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35.ヴァーチャル・ワールド

 カタカタカタ。素早くキーボードを操作してパーティーメンバーに回復魔法を飛ばす。画面に映る純白の鎧を着た騎士に光り輝くエフェクトがかかり、上に表示されたライフゲージが一気に回復してゆく。ふぃー、間に合った。


 ランスロット:「姫、ありがたき幸せ」

 アンドロメダ:「間に合ってよかったぁo(^▽^)o」


 お礼を言われたので素早くチャットを打ち込む。ついでにガッツポーズのコマンドも発動させると、画面に映る俺の移し身アバターが、可愛らしいポーズを決めた。


 あー、やっぱ現実逃避は電脳世界オンラインゲームに限るよな。めくるめく作業感が、心の中の嫌なことを忘れさせてくれる。

 最近の若い子はスマホゲーなんかに夢中になってるみたいだけど、俺からするとあんなもん子供のおもちゃみたいなもんだね。本物がするのはネトゲだよ。電脳空間での人と人とのリアルなコミュニケーションこそが真のヴァーチャルだと思わないかい?


 ちなみに今日で「女の子の日」も三日目。なかなかしんどい日々が続いていて、いくら楽観主義者の俺でもさすがに参ってきていた。だから、普段の禁を破ってここのところ毎晩ネットゲームに入り浸ってたんだ。

 いやね、言い訳させてもらうとこれほんっとキツイのよ。痛いしダルいし気分は凹むし。……だから許してください、俺にだって心の休息は必要なんです。



 今日のパーティーメンバーは、「騎士ナイト」職のランスロットと「魔術師ソーサラー」職のあめみぃだけだ。侘助わびすけは一応IT企業のSEをやってるサラリーマンだそうなんだけど、今日は残業が忙しいのかまだオンしていなかい。ちなみに彼は忍者が大好きで、弓師アーチャーのくせにニンジャプレイにこだわって防御値の低い黒装束にあえて身をつつむような変わった人だ。


 あめみぃ:「やっぱ三人だときついねー。街に戻って誰かナンパしよっか」

 アンドロメダ:「そうだね、どうしても火力が足りないよねぇ(´Д` )」

 ランスロット:「姫を守る騎士として不甲斐なさを感じている。誠に申しわけない」


 あめみぃさんの提案を受け入れ、俺たちは一度他の多くのプレイヤーが集まる街に戻ることにした。

 ちなみにあめみぃさんは小学生二児の母親なのだそうだ。子供たちが寝静まったあと、こっそりストレス発散のためにゲームをしているんだとか。なんでも攻撃魔法でモンスターをグチャグチャにするのが最高のエクスタシーとのたまうド変態さんで、たまに「死ねっ! クソ旦那っ!」と言いながらファイアストームを放っている。超こえーよ。


 俺は一応「私立大学に通う女子大生」っ設定で通していた。もちろんネカマやってたんだから適当に作り上げたものなんだけど、女子高生になっちまった今となっては当たらずも遠からずって感じかな。


 そして、そんなネカマな俺をなぜか「姫」扱いして勝手に忠誠を誓ってるのが騎士のランスロット。若い……恐らくは学生なのだと思うけど、素性をあまり語りたがらないから詳細は不明。白系の装備に固めて騎士道精神をモットーに徹底した演技ロールプレイをするので、俺は勝手に「厨二病をこじらせちゃった若い子」という評価を下していた。

 まぁ、アンドロメダちゃんに惚れちゃったとか、ストーカーになりそうとかそういう危険なタイプではなく、あくまで「姫を守る騎士」っていう立場に勝手に酔ってるだけみたいなので、基本的には放置している。害がなければどんなものでも受け入れる、それが俺のモットーさ。



 俺たちはもともとソロプレイ、もしくは固定のメンバーを持たずに適当な人とパーティーを組んで日々遊んでた。

 この『ドラゴニック・ファンタジア・オンライン』も、他のオンラインゲームの御多分に洩れずけっこうガチ勢が多いから、うちらみたいに不規則にログインしてのんびりとマイペースでゲームを楽しんでるライトユーザーはそんなに多くない。それゆえ俺たちはこのゲームのなかではかなり浮く存在となっていた。

 そんな俺たちだからこそ、何度かパーティーを組むうちにプレイスタイルが似ていることに気づいて意気投合し、徐々にこうして一緒に行動するようになっていったのだ。今ではログインすると互いにすぐ声をかけ合う関係になっている。


 そんな感じだから、俺が女子高生になったあとしばらく不在にして、初めてログインしたときも彼らは「あっ、久しぶりー」って感じで暖かく迎えてくれた。その感覚がなんとも心地良くて、今日もここで現実逃避をしている。だってお腹痛くてなんもやる気が起きないんだもーん。



 ◆◆◆



 転送のアイテムを使って街に戻ると、とりあえずギルドメンバーが集まる集合場所に向かう。

 不規則ログイン&非効率プレイスタイルのうちらではあったけど、一応ギルドには所属していた。ギルド名は【のほほん村】。ギルドマスターは『村長』を名乗る我謝髑髏がしゃどくろさんという名の召喚士サモナー。いろいろとネーミングのギャップが激しいけど、そこはつっこまないでおく。

 ギルド【のほほん村】は、ゲーム攻略を主とはしない気楽な集まりという趣旨で我謝髑髏がしゃどくろさんが作ったものだ。そのコンセプトが気に入ってみんなで入ったんだけど、やっぱり世の中にはいろんな人がいるわけで、中にはいけ好かないギルドメンバーもいたりする。

 そんなわけでギルドホームに戻ると、我らがのほほん村の村長、我謝髑髏がしゃどくろさんが出迎えてくれた。


 我謝髑髏がしゃどくろ:「やぁおかえり、君たちがホームに顔を出すなんて久しぶりだね」

 アンドロメダ:「村長、おひさです♪」

 ランスロット:「ご無沙汰です、村長」

 あめみぃ:「そんちょー、チーッス!なんか三人だとしんどくてねぇ、ヒマ人探しに一度引き上げてきたんだ」

 我謝髑髏がしゃどくろ:「あはは、俺が手伝えたら良いんだけど、いまこのモエキュンラビットの調教テイムで忙しいんだ。ああ、ウサミミ最高じゃー! サモナーでケモナー、なーんちって! ぎゃははっ!」


 一見まともそうな人に見える我謝髑髏がしゃどくろさんは、リアルでは自営業をやっている中年の男性だそうで、基本的にはとても良い人なんだけど……御多分に洩れず少し変態が入っている。彼はガチのケモナーなのだ。しかも擬人化してないほうがストライクだという筋金入りだ。今もモエキュンラビットというウサギのモンスターの調教テイムに夢中らしく、ずっとギルドホームに篭りっぱなしなのである。

 ……なんかさ、俺の知り合いってリアルもバーチャルもこんなんばっかりじゃない?


 あめみぃ:「そしたらさ、今いるギルメンで一緒に狩りできそうな人っているかな?」

 我謝髑髏がしゃどくろ:「んー、いることはいるが……」

 みか☆りん♪:「あああああ‼︎ ランス様だああああああっ♪」


 俺たちが呑気に雑談をしていると、ふいに俺たちのチャットにウザい感じで横入りしてきたやつがいた。きらきらとエフェクトを飛ばしながらチャットに遅れて乱入してきたのは、防御値は低いものの可愛らしい装備として有名な『ピンキーハウス』系の装備で全身を固めた女の子のキャラクターだ。

 そして残念なことに、俺はこいつのことを知っていた。うーむ、みかりんか。ここで一番会いたくないやつに出くわしてしまったぞ。


 ランスロット:「やぁみかりん、元気そうで」

 みか☆りん♪:「やーん、会いたかったぁランス様ぁ!」

 あめみぃ:「……」

 我謝髑髏がしゃどくろ:「……」

 アンドロメダ:「……」

 みか☆りん♪:「あー、あんたもいたんだクソドロメダちゃん。今日もキモいキャラしてるね〜」


 現れたのは付与師エンチャンターの女の子「みか☆りん♪」だ。こいつ、めっちゃぶりっ子キャラなうえに何故かランスロットに粘着していて、事あるごとに彼にまとわりついていた。

 正直それくらいならどうでも良い存在なんだけど、こいつがもっともやっかいなのが……ご覧の通りアンドロメダおれのことを異様に敵視することだ。


 ランスロット:「みかりん、姫に対する暴言は許さないぞ?」

 みか☆りん♪:「あ、そんなつもりはないんだよ? ただヒーラーってだけで可愛い子ぶってるのが気に食わなかっただけ」


 さっき村長がログインしているギルメンを言うのをためらったのは、たぶんこいつがインしてたからだな。なにせみかりんがアンドロメダちゃんを敵視しているのは周知の事実だったし。とはいえこっちは弱みがあったネカマだったから表立って反抗はしなかったんだけどさ。

 パーティメンバー内だけに見えるパーティチャットで、あめみぃが「面倒なのが来たねぇ(笑)」と打ち込んでくる。まったくだ! とりあえず顔文字で同意を示す。「(´-`)」。


 みか☆りん♪:「ねぇランス様ぁ♪ こんなやつなんかほっといてさ、あたしのナイトにならない? あたしのエンチャントの能力とあなたの能力は相性が良いと思うんだよねぇ(o^^o)」


 うんうん、俺もそう思う。ぶっちゃけランスロットがこのクソ女を「姫」扱いしさえすれば、全てが丸く収まる気がするんだよねぇ。別に俺も姫扱いなんてしてほしくないし。

 だけどランスロットのやつは、ぜったいにみかりんを姫扱いしようとしなかった。ま、その気持ちも分からんでもないんだけどねぇ〜。ほら、いくらみかりんがネカマじゃなくて本物の女の子だったとしても、俺はあんなぶりっ子をぜってー姫扱いなんかしたくないしね。


 ランスロット:「俺の姫はアンドロメダ様だけだ。申し訳ないが、その要望には応えられない」

 みか☆りん♪:「シンジラレナーイ! どこがいいのよそんな子が! それに女のヒーラーなんてぜったい全員ネカマに決まってるわ!」


 おぉぅ、ある意味真理を突く一言キタコレ!

 実際俺に関しては当たってたわけだから、偏見とはいえよく言ったものだ。

 でもザンネーン、今の俺はネカマじゃないんだなー。クケケッ。


 みか☆りん♪:「それにさ、仮に女だったとしても、リアルはあたしの方が可愛いに決まってるしぃ。なにを隠そう、あたしネットアイドルもしてるんだからねっ☆」


 ネットアイドル? なにそれ、ちょっと興味あるんだけど。

 俺が聞くと無視されそうなので、とりあえずパーティ会話でこっそりあめみぃさんに頼んで聞いてもらう。


 あめみぃ:「みかりん、ネットアイドルなんてやってるの? すごーいね!」

 みか☆りん♪:「ふふっ、気になるぅ? だったらあたしの名前で検索してみてね☆ そしたら動画とか見つかるからさ♪」


 ほほぅ、こいつネットに動画とか公開してるんだ。そんなことするなんて勇気あるよなー。よっぽど自分のルックスに自信があるのか、あるいはただのアホなのか。

 まぁいいや、面白そうだからあとで検索してしてみよーっと。



 そんな感じで雑談をしているうちに、結構時間が過ぎてしまっていた。気がつくと当初から宣言されていたランスロットが落ちる時間になってしまっていた。


 ランスロット:「姫、あめみぃ。悪いが俺は落ちなきゃいけない時間になった。また今度旅に出よう」

 あめみぃ:「ありゃま、しょうがないね。ランスロット、まったねー」

 アンドロメダ:「はーい。またね!」

 みか☆りん♪:「えーっ⁉︎ ランス様、落ちちゃうのっ⁉︎ みかりんさみしいぃぃぃ‼︎」

 ランスロット:「すまないみかりん、またな。あと村長もお元気で」

 我謝髑髏がしゃどくろ:「ほいよー、またなっ!」

 みか☆りん♪:「あーん! ランス様ぁぁ(>_<)」


 ランスロットを見送ったあと、大きな戦力ダウンになることもあり、結局俺たちも今日は解散することにした。せっかくの息抜きのネットゲームなのに、みかりんの相手をしてこれ以上ストレス増やしたくないしね。

 あーあ、もはや俺には安住の地は無いんだろうか……。




 余談だけど、ログオフしたあと「みか☆りん♪」でネット検索してみると、『ネットアイドル、みか☆りん♪のサイト』というおぞましいサイトを発見してしまった。しかもこいつ……動画配信までしてるのかよっ!

 誘惑に打ち勝てずに動画を見てみると、マスクで口元を隠した同年代くらいの女の子が、アニメ声でゲームのプレイ状況なんかを実況してた。ちなみにアクセス数は67……。顔についてはノーコメントで。


 うーん、見ちゃいけないものを見てしまった気がする。やっぱりみかりんは触れてはいけない存在アンタッチャブルだったんだな。

 とりあえず、精神衛生上のためにも今日見たものは全て忘れるとしよう。うん。


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