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45.それぞれの思惑

 

 ここは、とある場所にある小洒落た喫茶店。

 オーナーである白ひげを生やした初老の男性が美味しいコーヒーを淹れることで知られるこの喫茶店は、彼の性格を表してか、とても瀟洒な空気を醸し出していた。


 そんな店の一番奥ある大人数用のテーブル席に、落ち着いた店の雰囲気にそぐわない若い男女が何名か集まっていた。その中には一年生の生徒会メンバーである渋谷しぶや いつき神田かんだ 律子りつこ、さらにその奥には新聞部部長である我仁がに 鳴沙めいさのぽっちゃりした姿も見える。


 そして彼らの中心……一番奥にいるのは、奇抜なファッションをした人物だった。水色のウエイトレス用の服、いやメイド服を着て、髪型をサイドテールにしたその人物の顔は、残念ながら逆光となってはっきりと見えない。

 その人物の左右には、それぞれ男性と女性がひとりずつ控えていた。左側にいたのは、穏やかな笑みを浮かべる恵里巣えりす 啓介けいすけ。そして右側に控えながら真ん中の人物と言葉を交わしていたのは、ツインテールの少女……土手内どてない 珠理奈じゅりなだった。





「そっか、ジュリたんは日野宮あかるの籠絡に失敗したのにゃ。それは残念だったにゃん」

「は、はい、申し訳ありません、レノン様。エリスから事前に聞いた情報だと、天王寺と日野宮あかるは敵対してると聞いていたんですが……」

「土手内さん、情報は刻一刻と変化していくものだよ。だからぼくのせいにされても困るんだけどね」

「二人とも、ケンカはやめるにゃん。仲良くするにゃん」


 一触即発のような空気を醸し出す二人を、すぐに静止する真ん中の人物。その人物は土手内どてない 珠理奈じゅりなから「レノン様」と呼ばれていた。

 レノンの言葉に従いはしたものの、ぷいっとそっぽを向くジュリナ。そんな彼女の頭を撫でながら、レノンは目の前のコーヒーに口をつけると、ため息まじりにこう呟いた。


「こうなっては仕方ないにゃん。会長選でレノが天王寺てんのうじ 額賀がくかに確実に勝つためにも、日野宮あかるを味方に引き込むことはぜったいに必要にゃん。だから次は、レノが自ら出るにゃん」

「レノン様⁉︎ も、もしかしてジュリが日野宮あかるを落とせなかったから……」

「んにゃ、ジュリは悪くないにゃん。ここは確実を期すために、レノががんばるところにゃん」

「で、でも、レノン様が自ら出陣するなんて……」

「なーに、心配無用にゃ。レノはいまやネット界のカリスマファッションリーダーの一人なんだから、女の子一人引き込むくらい朝飯前にゃん!」


 レノンの言葉を、恵里巣えりすをはじめとしたこの場にいる者たちが拍手とともに支持した。その光景に、土手内珠理奈はずくんと胸が疼く思いを抱いた。


 その痛みの正体がなんなのか、このときの彼女は気付かなかった。自分が日野宮あかるを落とせなかったことに起因する悔しさの表れではないかと思っていた。それが、日野宮あかると想っての心の痛みだと気づくのは、もう少し先の話である。


 土手内珠理奈が正体不明の痛みを抱える中、こうして……新たな魔の手が日野宮あかるのもとに向かおうとしていたのだった。



 ◆◆◆



 一方、場面は変わってこちらは生徒会室。

 そこには、手にしたタブレット端末に表示された数字データを睨みつけるようにして眺める天王寺てんのうじ 額賀がくかと、それぞれ思い思いに寛ぐ他のキングダムカルテットの三人の姿があった。

 その中から一人、うしお 伊織いおりが天王寺額賀に声をかける。


「どうしたのガッくん、怖い顔して」

「あぁ、汐。なーに、今回の選挙のデータを分析してみたんだが、あまり僕にとっては好ましくない数値になっていてな」


 そう言ってうしお 伊織いおりに差し出したデータには、『僕:35% 』『礼音:30%』『未定:35%』と表示されていた。


「いまのところ勝ってるね?」

「いまのところはな。だがこの未定のやつらの票がどう動くのか、現時点では予断を許さない。明日から始まる選挙期間の一週間で、どうにでも動く数字だ。それに向こうだって負けていることはわかってるんだから、きっと何らかの策は打ってくるだろう。安心できる要素は何一つ無いな」

「向こうの打ってきそうな策は見当ついてるの?」

「斬新な施策を打ち出す、票を持つ人材を味方につける……そんなところか?」

「そうだろうね。それに対するガッくんの対抗策は?」

「……現状、特には無いな。真摯に自分の考えを訴え続けるだけだ」


 ひどく難しい顔をする天王寺額賀。そんな彼に、汐伊織はまるで天使のような笑顔で微笑みかけた。


「ふふふ、ガッくん。ボクに良い秘策があるよ。うまくいけば対抗策どころか……その未定票の35%を取り込むことができるかもしれないよ?」

「な、なんだって⁉︎」


 思わず、といった感じで天王寺額賀がガタンと席を立つ。


「教えて欲しい?」

「あぁ、知りたい。喉から手が出るほどな」

「……悪魔に魂を売る覚悟はある?」

「あ、ある。たとえ悪魔だろうがなんだろうが、会長になるためならなんでもする」

「じゃあもしガッくんが会長になったらさ、一度メイクしてもいい?」

「……そ、それは、なにか関係があるのか?」

「ないよ。ただボクがそうしたいから言ってるだけ。ようは秘策を教える報酬ごほうびみたいなもんかな?」


 そう言われて天王寺額賀はしばらく苦悶の表情を浮かべていたものの、やがて観念したのか……ゆっくりと首を縦に振った。


「わ、わかった、その条件でいい。だから汐、お前の言う秘策とやらを教えてくれ」

「やったー! いやー、言ってみるもんだね。ガッくんにお化粧するの楽しみだなぁ! それじゃあ教えるね、その秘策ってのはね……ゴニョゴニョ」

「ふんふん………ふん…………んんっ⁈ はぁぁぁぁあぁぁぁあっ⁉︎」


 汐伊織の秘策を聞いた瞬間、天王寺額賀は絶叫を上げた。


「な、なんだそれは‼︎ そんなもん秘策でもなんでもない! 第一そんなことをしたら、学校が大混乱になるぞっ⁉︎」

「でもレノンちゃんはもっと学校に混乱を……革命だっけか、もたらすつもりなんでしょ? それに比べたら全然たいしたことないんじゃない?」

「そ、それはそうだが……た、たしかにそれは……いや、だがそうすると僕が……」

「この策の良いところはね、レノンちゃんの性格や政策上、絶対に取れない策ってところだよ。だからこの策は、ガッくんにとって切り札になるはずさ」


 まるで猛毒を飲み込んだかのような苦悶の表情を浮かべていたものの、最後の言葉が決め手となったのか、天王寺額賀は完全に黙り込んでしまった。


 ……どれくらいそうしていただろうか。やがて彼は顔から完全に表情を消して、ゆっくりと立ち上がった。その眼に浮かぶのは、狂気?


「汐、君の言う通りだ。その策は間違いなく僕に有利に働くだろう。そのことで僕が失うものはあまりにも大きいかもしれない。だが、たとえそうだとしても……僕は、あの人のためにもレノンに勝ち、会長とならなくちゃならない。そのためならば……悪魔、いや魔王・・にでも魂を売ろう!」

「うんうん! それでこそガッくんだ! それじゃあ決まりだね。それで、いつ発表するの?」


 そう問いかけられて、天王寺額賀は強い意志をもって答えた。


「立候補者の公開演説のときに、抜き打ちで発表する」

「いいね、それ! きっと大騒ぎになるよぉ!」


 最高に楽しそうに喜声を上げるいおりん。


 だが彼は気づいていなかった。その横でガッくんが、不気味な笑みを浮かべながら一人で笑っていることに。


「……こうなれば、毒食らわば皿までだ。いいだろう、やってやろうじゃないか。だがな、俺一人では堕ちん。どうせならお前も地獄に落としてやるからなっ! くくく、くはははっ!」



 ◆◆◆



 いよいよ翌日に生徒会選挙の開始を控えたこの日。俺は日野宮あかるのメンターとしての最後の指導をジュリちゃんにしていた。


 メンターというこの仕事、事前に心配していたよりもずいぶんと楽なもんだった。だってジュリちゃんと色々なお話をしたりするだけで良いんだからさ。これで第二ミッションの達成率が36%にもなったんだから、ちょろいもんだよ。うへへっ。


「さ、これで私のメンターと仕事はおしまいかな? 短い間だったけど、お疲れさまでした」


 レッスンの最初から暗い顔をしているジュリちゃんを慰めるようにそう言うと、彼女は虚ろな表情のままコクンと頷いた。うーん、なんだろうか。


「……どうしたの、ジュリちゃん。なにか悩みでもあるのかな?」

「えっ⁉︎ あ、いえ、と、とくにはありません。それよりも先輩はこのあとお時間でもありますか?」

「ん? 今日は大丈夫だよ。またカラオケ?」

「いいえ、違います。これまでたくさん教えていただいたお礼ではありませんが、その……ジュリの好きな場所に先輩をお連れしたいんです」


 ジュリちゃんの好きな場所ってのはどんなところだろう。もしかして、小物屋ファンシーショップだったりしないよね⁉︎




 学校を出てしばらく歩いたのちにたどり着いた場所は、大通りから少し離れた路地の地下にある喫茶店だった。店名は【ジュピター】……つまり木星だな。もしかしたらギリシャ神話の方から名付けたのかもしれないけれど。

 正直、ジュリちゃんに連れてこられた場所がここでホッとしている自分がいた。いやさら小物屋とかだったらまだ良いんだけどさ、いかがわしいお店とかに連れて行かれたらどうしようかと思ってたのよ。でもそんな邪な妄想が現実のものとなるわけなく、実際に訪れたのはごく普通のオシャレな喫茶店だった。


 チリリーンという電子音とともに店内に入ると、そこはクラシックの音楽が流れる落ち着いた大人のお店だった。あー、ジュピターってもしかしてクラシック音楽の方なのかな。


「先輩、こっちです」


 そう言われて案内されたのは、店内の一番奥の方だった。指定された席に座って、ジュリちゃんと一緒にメニューを眺める。


「ここ、プリンパフェが絶品なんですよ」

「へー、そうなんだ。そしたらそれにしようかな?」


 勧められたら断れない俺は、とりあえず言われた通りのオススメメニューを注文する。ジュリちゃんはチョコパフェにしていたみたいだ。パフェを注文がてら、お水を取りに席を立つ。なんだよこの店、喫茶店のくせにセルフサービスなのか?


 しばらくしてウエイトレスらしき女性がチリンチリンと鈴の音を鳴らす。「できたみたいです」そう言いながらやはり席を立ったジュリちゃんが運んできたパフェは、彼女の言う通り確かに美味しかった。

 俺は元が男だけあってあんまり甘いものは食べないんだけど、ここのパフェは甘すぎずクドすぎず、とても食べやすい。プリンなんて特に絶品だった。これはたぶん手作りだろうなぁ。今度羽子ちゃんでも連れてこようかな、きっと喜んでくれるだろうなぁ。


「そうだ、ジュリちゃん。せっかくだから、お互いに食べさせあいっこしよっか?」

「えっ?」

「ふふふ、メンターとしてのお仕事も終わったんだし、最後くらい私のわがままを聞いてくれてもいいでしょ? はい、あーんして」


 多少強引かもしれないけど、こういうのは勢いが大事だ。変だと思われる前に一気に押し切るべし!


 戸惑うジュリちゃんに向けてスプーンですくったプリンをぐいっと持っていく。するとジュリちゃんは、顔を真っ赤にしながら目を瞑って恐る恐る口を開けた。

 んー、小さな口がなんとも可愛いらしい。そこにすっとスプーンを差し入れると、パクッと食いついた。


「ジュリちゃん、おいしい?」

「は、はい……おいしい、です」

「じゃあ今度はこっちの番ね。ジュリちゃんのちょうだい?」


 そう言うとジュリちゃんは、真っ赤な顔をさらに赤くさせながらスプーンにチョコアイスをすくいとる。俺は「いただきまーす」と言いながら舐めとるようにしてスプーンにかぶりついた。

 ……誤解がないように言っとくと、【アナライズ】するためだからね? もう今日でメンターも終わっちゃうし、ここで機会を逃すと次はいつになるか分かんないから、多少強引でもここで決めにいっただけなんだよ? だから、決してやましい思いでやってたわけじゃないからね?


 ちなみに、ジュリちゃんの結果は【甘かったシロだった】。



 無事【アナライズ】も成功して、ジュリちゃんが恥ずかしそうに胸を押さえている様子を申し訳なく思いながら眺める。あー、さすがに急にこんなことをしたら恥ずかしかったかな?


「どうにゃん。特製パフェは美味しかったかにゃん?」


 そんなことを考えながら残ったパフェを食べていると、いつのまにか近くにやってきていたウエイトレスから声をかけられた。

 語尾がにゃん、だと? セルフサービスでの給仕といい、ずいぶん変わった店なんだな。


 そう思いながら顔を上げると、そこには……ずいぶんと奇抜な格好をしたウエイトレスが立っていた。



 ◇◇◇



 そのウエイトレスは、水色のふりふりのついた丈の短いワンピに、深い青のエプロンを着けていた。それだけでも目立つというのに、驚くべきは容姿の方にあった。

 とても愛らしい顔の造形をした彼女は、まるでパンダのような目の周りのメイクに少し派手目の赤いチーク、パーマなのかウェーブがかった髪をサイドテールにしていた。それだけではない、なんと……ネコミミのカチューシャをつけていたのだ。


 これではまるでコスプレだな、そう思いながらもなんとなく彼女のメイクには見覚えがあった。

 そういえば、みかりんがこんな感じのメイクをしていた気がする。ただみかりんには全く似合っていなかったこのメイクが、目の前にいる小柄なウエイトレスさんがするととても愛らしく変化していた。

 いおりんの言う通り、やっぱりメイクには相性があるよなぁ。そんなことを思いながらも、とりあえず返事をすることにする。


「あーども、このパフェとっても美味しいですね?」

「ありがとにゃん、日野宮あかるにゃん」

「ふぇっ⁉︎」


 突如目の前のウエイトレスに自分の名前を呼ばれて驚いてしまう。


「な、なんで私の名前を知ってるの?」

「驚かしてごめんにゃん。でも知ってて当たり前にゃん。なぜなら……レノも摩利亞那マリアナ高校の生徒だからにゃん」


 へーそうなんだ。でもさ、うちにこんな可愛いらしい子なんていたかな?

 困った時の【ステータス】を確認してみても『あんのうん』とでるくらいだから、アカルちゃんとの面識は無いのだろう。ということは、学年が違うのか?


「えーっと、どちらさまで……」

「そっか、レノの事知らないにゃんか。残念にゃん、これでも最近『れの☆にゃん』としてネットでは知られてるんだけどにゃあ」


 あー、こいつが噂の『れのにゃん』だったのか! どうりでみかりんと似たメイクをしてるわけだ、こっちが起源オリジンなわけね。そりゃー似合ってるわけだわ。


 ようやく合点がいった俺の表情を見てか、れのにゃんは小さな胸を張りながら口を開いた。


「あらためまして、自己紹介せてもらうにゃん。レノは……マリアナ高校の2-Fのレノン。星乃木ほしのき 礼音れのんにゃん」


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