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【番外編】明星 羽子の場合

 わたしの名前は明星あけほし 羽子はこ摩利亞那マリアナ高校に通う、ごく普通の女の子です。

 わたしは小さい頃から大人しい性格で、いつも本ばかり読んでいました。そのせいか、両親からは「手のかからない子」と言われていました。だから高校二年生になるこの年まで、あまり体を動かす遊びが得意ではありません。


 そんなわたしでも好きなものはあります。それは読書です。

 アイドルや流行りものには興味ありませんでしたけど、本だけは違いました。本はわたしを新しい世界に連れ出してくれます。そこには、わたしの知らない不思議な世界がたくさん広がっていたんです。

 わたしは本という未知の世界に夢中になりました。本の中のわたしは自由で、奔放で、万能で、モテモテ。でも現実のわたしは違います。目立たなくてネクラで、運動音痴で何もできないつまらない存在でした。

 ……って、わたしの話なんてどうでもいいですよね。話題を変えます。



 最近わたしが夢中になっていたのは、ガチムチ王子シリーズです。主人公であるシャルレーゼン王子、このシャル王子様の恋愛がとっても素敵なんです。

 なにせ現実の男の子たちは煩くて、子供ガキで、騒がしくて、エッチで、下品。だけどこの本に出てくるシャル王子様は違いました。そもそもまず女の子に興味がありません。だからどんなに女の子に誘われようと興味を示さない。自分自身にもとてもストイックで、筋肉をこよなく愛するイケメンマッチョなんです。


 だけど彼には、ただ一人だけ心を許す存在がいます。それが……幼馴染であり、かつて『桜苑おうえんの誓い』を交わした運命の相手。メガネ執事であるロイスフィリアン、通称ロイスです。

 彼は細身で毒舌で頭がすごく切れる、周りからは冷たい人と評されるような人です。だけど彼も、ただ一人…シャル王子様にだけは弱気な一面を見せます。

 一度シャル王子様とロイスが魔物の軍勢に囲まれて絶体絶命のピンチになったとき、ロイスがこれまでのクールな執事役をかなぐり捨てて「シャル、私は君を命をかけても守りたいと思っていた。だけどそれも叶わなそうだ。願わくば来世も君の側で……できれば女として添い遂げたい」と言ったとき、シャル王子様が「フッ、バカなことを言うなロイス! 添い遂げるなら今世だろうがーっ!」と絶叫して、血まみれになりながら魔物の群れを撃退したときは本当に涙が出ました。


 シャルロイとかロイシャルとかどっちが受けとか攻めとかネットでは色々言われていますが、わたしはそんな二人のプラトニックな愛が本当に素敵で、大好きなのです。



 ……ゴホン。ちょっと熱く語りすぎましたね。少し冷静になります。

 こうして本の世界に閉じこもって大人しく過ごしていたわたしですが、二年生になったことを境に、自身の環境が劇的に変化することになりました。

 その要因は間違いなく彼女にありました。


 日野宮あかる。わたしの……『太陽』。



 あまりクラスメートと交流の無いわたしでも、彼女のことは噂に聞いてました。「布衣の邪魔をしたお邪魔虫」「女の敵」「ガリ勉メガネ」「つり目ブス」、そして例の「マリアナ邂逅事件」における”悪役”としての話。……聞こえてくる噂は、正直いいものなど一つもありませんでした。とはいえ、わたしのように本ばかり読んでいて周りとの関わりの薄い人には関係の無い存在だと思っていました。


 ところが、彼女が最初に教室に入ってきたとき、わたしは一瞬にして目を奪われていました。

 トレードマークだった三つ編みを解いて、サラサラの髪をなびかせる様子。メガネを外しているのはコンタクトにしているからなのか、鋭いと言われていた目つきは他人を魅了して逃さない魅力的で大きな瞳へと変化している。高い身長にスラリと伸びた手足はまるでモデルのよう。

 彼女……日野宮さんは、ビックリするくらい別人のようにイメージチェンジしていたのです。一度遠目に見たアイドルデビューしている美華月さんに匹敵するくらいの美人さんになっていました。


 わたしだけでなく、クラスメートの全員が彼女に釘付けになっていました。だけど例の悪い噂もあって誰も声をかけようとしません。なのに日野宮さんは気にした様子もなく「おはよう!」と挨拶すると、そのままスタスタと席に座りました。そのあとも日野宮さんは、周りの様子を気にした風もなく自然に過ごしています。


 そんな……周りにどう反応されようとまったく物怖じしない彼女の様子に、わたしは彼女に自然と注目するようになりました。どうして彼女は周りからあんな風に見られているのに、こんなに堂々としていられるのだろう。気がつくとわたしは、日野宮さんのことを目で追うようになっていました。


 そんなある日のこと、日野宮さんがわたしの前に立って「一緒にご飯を食べない?」と言ってきました。今までクラスメートからも少し距離を置かれていたわたしにとっては、まさに青天の霹靂ともいうべき事態です。でも、戸惑いながらも心のどこかでそれを望んでいたわたしがいました。


 実際に接してみると、彼女は本当に気さくで話しやすい人でした。あまり人と話すことが得意で無いわたしのことを気にする様子もなく、毎日のように昼食に誘ってくれました。鋭い目つきもあって周りから誤解されがちだけど、彼女は本当にやさしくて思いやりがある人のように感じられました。


 でも、だからといって彼女は完璧ではありませんでした。なんというか……うまく言えないんですが、ときどき”男らしい”んです。たとえばぼーっと口を開いて立っていたり、男の人のように股を開いて座ってたり、うちのお父さんみたいにボリボリと頭を掻いたり、とか。

 本人はまったく気づいてないみたいなんですけど、超然とした態度の中にときどきそんな仕草が入るところに強烈なギャップを感じました。でもそれがまた、日野宮さんの魅力に繋がってるようにわたしには思えたんです。


 しかも、日野宮さんは異性にまったく興味が無いようでした。キングダムカルテットの汐さんや冥林さんに声をかけられても普通に応対していましたし、そもそも普通の男子生徒に至っては眼中に無い様子でした。それはまるで、天に在る太陽が不変であるかのように、いつも変わらない。その様子に、わたしはなぜか日野宮さんにシャル王子様の姿を重ねるようになっていました。



 そんなことを意識するようになってから、気がつくと彼女と二人で食べる昼食の時間が、わたしにとってなによりも大切な時間へとなっていました。いつしかわたしのなかで、日野宮さんの存在が大きくなっていったんです。

 日野宮さんは、名前の通り陽の光のように輝かしい人でした。たとえ周りからどう見られてようと、自分を変えること無く輝き続ける。そんな姿に、わたしは万有引力に引かれるように自然と惹かれていきました。



 だけど、楽しい時間は長くは続きません。日野宮さんが綺麗になったことをやっかんだ一丸さん、二岡さん、三谷さんの三人が、わたしに警告してきたのです。

 クラスの女子のリーダー格の一丸さんに「明星さん、日野宮あかるとくっついてると、あんたも同じようにハブるよ?」って言われた時は、本当に怖かったです。

 だから最初の日だけは日野宮さんとの昼食を避けたんですが、そのときの彼女の寂しそうな顔を見て、わたしは強く胸を打たれました。


 そのとき思い出したのは、執事ロイスがライバルの策略で遠出することになったときのシャル王子様のセリフです。「仕事だもんな、仕方ないよな。オレはぜんぜん寂しくなんかないんだからな!」

 そう言いながらも寂しそうなシャル王子様に、ロイスは冷徹な仮面をかぶったままこう言うのです。「あぁ王子、思い出しましたよ。私の仕事はあなたの側で仕えることでしたね。なにせあなたは私がいないと何もできない人ですからね」

 そして政敵と戦って遠出をキャンセルさせることに成功したロイス。そう、あの時のロイスは自分の立場が悪くなることなんて何一つ気にしていなかった。だったらわたしも……ロイスになるんだ。シャル王子様、じゃなくて日野宮さんを支えるために。


 意を決したわたしは、翌日からまた日野宮さんと昼食を食べ始めたんですが、そうすることで一丸さんたちはより一層怒りました。大人しく三年間を過ごすつもりだったわたしの平穏な高校生活も、もしかしたらこれで終わってしまうのかもしれない。でもわたしには後悔はなかった。だってわたしは、わたしの”太陽”のために仁義を貫いたんだから。



 そんなわたしを救ってくれたのは、やはり日野宮さんでした。一丸さんたちに呼び出されて脅されていたわたしを庇ってくれたのです。それだけではありません、彼女はそのまま一丸さんたちと対峙して……驚くことに、なんと味方に引き込んでしまいました。

 あれだけ魅力的な日野宮さんだから、誰もが惹かれてしまうのはわかります。だけどあれほど敵対していた人とどうやったら一日で打ち解けられるのか、わたしにはその方法がさっぱりわかりませんでした。


 敵でさえも味方につける日野宮さんの様子にわたしは、敵も味方も男も女も関係なくみんな惚れさせるシャル王子様の姿を改めて重ねました。しかも彼女はこのときを契機に、わたしのことを「羽子ちゃん」と、名前で呼んでくれるようになったのです。それだけではありません、「私のことを名前で呼んで良いよ」とまで言ってくれました。

 あぁ、わたしたちの関係は一つ上のステージに上がったんだな。シャル王子様とロイスが二人だけの時に名前で呼び合うように、わたしたちもそうなれるといいな。そう思うと同時に、日野宮さん……いいえ、あかるさんのためなら、彼女がどんなときでもわたしだけは味方でいようと決心しました。




 そして、敵も味方も無関係に巻き込むあかるさんの真骨頂が発揮されたのが、あの事件でした。そう、黒幕である海堂さんとの決戦です。


 実はわたし、一丸さんたちに変な情報を流している張本人が海堂さんであることは薄々わかっていました。だけど海堂さんは準・至高の一輪華プリモディーネになるほどの美少女で、みんなの人気者。そんな彼女を、敵に回して立ち回るような勇気をわたしは持ち合わせていませんでした。


 だけどあかるさんは違いました。誰もが驚くような方法で海堂さんと対峙したのです。


 なんとあかるさんは、幼馴染である火村くんよりも海堂さんを選ぶと、皆の前で堂々と宣言しました。それどころか、海堂さんと仲直りするためなら、火村くんと縁を切ってもいいとまで言い放ったのです。


 海堂さんよりも頭一つ高いモデルのようなスタイルのあかるさんが、少女漫画の主人公のような海堂さんにそう宣言する姿は、まるで映画のワンシーンのようで本当に素敵でした。遠巻きにして様子を伺っていた他の生徒たちが、思わず息を呑んで見入ってしまうくらいでした。

 だけど正直わたしはこのとき、海堂さんに対して不思議な感情を抱きました。まるで胸が苦しいような、辛い思い。あぁ、なんであかるさんからああ言われているのがわたしじゃないんだろうって思いました。

 でもあそこに居るのが海堂さんじゃなくてわたしだったら、きっと絵にならない。わたしみたいな平凡な存在が、物語の中心になることはないんだって。そのことが分かってるから、わたしはこの状況を歯を食いしばって受け入れました。だってわたしは、この物語の主人公じゃないのだから……。



 そしてそのあとは、さらに衝撃の連続でした。

 突然現れた火村くんに、あかるさんは公開説教した挙句……ハイキック一発で火村くんをノックアウトしてしまったんです。

 180センチを超えるイケメンの火村くんを一撃で葬って、頬を高揚させながら「可愛い子を泣かすようなことをしたら、この日野宮あかるが許さないんだからねっ‼︎」と宣言する神々しいまでの美女あかるさんの姿に、その場にいる誰もが一発で魅了されてたのでした。



 この一連の出来事をきっかけにして、あかるさんは一躍″時の人″となりました。目撃した生徒たちからは、「日野宮あかる無双事件」とか「パンチラハイキック事件」などという名で語り継いでいます。

 だけど、それ以上に影響が大きかったのは、他の女生徒たち・・・・・でした。あかるさんの堂々とした態度と、女性の味方ぶり、そして相手がイケメンであろうとハイキック一発でのしてしまう格好良さに、女の子たちが痺れて・・・しまったんです。


 最近ではあかるさんは「マリアナの宝塚」とか「女番長あかる」、はたまた「乙女の守護者あかる様」.「あかるお姉さま」、「女王クイーンあかる」などと陰で呼ばれるようになりました。呼び名はともかく、あかるさんが皆から正当に評価されるようになったのは本当に嬉しいです。

 その一方で、わたしのほうは「日野宮あかるの腰巾着」とか「日野宮の衛星」、「女王の侍女」などと呼ばれるようになったことも知っています。

 でも、わたしは気にしていません。それでもいいと思っているからです。


 わたしは月でもいい。あかるさんさえ輝けるのであれば、わたしがあかるさんという太陽に隠れるような存在でも、彼女がいなければ輝けないような存在でも構わない。

 なぜなら、わたしにとってあかるさんは、もはや欠かすことが出来ない太陽そんざいなのだから。



 そんなわたしが最近見つけたのは、ガチムチ王子シリーズとは別の小説シリーズでした。その小説の名は「薔薇女王」シリーズ。

 完全無欠的美女でありながらスキだらけ、でも男なんか一切寄せ付けない薔薇女王ことディードリスティア・ブラッケリア・ヴァル・リードリンゲン女王が、隣国の砂糖菓子みたいに甘々な牡丹姫ことプリスアンヌ・メーリング・エルラ・グロイツェン姫と運命の邂逅をする物語です。

 この薔薇女王ことディード女王が、なんだかあかるさんに良く似てるんですよ! 人前であぐらを掻いたりとか、食事のあとにゲップしたりとか、侍女のミルキーにセクハラしたりとかしながらも、人前では堂々とした女王の威厳を保つところなんて、ほんとうにそっくり。


 だからわたしは今日も、ディード女王に扮したあかるさんの姿を妄想しながら一緒に昼食を食べてます。

 あかるさん、そんな勝手な妄想をしてしまうわたしのことを許してくださいね? そのかわり、さりげなくわたしの胸とかにタッチしてくるのは気付かないふりをしてあげますからね。



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