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48.エヴァンジェリスト



 エヴァンジェリスト? なにそれ? エヴァンゲリ◯ンなら知ってるんだけど……。


 周りが歓声をあげている理由がさっぱりわからないので、今回も隣の羽子ちゃんに聞いてみる。すると羽子ちゃんは「もう、仕方ないなぁ。あかるさんってばわたしがいないとダメなんだから」みたいな表情を浮かべながらも親切丁寧に教えてくれた。

 えへっ、ありがとね羽子ちゃん。



「【摩利亞那伝道師エヴァンジェリスト】とは、十年前に凍結された制度ですね。エヴァンジェリストになったものは、生徒の模範となり、先導者となることを求められます。そのかわりに、悪い生徒への処罰や生徒会決定事項への異議申し立てなど、生徒会に匹敵する権限が一個人に与えられるのです。生徒会と対をなす、生徒たちの味方。それがエヴァンジェリストなんです」


 むむっ、それはすごいな。

 生徒への処罰なんて権限までもが一個人に与えられるのか。まるで一人警察……いやむしろ生徒会が警察や裁判所で、エヴァとやらはそれに唯一対抗できる--大◯越前や水◯黄門みたいなもんか?


「なんか……とてつもない存在だね。でも十年も前に凍結されたのは、やっぱり良くない制度だったからじゃないの?」

「それは違います。凍結されたのは、エヴァンジェリストとなるための条件が厳しすぎたせいで、なる人がなかなか現れなかったからです。まずエヴァンジェリストは女性に限定されます。そして品行方正な生活態度は当然のことながら、投票の際に全生徒の5分の4の推薦を貰えなければエヴァンジェリストにはなれません」


 全生徒の5分の4? なんじゃそりゃ、どだい無理だろう。たしか圧倒的人気だと云われる星乃木姫妃会長だって得票率は70%台だったはずだ。

 なるほど、だからずっとその……エヴァンゲリヲナ◯ストだっけ? そいつが現れなかったわけね。


「エヴァンジェリストですよ、あかるさん。そのとおりです。あまりに条件が厳しすぎるせいで、ずっとエヴァンジェリストが選ばれない時期が続いたので、十年前に制度自体を凍結したみたいですね。去年の星乃木会長はすごく人気があって、もしかしたらエヴァンジェリストにって話もあったらしいんですけど、生徒会規則で生徒会長との兼任は出来ないこととなっていたので諦めたみたいです」


 確かに、この制度は権力を生徒会だけに集中させないためのものだろうから、生徒会長と兼任できないのは当然だろうな。


 ……で、まぁエヴァンジェリストについては羽子ちゃんの説明でわかった。でも分からないのは、なぜこうもみんなが騒いでるのかってことだ。

 他の生徒たちの反応、まるっきりお祭り騒ぎじゃないか。


「実は……エヴァンジェリストにはもう一つの側面があります。百年近く続くマリアナ高校の歴史において、エヴァンジェリストはたった三人しか生まれていませんが、その全員が″超一流の有名人″になっているのです。最後のエヴァンジェリストは、20年ちかく前の『星原ほしはら 聖泉いずみ』です」

「えっ⁉︎ 星原ほしはら 聖泉いずみって、ドラマで主演女優として出まくってた、あの?」


 その名は芸能界に疎い俺でも聞いたことがある。今では勢いは落ちたものの、一時期飛ぶ鳥を落とす勢いだった有名女優だ。

 星原ほしはら 聖泉いずみは俺も好きな女優の一人で、最近も大人の恋愛ドラマでサブヒロインをやっていたと思う。今でも人気の落ちない超一流の女優さんだ。


「それはなかなかすごい人だね。そんな人がこの学校のOBだったんだね」

「そうなんです。名前は忘れてしまいましたが、前の二人も有名な女優さんかなにかだったと聞いています。だからエヴァンジェリストとは……マリアナ高校の生徒たちが〝未来の大女優〝を生み出す独自のシステムでもあるんです。自分たちの代でエヴァンジェリストを出すことが、マリアナの生徒たちの夢であり誇りでもあるんですよ」


 ふーむ、なるほどね。それはよく分かった。

 でもさ、そんなエヴァンジェリストに該当する人物なんているのかな? あ、レーナちゃんか。


「おそらく違います。美華月みかづきさんは既にメジャーデビューしているから、これからのスターを生み出すエヴァンジェリストの趣旨にはそぐいませんし」

「じゃあ……レノンちゃんとか?」

「星乃木さんでは、残念ですが得票率のクリアーが難しいんじゃないですかね? それに、会長選に出てますし……」

「それじゃあ他に誰がいるの?」


 他に候補が思い浮かばなかったので素直に尋ねてみると、羽子ちゃんは目をまん丸にして俺のことを見つめてきた。ど、どうしてそんなに驚いた顔をするわけ⁇


「……あかるさん、本当に分からないんですか?」

「ん? いや、分からないんだけど……」

「あなたですよ」

「…………へっ?」

「だから、みんなあなたこそがマリアナ高校の歴史上四人目のエヴァンジェリストとなるべきだと思ってるんですよ」



 ……

 …………

 ………………は?

 はぁぁあぁぁぁあぁぁあっ⁉︎


 なにそれ、どういうこと⁉︎

 お、俺がエヴァンジェリスト候補だって⁉︎ そんなん知らないんだけど! だいたいなんでアカルちゃんなわけ⁉︎


 そう言われて見てみると、周りの視線がこちらに注目している気がする。いやいや、そんなん想定外だしっ!


「は、羽子ちゃん。じょ、冗談……だよね?」

「冗談でこんなこと言いませんよ。というより、あかるさんは自分のことについて認識が無さ過ぎです」


 あーあ、怒られちゃったよ。そういや最近別な人にもこんな感じで怒られたな。俺は至極平凡に暮らして、いずれは元に戻りたいだけなんだけどな……。


「あーあ、わたしだけのあかるさんが、ついにみんなのあかるさんになってしまうんですね。でもそれはそれでステキです……」


 そんな羽子ちゃんの呟きも、動揺を隠しきれないでいる今の俺の耳にはまともに入ってこなかったんだ。



 ◇◇◇



 会場のざわめきも落ち着かない中、いつのまにかガッくんの演説は終わっていた。


 そのまま両候補への質問タイムとなるようで、バックステージに下がっていたレノンちゃんが取り巻きを引き連れて再登場する。

 でも彼女はまるで親の仇でも見るような目で、ガッくんのことを睨みつけていた。横にいるエリスくんも顔色が悪いし、ジュリちゃんなんか泣きそうな顔をしてる。

 たぶんガッくんが出した公約が予想外のものだったんだろうな。



 そして司会者役としてマイクを持って登場したのは、新聞部部長の我仁がにさんだ。

 あれれ、片方の派閥の人が司会役でいいわけ? あいかわらずぽっちゃりしてて憎めない笑顔を浮かべるその顔は……レノン派の他のメンバーとも異なり、なんだか楽しそうだった。


「さぁ、それでは質問タイムをはっじめますよぉ! アチキは司会役を務めさせていただく新聞部部長のガニちゃんでーっす! 今回は公平な司会役としてお役目を務めさせてもらいますねっ! でわでわ、さっそくですが質問タイムをスタートします! 候補者たちに聞きたいことがある人は手を挙げてくださーい!」

「「「はーーーいっ!」」」


 とたんに全生徒の半分くらいが合唱するように手を挙げる。

 な、なんじゃこの光景は⁉︎ ふつうさ、こういうのって大抵仕込みがいるもんじゃない?

 でも現実は異なっていて、予想外にたくさんの生徒たちが挙手をしまくってた。普段の授業でもこんな光景見たことないぞ?


「はい! じゃあ、そこの元気の良い女の子!」

「天王寺さんに質問でーっす! もしあなたが会長になったら、誰をエヴァに推挙しますか?」

「「「きゃっーーーっ‼︎‼︎」」」



 その質問がされた瞬間、講堂の中に爆発的な嬌声が響き渡った。なんだなんだ? なんでその質問で大騒ぎする⁉︎

 周りの女子たちを確認すると、なぜか真っ赤な顔をしてこっちのほうをちらちら見ている。その中には一丸さん、二岡さん、三谷さんの一二三ひふみトリオの姿もある。ちょっとちょっと、これどういうこと?


「はい、質問ありがとやっす! ではさっそくアチキが天王寺くんに聞いてみますね。……えーっと、天王寺くん、あなたは誰をエヴァに推挙しますか?」

「もし僕が会長に当選したあかついにエヴァンジェリストに推挙するのは……【日野宮あかる】です」


 はいっ⁉︎ なんですと⁉︎

 まさかまさかのガッくんのアカル押しに、全生徒が悲鳴に近い歓声を上げた。

 袖口を誰かに掴まれたので横を見ると、それは羽子ちゃんだった。なぜか彼女までもが顔を真っ赤にして俺のことを見ているし。


 完全に置いてけぼりの俺を無視して、さらに質問タイムは続いてゆく。質も内容はやはりエヴァンジェリストについてのものだった。


「あい、そこのおねーちゃんどうぞ!」

「天王寺くんの支援者である汐くん、火村くん、冥林くんに質問でーす! みなさんは誰をエヴァに推挙しますかぁ?」


 その問いを受け、我仁さんからマイクを渡されたキングダムカルテットのメンバーが一人ひとり答えていく。


「もちろん、アカルちゃんです」とにこやかに答えたのはいおりん。

「日野宮あかるを推挙します」と表情を変えずに答えたのはシュウ。

「そりゃもちろん、日野宮あかるだなっ!」と金髪をかきあげながら叫んだのはミカエル。


 彼らの回答を聞いて、生徒たちはたちまち狂ったように歓声を上げたんだ。



「うっそー、信じられないっ!」「ぎゃーっ! キングダムカルテットで一人の女の子を取り合いよっ!」「ヒロインよ、ニューヒロインの誕生だわっ!」「いやーん、興奮してきたーっ!」


 そんな女の子たちの声を聞きながら、俺は呆然と椅子にへたり込んでいた。


 ……なんなの、これ? マジで意味わかんないんだけど?

 たまらなくなって隣にいる羽子ちゃんに声をかける。


「ねぇねぇ羽子ちゃん。これってどういうこと?」

「どうやらあかるさんは、この学校の新しいヒロインとして認定されたみたいですね」

「…………は?」


 な、何を言ってるんだ羽子ちゃんは。


「さっきも言った通り、エヴァンジェリストとは単なる生徒会長のカウンターパートではなく、『未来のスターを学生たちで作り出す』仕組みシステムなんです」

「あ、あぁ、それはわかるんだけど……」

「スターを売り出すためには核となるエピソードが不可欠です。つまりこの学校のヒロインとなり、伝説を残す必要があります。エピソードは面白くて話題性が高ければ高いほどそのヒロイン度は上がるのです」


 い、嫌な予感がしてきた。思わず手が震え始める。


「もともとあかるさんは目立つ存在でした。突然可愛くなったことから始まり、わたしみたいな子を助け、海堂さんと立ち会って仲良くなり、キングダムカルテットの一人、火村ひむらくんをハイキック一発でKOした」

「う、うん……」

「そこに今回の件です。あかるさんは、キングダムカルテットというこの学校を代表する存在イケメン四人から推挙を受けることになりました。これは信じられない快挙なのです」

「こ、これって快挙なの?」

「ええ、だってこれまで四人から同時に好意を寄せられた女生徒は、これまで一人もいないのですよ? なのに今回、こんなにも堂々と四人から推挙されました。しかもハイキックでKOされた火村くんまでも。これは本当に、とてつもなく凄いことなんです。……エヴァンジェリストとしての伝説に相応しいほどに」


 お、おえっ。なんか吐き気がしてきたぞ。もうこれ以上聞きたくないんだけど……。


「そしていまこの瞬間、マリアナ高校の生徒たちの心は一つになりました。日野宮あかるという、新しい伝説を作るために。みんなが一致団結し、一丸となって、自分たちの伝説……二十年ぶりのエヴァンジェリストを作ろうという想いになったのです」

「な、なんじゃそりゃーーーーっ⁉︎ 」


 耐えきれなくなった俺は、気がついたら絶叫していた。

 どうなってんのよこれ、いつのまにアカルちゃん主役ヒロインの話になってるわけっ⁉︎



 ◇◇◇



「そんなのダメッ! 反対、はんたーーいっ‼︎」


 思わず口に出てしまう。でも羽子ちゃんは悲しげな瞳で俺を見返してきた。なにその、言い訳がましい可哀想な子を見るような目はっ!


「じゃ、じゃあさ、私もうレノンちゃんに票を入れるよっ! これでどう⁇ 私、影響力持ってるんだよね? だったらレノンちゃんが勝つから、もうエヴァなんて変な制度の復活は無しだよね⁇」

「……もう手遅れですよ、あかるさん。このビッグウェーブはもはや誰にも止められないでしょう」

「アカーーーン‼︎」



 このときになってようやく俺は悟ったのだった。


 天王寺額賀に……ハメられたんだっていうことに。




「ゴラッ‼︎ 天王寺額賀‼︎ きさまっ、計ったなっ‼︎」


 心の底から怒りがこみ上げてくる。あのクソメガネ、自分が選挙に勝つために、俺をダシにしやがったんだ!


 思わず立ち上がると、まわりがワッと湧いた。あ、あかん。もうどんな行動を起こしても周りが反応するわ。


「おーっと、渦中の日野宮あかるさんが立ち上がったぞぉ! せっかくなので壇上まで上がってきてもらいましょう‼︎」


 なん……だと⁉︎

 我仁がにさんの突然のムチャぶりに、周りもワイワイと騒ぎ出す。周りを取り囲まれ、さらにはこっちに来た我仁がにさんにも腕を引かれて、気がつくと俺は無理やり壇上に上がらされてしまっていた。

 ドナドナされる俺を、羽子ちゃんがにこやかに手を振りながら送り出してくれたんだ。いやいや、そこは助けてよ。



「さー、みなさん。日野宮あかるさんの登場です‼︎」


 我仁がにさんの紹介に、講堂は一気に湧いた。

 その光景は、一言で言うと圧巻。一二年生だけとはいえ、かなりの数の生徒の前に立つのはさすがに緊張する。

 こりゃすごいな、場の雰囲気に飲まれてしまいそうだ。


 ……って飲まれたらあかんがな! とりあえず我仁がにさんの向こうにいたガッくんを睨み付けると、焦点の合わない目でこちらを見返している。

 ば、バカな……あいつもしや、正気を失ってる⁉︎



「ま、待って!」


 そのとき、完全に忘れられた存在となっていた壇上の恵里巣えりすくんが、我仁がにさんからマイクを奪い取って大声を上げた。なんだなんだとざわつく会場。


「み、みなさん! ここは生徒会長選の場であって、エヴァンジェリストを選ぶ場ではありません!」


 そうそう、その通りだーっ! エリスくんの言うことは実に正しいぞーっ!

 俺は思わず心の中で拍手喝采をするも、残念ながら会場からはエリスくんへの容赦ないブーイングが飛んでいる。な、なんて無秩序なヤツらだ。まさに世紀末!

 それでもエリスくんは負けじと歯を食いしばって言葉を続ける。がんばれー、エリスくん。俺はそんな君を心から応援してるぞー!


「こ、ここでぼくの方からとっておきの情報を披露したいと思います! この話を聞けば、みなさんはぜったいレノンさんこそが生徒会長にふさわしいと思うはずです!」

「ほっほー、それはなんでしょぉーか⁉︎」


 司会役の我仁がにさんに問いかけられ、エリスくんは生徒たちにアピールするように声を上げた。


「なんとレノンさんは、自身のネット活動を通じてクラスメイトの不登校児の救済に成功しているのです! レノンさんの説得に応じて、今日から一人の生徒が登校を再開しました! なんと素晴らしいことでしょうか!」


 エリスくんの演説に、会場にいた生徒たちがざわつき始める。言われた当の本人レノンは、でっかい胸を前に突き出して誇らしげな表情を浮かべていた。

 へー、不登校児が登校を再開ねぇ。つい最近そんな感じの話を身近で聞いたことがあるような……。


「その子が、ぜひレノンさんの応援をしたいとこの場に駆けつけてくれてます! では登場してください、どうぞ!」


 そして、エリスくんの発言に促されて壇上に新たに登場したのは……。


 やっぱりというか、案の定。

 マリアナ高校の制服に身を包んだ--【みかりん】だったんだ。



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