4.最初のミッション
なにはともあれ便利そうな能力を手に入れることができてしまったわけで……。
とりあえず俺はGに与えられた【ステータス】の能力を、周りにあるものにかたっぱしからかけてみることにした。
【アカルの部屋】……アカルが一番居心地の良い場所だよ
【アカルの机】……アカルが小学校から使っている勉強机。シンプルで可愛いでしょ?
【アカルのタンス】……アカルの服が入っているタンス。中身はないしょ!
【アカルの制服】……学校の制服、わざわざ裾上げして可愛いミニに加工してあるよ
【アカルの下着】……ないしょ!
ピロリンリーン。『どうだ?ステータスは見れたか?』
いやさぁ、見れることは見れるんだけど、なんか妙な説明文入っないですかい? まぁゲームに文句言っても仕方ないけどさ。
そもそも下着の説明が「ないしょ」って……。角度変えて何回も【ステータス】を使ってみたものの、「ないしょ!」が「ないしょって言ってんだろがゴルァ!!」に変わったくらいで大きな変化は見られなかった。いやコレ大きな変化だよね?
そんな感じでいろんなものに【ステータス】を使ってたら、気が付くと窓の外が明るくなってきていた。どうやら夜が明けてきたみたいだ。
まずいまずい、朝が近づいてきてしまったぞ。このままだともうすぐ起床の時間になっちまう。そしたら俺は学校に行かなきゃならない。
その前にできるだけGから情報を引き出しておく必要がある。えーっと、そしたらまず聞いとかなきゃいけないことは……と。
あっ、そうだ! 五つのミッションの内容だ!
『うむ、自分からミッションを聞いてくるとはなかなかのやる気のようだな。それでは君に最初のミッションを伝えよう。第一ミッションは……【アカルを可愛くすること】だ』
「……はぁ?」
思わず素で声が出てしまった。
可愛くする、だぁ? なんなんですかそのミッションは? もしかしてこれ、女の子を可愛く着飾る系のゲームだったりする?
それに可愛くするとか言われても、やり方は色々あるよな。たとえば可愛い服を着るとか、ぶりっ子みたいな態度を取るとか……。
そのあたりの基準が分からないと、どうして良いか戸惑うんですけど?
『君が気にしている基準については、ミッションの進行状況という形でこのアプリに表示されるようになっている。ちなみにこのアプリ【Gテレパス】は、私との通信だけでなくミッションの進行状況を確認することもできる特別製の優れものだ』
おお、さすがはゲームの世界! 分かりやすい指針を用意してくれたもんだ。
数値化されて表示されるってのはゲームの鉄板だけど分かりやすいよな。
『残りの四つのミッションについては随時連絡する。それまで第一ミッションに注力するように。それでは君の健闘を祈る』
えっ?
ちょっと、これで終わり? 最初に全部のミッションを教えてくれるわけじゃないの?
俺の戸惑いをよそに、あっという間にメッセージ画面は暗転してしまった。そのあといくらメッセージを打ち込もうとしても、入力欄まで暗転していて文字を打ち込むことが出来なくなっていたんだ。
クソッ、なんなんだよこのクソアプリはっ! 評価星一つにしてやんぞっ!?
しかもGのやつ、こんな中途半端な状態で俺を放置しやがって。なーんにも分かんないのに、俺はどうすりゃいいってんだよ!? もしかしてチュートリアルは無いのか?
……いや、まてよ。
知らないのであれば、知ればいいんじゃないか。
そのときふいに、俺の脳裏に天啓が浮かんだ。
そう、俺には【日野宮あかる】を知る義務がある。だったらちゃんとこの子のことをじっくり観察して、身体の隅々まで知らなきゃならないんじゃないのか?
なにしろ今の自分は女の子の体。まさに未知の世界、アウターワールド。
まずは己を知ることこそが、今まさに俺がやるべき最初の使命なのではないか。いや、そうに違いない。異論は一切受け付けない。
俺はちらっと胸元を覗き込んでみる。そこにはマシュマロのような二つの膨らみを確認することができた。
オゥ、ジーザス。この子やっぱりノーブラですよ。
落ち着けー、俺。今の俺は【日野宮あかる】。鏡に映る可愛らしい十六歳の女の子そのものなんだ。
これから俺はアカルちゃんとして、着替えたり風呂に入ったりしていかなきゃいけないわけで、そうなると当然下着姿や……その先にある未知の領域だって見なきゃいけないわけでして。
敵を知るにはまず味方から。ということで、まずはこの身体をじっくりと観察することこそが、いまの俺に最初に課せられた真のミッションなのだ! そうに違いない! ちがいないったらないっ!!
そうか……ついに俺の時代が来たんだな。
神は俺のことを見捨てていなかったんだ。
「ぐふふっ」
いかんいかん、乙女らしくない声が漏れ出てしまった。これから第一ミッションである【アカルを可愛くすること】をクリアする上で、不用意な発言は控えないとな。
しかし一人称はどうしようかな。さすがに「俺」はマズイよな。「私」とか言ったほうがいいかな。他人にバレてもダメだってGも言ってたしな。
いろんなことが俺の頭の中を巡りながらも、とりあえずパジャマの上着を脱いでみることにする。
震える手でパジャマのボタンをひとつずつ外していく。
落ちつけ俺、リラーックス。時間はいくらでもあるんだ、焦るな……呼吸を乱すな。
はらりと上着の前がはだけて、電灯の明かりでもわかるほど白い肌がはっきりとあらわになった。ノーブラでノーボタンの美少女の姿が、目の前の鏡に映しだされる。大事なところはギリギリ見えないところがまた堪らない。
うっわ、なんだのこれ。やばいよやばいよ! すんごい色っぽいんですけど!
自然と俺の頬を涙が伝い落ちていった。こいつは感動と感謝の涙だ。
今この瞬間、俺は自分をこんな目に遭わせてくれた神に心の底から感謝していた。
ありがとう神様。俺、死んで良かったです。
軽く胸に手を触れてみる。さっきはメッセージが来てじっくりと感触を楽しむことができなかったけど、今回はもう誰の邪魔も入らない。
もちろん直接おさわりだ。俺に容赦は無い。
ぷにぷに。うっひょー! 柔らけぇ!
しかも思っていたよりもくすぐったい。それに罪悪感というか背徳感というか、なんとも言えない妙な感覚を覚える。
でも、まだだ。本当のメインはこれからなんだ。
そう……俺が真に目指すべきものは、なんの覆いもない姿。すなわち【生まれたままの姿】だ。
いまこそ邪魔な布切れを取っ払い、真の姿を見せるときなのだ!
「すまないアカルさん。これからあなたとして生きていくために、あなたの真の姿をじっくりと堪能させていただきます」
俺は鏡に映る美少女に手を合わせた。
人は食事を取る際に食材となった命に感謝するという。これから己の血となり肉となる彼女に対して手をあわせるのは、俺にとってはとても自然な行為だった。
ありがとう、アカルさん。今日あなたは俺の糧となります。
一通り感謝の祈りを捧げると、意を決して一気に上着をはぎ取った。
……なんじゃこりゃ。
俺は鏡に映る自分の姿を見て愕然としていた。
なぜなら――上着を脱いだ後の胸の大事な部分にモザイクがかかっていたからだ。
「こいつぁいったい――どういうことなんだ?」
そのとき、携帯がプルプルと鳴ってGからメッセージが届いた。
『そうそう、言い忘れていたけどエッチな視界にはモザイクが入るように設定してある。くれぐれも邪なことを考えないように!』
「……ふっざけんなクソがああっ!!」
前言撤回。俺は自分をこんな目に遭わせた神を呪った。
なんという理不尽な仕様。まるで砂漠で見つけたオアシスが蜃気楼に消えていったかのような喪失感を覚える。
頬を自然と涙が伝い落ちていった。己に容赦なく突きつけられた現実の過酷さに、俺はあふれる涙を止めることができなかった。
こうして俺の【日野宮あかる】としての生活は、涙によって幕を開けようとしていた。