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【番外編】イケメンの失恋模様



 俺の名前は日野宮ひのみや 朝日あさひ。某有名私立大学に通う大学三年生だ。

 こう見えても俺は大学でもサークルの副キャプテンをやっており、女の子たちからはかなり好感度が高い……と自負している。実際に告白されたことも一度や二度じゃ無いしね。とはいえ、肝心な相手には逃げられたりしているわけなんだけどな。あぁ、ルシちゃん。いまごろどこで何をしてるのかな……。


 まぁ俺の失恋話はとりあえず置いておくとして、実は今の俺にはちょっとした悩みのようなものがある。それは、何を隠そう、うちの家族に関することだ。

 というのも、どうも最近家族の様子が少しおかしいのだ。厳密に言うと、うちの上の妹……アカルがちょっと変わってしまったことにある。


 妹のアカルは高校二年生。去年まではガリ勉で潔癖、気も強くて他人を寄せ付けようとしない性格の持ち主だった。どうも人嫌いな感じもあって、実際俺が話しかけてもまともに口を聞いてくれなかった。


 そんなアカルが激変したのは二年生になってからだ。ある日突然トレードマークだった伊達メガネと三つ編みをやめて、あかぬけた容姿に変わったのだ。あんなに嫌っていたのに、いつの間にか制服のスカートまで短くなっていた。

 しかも変化はそれだけに留まらなかった。外見のみならず、中身までまるで別人のように変わっていたのだ。

 これまでろくに俺と口をきいてくれなかったあいつが、俺のことを「朝日兄さん」と呼ぶようになった。この前など、夕食に焼きそばを作ってくれた。今まで一度も台所に立ったことのなかったアカルが、だ。それからもアカルはちょくちょく母さんが遅いときに夕食を作ってくれるようになった。少し心の距離が離れつつあった一番下の妹のマヨイとも、また仲良くなったみたいだ。


 ……もちろん、それはそれでとても良いことだとは思う。だけどこれは、いくらなんでも変わりすぎではないだろうか。


 気になった俺は、ある人物のもとを訪ねて色々と聞いてみることにした。その人物とは、小さい頃から弟のように可愛がってきた、アカルと同じ学校に通う幼馴染……″火村修司シュウ″だ。


「おっすシュウ、元気か?」

「あっ……朝日さん」

「ちょっとお前に聞きたいことがあるんだけどな、時間いいか?」

「えっ? あ、はい……」


 突然訪問してきた俺の顔を見るなり挙動不審になるシュウを無理やり連れ出して、近所のファミレスで尋問開始することにする。この態度、こいつたぶん何か知ってやがるな。



 ◇◇◇



 男二人でファミレスで向き合ってコーヒーを飲む。何が悲しくて男とコーヒー飲まなきゃいかんのか。目の前に座るシュウのやつは何故かずっと俯いたまま、カップに手をつけようとしなかった。


「……タバコ吸っていいか?」

「あ、はい」


 間が持たなかったので、とりあえずタバコに火をつける。

 シュウとは長い付き合いではあったが、こいつがこんな態度を取るのも初めてだ。だからどう話を切り出したものか戸惑っていたのも事実だ。


 ったく、我ながらなにやってんだか。だいたい男とファミレス来て何を話せっちゅうんだよ。男と二人っきりなんて凄まじくシュールで願わくば避けたい状況ではあったが、情報を得るためにはこの際仕方ない。

 それにシュウは俺ほどではないにせよ、なかなかのイケメンだ。こいつと二人なら、きっとナンパしても上手くいくだろう。現にあっちに座ってる女の子四人組がこっちの方をチラチラ見てるしな。あと数年したら、一緒にナンパでもしに行くかな。


 そんなことを考えながら俺が向こうにいる女の子四人組に手を振ると、キャッという華やかな歓声が上がる。女の子たちが奏でるメロディを心地よく浴びて満足していると、それまで押し黙っていたシュウがようやく顔を上げて口を開いた。


「あの……朝日さんは俺を怒りに来たんですか?」

「はあ? 俺がお前を怒る? なんでよ?」

「なんでって、なんかアカルから話を聞いて俺のところに来たわけじゃないんですか?」


 うーむ、どうも話がかみ合わないな。だがやはり学校で何かあったみたいだ。とりあえず俺はシュウに一体何があったのかを話させることにした。


 こうしてシュウの口から語られたのは、ここ最近高校で起こった……アカルを中心とした一連の″出来事″の話だった。





 シュウが口にした話は、俺にとってはとても信じがたいような内容の連続だった。

 なんとアカルは学校でも劇的に立場を変えていたのだ。これまでのガリ勉少女から、積極的で明るい人気者になっていた。しかもその際に、シュウのやつをハイキックで失神させたのだとか。


「……おかけで俺は、布衣にフラれちゃいましたよ」

「あぁ、高菜山で会った例の彼女か。……そっか。それはまぁ、なんというか、申し訳なかったな」

「いえ、まぁ俺にも悪いところがあったんで……」


 そう語るシュウの表情は、予想外にもなんだかサッパリしていた。こいつ、フラれたくせにサッパリするなんていがかなものだよ。


「いや、実はですね。俺も布衣と付き合ってて、なんだか疲れてたんですよ」

「はぁ? 疲れた? あんな可愛い子と付き合ってたのに、なんで疲れるのさ」

「そのー、上手く言えないんすけどね。なんというか、向こうが勝手に抱く理想とかペースに巻き込まれて、自分らしさを全然出せて無かったんですよね。それで、無理やり向こうの理想に合わせていたは、無自覚のうちになんだか酷く疲れ果ててたんですよ」

「あー、なるほどね。そりゃわかるわ」


 確かに俺もルシちゃんに振り回されっぱなしでものすごく疲れてた。だけどなんというか、俺にとってはそれがジェットコースターに乗ってるみたいで楽しかったんだけどな。もっとも、シュウこいつの場合は違かったんだろうな。


「だから、そういう意味ではアカルに感謝してる部分もあるんですよ。あいつのおかげで吹っ切れたのかなってね」

「ほほう……おいシュウ、お前まさかアカルに惚れたりしちまったのか?」

「か、勘弁してくださいよ朝日さん! アカルには感謝はしてますが、付き合うとかそういうのとは……。それに、もし付き合うなると半殺しにされる覚悟がいりますよ。そんな度胸、いまの俺にはありませんから」

「……そ、そっか」


 一時期アカルの彼氏にこいつならって思ったこともあった。残念ながら二人の関係は高校に上がる頃には自然と疎遠になっていたから、性別も違うんだからそれも仕方ないとは思っていた。でもそれがまさか、こんな関係になってしまうとはなあ……。まったく、夢にも思わなかったよ。


「それにしても朝日さん、アカルにいったい何があったんですか? あいつ、あまりにもキャラ変わりすぎなんですけど」

「いやな、シュウ。俺はまさにそのことをおまえに聞きに来たんだよ」

「へっ?」


 俺はてっきり学校で何かがあってアカルが変わったのかと思っていた。だけどシュウの話を聞く限り、どうやらそういう訳でもなさそうだった。


 結局俺たちが持ち合わせた情報だけでは、どうしてあんなにアカルが変わったのかを判断することは出来なかった。シュウとはお互い何か分かったら情報交換をすることを約束して、この日は別れることにしたんだ。


「朝日さん。また幕張メッセーズと博多ドンタークスのチケット手に入ったら、一緒に観に行きましょうね」

「お、おぅ。そうだな。そういや久しく野球観に行ってなかったなぁ」

「ははっ。楽しいですよー、野球観戦! 布衣は野球部のマネジャーもやってたくせに、プロ野球観戦はサッパリでしたからね。だから俺もずっと行けてなかったんですよ」

「そ、そっか。……なんかお前もいろいろ大変だったんだな」

「いやーもう過去の話っすよ。やっぱり人間、無理せず自然と好きなことをやってるのが一番ですよね!」


 そう楽しそうに語るシュウの顔には、まるで憑き物が落ちたかのようにサッパリとした笑顔が浮かんでいたんだ。



 ◇◇◇



 ふーっ。

 夜。自宅のベランダでタバコをふかしながら、色々なことを考える。


 俺はずっと、人は簡単に変われないと思っていた。俺なんて根っからのチャラ男だし、女の子だって大好きだ。エッチな動画だってネットで拾ってきて見たりする。……そういや最近知らないブックマークが増えてる気がするんだよなぁ、気のせいかな?


 まぁそのことは今は関係ないか。とにかく俺は人の本質なんて簡単に変わることはないと思っていた。だけど今のアカルはどうだ? 驚くほどに大きく変化していた。

 今もマヨイと二人でテレビゲームに興じながら歓声を上げている。かつてそんな姿は見たことなかったのに……。

 いや、ある。あれはもうずっと前。まだ俺が中学生くらいで、あいつらが小学生とかの頃。そう、今はまるであの頃に戻ったかのようだった。


 ……そういう意味では俺も変わってしまった。かつてはタバコなんて吸わずに、道端に落ちてるエロ本で興奮してたような奴だったのに、今ではこのザマだ。だから俺はルシちゃんにフラれたのかな。


 ルシちゃん……流詩愛るしあは、本当に気が強くてワガママでマイペースな娘だった。ぱっと見、誰もが振り返るような美人。だけど中身はいつ爆発するか分からない爆弾を抱えてるような女だった。

 だけど、そんな彼女のワガママに振り回されながらも駆けずり回る日々のなんと充実していたことか。


「んー、なんか飽きたかな」


 そう言われてフラれた直後は、相当落ち込んだものだ。そんな傷付いた俺の心も、アカルが激変したことに伴う家庭内環境の変化に翻弄されるうち、なんだかんだで癒されていたんだ。

 ……なるほど、そういう意味ではもしかしたら俺もアカルに救われていたのかな?


「……こんなところでなにしてるの?」

「うわあっ⁉︎ って、あちっ!」


 突然背後から声をかけられて、慌ててふりかえる。するとそこには、いつの間に現れたのか……まさにいま俺が考えていたことの張本人であるアカルの姿があった。あまりに驚いたのでタバコの火を手に落としてしまう。


「ベランダで一人でタバコ? ふふっ、なんだかイケてないね」


 そう言って笑いながら、アカルは俺が落としたタバコを拾い上げる。ふぁさっという静かな音とともに妹の髪が肩口から零れ落ちた。しゃがみこんで俺を見上げる整った顔が、薄い街灯の明かりに照らされて幻想的なまでに美しく見える。

 あまりにも現実離れしたその様子に、思わずドキリとしてしまう。おいおい、俺は血の繋がった妹に反応するほど落ちぶれちまったのか? 心の動揺を悟られないように、俺は冷静を装って返事を返した。


「べ、別にいいだろう? ちゃんと二十歳過ぎてるんだしさ」

「ねぇ、もしかして朝日兄さんはタバコ吸う仕草がカッコいいとか思ってる? それで女の子にモテようとか?」

「うぐっ」

「図星? 今はそれでいいかもしれないけど、将来後悔するよー。臭くなるし肩身も狭くなるし、若い子に嫌われたりするよ?」

「むぐぐっ……」


 アカルは血縁者だけあって容赦ない。遠慮なく嫌なことを言ってくる。俺は思わずうめき声を上げた。なにせアカルの言っていることは図星なのだから。それにしても妙にリアリティのあることを言ってくるな。なんか未来を想像して背筋がゾワッとしたぞ?

 俺が返事を言い淀んでいると、なにを思ったのかアカルは俺の落とした吸いかけのタバコを口に咥えた。そして「いただきます」と小声でつぶやくと、慣れた仕草ですうっと煙を吸い込んだ。


「お、おいアカル⁉︎」

「……ふぅーっ」


 まるで魔性の女のような雰囲気で煙を吐き出すアカルの姿の美しさに、俺は思わず魅入ってしまった。アカルは……いや、アカルの姿をしたこの女性は一体誰なんだ? そんな疑問が心の中に浮かんでくる。


 だけどそう思ったのもほんの一瞬のことだった。アカルはすぐにゲホゴホっと咳き込むと、涙目のまま吸いかけのタバコをベランダに置いた灰皿で揉み消した。


「ゲホゲホッ! あー、やっぱりキツイね。こんなの吸うもんじゃないよ」

「……」

「こんな不健康なものはやめちゃいなよ! そしたらもっとモテるようになるかもよ?」


 アカルはそれだけを言うと、晴れやかな笑顔を残してそのままベランダから立ち去っていった。ピシャリ。ベランダの窓を閉める音が静かな夜の闇の中を鋭く切り裂いた。



 最後まで呆然としたまま妹の姿を眺めていた俺は、ようやくそこで我を取り戻した。揉み消された灰皿のシケモクを見て、ふとある考えに思い当たる。

 もしかしてアカルは……俺を慰めに来たのだろうか。あいつは俺が彼女ルシアにフラれたことを知っている。なにせ彼女に渡すつもりだった化粧品をあげたくらいだから。

 そういう意味では、化粧品のお礼代わりに慰めてくれたのかもしれないな。女子高生の妹に慰められる大学生の兄ってのも、実に情けない限りだ。


 ……そうだな、俺もアカルやシュウのように少しずつでも変わっていかなきゃなんないのかもな。

 なにせアカルはあれだけ変わることが出来たんだ。兄である俺が出来ない理由などないじゃないか。


 それじゃあまずは手始めに、このタバコからやめてみるかな。妹にもカッコ悪いって言われちまったしな。

 そう決心すると、俺は手に持っていたタバコの箱を一気に握りつぶした。ぐしゃり、という鈍い音とともに手に伝わってくる感触を噛み締めながら、俺は一つ大きく息を吸い込んだんだ。


 よーし、俺もいつまでもウジウジしてらんないな。いいかげん、失恋から抜け出すぞ!


 ピリリリリッ。

 そう決心した瞬間、ポケットに入れていた携帯が着信音を奏で始めた。メールの着信音だ。慌ててポケットからスマホを取り出すと、そこに表示されていたのは……


【ルシア】『やっほー、元気? 今なにしてるの』


 完全に想定外の人物からのメールに、俺は思わず取り乱してしまう。な、なんで俺をフッたはずの彼女からメールが来るんだっ⁉︎


「なっ⁉︎ ルシちゃんからのメールだと⁉︎ ど、どうする俺⁉︎ なんて返す? いや、そもそも返事を返すべきなのか? お、落ち着けー、落ち着け俺! こ、こんなときはタバコを一服して……って、いま手で握りつぶしたばっかりじゃんかーっ!」


 滑稽なまでに一人芝居をする俺の絶叫が、閑静な住宅街に響き渡った。


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