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33.ネット・ゲーム

 一通りのショッピングを終えて帰る途中の電車の中で、良い買い物ができて上機嫌のいおりんが口を開いた。


「あー、そういえばそろそろレーナちゃんの撮影も無事終わったみたいでさ。そろそろ完全復活できるみたいなんだ」

「へ、へぇ。そ、そうなんだ」

「ふふっ、アカルちゃんはレーナちゃんと仲が良いもんね。楽しみだよね?」

「う、うーん……」


 いおりんはこう言ってるけど、俺の方はさっぱりそう思っていなかった。レーナちゃんこと美華月みかづき 麗奈れいなのことを思い出し、ちょっと憂鬱な気分になってしまう。


 実は俺は、既にレーナちゃんと面識があった。

 初めて彼女に出会ったのはおよそ一ヶ月ほど前。確かに彼女はアイドル&女優デビューしているだけあって超絶美人だ。正直俺みたいなパンピーが芸能人とお話しできるだけでもめっけもんだとは思う。

 でも、性格がなぁ……。

 ちょっとあれは、いくらストライクゾーンの広い俺でも厳しいものがあるわ。それに、好かれているというよりもむしろ激しく嫌われてると思うんだけど。


 そう言うといおりんは「そんなことないと思うけどなぁ?レーナちゃん照れ屋だから、アカルちゃんがあんまり美人なんでビックリしてただけだと思うよ」と言って笑った。

 照れ屋⁉︎ あれが照れ屋の取る態度なのかねぇ……。はぁ。



 ◇◇◇



 夕食後、短パンにTシャツというラフな格好で庭に出ると、日課となったストレッチを始める。最近はマヨちゃんも一緒に運動するようになり、今日も横でジャージ姿で屈伸している。本人曰く「マヨもおねーちゃんみたいなスタイル目指すんだぁっ!」とのこと。か、かわええやないか! がんばれよー、マヨちゃん。


 一ヶ月以上続けているだけあって、今のこの体も随分柔らかくなった。何気に片足を上げてみると、マヨちゃんの頭近くまで軽く上がっていく。


「おねーちゃん、すごいね。なんかバレリーナみたい」

「ふふふっ、すごいでしょ?」


 そのまま足を下ろすと、今度は回し蹴りを繰り出す。男性にはありえない柔軟性を持つこの体は、まるでムチのようにしなって空気を切り裂く鋭い音を鳴らす。ふひゅん。うん、切れ味バツグンだ。


「……こっわ。そんなキック喰らったら、マヨちゃん死んじゃうよ」

「いやーまだまだだね。できれば三連発くらいで蹴りを入れられるようになりたいんだよねぇ」


 女性の体は男性の体に比べて筋力が劣る。そんな女性でも男性並みの力を発揮できる筋肉がある。それが『足の筋肉』だ。

 足の筋肉は腕の筋肉の数倍あるという。たとえ女の力じゃパンチでビクともしない相手でも、鍛えた足の筋肉から放たれる蹴りならばある程度のダメージは与えられるだろう。そう思って最近は蹴りを重点的に鍛えていたんだ。

 ……ちなみにこのあたりの知識は全部とある少年格闘漫画の受け売りなんだけどね。


「……ねぇおねーちゃん。なんでそんなに強くなろうとしてるの?」

「んー? そりゃあ自己防衛のためだよ」

「自己防衛って……おねーちゃん、どんな敵と戦おうとしてるのよ」

「そうねぇ……あえて言うと【魔王】かな?」


 魔王という単語にプッと吹き出すマヨちゃん。


「あははっ、なにそれおおげさー」

「ふふふっ。来るべき敵との戦いに備えて、おねーちゃんは体を鍛えてるんだよ。さ、マヨちゃんも少しは鍛えて自分の身は自分で守れるようにならないとね?」

「うーん、そんときはおねーちゃんに守ってもらうからいいよぉ」

「私が近くにいれば、ね。でもいつも私が側にいるわけじゃないんだからね?」

「ちぇっ、けちー」


 わざとらしく拗ねた表情を見せるマヨちゃんの頭をポンっと撫でる。ほんっとマヨちゃんかわいいよなー。こんな妹が欲しかったよなぁー。って妹だけどさ。



 ◆◆◆



 パソコンの画面に映し出されているのは、目の前に迫り来る血肉に飢えた豚の化物オークたちの群れ。

 彼らはまるで極上のデザートを見つけた時のような勢いで画面の手前こちらに向かって一気に迫ってくる。


 ランスロット:「いつのまにかイベントが始まってるぞ! とりあえず俺が前に出る!『侘助わびすけ』は遠距離から、『あめみぃ』は魔法で援護を!あと……”姫”は回復を頼む!」

 侘助わびすけ:「『ランスロット』、承知したでごさる!」

 あめみぃ:「攻撃魔法はまかせといて!」

 アンドロメダ:「怪我には気をつけてねっ♪」


 黒光りする金属鎧アーマーに身を包んだ騎士のチャットに、後ろに控えていた三人の人物たちが各々応じる。


 素早く身を翻して弓を構えたのが、『侘助わびすけ』と呼ばれたロングボウを持った弓師アーチャー。その姿は黒ずくめで、まるで忍者のよう。

 ゆっくりと呪文の詠唱を開始したのが、『あめみぃ』と呼ばれたきわどい服装の女性魔術師ウィザード

 そして最後に……「姫」と呼ばれたフリフリのフリルの服を着た、ほわほわのブロンドの髪の女性回復師ヒーラー。頭上には『アンドロメダ』という名前が表示されている。


 いよいよ彼らの目前にオークの群れが辿り着こうかとした瞬間、『ランスロット』と呼ばれた騎士が大剣と大楯をかざしながらオークたちの目の前に立ちはだかった。


 ランスロット:「スキル発動、【騎士道精神】!」


 発動した能力により、オークたちは一気に彼に向かって突進していく。だがオークの集団は『ランスロット』にぶち当たったものの、硬いガードの騎士ナイトを突破できずにいる。

 足止めしている間に弓師アーチャー侘助わびすけ』が背後から遠距離攻撃を仕掛けた。オークの群れは戦列を乱され混乱し始める。


 その隙をついて魔術師ソーサラー『あめみぃ』が魔法が発動した。オークたちの群れが一気に目の前が赤い炎に包まれる。火の上級魔法【ファイアーストーム】だ。

 猛烈な炎の前に、哀れ豚の化物オークたちはローストポークと化していった。すぐ上に表示されるライフゲージが一気にゼロになり、光とともに消滅していく。

 続いて騎士『ランスロット』の体が淡い光に包まれた。癒しの光、【ヒーリング】だ。ヒーリングを受けてライフゲージを回復させた騎士ランスロットは、武器を背に戻してこちらに向き直った。


 ランスロット:「姫、回復ありがたき幸せ!」



 ◆◆◆



 パソコンの画面に映るチャット画面の表示された文字を見て、俺はキーボードに文字を打ち込む。

 かたかたかた。


 アンドロメダ:「ありがとう、ランス♪ でも怪我には気をつけてね?」


 黒衣の騎士のは嬉しそうに飛び跳ねたあと、その場にひざまづいた。


 ランスロット:「姫をお守りするためならば、この身がどうなろうとかまいません」

 侘助わびすけ:「あーあ、まーたランスの″お姫様プレイ″が始まったでござるよ」

 あめみぃ:「ほんっと、飽きないよねぇ」


 同時に呆れた様子の『侘助わびすけ』と『あめみぃ』のチャットも流れていく。



 ……そう、実はこれ、オンラインパソコンゲーム『ドラゴニック・ファンタジア・オンライン』のゲームの画面だった。俺はいまオンラインゲームをしている真っ最中なのだ。

 このゲームの中で俺は治癒師ヒーラーの『アンドロメダ』をプレイキャラクターとして利用していた。なぜか周りからは名前ではなく『姫』と呼ばれていたのだが……。


 んで、このアンドロメダちゃんなんだけど、実はこれ……ネカマキャラだ。いや、正確には「だった」と言うべきか。なにせ、かつて俺が男だった時代にネカマプレイしていたときに使用していたキャラだったから。




 先日のミッションクリアの報酬として【G】に開放してもらった「男の時の記憶」。その中にあったのが、この「ネカマやってた時のプレイキャラクターのIDとパスワード」だったのだ。たかがこんな記憶と侮るなかれ、俺にとっては取り戻して本当に嬉しい記憶だったんだから。


 俺は以前この『ドラゴニック・ファンタジア・オンライン』のライトユーザーだった。どっぷりとまでは使ってなかったんだけど、それなりにログインしてはネカマプレイして楽しんでいたんだ。


 ちなみにネカマには大きく分けて二種類あると思っている。一方が、女の子のフリをして男性プレイヤーに近づき、恋心を抱かせることでアイテムを奪ったり小馬鹿にして笑い者にしているようなタイプの悪質なネカマ。そしてもう一方が、俺みたいに……純粋に女の子になったつもりでネカマプレイをする善良なネカマだ。

 なにをかくそうこの俺は、今みたいに女の子アカルちゃんの体になる前から、女の子のフリをして遊んでいたのだ。

 そのときの経験があったからこそ、今こうしてさほど無理なくアカルちゃんとして振るまえているような気がする。人生、どんなことが役に立つのか分からないものだ。



 いまから一カ月以上前、ミッションクリアしてこの記憶を取り戻したあと、すぐに朝日兄さんの使われていないノートPCを強引にぶんどってこのオンラインゲーム『ドラゴニック・ファンタジア・オンライン』をインストールした。そして俺は、かつてのネカマではなく真の女の子プレーヤーとして復活したってわけだ。

 およそ二週間の沈黙を破って復活した俺を、よくつるんでいたメンバーだったランスロットたちは暖かく迎えてくれた。

 それ以降、週に二〜三日程度息抜きのために遊んでいる。


 ただ、残念なことに過去につながる情報は手に入らなかった。なにせ俺はネカマプレイしていた関係上、正体を隠していた(ネカマなんだから当たり前だが)ので、男時代の自分に関する情報が手に入るわけがなかった。もっとも、だからこそ【G】はこの記憶を解禁してくれたんだろうけどさ。


 それでも、かつてを思い出すことのできる「オンラインゲーム」の世界は、今の俺にとって大切な心の安らぎの時間となっていたんだ。




 区切りがついたところで時計を確認すると、深夜一時少し前となっていた。いけない、そろそろ寝る時間だ。ゲームは週三日まで、一回三時間までと決めている。そうしないとリアルに支障をきたすからな。それに今日はイマイチ体調が良くないし、無理はしないでおこう。

 カタカタとキーボードに打ち込む。


 アンドロメダ:「そろそろ寝ないといけないから落ちるね(≧∇≦) ごめんねみんな( ^ω^ )」

 ランスロット:「うぅ、姫がいなくなるのは寂しいが致し方ない。またお会いしよう」

 侘助わびすけ:「おう、姫! また遊ぶでござる!」

 あめみぃ:「学生は勉強が本業だからね、おやすみ(o^^o)」


 実に優しい人たちだ。名残惜しいけどゲームやりすぎて成績落としてたらミッションクリアできないし、元に戻れない。そしたら本末転倒だからね。

 後ろ髪を引かれる想いを断ち切ってログアウトすると、パソコンの電源を落とす。そのままベッドに横たわって目を閉じた。


 あー、楽しかったなぁ。どうせ女になるならゲームの世界に入りたかったな。

 ……あ、そういやお腹痛いの収まってるな。もしかしてあの腹痛はストレスかなんかだったのかな?


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