にいる子は『激フル』の誰かかな?」「あの子も可愛いよねー」

 おやおや、アカルちゃんまでアイドルと思われてるのかな? くふふ、がんばっていおりんにメイクしてもらった甲斐があったよ。


「……ねぇ日野宮さん。あなたのこと名前で呼んでいいかしら?」

「ん? 構わないよ」

「じゃあアカル、お友達とお買い物するのもなかなか楽しいものね」


 おいおい、いきなり呼び捨てかよ。なんだかしてやられた気分になって、悔しくてこっちも呼び捨てにしてみる。


「そうだね、レーナ。この帽子なんて可愛くない?」

「そ、そうね。アカルあなた、なかなかセンスいいわね」

「そう? ありがとう、レーナ」


 なにこのムキになって名前で呼び合う感じ。ぎこちないったらありゃしない。


「あらー、二人とも良い表情ね! その感じでよろしくー!」


 桐谷さんにそう言われて、ハッとしたレーナは急に顔を赤くして顔を逸らす。そんなに恥ずかしいなら、無理して呼び捨てにしなくても良いのにさ。レーナってば、へんなの。



 買い物したあとは、最後に有名なパンケーキのお店の一角を借り切っての撮影。そのときにはすでに周りに人だかりが出来ていて、パシャパシャと携帯とかで撮ったりしてる。


「アカル、もしかして緊張してるの?」

「う、うん。まぁこういうのには慣れてないからね。レーナは平気?」

「ええ、平気よ。アカルと違ってあたしは物心ついたときから芸能人だったからね」


 この局面になってもお互いムキになってわざとらしく名前で呼び合う。なんとなく照れて言わなくなった方が負けみたいな感じになってて、なかなか止めれないんだよねぇ。

 それにしてもレーナはめげないなぁ。名前で呼ぶたびに顔を真っ赤にしてるのに、それでも頑なに名前呼びを止めようとしない。はやくギブアップしちゃえば良いのに。


「ねぇアカル、今度は取材抜きで買い物に行こうね」

「いいよ、レーナ。だって私たち親友だもんね?」

「ぶふっ⁉︎」


 ついに堪え切れなくなったレーナが噴き出すと、そのまま顔を真っ赤にして突っ伏してしまった。

 よっしゃー、俺の勝ちだ! 思い知ったかこの塩対応めっ!


「はい、撮影終了です! ありがとうございましたー!」


 桐谷さんが終わりの言葉を発しても、レーナは顔を突っ伏したままプルプルして反応しなかったんだ。

 なんだよ、そんなに恥ずかしかったならさっさとギブアップしてれば良かったのにね。


「アカルちゃん、レーナちゃんに何を言ったの?」

「ん? なにもー」

「そうなの? ボクは言い負けたレーナちゃんを生まれて初めて見たよ」


 別に変なことはなにも言ってないもんねー。だがレーナよ、人生初の敗北を噛み締めるが良い。世の中、上には上がいるのだよ。かっかっか。




 ◆◆◆




 その日の夜。

 美華月みかづき 麗奈れいなは自宅である豪邸で一人大きな風呂に身を沈めていた。

 お湯の熱さゆえか、ほんのりと頬を赤く染めている。


「アカル。レーナ。アカル。レーナ……」


 呪文のように繰り返しているのは、アカルと自分の名。まるで噛み締めるように、確認するかのように、何度も名前を声に出している。


「……親友、かぁ」


 最後にそう呟くと、レーナはそのままドボンと一気に湯船に身を沈めたのだった。


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