41.メンター・レッスン
「……ということで、このマニュアルどおりにやっていればそんなにメンターとして気にする必要はない」
そう言って天王寺 額賀ことガッくんは、顔色一つ変えずにとてつもなく分厚いマニュアルを手渡してきた。
なんだこれは? もしかしてこれ、ガッくんの手作りだったりする?
「えーっと、これを全部読めと?」
「ああ。出来れば暗記することが望ましい」
そんな無茶なことをクソ真面目な顔でさらっと言うガッくん。なんだよこの鬼は、もしかしてわざとこんな分厚いマニュアルを作って、俺を酷い目に合わそうとしてないか?
一瞬そう思ったものの、よくよく考えてみると身を削ってまでそんなことをする意味が分からないし、なによりこいつをじっくり観察してみると、ずいぶんと疲れているように見えた。頬も少しこけ、目の下には見事なクマができている。
「……もしかして天王寺くん、徹夜でこの資料つくったの?」
「気にするな。君に渡すのに間に合わせるために、僕が勝手にやったことだ」
げっ、マジかよ。そう言われたら気軽に文句も言えなくなっちゃうじゃないか。仕方なく俺は黙ってマニュアルを受け取ることにする。うーむ、なんか負けた気分がするぞ。
「……あぁそうだ日野宮、君は前に電車でチカンをされていた土手内を助けたそうだな」
「ん? あー、そんなこともあったね」
「彼女はそのときの経験から男性恐怖症になっているそうだ。それがあって今回日野宮をメンターに指名してきたらしい」
へー、そんな事情があったのか。たしかにうちらの代の生徒会メンバーは『キングダムカルテット』の男だけだ。特に一匹ケダモノみたいなのもいるしな。あんなケダモノがいたいけな一年生の女子と二人っきりになるとか、想像するだけであぶなっかしいったらありゃしない。
「なるほどね、わかった。私なりに頑張るよ」
「……頼むよ。それと日野宮」
「ん?」
「あー……その節は疑ってすまなかった」
えーっと、これはあれかな? チカン騒ぎのときに俺を説教したことを謝ってるのかな? だとしたら、これは良い傾向だ。あのガッくんが俺を認めたとなると、きっとミッションの達成率も上がりやすくなるに違いない。
ただ、イケメンが照れて顔をそらしながら謝る仕草はなんともサブイボが立つ。残念ながら俺はそういうのにときめいたりする趣味はないんだよなぁ、あしからず。
「いいよ、気にしてないから」
「……そうか」
「そのかわり、私が生徒会にちゃんと協力してるってことについては認めてよね?」
「それはこれからの日野宮の指導状況次第だな」
ちっ。ガードの固いやつめ。
まぁいいや、状況は少しずつ俺へと好転してきているのは確かなんだから。これから徐々に信頼度を増やして、一気にミッションをクリアするぞ!
◇◇◇
自分がメンターに指名されてから数日後、かつ『ドラゴニック・ファンタジア・オンライン』のオフ会を直前に控えた週末のこと。ついに土手内 珠理奈ちゃんへの最初の指導を行うときがやってしてしまった。
この日は放課後にちょっと顔合わせするだからそんなに教えることはないとは思うんだけど、このとおりガッくんにどえらいマニュアルを渡されてしもうた。……これを放課後までに暗記しろというのか? 軽く数百ページはあるぞ?
ここに至るまでも、決して平和な日々だったとはいえなかった。なんと例の『マリアナ会報』が発行されて、アカルちゃんの記事がどアップの写真付きで一面トップに掲載されていたのだ。ちなみに見出しはズバリこうだ。
『前代未聞! 空前絶後! 日野宮あかるがメンターに指名される!』
さらにサブタイトルにはこう書かれていた。
『直撃インタビュー、新聞部部長が日野宮あかるの素顔に迫る!』
……なんだよこれ、どこの週刊誌さ?
だけど、【マリアナ会報】の宣伝効果は凄まじいものだった。もともとかなりの知名度を持っていたアカルちゃんの名前は、これを機に一気に広がっていったんだ。おかげで、廊下をちょっと歩いているだけでも「きゃー」とか「うおー」とか囁かれる始末。
いや、いいんだよそれは別に。だけどさ、「あの子、リアルの男子に興味ないんだって」「好みのタイプは魔王とか、あれかな? 厨二病?」って言われるのはちょっと勘弁してほしい。いやさ、たしかに【魔王】を探してるからああ答えたけど、それを面白おかしく記事にしないでほしいな!
……ちなみに本当の好みは〝もちもち肌の巨乳美女〝です、あしからず。
とりあえず休み時間なんかを駆使してガッくんに渡されたマニュアルを熟読していると、あっという間に放課後がやってきて、いよいよ土手内 珠理奈ちゃんにメンターとしての指導をする時間となった。
といっても、指導はどうやらさほど難しいものではないようだ。学校や生徒会のルールを教えたりとか、風紀委員としての生徒への指導方法など、内容的にはありきたりなものが多い。マニュアルがこんなに分厚くなったのは、ひとえにガッくんの性格によるものだろう。あいつ、絶対にA型やな。
ガラガラ。生徒会室のドアを開くと、既に待機していた『メガネ賢者』天王寺 額賀ことガッくんと、ソファーに腰掛けていたツインテールの女の子が勢いよく立ち上がった。あぁ、覚えてる。この前チカンされてた土手内 珠理奈ちゃんだ。
「せんぱーい! ジュリ、また先輩にお会いできて嬉しいですっ!」
「土手内さん、元気そうでよかった」
んー、なんかツインテールをピョコピョコさせながら満面の笑みを浮かべる彼女はなんとも可愛らしい。なんとなくマヨちゃんを彷彿とさせる。
「よし、来たな。じゃああとは日野宮に任せる。僕はこれで帰るよ」
そう言って立ち上がりながら部屋から出て行こうとするガッくん。すれ違いざまに耳元に囁いてきた。
「……頼んだぞ」
「まぁ私なりにはがんばるよ」
あまりにも辛気臭い顔をしてるのでドンッと軽く胸を突いてやると、ガッくんは一瞬だけ驚いたような顔をして、そのまま出て行ってしまった。最低限の仕事はするつもりだから、そんなに心配しなさんなって。
さーて、二人っきりになってしまった。なにから指導していくかねぇ?
「あらためて土手内さん、この度あなたのメンターを務めることになった日野宮あかるです。一か月という短い期間だけど、よろしくね」
「せんぱーい、ジュリのことはジュリって呼んでください。その方が嬉しいです」
可愛い女の子にせんぱーいって声かけられるのって斬新だよな。思わず顔がにやけてしまう。ついでに彼女のリクエストに応えてジュリちゃんと名前で呼ぶことにした。
「それじゃあジュリちゃん。さっそくだけどまずは生徒会のお仕事について……」
「せんぱーい!」
「ん? なに、ジュリちゃん」
「ジュリ、今日は先輩と親交を深めたいです!」
ほっほー、なかなか可愛らしいこと言ってくるじゃん。とはいえ彼女の言うことに一理ある。俺たちは電車の中でちょっと出会っただけでしかなくて、お互いのことをまだよく知らないからね。
「わかった、いいよ。それじゃあどこかでお茶でもしながらお話でもする?」
「いいえ、先輩。これからカラオケ行きませんか?」
カ、カラオケだぁ? まぁ嫌いじゃないからいいんだけど、それでいいのか?
「ついでにジュリのお友達も呼んでいいですか? ジュリの周りに先輩のファンが多くて、是非お近づきになりたいって言ってるんです」
「そ、それは別にかまわないけど……」
メンターとしての指導をほったらかしてそれでいいのか? ま、いっか。最終的に目的を果たせばいいわけだし、カラオケだったらあわよくば【アナライズ】できるかもしれないしね。
◇◇◇
やってきたのはいつものカラオケボックス。そしてジュリちゃんのお友達は……なんと三人もいた。
「ちーっす、日野宮パイセン! やっぱ間近で見るとキレーっすね!」と、調子良さそうな口調で挨拶してきたのは、ルックス的にはK4ほどではないものの、かなりのイケメンである渋谷 樹くん。髪をピンク色に染めてホストみたいな髪型をしたチャラ男だ。おいおい、生徒会でこの髪はマズイんじゃない?
「は、はじめま、ひて。日野宮先輩。お、お会いできて嬉しいです」とどもりながら挨拶してきたのは、オカッパあたまにメガネとど真面目な雰囲気の女の子で神田 律子ちゃん。なんだか顔を真っ赤にしてカチコチに緊張している。
そして最後の一人が「こんにちわ、日野宮先輩。ぼくは恵里巣 啓介です。よく女の子の名前みたいな苗字って言われますけど、正真正銘男なんですよ」とおどけた様子で挨拶をしてきた可愛らしい雰囲気の男の子、恵里巣くん。先のホストみたいな新宿くんとは真逆の優等生タイプな男の子だ。ぶっちゃけこの子が首席で良くね? って思うほどの落ち着きをエリスくんは放っている。
この三人にジュリちゃんを加えた四人が今年の一年の生徒会メンバーだそうで。それにしても男の子いるじゃん。ジュリちゃん男性恐怖症じゃなかったのか?
「あ、あの、それは……あ、彼らはその、と、特別なんですよ」
「特別?」
「はい、生徒会の活動で慣れ親しんだ仲間というか、なんというか」
「ふーん」
よく分からないけど、男性恐怖症ってのはそんなもんなのかな? ま、気にしても仕方ないからこの話題はもうおしまいにする。
こうして一年生の生徒会メンバーとカラオケで親交を深めることになったわけなんだけど、なんだかんだで楽しかった。やっぱりさ、アカルちゃんはいい喉してるんだよね〜。だから自分で歌っててもすごく気持ちいいし、一年生の四人もアカル’sボイスに聞き惚れてるみたいだったからさ。
大好きな『トキメキ☆シスターズ』の歌を歌ったあとには、ホスト風の渋谷くんなんか興奮した口調で横に擦り寄りながら「パイセン、マジスゲーっすね! モノホンのアイドルみてーっすよ!」っておだててきたけど、まぁその気持ちもわかるってなもんよ。なにせそれくらいアカルちゃんの歌声は可愛らしくて素晴らしかったからね?
途中、お互いの飲み物を交換する機会があったので、ここで一気に渋谷くんと神田さんは【アナライズ】することができた。ちなみに「あ、そのジュース美味しそうね。頂きます!」とかって言って神田さんの飲み物を奪ったときには、神田さんってば顔を真っ赤にして目を白黒させてたっけ。あ、もちろん二人ともシロね。
残念ながら、ウーロン茶と熱い緑茶を飲んでたジュリちゃんと恵里巣くんにはアナライズする機会がなくてできなかったんだけど、まあ焦る必要はない。今回はダメでもいずれまたチャンスは来るさ。くくくっ。
そんな感じで無事にジュリちゃんたちとも仲良くなることができ、メンターとしての一回目の指導は順調に終わったのだった。
いやー、出だし順調! この調子でガンガン達成率を稼ぎまくるぞー!
そして、明日はいよいよ『オフ会』だ。みかりんめ、見てろよ。絶対ぎゃふんって言わせてやるからなっ!
〜 おまけ 〜
渋谷「いやー日野宮パイセン、マジ可愛かったな! 歌もうめーし! いやー、おれ恋に落ちたかも!」
神田「わ、わたし、先輩と間接キスしちゃった……ぽっ」
顔を上気させてアカルについて語る渋谷と神田を、忌々しげに睨みつけるジュリと、無表情の恵里巣。
恵里巣「うーん、二人ともあっさり日野宮あかるに籠絡されてますね。さすがは『女王』あかる、天性のたらしですね。あわよくば渋谷君あたりに惹かれてくれればと思ってたんですが……論外でした」
ジュリ「だから言ったのよ、イツキなんかじゃ手に負えないって。なにせ日野宮あかるは、キングダムカルテットのイケメンをあれだけ侍らせてるってのに見向きもしないようなやつなのよ!」
恵里巣「まぁこの程度で落ちれば楽だったんですけどね。では予定通り第二段階に移行しましょうか」
ジュリ「……ふん。最初からジュリに任せとけばいいのよ。ねーエリス、あなたレノン様の参謀気取りかもしれないけど、ジュリこそがレノン様のナンバーワンなんだからね! それを証明してあげるわ」
恵里巣「はいはい、それでいいよ。ぼくはあくまで影……プロデューサーですからね」
ジュリ「……なによそれ、気持ち悪っ」




