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42.【アナザーサイト】武者小路(旧姓:雨宮) 渚 の場合

 

 圧倒的な人波。一言でいうとそんな表現がふさわしい街で電車を降りると、思わずめまいがするほどの人の多さに一瞬戸惑いを覚えた。

 これだから新◯駅はキライなんだ。こんなことでもなければ来たくない街の一つ。子供が生まれてからは特にこの場所に来ることを避けていた。

 だけどすぐにそんな気持ちを振り払うようにして私は一歩を踏み出した。なぜなら、こんなところでのんびりと立ち往生している暇など私には無かったから。

 こんなところで参ってるわけにはいかない。さっさといこう、約束の地……『オフ会の会場』へ。




 私の名前は、武者小路むしゃのこうじ なぎさ。小学三年と一年の子供を持つ二児の母だ。専業主婦ではあるけど、暴れたい盛りの子供二人を抱えて忙しい日々を送っている。

 少し他の主婦と違ってる点があるとすると、私がパソコンのオンラインゲームにハマっていたことだ。

 ゲームの名前は『ドラゴニック・ファンタジア・オンライン』。子供たちが寝たあとなどに、ストレス発散のために私はゲームにオンして楽しんでいた。

 ちなみにプレイキャラ名前は……高校時代に私の旧姓「雨宮あめみや」からつけられたあだ名でもある『あめみぃ』にした。職業ジョブはもちろん『魔法使い』。だってさ、やっぱり女の子がゲームで操作ロールプレイするなら魔法使いに限るじゃない? 特に大規模破壊魔法でモンスターを殲滅するときなんかはものすごくスカッとしたんだ。

 でもそれは所詮ネット世界のこと。私はリアルはリアル、ネットはネットと割り切って、プライベートを壊さない程度に楽しんでいたんだけど……。



 そんな私がなぜ新◯などという人が大勢集まる場所に来ていたかというと、私がネットゲームで参加しているギルド……【のほほん村】のオフ会に参加するためなのだ。

 オフ会に参加? 主婦が? そんな意見はあるだろう。私自身、ネットゲームはただの息抜きであり、オフ会なんかに参加するつもりなんてさらさら無かった。


 そんな気持ちが吹き飛ばされ、かつ否応無しに参加する状況になってしまったのは、ひとえに一人の人物の対応によるものだった。

 プレイキャラクター名、アンドロメダ。みんなからは親しみを込めて『アンちゃん』とか、ごく一部の人物からは『ひめ』と呼ばれてる治癒師ヒーラーの子だ。本人曰く、中身リアルは女子大生だと言っていた。そのことに対して疑問を抱くものはいた。たとえば付与師エンチャンターの『みか☆りん♪』なんかはアンちゃんのことを『ぜったいネカマだ!』と断言してたりもした。

 だけど正直私にとっては、彼女の中身がなんだろうと別に構わなかった。私自身現実逃避のためにネットの中に来てたわけだし、その中にはリアルを偽る人だって大勢いると思う。そもそもそんな世界なんだし、相手に迷惑をかけてないんだったら、それはそれで楽しんでいれば良いんじゃないかなって思ってたんだ。


 その……アンドロメダちゃんがオフ会に参加すると宣言したのだ。もともとはみかりんの挑発があったからだと思う。彼女は自称ネットアイドルと言ってるけど、彼女のサイトを見た限り「痛い」を通り越して「哀れ」と言えるレベルだった。あれでカリスマネットアイドルの『れの☆にゃん♪』に追いつこうとしているらしいのだから笑止千万だ。ま、若い子特有の『厨二病』なのだと思うけど。

 その彼女が別の男どもとオフ会をしようとしてて、さすがに女の子一人だけだと危ないなぁと思ってたら、同じことを考えていたらしいアンドロメダちゃんが「私も参加する」と宣言したのだ。

 それからはもう大騒ぎ。誰も彼も参加すると言い出して、結局はギルド【のほほん村】のオフ会という形になって、私も気がつくと参加することにしていたのだった。


 でもなんのかんのと言いながら、実は私はこのオフ会を楽しみにしていた。さすがにこの歳だし二児の母、私自身は出会いとかはカケラも期待してないんだけど、どうしても実物を見てみたい人物が二人いた。一人目はもちろん……アンドロメダちゃんだ。

 ちなみに私はアンドロメダちゃんのことを、ネカマなのか本物の女の子なのかは五分五分だと思っていた。仮に女の子だったとしても、どこかにウソがあるとは感じていた。おそらくは年齢……たぶん二十台半ばとかではないだろうか。あとはたぶん、ブサイクなんじゃないかと思ってた。ま、その点は私も人のこと言えないんだけどさ。


 そしてもう一人が、彼女アンドロメダのことを「姫」と呼んで姫プレイを楽しんでるランスロットくんだ。

 私のカンだと、ランスロットくんはネカマだと分かってあのように接している。なぜなら、アンドロメダちゃんが自分になびかないと分かっているからこそ、あのような……相手を勘違いさせるようなプレイを楽しんでいると思うから。そして、そういうタイプは得てしてリア充であることが多い気がする。つまりイケメンってことだ。もしくはネナベとか?

 でも彼が今回参戦を宣言したことで、おそらくはネナベではないと思うから、たぶん前者なんじゃないかと思う。


 リア充のランスロットくんをも引きずり出したアンドロメダちゃん、果たして彼女の正体はどんなものなのか……。想像するだけで私はワクワクを止めることが出来なかったんだ。



 ◇◇◇



「おっ、雨宮ちーっす! あー、結婚して姓が変わったからなぎさって呼んだ方がいいかな? リアルで会うのはまる一年ぶりくらいだなぁ!」

「あぁ里理さとり、久しぶり。別にどっちでもいいけどさ、せっかくの『オフ会』なんだから、私のことは『あめみぃ』って呼びなよ。しっかしあんたにしては珍しく来るの早いね?」

「そりゃそうさ! 今日という日を超楽しみにしてたからな!」


 そう言って笑顔で声をかけてきたのは、シャツにジーンズというカジュアルな格好に身を包んで爽やかな笑顔を浮かべる伊賀いが 里理さとり。某有名IT企業に勤めるバリバリのSEで、一見男に見えるようなボーイッシュな格好をしているが、れっきとした女子だ。彼女は私の高校時代からの同級生であり、いまだに一緒に遊ぶ腐れ縁の親友である。ちなみに一緒に遊んでいるのはネットゲームの世界だけどね。


「みんなあんたを見たらびっくりするんじゃない? 侘助わびすけなんて変な名前で忍者プレイしてるやつがこんな女だって知ったらさ」

「あはは、別に構わないよ。どうせあたしはあんたと違って婚期逃しちまったただのババァなんだからさ。それよりも今日は面白いもんが見れそうだよな! もう楽しみにしすぎて昨日はよく眠れなかったよ」


 私と同じ歳とは見えないほど若々しい笑顔のサトリは、どうやら精神も若いらしい。まるで遠足に行く前の日の子供のように、ワクワクして寝れなかったのだという。とはいえ、私も人のことは言えないくらい楽しみにしてたんだけどね。


「まー、こんな面白そうなイベントなかなか無いもんね。 ねーサトリ、あんたはどう思う?」

「ん? なにが?」

「姫よ、ひーめ。アンドロメダちゃんのリアル」

「んー、ぶっちゃけネカマと思ってたんだけどね」


 あぁ、やはり彼女もそう思っていたのか。


「ナギサ、まさかアンちゃん男の姿で来ないよね?」

「来たら来たで勇者だと思うけどね」

「ぷぷっ、ヒーラーじゃなくてヒーローってか!」


 そんなくだらないことを話しながら、私達はオフ会の会場であるお店へと歩いていったのだった。



 ◇◇◇



 オフ会の会場は、【ラ・ヴィアン・ローズ】という名のイタリアンレストランたった。とってもオシャレな名前のレストランなんだけど、ここのオーナーは何を隠そう『村長』こと我謝髑髏がしゃどくろさんだ。のほほん村とのネーミングギャップが激しいんだけど、ほのあたりは本人曰く「表と裏の顔なんだよ」とのこと。


 本日貸切の案内が貼られた扉を開けて店内に入ると、既に多くの人たちが集まっていた。

 我らがギルド【のほほん村】のメンバーはおおよそ30名。そのうち今回のオフ会に参加するのは15名程度だ。どうやら私たちは最後の方に到着したらしい。


「おっ、いらっしゃーい! アンドロメダちゃん……じゃないよな? もしかしてあめみぃか?」


 そう声をかけてきたのは、胸元に「我謝髑髏」と書いた名札をつけた、整えられたあごヒゲにタキシードのような服を着た中年の男性。どうやら彼が我らがギルドの村長ギルマスのようだ。んー、予想よりもダンディじゃないか。


「正解、あめみぃです。初めまして村長」

「はははっ、あめみぃはなんかイメージ通りだな! んで、そっちの方は? お友達かなにかかな?」

「おいおい村長、そりゃないんじゃないの? あたしは侘助わびすけでごさるよ、ニンニン」

「……げっ、マジかっ! あんたネナベだったのか! まさかそこで予想を裏切られるとは夢にも思わなかったぞ」


 村長が驚くのも無理はない。こう見えて里理さとり……もとい、侘助わびすけは綺麗系女子だからね。


 さて、村長に渡された名札をつけながら、とりあえず会場内に視線を向ける。すると、すでに十人以上のメンバーが集まっていた。その中でも特に目を引いたのは、まるでお姫様のようなピンク色のフリフリの服装に身を包んだ若い女の子と、それを取り巻く三人のメガネ、デブ、ガリノッポの男ども。あー、あれは間違いない。なにせ事前の予想通りの姿形なのだから。


「……ねぇ村長、もしかしてあれが『みかりん』たち?」

「……ああそうだ。周りに控えてるのが『アーサー』、『ウルフギャング』、『剣客木村』だよ」

「ぷぷっ、なんか予想どおりでござるなぁ。あれ完璧に『オタサーの姫』じゃん」


 里理さとり--侘助わびすけの言う通り、リアルのみかりん及びその取り巻き連中は、完全に事前の予想通りの存在だった。メガネにリュックを背負った『アーサー』、鼻息の荒いデブの『ウルフギャング』、ヒョロガリでパーカーを着た『剣客木村』。その中心でチヤホヤされている『みか☆りん♪』は、なんというか……がんばりすぎてこじらしちゃった感が強く出ていた。

 まるでメイド服をピンクに染めたようなファンタジックな服に、狙いすましたネコミミカチューシャまでつけてる。これでルックスが良ければ可愛いんだろうけど、残念だけどこれでは……着ている服が可哀想ってなものだ。


「あんなブサイクがピンクのフリフリなんて、めっちゃ気持ち悪いでござるなぁ」

「ちょっとあんた、なにいきなりど真ん中に豪速球を投げ込んでるのよ、口を慎みなさい!」

「あれだったらさ、昔のあんたのほうがまだ可愛かったわ。それにさ、あいつの取り巻きども……あの格好で『アーサー』とか『ウルフギャング』は無いよね。どっちかっていうと『メガーネ』と『デブノギャング』と『痩身木村』って感じ?」

「ぶっ! ちょ、あんた言い過ぎよ!」


 とはいえ、今日の私にとっての本命は彼女たちではない。だが他に視線を向けてみたものの、目当ての人物らしき姿は見かけられなかった。さっきの村長の対応からしてまだアンドロメダちゃんは着いてないみたいなんだけど……。


「ねぇ村長、アンちゃんとランスくんは?」

「あぁ、まだ来てないみたいだな。俺も待ちわびてるんだが……」

「どーせネカマだから来れないのよ!」


 私と村長の会話を横耳で聞いていたのか、店の奥に鎮座していたみかりんが大声をあげた。頬に赤いチークをつけて、目の周りにバチバチアイシャドウをつけているその顔は、残念ながら頬に絵の具をつけたアライグマにしか見えない。

 彼女、きっとクラスでは大人しくて目立たないタイプなんだろうなー。そんな同情心みたいなものを抱きながら、大人の余裕をもって彼女の叫びに応える。


「でもね、みかりん。来るって言ったくらいだから、アンドロメダちゃんはネカマじゃないかもよ?」

「さーて、どうかしらね? ま、ネカマじゃなかったとしても相当なブサイクかババアなんだろーけどね!」


 む、残念だけどその予想は私も同じだ。アンドロメダちゃんはたぶん……性別なり年齢なり、どこかでウソをついている、そう思ってたから。ただ、それがどこかなのかまではわからなかったんだけど。


「まぁクソドロメダさんも、あたしみたいなネットアイドルを見たら、きっと歓喜して卒倒するでしょうけどね? あははっ」

「みかりんの言うとおりだぜ!」

「ぶふふっ、そうでやんす」

「んだんだ!」


 みかりんの自意識過剰な発言に、周りに控えていたメガネ、デブ、ガリノッポが異口同音に声を上げ出す。

 おやおや、取り巻きどもまで調子に乗ってるよ。どうせてめーらみかりんとあわよくばチョメチョメしたいだけだろーが。


「あめみぃさん、あなたもあたしの若さと美貌が羨ましいでしょ? だって、あめみぃさんてば……予想通りただのオバさんだしねぇ!」

「なっ……⁉︎」


 クソッ、このクソガキが、人が一番気にしてること言いやがって!

 さすがに頭にきた私が何か言い返してやろうとした、そのとき。カランカランと入り口の扉が開く音とともに、一人の人物がゆっくりと店内に入ってきた。



 ◇◇◇



 入ってきたのは、驚くほど綺麗な美少女だった。

 大きめの白い帽子をかぶり、水色のワンピースに身を包んだ少女。だけどモデルのようにスラリとした体型。なにより彼女の顔は……まるでテレビに出ているアイドルのように小さく整っていた。もう、文句の付けようのないほどの美少女だ。思わずといった感じで横の里理さとりがヒューと口笛を鳴らす。


 だが、明らかに彼女の存在はこの場で浮いていた。おそらく間違って店に入ってきた一般客ではないだろうか。実際すぐに村長が彼女に申し訳なさそうに頭を下げに行く。


「申し訳ないですお客様、本日は貸切なんです」


 ところがその美少女は言われたことの意味がわからなかったのか、その可憐な小首を傾げた。その仕草だけで、思わず胸がドキンとしてしまう。


「あのー、ここが会場だって聞いて来たんだけど」

「……はい?」

「あっ、村長だ。へー、村長って予想よりダンディだね」

「へっ?」


 彼女の言葉に、村長が思わず驚きの声を漏らす。そんな彼の反応を無視して、美少女はすぐに私たちの方に近寄ってきた。私たちの名札を確認して、まるで天使のような笑みを浮かべる。


「あー、あめみぃだ! あめみぃはイメージ通りだね! 横にいるのは……侘助わびすけ⁉︎ ウソ、マジ? ネナベだったの?」

「あのー、そういうあなたは……?」


 私が恐る恐る尋ねると、彼女はまるで絵物語のお姫様のように口元に手を当てて驚いた表情を浮かべてペロリと舌を出す。その仕草だけで、私がもし男だったら瞬時に恋に落ちると思った。

 だけど、次に彼女の口から発された言葉に私は一瞬で凍りつくこととなる。


「あ、ごめんごめん。言ってなかったね、私はアンドロメダだよ」

「……えっ?」

「だーかーら、アンドロメダ」

「えっ?」

「へっ?」

「はぁ?」


 私、村長、侘助わびすけが思わず変な声を出してしまう。だけどすぐに彼女の言った言葉の意味を理解すると、私たちは互いの顔を見合わせて……。


「ええええええええぇぇええぇぇっ⁉︎」

「はぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁぁっ⁉︎」

「ほぉぉぉおぉぉおぉぉぉおぉぉっ⁉︎」


 気がつくと、めちゃくちゃな声で絶叫していたのだった。


「ちょ、ちょ、ちょ! あ、あ、あ、あなたがアンドロメダちゃんなのっ⁉︎」

「渚、じゃなかった、あめみぃ、あんた落ち着いて!」

「あははっ、そんなに驚いた? そうだよ、私がアンドロメダだよ。二人とも、いつも遊んでくれてありがとうね」


 そう言うと、1000年に一人……いや2000年に一人の美貌を持つかのような美少女は、私たちに女神のような慈愛の笑みを浮かべたのだった。


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