47.ジャイアント・インパクト
いよいよやってきた選挙期間開始当日。
俺はあくびを噛み殺しながら学校へと続く坂を、海堂 布衣ちゃんと一緒に歩いていた。実は、昨晩ちょっと久しぶりにネトゲをやりすぎたのでかなーり寝不足だったのだ。
それもこれも、昨日みかりんから連絡があって、リアルで勇気を振り絞って行動するとの宣言を受けたせいだ。というのもみかりん、実は不登校児だったのだという。
「……でもあたし、明日からがんばって学校に行きますね。親切なクラスメイトがいて、あたしを再登校するようにさそったくれたんです。だから、そんなあたしのこと応援してね! そのかわりネットにはなかなか来れなくなるかもしれないんだけど……仕方ないよね」
そう語るみかりんを、俺はあめみぃさんや侘助、村長らとめいいっぱい励ましながらログオフするまで見守ったんだ。まぁなんにせよ、リアルで頑張ろうとしてるのは良いことだと思うしね。
ってなわけで朝からボーッとしてたんだけど、そんな状態の俺でさえ今日の雰囲気のおかしさには気づいていた。朝からなんとなく浮ついたような空気が漂い、学校に向かう道ですらいつもと違う場所のように感じられる。道行く生徒たちの話題も、今日から始まる会長選の話ばかりだ。
「なんかえらく盛り上がってるね?」
「そうね。今年の選挙の盛り上がり方は、なんとなく至高の一輪華コンテストのときに近い気がするわ」
海堂 布衣ちゃんとそんなことを話しながら校門をくぐると、そこでは新聞部らしき生徒たちが「号外! ごうがーい!」と言いながら何かを配布していた。その中に見覚えのあるコロコロとした女生徒の姿を発見する。
「おっ、そこな美少女ふたり! 遠慮せずにこいつを持って行きなっ!」
「ありがと、我仁さん」
パチンとウインクで返事を返す新聞部部長の我仁さんから渡されたのは、『マリアナ会報』の号外--″生徒会長選特集″だった。とりあえず内容に目を通してみると、今回の選挙のことが詳しく書かれていた。
生徒会長選挙は、二年生以下の生徒全員の投票により決定することとなっていた。どうやら三年生は受験もあるので選挙対象から除外になるみたいだ。
選挙期間は今日から一週間。初日である今日は、講堂で各候補の選挙演説が行われるらしい。
今回立候補してきた候補は二人。
一人は、今年の二年生の首席であり風紀委員であるキングダムカルテット『メガネ賢者』こと天王寺 額賀。
そしてもう一人が、今をときめくカリスマネットアイドル、現生徒会長の実妹である『れのにゃん』こと星乃木 礼音。
それぞれの候補が打ち出す政策は、真っ向から対立していた。
まずガッくんのほうは、一言でいえばこれまでどおり……伝統と秩序を守りつつ、無理のない範囲で新しい風を受け入れていくような考え方。
対するレノンちゃんのほうは、現状の破壊……″革命″をテーマとしていた。具体的には制服の廃止、髪型や服装の自由化、校歌のオリジナルソングへの変更、などなど。んー、なかなか過激な内容だ。
しっかし校歌の変更とか誰得よ? ラップ調の校歌とか勘弁して欲しいんだけど……。
「ねぇねぇ、アカルちゃんはどっちに票を入れるの? あたしはやっぱり天王寺くんかなぁ」
へー、意外だ。今時の女子高生である布衣ちゃんだったらレノンちゃんのほうに入れるんじゃないかと思ってたんだけどなぁ。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、何も聞かずとも布衣ちゃんが勝手に理由を話してくれた。
「ファッションってのはさ、許されるギリギリの線でやるから楽しいのよねぇ。なんでもオッケーになったら逆につまんないと思わない?」
なるほど、そういう考え方もあるわけね。ヌイちゃんってば意外としっかりというかちゃっかりしてるよなぁ。
「で、アカルちゃんはどっちなの?」
「それがね、言えないんだ。そういう約束になってて……ゴメンね」
「あー、アカルちゃん影響力ありすぎだもんね。仕方ないよね」
あっさりとヌイちゃんに納得されることで、俺は逆に自分の持つ影響力の大きさを、今更ながらに実感させられる。
まいったなぁ、ヌイちゃんにまでそう言われるとは思ってなかったわ。そういう意味ではさっさと不関与を宣言して大正解だったよ。下手に巻き込まれでもしたらたまんないからね。
◇◇◇
昼食のあと、一年と二年の生徒たちは全員講堂に集められ、そこで立候補者たちの演説を聞くことになっていた。授業を潰してまでこんなことをするなんて、ずいぶんと気合の入った本格的な選挙だと思う。
今は壇上で、現・生徒会長の星乃木姫妃が、一生懸命背伸びしながら「君たちの未来のために、ちゃんと投票には参加するのだっ!」などと講演している。がんばれー、ちびっこ。
同じように思うやつは多いみたいで、「かいちょー、がんばー!」とか「姫ー! かわいいー!」みたいな歓声がところどころから聞こえてくる。あの人、案外人気あったんだな。
会長の説明が終わるとらそのあとはいよいよ候補者演説だ。演説の順番はレノンちゃん、ガッくんの順になっていた。
はてさて、どんな演説になることやら。とりあえず羽子ちゃんと隣同士に座って演説を聞くことにする。
ちなみに羽子ちゃんも天王寺派だそうだ。そりゃそうだよね、逆に羽子ちゃんがレノン押しだったらビビるわ。
「ねーねー、羽子ちゃんはレノンちゃんのこと知ってる?」
「ええ、もちろん知ってますよ。……まさかあかるさん、あなた星乃木さんのことも知らなかったりするんですか?」
「えっ⁉︎ い、いやさすがに知ってるよ! カリスマネットアイドルの『れのにゃん』でしょ?」
一瞬疑わしげな視線を向けてきた羽子ちゃんが、すぐに頷いて普通の表情に戻る。ふー、あぶないあぶない。あんまり無知すぎて羽子ちゃんに疑われてもマズいしね。
「星乃木さんっていまどきの人ですよね。わたしだったら怖くてネット動画配信とかできないですもん。……でも、あかるさんだったら大人気になると思うんですけどね」
「ええー、そんなの無理無理!」
「残念、あかるさんの配信する動画だったら保存して毎日見るんですけどね」
そんな感じで雑談をしていると、すぐに候補者たちの演説が始まった。最初はレノンだ。
ジャッジャーーーン!
いきなり講堂が暗転して、大きな音楽が流れ出した。続けてスポットライトが浴びせられて、いつのまにか舞台に壇上していたレノンを一気に照らし出す。
ほっほー、すごい演出だな。さすがはカリスマネットアイドル、演出へのこだわりを感じることができる。
登場したレノンは、トレードマークのパンダメイクにサイドテール、ネコミミカチューシャをしていた。着ている服はうちの高校の制服をカスタマイズしてメイド服みたいにしたもの。
……なんだこいつ、こんな格好で演説とかアホだろ? 俺はそう思ったものの、他の生徒たち……特に一年生たちは、カリスマの登場に拍手喝さいだった。
「マリアナ高校のみんなー! 今回生徒会長に立候補したレノンだにゃん! よろしくにゃん♪」
レノンが可愛らしく挨拶すると、講堂の生徒たちから「レノンちゃん、かわいいー!」「いいぞー、れのにゃん!」「ヒューヒュー!」などと歓声が上がる。
「レノが生徒会長になったあかつきには、このマリアナ高校に革命を起こすにゃん。 名付けて、マリアナ・レボリューションにゃん!」
そして彼女の口からは事前の情報どおり、服装やファッションの自由化について語られる。彼女がなにかを語るたびに、主に一年生たちから合いの手のような歓声が上がっていた。
一通りの説明が終わったところで、レノンはひな壇の横のほうに視線を向けた。
「最後に、レノをサポートしてくれる仲間たちを紹介するにゃん!」
そして登場した人物たちを見て、会場に騒めきが走る。
現れたのは、新聞部の我仁部長や現一年生の生徒会メンバーの四人。その中にはもちろんジュリちゃんやエリスくんもいる。
生徒たちが騒めいている理由は、どうやら恵里巣くんにあるみたいだった。「あのエリスがレノンについたんだ」とか「うわぁ、そういう組み合わせになるのか」など驚きの声が聞こえてくる。えーっと、エリスくんってそんなに有名人だったの?
「ねぇねぇ羽子ちゃん。エリスくんのこと知ってる?」
「もちろん知ってますよ。『解放者』エリスですよね」
な、なんだその呼び名は、俺は知らないぞ? そんな俺の態度に羽子ちゃんは「はぁ……」とため息をつくと、丁寧にその理由を教えてくれた。
「この前……ゴールデンウイーク明けかな? 一年生の間でちょっとした騒ぎがあったんです。とつぜん奇抜なピンク色の髪に染めた生徒がいて、その彼を学校側が停学にするぞって脅しました」
「そりゃあ……そうだろうね」
ピンク色の髪、ってことは停学になりかけたやつってのはあの渋谷くんだな。
「ところが生徒側が反発して、事態は深刻なことになりそうになりました。そのときに先生と生徒の間に立って、学校側の譲歩を引き出させたのが恵里巣 啓介くんなんです」
「ほっほー」
羽子ちゃんの説明によると、その一件で停学寸前の同級生を守っただけでなく、学校側に服装規定の緩和を認めさせたエリスくんは一躍有名になったらしい。挙句、ついたあだ名が『解放者』。今では一年生で一番人気のある生徒になったのだという。
「だから、礼音さんの陣営に恵里巣くんが入ったって時点で、一年生の票はそれなりに獲得できてるんじゃないですかね」
実際、エリスは人気あるみたいだった。レノンちゃんの横で生徒達に手を振るだけで大きな歓声が上がっている。
へー、エリスくんってそんな有名人だったんだな。大人しそうにみえるけど、案外仲間思いの熱いやつだったりすんのかな。
◇◇◇
レノンちゃんの講演が終わったあとは、今度はガッくんが講演する番だった。
ガッくんは、レノンちゃんの時と違って極めて普通に登場した。ただその際には、最初から支援者……すなわちキングダムカルテットの他の三人も一緒に壇上に上がったのだ。
キングダムカルテットの超絶イケメンの四人が一堂に会し、目の前に並ぶ姿は圧巻だった。主に女生徒たちから怒号に近い歓声が上がる。
女子たちの黄色い声援に、『姫王子』いおりんは笑顔で手を振り、『堕天使』ミカエルはウインクと投げキッスを飛ばし、『黒騎士』シュウは力こぶを見せながらアピールする。
そんな彼らを左右に退けさせて、マイクの前に立つのは『メガネ賢者』天王寺 額賀。無表情のままメガネを触るだけで、会場がサーっと静まる。
「マリアナ高校の生徒の皆さん、こんにちは。この度立候補させていただいた天王寺です」
マイク越しに聞こえてくる穏やかな口調は、これまで俺が聞いたことがないくらい優しげだった。なんだよ、いつもこれくらい柔らかく話せばもうちょっと人間味があるやつに思えるんだけどな。
そのあとガッくんが話す政策は、一言で言うと「現状を大事にしながら、無理のない程度に新しいものを取り込んでいく」というものだった。
「この学校には伝統があります。現会長の星乃木 姫妃会長ら諸先輩方が積み上げてきたその歴史を、僕は大事にしたい。その中で今のみなさんが輝きにくい環境があるのだとしたら、そこは少しずつでもいいから変えていきたい。それが……僕の政策です」
俺個人的には夢ばかり語られるよりも現実味のある内容だと思う。レノンちゃんの施策が劇薬だとすると、ガッくんの施策はバファ◯ンみたいなかんじ? レノンちゃんのほうが「ついてこれないヤツは置いていく!」的なものなのに対して、ほんっと冷酷無比みたいな顔からは想像もできないくらい温かみの感じられるものだった。
ただ、悪く言うと面白みが無い。もしかしたら今の若い子たちにはあまりウケない内容かもしれない。……って、俺も若いんだけどさ!
実際、あくびをしてる男子生徒なんかもいたりする。そうだよねー、つまんないよねー。
こんなんだと、面白そうな演説をしたレノンちゃんのほうが勢いだけで勝つなんてこともありうるかもな。
漠然とだけどそんなことを考えていた演説の最後。
……ガッくんは、誰もが予想だにしなかったとんでもない爆弾を放り込んできた。
「それでは最後に……。さきほど皆さんの意見を取り込む考えがあると伝えました。その具体的な方策について述べさせて頂きます」
ガッくんは一呼吸置くと、再びマイクを握り締めた。イケメンだけに許されるような絵になる動きに、生徒たちの視線が集中する。
「僕が生徒会長になったあかつきには、エヴァ……すなわち『摩利亞那伝道師』の制度を十年ぶりに復活させることを、ここに公約として宣言します」
一瞬にして静まり返る講堂。
だが次の瞬間。
……凄まじいまでの歓声、悲鳴、怒号が、生徒たちで埋め尽くされた講堂の中で爆裂した。




