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44.ロック・オン




「はい、じゃあジュリちゃん。これでだいたい風紀委員の仕事はわかったかな?」

「はーい、わかりましたよ。日野宮センパイ」


 梅雨間の晴れた平日。これで何回目になるだろうか、ジュリちゃんへのメンターとしてのレクチャーを、放課後の生徒会室で行っていた。

 ジュリちゃんは素直でとっても良い生徒だった。なにより可愛らしい子に「センパーイ!」って呼ばれるのはなんかむふふってなってしまう。マヨちゃんに「おねーちゃん」と呼ばれるのとはまた別の良さがあるよ。


「しっかしジュリちゃんは優秀だね。さすがは一年生の首席だけあるなぁ」

「えへへ、せんぱいの教え方が上手なんですよ。これからもジュリにいろいろ教えてくださいね?」


 んー、なんで可愛らしい反応なんだ! むふふ、よかろう。おねえさんが手取り足取りなんでも教えてあげようではないか、グヘヘッ。


 なにせ最近の俺はとても機嫌がいい。なぜなら先日……これまで天敵とも呼べる存在だった天王寺てんのうじ 額賀がくかの致命的な秘密を、この手に握ってしまったのだから。



 ◇◇◇



 オフ会での、あの--運命の女神のイタズラのような衝撃的な出会いは、俺の学校生活に劇的な変化をもたらした。俺がよく遊んでいたオンラインゲーム『ドラゴニック・ファンタジア・オンライン』のパーティメンバーであるランスロットは、なんとキングダムカルテットの一角である『メガネ賢者』ガッくんこと天王寺てんのうじ 額賀がくかだったのだ。


 いやー、マジで驚いたね。ゲーム内でアンドロメダのことを″姫″と呼んでたやつが、まさかあの--典型的な堅物の代表格ともいえるガッくんだったなんてさ。

 真面目すぎてゲームすらしないようなやつだと思ってたんだけど、よもや姫プレイをやるくらいどっぷりとネットの闇に浸かっていたとは……業の深いやつめ。そういや前に秋◯原で見かけたことがあったんだけど、実はあいつ隠れゲーマーだったんだな。


 とはいえガッくんは見た目は相当のイケメンだから、オフ会で一目見たみかりんなんかは一瞬で恋に落ちたみたいだった。先ほどまで泣いていたのがウソのように熱いまなざしをガッくんに向けながら「ランス様、素敵……あぁでもあなたの心はアンドロメダのものなのね」などと一人で勝手に盛り上がってたものだ。いやいや、遠慮なく突撃してくれてかまわないんだけどね。



 さて、驚きのご対面を果たしたあとの話なんだけど、当のガッくんは余程ショックだったんだろうか--俺の姿を確認して絶句したあと、ガクガクと震えて誰とも目を合わそうとしなくなってしまった。

 挙げ句の果てに「うっ」と口元を押さえてトイレに駆け込むと、しばらくして戻ってきたあとも顔は真っ青で目は虚ろなまま回復することなく、結局みんなに丁寧に詫びると、そのまま帰ってしまったのだった。

 ……そりゃさ、ネットの友人が偶然にもリアル知人だったってのは衝撃的な出来事だとは思うけどさ、そこまでショックを受けなくても良くね?



 そして週が明けた月曜日の朝一、真っ青な顔をしたガッくんが教室に飛び込んできて、昼休みに生徒会室に来るよう呼び出された。仕方なく羽子ちゃんに断りを入れると、昼休みにしぶしぶ生徒会室へと向かうことにする。


「天王寺くん、何の用? あんまり頻繁に来られるとクラスメイトから誤解されてイヤなんだけど」

「……日野宮あかる、君に折り入って頼みがある。僕のあの姿のことは、学校では黙っていてもらえないだろうか」


 なんの説明もなくいきなりそんなことを言われ、さすがにちょっとカチンときた。と同時に、心の中にムクムクとイタズラ心が沸き起こってくる。

 くくく、ガッくんよ。お前は人にものを頼むときの態度がなっていないようだな。よかろう、人にお願いをするときにはどんな態度が必要なのか、この俺がお前の心と体に徹底的に叩き込んでやろうではないか。


「黙ってて欲しいって……なんのこと?」

「お、おまえ分かってるだろう⁉︎ しゅ、週末にあったこととか、それからネトゲのこととか……」

「あー、ようはネトゲで天王寺くんが私のことを『姫』って呼んで姫プレイしてたことかな? ランスロットくん」

「ぐっほぁあっ‼︎」


 俺の先制口撃は、見事ガッくんの心にクリティカルヒットしたみたいだ。悶絶しながらその場に崩れ落ちていくイケメンの姿に、胸がすっとする。くくくっ、無愛想なこいつが俺の前にひざまずく姿のなんと滑稽こっけいなことか!


「た、たのむ日野宮。今回のことは今度の生徒会選挙が終わるまでは黙っていてくれないか」

「んー、どうしよっかなー」

「なっ⁉︎ お、お前だってネトゲしてたくせにっ!」

「別に私は普通にプレイしてたしー。あなたみたいに変なプレイとかしてなかったしぃ」

「む、ぐぐうっ……」


 ここで自分の不利をようやく悟ったのか、それまでの態度を改めてガッくんがいきなり土下座してきた。


「ぼ、僕はどうしても今度の生徒会選で勝って生徒会長にならなければならない。なのに、このような恥を知られてしまったら、貴重な票を取り零してしまうかもしれない。だから--選挙が終わるまででいい。このことは秘密にしておいてくれないか? そのためなら、僕は……なんでもする」

「へー、じゃあ生徒会選が終わったらみんなにバラしていいの?」

「で、出来れば墓まで持って行ってもらいたいのだが……」

「じゃあ、墓に入るまで私の言いなりってことでいい?」

「ぐぼあぁっ‼︎」


 うけけっ。俺の執拗な精神攻撃の前に、さすがのガッくんも魂のライフはほぼゼロになっちまったようだ。土下座したまま全身をブルブルと震わしている姿が実に愉快だ。


 ……ったく、しゃーねぇなあ。このくらいで勘弁してやるかな。

 それに、事こうなるとガッくんこいつに会長になってもらったほうが、今後の学校生活も過ごしやすそうな気もする。そうすればおのずと学校から問題視されることも減って、達成率も溜まりやすくなるしな。

 あーもしかしてこの状況って、今の俺の立場からすると最高じゃね? まさに棚からぼた餅だ、ばんざーい。


「……わかった、今回の事はぜんぶ秘密にするよ。それでいい?」

「ひ、日野宮? い、いいのか?」

「そのかわり、何かあったときには私の力になってね、ガッくん?」

「なっ、が、ガッくん、だと……?」

「私にそう呼ばれるのは嫌? あーそっか、だったらランスロットって呼んだほうがいい?」

「ぜひガッくんとお呼びください」


 よーし、これで取引成立だ。しめしめ、なかなか良い手駒を手に入れたぞ。俺がほくそ笑む一方で、ガッくんのほうは打ちひしがれたようにうなだれたまま顔を上げようともしなかった。

 まーまー、そんな顔しなさんなって。悪いようにはしないからさ。



 このようにして俺とガッくんの間で密約が取り交わされ、打算と妥協の握手が交わされた直後、生徒会室のドアがバーンと開いた。

 騒音とともに室内に乱入してきたのは、ちっこいの……もとい、生徒会長の星乃木ほしのき 姫妃ひめきだった。


「こらーっ、お前たち! 神聖な生徒会室でちちくりあうなぞ許されんぞ! この姫が成敗してくれるわ!」

「なっ⁉︎ 星乃木先輩、なんでここにっ⁉︎」

「ガッくん、この愚か者めっ! おぬしが生徒会権力を傘にして、美少女日野宮あかるを生徒会室に連れ込んだと、ちまたでは噂になっておるわーっ!」

「げええっ⁉︎」


 おやおや珍しい。鉄仮面みたいに無愛想なあのガッくんが、星乃木会長を前にするとタジタジじゃないか。さすがのこいつにも苦手な相手ってのがいたんだなぁ。しみじみ。


 俺に打ちのめされた直後に生徒会長ちびっこによる頭ごなしの説教を受け、なんの言い訳もできずにダラダラと脂汗を流すガッくん。

 そんなもの珍しい光景を、俺は傍観者の立場で気楽に眺めてたんだ。


 ……そういえば、星乃木会長は自分のことを姫って呼んでたな。ガッくんはネトゲの中でアンドロメダと姫様プレイしていたわけだし、どうせやるなら会長とリアルで姫様プレイすりゃいいのにさ。


 突如乱入してきた星乃木会長ちびっこがわめき散らしたせいで最後がうやむやになってしまったものの、今回大事なのは、俺がガッくんという素晴らしい手駒を手に入れたことだ。

 ふふふ。ミッションクリアのためにも、こいつには粉骨砕身がんばってもらうとするかね。くくく、骨の髄までしゃぶってやるぜ。



 ……あーそうそう、オフ会のあとの話なんだけど、あのあと俺はみかりんとはメル友になったんだ。

 いまでもときどきメールをやり取りして、ファッションやメイクのアドバイスをしたりなんかしてる。そんな意味ではみかりんとの関係は非常に良好なんじゃないかな?


 ちなみにみかりんは、オフ会の後あまりインしなくなってしまったアンドロメダやランスロットの代わりに、あめみぃや侘助、さらには村長たちとパーティを組んで遊んでるらしい。とはいえ、ちゃんとリアルとは分けて節度は守って遊んでるみたいだ。その点はあめみぃさんからきちんと報告をもらっている。

 ま、あめみぃさんみたいなしっかりした人がサポートに入ってるから、そのあたりは安心していいんじゃないかな?


 余談だが、例の取り巻き三人組は立派なケモナーに育ちつつあると村長から報告を受けている。そんな報告いらんがな!



 ◇◇◇



「あのー、先輩は明後日から始まる生徒会長選に興味あります?」


 ジュリちゃんへの指導が落ち着いたところで、ふいに彼女からそんな質問を受けた。生徒会長選ねぇ、そういえばガッくんも選挙のことに言及してたな。


「あー、天王寺くんが出馬するやつね。正直あんまり興味ないんだけど……」

「先輩は知ってます? 今回の選挙はけっこう激戦みたいですごく盛り上がってるんですよ〜」


 へーそうなんだ、全然知らなかったよ。


「去年の選挙は、現会長の星乃木ほしのき 姫妃ひめきの圧勝だったらしいんですけど、今年は二人の候補の一騎打ちらしいんですよ。しかも、現時点ではほぼ互角みたいなんです。選挙期間はわずか一週間、どっちに票が転ぶかは紙一重の状況なんです」

「ちなみに立候補者の一人は天王寺くんだよね? もう一人は?」

「はい、もう一人というのが……礼音れのん先輩です」


 レノン? 変わった苗字だな。そんな名前のやつ同学年に居たかな?


「その人、生徒会じゃないよね? なのに立候補するだけじゃなくて、あの天王寺くんと互角なんて相当凄い人なんだね」

「はい、凄い人なんです。実はジュリ、レノン先輩を応援してるんですよ。あ、ところで先輩は『れの☆にゃん♪』って知ってます?」


 れのにゃん? あれ、なんか聞いたことあるぞ。どこだったか……。


「れのにゃんは、ネット界に新たに現れたファッションのカリスマとして絶賛ブレイク中のネットアイドルです」


 あっ、思い出した! それってたしかみかりんが憧れてたネットアイドルの名前じゃないか。まさかジュリちゃんの口からもその名前が聞けるとは思ってなかったよ。


「あー、なんか聞いたことあるよ。私の友達がファンだって言ってた」

「そのれのにゃんが、実は礼音れのん先輩なんですよ」


 ほっほー、そうなんだ。と言われても、凄いのかどうかもよく分かんないんだけど。


「えーっと、私はよく知らないんだけどさ、その……れのにゃんってのは、レーナちゃんと同じくらいメジャーなの?」

「あー、そういう意味ではレノン先輩はまだネット界でブレイクしてきたところなので、テレビに出てる美華月みかづき先輩ほど有名ではありませんね。でもあの方は……きっとこれからもっとブレイクして、すごく有名になっていくと思いますよ。なにせネット界でファッションに革命を起こした人ですからね」

「か、革命かぁ。なんかすごいね」

「はい、凄いんです」


 そう語るジュリちゃんの表情は、まるで恋をする乙女のよう。ふーん、そのレノンって子はそんなに凄いのかな。


「それでですね、そのレノン先輩が今回の生徒会長選に立候補することをつい先日表明したんです。打ち出したテーマは『レノ・レボリューション』」

「れ、れのれぼりゅーしょん?」

「はい、略してレノレボです。レノン先輩は、ネット界だけでは飽き足らず、リアルにも進出して革命を起こそうとしてるんですよ。その第一歩が……この学校の改革、いいえ、革命レボリューションです」

「は、はぁ……なんかどっかのパソコンメーカーみたいな名前だね」

「パソコンではありませんっ! えーっと、話を戻しますね。レノン先輩はこの学校の既成概念を打ち壊そうとしています。手始めに校則を変えて、服装やファッションを自由にするという公約を出すつもりみたいです」


 服装やファッションの自由⁉︎ そ、それは高校としてはオッケーなのかな? 個人的にはここの制服は可愛らしくて好みなんだけどなぁ。


「でも、それはあくまで手始めでしかありません。レノン先輩は、もっともっとたくさんのルールを壊そうとしています。それこそが革命……レノレボなんです!」

「そ、そうなんだ。それはすごいね?」

「はい! そこで話は戻りますが……日野宮先輩、先輩も一緒にレノン先輩を応援しませんか?」

「へっ?」

「レノン先輩と一緒に革命するんです。レノレボです!」

「あーそれは無理」


 俺が即答すると、それまで興奮気味に話していたジュリちゃんがガクッと崩れ落ちた。


「えっ! な、なんでですか?」

「えー、だって私、天王寺くんに票を入れるつもりだからさ」

「ど、どうしてですか⁉︎ 先輩と天王寺先輩は天敵同士じゃなかったんですか?」


 あははっ、天敵って……まさかジュリちゃんにまでそう見られてるとは思わなかったよ。


「んー、まぁ確かに以前はそうだったんだけどね。今はそうでもないんだ。それに彼には……借りみたいなもんもあるしね」


 正確には貸しなんだけど、ジュリちゃんに細かいことを言っても仕方ないしな。つい先日取り交わしたばかりの密約を思い出す。

 それにガッくんは……元とはいえ長いことパーティーを組んでいた仲間メンバーだったんだ。せめて今回くらいはあいつに投票してあげてもバチは当たらないだろう。


 本音はともかく表面上は適当に誤魔化してそう答えると、ジュリちゃんは口をパクパクして絶句してしまった。ごめんねジュリちゃん、せっかく手に入れた忠実な騎士いぬを、簡単に手放すわけにはいかないんだよ。


「そんなわけで、今日はこのあとちょっと予定があるから帰るね。またね、ジュリちゃん」

「あっ、日野宮せんぱい……わ、わかりました」


 なにか言い足りないのか、まだ少し未練のようなものがあるジュリちゃんに半ば強引に別れを告げると、俺は学校を出て……いおりんの待つ三つ隣の駅へと向かった。そう、俺はこのあといおりんと約束があったのだ。


 実は、このまえのオフ会の前にメイクをさせた見返りに、いおりんと新しい小物屋ファンシーショップを一緒に観に行く約束をさせられてたんだよね。

 あーあ、今日も長時間いおりんの買い物に付き合わなきゃいけないのかなぁ。みかりんにぎゃふんと言わせるためとはいえ、払った犠牲は大きい。ふぅぅ、恩を返すのも大変だよ。


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