37.【アナザーサイト】生徒会の憂鬱
日野宮あかるが生徒会室から出て行った直後、『メガネ賢者』天王寺 額賀は大きくため息をついた。その様子を、キングダムカルテットと呼ばれる他の三人が三様の有様で眺めていた。
「クソッ、まさか日野宮が受けるとはなぁ……完全に読み違えた。僕の計算もまだまだ甘いな」
「そう? ガッくんさ、ボクはアカルちゃんならこの話を受けると思ってたんだけどねぇ〜」
「……汐、なにを根拠にそう思ったんだ?」
「んー、なんとなく?」
ひょうひょうとした『姫王子』汐 伊織の様子に業を煮やした額賀がこめかみを揉みほぐしていると、『堕天使』冥林 美加得が堪えられないといった感じで笑い声を漏らした。
「くくっ、さすがのガクカも苦戦してるな。まぁこのオレ様が手を出しあぐねてるくらいだ、日野宮アカルは一筋縄ではいかないだろうよ」
「簡単に言ってくれるなよ、これからどうすればいいんだか。さすがの僕も戦略が練りずらい」
「さぁ? なるようになるんじゃね?」
冥林美加得の適当な態度を見てさすがに哀れに思ったのか、汐伊織がすかさずフォローに入った。
「大丈夫だよ、ガッくん。なにかあったらボクも援護するからさ。それに--アカルちゃんならこの役目、ぴったりだと思うよ。ねー、シュウもそう思うでしょ?」
「ん? ……あぁ、そうだな。アカルなら良いと思う」
「……ほぅ」
火村修司の思いの外 肯定的な返事に、天王寺額賀が驚きの声を上げる。
「驚いたな、火村。お前は日野宮とモメたんじゃなかったのか?」
「ぷぷっ、一撃で伸されちゃってたよね?」
「おお、あれは良いパンチラハイキックだったよな! 日野宮アカルが男だったらガチバトルしたいくらいだぜ!」
「……よしてくれよ。俺はこれでもアカルに感謝してるんだぜ?」
少し照れながらもそう口にする火村修司に、汐伊織が露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「あっ……もしかしてシュウってば、ドMに目覚めちゃった?」
「んなわけあるかっ! 女装に目覚めたお前と一緒にすんなよ!」
「あー、差別は良くないんだー。それにちがうし、ボクの場合〝目覚めた〝んじゃなくて〝吹っ切れた〝だけだからね?」
「どっちも似たようなもんだろうが!」
「おー、伊織の女装姿はなかなかイケてるよな! 今度オレ様とデートするか?」
「いやだよ、ミカエル男じゃん。ボク、男には興味ないしー」
「なんだそれ、女装してるくせに女が好きなのか?」
「厳密にはボクは女装好きなんじゃなくて、可愛らしい格好をするのが好きなだけの、ごく普通の健全な男の子だよ?」
「す、すまん……俺にはその違いが分からないんだが……」
ダンッ、という鋭い音がして、それまで黙って三人の会話を聞いていた天王寺額賀が、目の前のテーブルに手を叩きつけた。
「そんなことは今はどうでもいい! 今の話題は、あの超問題児である日野宮あかるにメンターを任せて本当に大丈夫かってことだよ! 僕は……お前たちも知ってる通り、どうしても生徒会長になる必要がある。そのために、簡単に足元を見られるような失点を犯すわけにはいかないんだよ!」
「それは……あいつを生徒会長にさせないためだよな?」
「……そうだ、冥林。僕は『礼音』にだけは負けるわけにはいかないんだ」
天王寺額賀の言葉に、冥林美加得がまるで獲物を見つけた猛禽類のようにニヤリと笑う。
「ガクカ、ほんっとお前もめんどくさい性格だよな。お前もオレ様みたいにもっと色々気軽に考えれば良いのにさ」
「ふっ、好きに言ってくれ。僕は今さら自分の性格なんて変えることはできない。星乃木先輩のためにも、僕は僕のやり方でこの学校を守ってみせる」
「くくっ、惚れた弱みってか?」
「黙れ冥林。僕はあの人を尊敬してるだけで、そこに色恋沙汰は関係ない」
「はいはいー、ケンカはそれまでだよー」
少し険悪になりかけた天王寺額賀と冥林美加得の会話を、汐伊織が強制的に遮る。彼のほんわかしたオーラで、一気に場の空気が和らぐ。
「とにかくさ、ボクやシュウだってガッくんが生徒会長になるのには賛成だよ。そのためには全力で応援するつもりだしね。ミカエルだってそうでしょ?」
「ん、まぁな。生徒会長なんて面倒なもんをガクカがやってくれんなら、あいつがなるよりは遥かにマシだしな」
「うんうん。でもさ、たしか新聞部は既にあっち側に付いてるんでしょ? 情報発信源は握られちゃってるわけだ。だからさ、これ以上不利な状況にならないようにするためにも、味方を増やしていくのは大事なんじゃない?」
「う、うむ……そうだな」
「そういう意味ではさ、ガッくんの立場を強固なものにするためにも、アカルちゃんは味方につけといた方がいいと思うよ。ガッくんはなぜか苦手にしてるみたいだけど、彼女の存在はもはやこの学校では無視できない影響力を持ってるからね?」
汐伊織の言葉に、天王寺額賀は目を細める。その瞳に宿るのは、知略深謀か。
「日野宮あかる……。『乙女の守護者』、『女王』、『女番長』だっけか? 学校の女子たちに絶大な人気を誇ってるみたいじゃないか」
「男子人気も凄いよ? 下手したらレーナちゃん人気も上回ってるんじゃないかなぁ。密かにファンクラブも出来てるみたいだし」
「ゲッ、マジか。まぁ確かにアカルのやつ最近可愛くなったからなぁ……」
「あっ、ダメだよシュウ。アカルちゃんはボクが最初に目をつけてたんだからね?」
「おいおいイオリ、オレ様を差し置いてそれは無いんじゃないか?」
「あーもういい。わかったからお前たちは少し黙ってくれ」
騒がしくなってきた三人の会話を打ち切ろうとする天王寺額賀であったが、今度はそれすら汐伊織が遮ってきた。
「黙らないよ、ガッくん。それだけじゃなくて実は……生徒たちの間で、アカルちゃんこそ『エヴァ』に相応しいんじゃないかって話まで出てるんだよ。知ってた?」
「なっ⁉︎ ば、ばかなっ!」
汐伊織の発した『エヴァ』という単語に、天王寺額賀は激しい反応を示した。思わずといった感じでソファーから立ち上がる。
「『エヴァ』はそんな簡単になれるもんじゃない! ここ数年は噂すら立たなくて、あの星乃木先輩ですら話題にも上らなかったというのに……」
「星乃木会長のことは知らないけど、現にそれくらいの影響力をいまのアカルちゃんが持ってるってことだよ」
汐伊織の言葉に、悔しそうに顔を歪める天王寺額賀。だがそれも僅かな時間のことで、すぐに大きなため息とともに表情を崩してソファーに座りなおした。
「……わかった。とりあえず汐の言う通りやってみよう」
「うんうん、それがいいよ! きっとなんとかなるって、案ずるより産むが易しって言うしね」
「論理派の僕的にはあまり好きじゃない諺なんだけどな」
そして気を取り直すかのようにメガネを指でクイっと正すと、天王寺額賀は誰にでもなく呟いた。
「……それにしても、日野宮あかる。あいつはいったい何なんだ? 一年の時はまるで目立たなかったってのにこの変わりようは。まるであいつみたいじゃないか」
「礼音とアカルは違うよ、額賀。一緒にしないほうがいい」
「まぁそうだな、シュウ。前者には明確なキッカケがあり、後者には目立ったキッカケがない。そういう意味ではあいつよりも彼に似てるかもな」
「あー、彼ね。えーっと、恵里巣くんだっけ? 最近女子に人気あるんだってねー、よく名前聞くもん」
「あぁんイオリ、誰だそいつ? オレは知らねーぞ。そいつケンカ強ぇのか?」
「ミカエルってホント脳筋だよねぇ。彼はそんなタイプじゃないよ。どちらかというとガッくんタイプかな? ただガッくんよりも人当たりが良いから、だいぶファンを取られちゃったかもねぇ。アカルちゃんと同じくらい彼も最近話題に上ってるよ?」
「……オホン、いまは恵里巣のことはどうでもいい。僕も別に自分のファンとか気にしないしな。しかし本当によく分からないな、それほどまでに評判になるとは、日野宮のどこが魅力なんだ?」
「ふふっ。アカルちゃんはいろいろと矛盾を抱えてるからね〜。そこが魅力なんじゃないかな?」
汐伊織の何気ない言葉に、それまでなにやら考え事をしていた天王寺額賀が反応する。
「パラドックス? 矛盾? なんだそれは、汐」
「んーと、アカルちゃんはね、しっかりしてるように見えてスキだらけ、可愛らしく見えながらときどき男らしい、そんな一面を持っているんだ。まるで普通の子たちと違う価値観の世界で生きてるみたいな感じさえするね。だからボクなんかから見ても、アカルちゃんはすごく矛盾を抱えてるように見えちゃうんだぁ」
「おーイオリ、その表現おもしれーな! パラドックス・アカルってか? いや、アカル・パラドックスのほうが呼びやすいか? なんかゲームのラスボスみてーで良いじゃん!」
「おいおいミカエル、またアカルの変なあだ名増やしてどうすんだよ? ……でもまぁたしかに伊織の言う通り、アカルが矛盾を抱えてるって表現はぴったりな気がするなぁ」
そうポツリと呟く火村修司の表情は、あれだけ酷い目に遭わされたというのにずいぶんと穏やかなものであった。そんな彼の顔を意外そうな顔で眺めていた冥林美加得であったが、ふとなにかを思い出したようにポンっと手を打つ。
「まあいいや、シュウ。それよりよぉ、またライブやりてーな!」
「ライブ? あぁ、そうだな……あれは楽しかったなぁ」
「【キングダムカルテット】再集結だね! 学園祭以来だねぇ、楽しそうかも!」
「おいおい、とりあえず生徒会長選が終わってからにしてくれよな? でも落ち着いたらそれもいいな……」
「だよね! ガッくんのドラム上手だったもんね〜」
「汐のベースもなかなかのもんだったけどな」
「いやいや、そこはオレ様のハードなヴォーカルと、シュウのイカしたギターだろうがっ!」
「いや、ボクが……」
「いやいや俺が……」
「なんのオレ様が……」
「否、僕が……」
こうして、四人のイケメン軍団『キングダムカルテット』たちのとりとめのない雑談は、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るまで続けられたのだった。




