31.ニュー・ミッション
「人探し……だって?」
なんとも予想外の頼みごとに、思わずおうむ返しに聞き返してしまう。まるで神か雲上人のように偉そうにして俺に指図しているこいつらに、探せない人がいるというのが俺には驚きだった。
「……そいつは驚きだなぁ。あんたたちにはこんな変なアプリを作るくらいの技術力があるっていうのにさ、人一人探すこともできないの?」
『私たちにも当然限界はある。それに、そもそも今回は相手が悪い。なぜなら私たちが君に探して欲しい人物というのは……【こちら側の世界の住人】なのだからだ』
「ふぇっ⁉︎」
おいおい、そりゃどういうことだ? もしかしてそっちの世界からこっちの世界に来た人物ってことなのか? だとすると、二つの世界は行き来することが出来るってのか? だったらなおさら自分たちで探せばいいじゃないか。
『それが出来ないから困っている。本来であればこうやって連絡を取り合うことすらままならないのだから』
「じゃあさ、そいつはどうやってこっちにやってきたんだ?」
『それは言えな……いや正直に言おう、よく分かっていないのだ。だが一つだけはっきり言えるのは、その存在が--君と同じように【誰かの身体の中に居る】と推測されることだ』
「は、はぁぁぁあっ⁉︎」
おいおい、ちょっと待てよ。もしかして俺と同じように「誰かの身体を乗っ取っちゃった奴」が他にも居るっていうのかよ?
『そのとおりだ。だから君にそいつを探す協力をして欲しいのだ』
これは……予想していたよりはるかにトンデモナイ相談だぞ。だいたい誰かの中にいる存在なんてどうやって探せばいいんだ? それに、そもそも別に実害が無いなら放っておいてもいいんじゃないのか?
『実害は……ある。なぜならその存在は、とてつもなく危険な存在だからだ。放置しておいて良い相手ではない』
「危険って……どれくらい?」
『最悪の場合、そちらの世界が滅びることも想定される』
「げぇっ⁉︎」
思わず絶句してしまった俺に、【G】がマスク越しでも分かるほどバツの悪そうな表情を浮かべる。
「おいおい、なんだよその超危険人物はよ! まるっきり【魔王】かなんかじゃねーか!」
『【魔王】……か。そうだな、そう受け取ってもらっても構わない。その【魔王】とも呼べる存在が、今君の世界の誰かの中に紛れ込んでいるのだ。私たちが困っているのも分かってもらえるだろう?』
「ったく、なんちゅうとんでもないものをこっちに解き放ちやがったんだよ……」
この世界が【現実】だと宣言された以上、いくらなんでも滅ぼされてはたまらない。こりゃ否が応でもこいつの手伝いをしなきゃいけないってことだよな。
『すまない。この状況は私たちにとっても完全な想定外なのだ。だから……君が″魔王″を探すために出来る限りの支援をすることも厭わない』
「……ほほぅ?」
ある程度の支援をお願いしようと思ってたけど、まさか向こうから協力を提案してくるとはな。よーし、どうせやんなきゃいけないなら、ここはいっちょうギリギリまで譲歩を引き出してやるかな。うへへっ。
「そもそも支援ってもさ、誰かの中に入ってるなら、相手がボロでも出さない限り分かんなくない? そんな相手、どうやって見つけ出せばいいわけ? 簡単に見分ける方法でもあるの?」
『……その辺も考慮して、私たちから君の支援を行わせてもらう。まず--今回の件はミッションの一つとして提供する。第四ミッション……【″魔王″を探す協力をする】だ』
テッテレーッ。レベルアップみたいな妙な音とともに携帯の画面にポップアップが立ち上がる。画面には『第四ミッション、【″魔王″を探す協力をする】が追加されました』と表示されていた。
ほほーっ、これがミッションとして与えられるわけね。
『次に……君に新たな能力を授ける。その名は【アナライズ】。″魔王″の潜伏先を探り当てる能力だ』
「……まぁ当然必要な能力だよな。それで、この能力はどうやって使うわけ?」
『使い方だが……″魔王″が潜伏していると思しき人物の体液を口内から摂取することで判別する能力となる。ちなみに苦い味がしたら当たりで、逆に甘ければ外れだ』
「…………はぁ?」
俺は思わず変な声を上げてしまった。いま【G】は何といった? 相手の【体液】を、【口内】から摂取する、だとぉ⁇
「おいこら【G】、ちょっと聞いてもいいか?」
『……なんだ?』
「体液ってのは……具体的にどんなものを指してる?」
『具体的には、唾液や涙、汗や血液などだ。もちろん、他の体液でも可能だと思われるが、禁則事項に触れるので口にするのは控えさせてもらう』
クソ真面目な口調でとんでもないことを口にする【G】。俺は思わず目頭を押さえながら問いただす。
「……えーっと、一つ確認していいかな?」
『う、うむ』
「お前ら、ほんっとに真面目にやってるんだよな?」
『も、もちろん大真面目だ! し、失礼なっ!』
「だったらもうちょっとマシな方法を考えろやゴルァッ! だいたいどうやって相手の体液を口に含むんだよ‼︎ 手当たり次第に捕まえて、ディープキスしろってかぁ⁉︎ あぁんっ⁉︎ お前は俺をキス魔にでもしたいのか⁉︎」
『い、いや、そんなわけでは……』
「だったらテメーはどんな方法を思いつくってんだよっ⁉︎ 言ってみろや!」
『た、たとえば……相手が流した汗を舐める、とか?』
「ほっほぉー。じゃあお前さんは、見ず知らずの相手の頬を伝う汗を舌で舐めとるこもが出来るのか?」
『…………』
完全に押し黙って俯いてしまう【G】。そりゃさ、俺がキス魔かなんかだったら何の問題もない能力かもしれないさ。でもよ、こう見えても俺は案外純朴な男の子なんだぜ? 可愛い女の子ならともかく、もし男にキスしろとか言われたは、俺は断固拒否するねっ!
いや、キスならまだいい。○○○や⚫︎△✖️なんかだったりしたら、俺は迷わず世界が滅びる方を選ぶがなー。
……ってかこいつらは本気で俺に嫌がらせをしてきてないか? 自分が出来ないようなことを人にやらせようとするなんて、しみじみとんでもない奴らだよなぁ。
『た、確かに難しいかもしれない。だがそれでも、相手を判別するには体液から得られた情報で分析するしか方法はないのだよ……』
苦しげにそう言い訳を呻く【G】の態度に、さすがにちょっとだけかわいそうになってしまう。まぁこいつだって下っ端かなんかなんだろうから、苦労してるのかもしれないしな。
はぁー、仕方ないなぁ。ここいらで譲歩を一つくらい引き出したうえで、引き受けてやるとするか。
「うーん……そしたらさ、【G】。あんたにも出来ないようなことをこっちにやれってんだから、それなりのご褒美は貰えるんだよな?」
『ま、まぁそのつもりはあるが……』
「そのご褒美について、こちらからリクエストさせて欲しいんだけど」
『ん? なんだ?』
小首を傾げる【G】の仕草が、年相応に感じられてなんとなく可愛らしい。
「例のアレ……解除してくんないかな?」
『例のあれ、とは?』
「その〜、あれだ。認識阻害?」
『……却下だ』
えー、ケチ!
◇◇◇
それからも【G】の説明は続いた。
結局俺に与えられた特別サービスは、既に与えられたミッションに対する『ボーナス』の追加だった。このボーナスとは、通常の行動に加えてある特別なことをすることで、一気に達成度を満たしていく手段らしい。
「それで……どんなことをすればボーナスが貰えるんだ?」
『第一ミッションの【可愛くする】については、【困ってる生徒を助ける】ことでボーナスが付くようになった』
「ほうほう?」
『そして、第二ミッション【学力を落とさずに過ごす】については……【学校のために協力すること】でボーナスが付く』
学校に協力? それってどういうことだ?
『たとえば学校行事などに積極的に参加したり協力する、ということだ』
「あー、なるほどね。それならわかるわ」
これなら、これまで上がりにくかった第二ミッションもクリアにグッと近づくかもしれないぜ!
『ちなみに今回新たに加わった第四ミッションは、別に【魔王】を見つけなくても【アナライズ】を数多くこなすことでクリアできるようになっている。必ずしも見つけることが条件にはなってないので安心して欲しい』
「おお、それは安心だ。……あ、でもさ。もし【魔王】を見つけるより先に俺がミッションを全部クリアしたらどうするの?」
『その点についても気にする必要はない。同時並行で私たちも【魔王】の探索は進めているからな。あくまで私たちに協力するというスタンスで構わない』
おー、それなら納得だ。【魔王】が見つかるまで元に戻らないって言われたらたまらないからね。……まあでも、協力するからには全力を尽くすつもりだけどさ。
あ、そうだ。【魔王】を探すという意味では、相手がどのあたりに潜んでいるのか分かんないとお話にならないよな。「ハワイにいました」とかなったら目も当てられないからね。
「ところでさ、あんたらは【魔王】の潜伏先に心当たりはあるの?」
『……ある。私たちが探している【魔王】とも呼ぶべき存在は、おそらくはこの近くに潜伏していると考えられる』
「この近く?」
『より厳密に言うと、君が通う【摩利亞那高校】に通う生徒に潜伏している可能性が極めて高いと考えている』
「げっ⁉︎ マジかよ⁉︎ ってか、なんでそんなことが分かるのさ?」
『詳しくは禁則事項に触れるから言えないが、私たちが知る【魔王】の行動原理から推察した結果だ』
はぁ?なんじゃそれ。ようはカンってことかよ。
『……ついでに言うと、【魔王】側から君のほうになんらかの接触をしてくる可能性がかなり高いと考えている。だから敵味方含めて、君に近寄る存在には気をつけることだ』
「おいおいおい!ちょ、ちょっと待てよ!」
俺は思わず【G】の言葉を遮った。いまこいつ、聞き捨てならないことを言ったぞ? 【魔王】の方から俺に接触してくる、だと?
「……なぁ【G】、ひとつ確認していいか?」
『……なんだ?』
「もしかしてその【魔王】ってのは、俺のことを知ってるのか?」
『…………』
返事がない。ただのしかばねのようだ。
って、ダンマリとか許すかぁぁぁぁぁっ‼︎
「おいゴラァァァアアァア‼︎ はっきり言えやぁぁぁ‼︎」
『し、知っている。というより、君がいるからこそ【魔王】がそちらに行ったのだと考えている』
「はぁぁあっ⁉︎ な、なんじゃそれぇぇえぇえぇえ⁉︎ おいコラ、そりゃどういう意味だよ⁉︎」
『そ、それ以上は、い、言えない……』
「い、言えないだとっ⁉︎ ふ、ふざけんなボケェェェェエエエェェ‼︎」
もはや我慢できなくなった俺は、スマホに映る【G】に向かって全力で絶叫したんだ。
数分後。
「はぁ……はぁ……」
『お、落ち着いたか? ちなみに私との通話中は音声遮断が発生しているので、周りに気付かれることはないから安心してくれ』
ようやく叫ぶことをやめて肩で息をする俺に、【G】が恐る恐る声をかけてくる。なんだよその無駄機能は。そんな力があるなら【魔王】とか自力でどうにかしてくれよ。ギロリと睨みつけてやると、【G】はサッと目をそらす。
『す、すまない……。今の君には言えないことが多いのだ』
「別に、あんたらのことを許すつもりはないけど、これ以上問い詰めてもどーせ何も出てこないんだろう?」
『う、うむ……今の君に私から話せることはもはや無い』
「はぁ〜。もういいよ、怒るだけ無駄だし」
『そうか、ではもう話はおしまいで良いか?』
「あ、待って。最後に聞きたいことがある」
俺は深呼吸をひとつして気持ちを整えると、最後に【G】に問いかけた。
「なぁ【G】、 『本物』の″日野宮あかる″はちゃんと生きているのか? それとも、それについても言えないのか?」
しばらくの沈黙のあと、【G】は口元を僅かに釣り上げた。あれは--笑ってるのか?
『……大丈夫だ。君の体の元の持ち主であるところの【日野宮あかる】は生きている』
「どこにいるのかは、やっぱり教えてもらえないのか?」
『ああ、残念だが現状ではそこまで教えることはできない。がんばってミッションをクリアしてくれたまえ』
そっか、アカルちゃんは生きてるのか。それは……よかった。えもいえぬ安堵感が俺の心を満たしていく。【G】の返事は予想どおりだったけど、俺の心はものすごく落ち着いていた。
同時に湧き上がってきたのは、新たなる決意。
そうだ。いつの日かアカルちゃんにこの身体を返したときに、彼女が少しでも居心地の良い場所になっているようしてあげたいな。
そして……一刻も早くこの問題を解決して、アカルちゃんを元に戻してあげなきゃいけないな。




