28.ミッションクリア
これが、のちに「アカルちゃん無双事件」とか「アカルちゃんパンチラハイキック事件」とか「キングダムカルテットの一角陥落事件」とか呼ばれることになる出来事の顛末だった。
事件の反響は本当にすごくて、次の日からの学校における他の生徒たちの俺への対応ががらりと変わった。
「日野宮さん、おはよー」「昨日はかっこよかったよ!」「おはよう! 今日も日野宮さんは可愛いね!」「ぐっもーにん、日野宮さん! 今度一緒にカラオケ行こうよ!」
「お、おはよう……」
翌日。電車の駅や学校へと続く桜坂を登っていく途中など、いままでみんなにガン無視されてたのが嘘のようにたくさんの人たちから声をかけられまくった。というより、これまで遠巻きにしていた女子陣がまず声をかけ始め、それを見てこれまで遠慮していた男子陣が我先とばかりに近寄ってきた、って感じだった。
あまりの変化ぶりに最初は戸惑ったものの、よくよく考えたらこれが望んでいた状況だったので、素直に受け入れるようにしたんだ。
全体としてはこんな感じだったんだけど、個々で見たときにも大きな変化があった。
まずは一二三トリオこと一丸さん、二岡さん、三谷さんたちがクラスでも遠慮なく話しかけてくるようになった。というよりそのことがきっかけで他のクラスメイトたちも話しかけてくるようになった感じかな。
なにより一番大きく変化をしたのは、海堂 布衣ちゃんだ。彼女はあのあと結局シュウくんと別れてしまったらしい。それはそれでイケメンザマァなんだけど、ひとつだけ想定外のことがあった。それは……。
「あかるちゃん! おはよう!」
「あ、布衣ちゃん。おはよう……って、うぇぇ⁉︎」
登校時の校門の近くという、周りに一番たくさんのひとがいる場所でいきなり抱きついてくる布衣ちゃん。ちょ、ちょ! まじかよ! 公衆の面前で、なんて大胆な子!
「ぬ、布衣ちゃん⁉︎」
「あ、ごめんね。ビックリした? でもあかるちゃんに朝から会えて嬉しくてさ」
「そ、そっか……」
「それじゃ、ホームルームが始まるからあたしは行くね。ねぇあかるちゃん、今度一緒にショッピング行こうね」
「う、うん。わ、わかったよ」
狼狽えながらもそう答えると、嬉しそうに手をブンブン振って去っていく布衣ちゃん。えーっと、仲良くなったのは良いんだけど、ちょっとばかりスキンシップ過多すぎないかな?
「……あかる、さん?」
「うわぁっ⁉︎ 羽子ちゃんっ⁉︎」
そして、そんな俺をジト目で見る羽子ちゃん。いきなり後ろにいるからびっくりしたー! ってか、そんな怖い目で見ないでよ!
「い、いま登校したところ? 一緒に教室にいこっか」
「うん」
羽子ちゃんの返事を待って、一緒に校門をくぐっていく。羽子ちゃんとの関係は相変わらず良好だ。けっこう他のクラスメイトからも昼食を誘われることが多くなったんだけど、やはり羽子ちゃんと一緒に食べるのが一番落ち着くんだ。
だけど、ただひとつ。とてつもなく大きな問題があった。それは……。
「あっ」という声とともに、羽子ちゃんが他の生徒とぶつかる。その拍子に、カバンの中に入っていた本がパサリと地に落ちた。
ブックカバーが外れてその表紙が嫌でも目に入る。本の表紙に描かれていたのは、キラキラした美少女二人のイラスト。そして題名は……『薔薇女王と牡丹姫 〜愛と肉欲の坩堝〜』って、うぇえええぇぇぇぇ⁉︎
そう、羽子ちゃんはいつのまにかガチムチ王子から薔薇女王に鞍替えしていたのだ。しかもガチムチ王子はいわゆる「BL系」なのに対して、薔薇女王は言うまでもなく……いわゆる「百合系」だ。
彼女にどんな心境の変化があったのかはわからない。だけど俺はその理由について彼女に問いかけることができなかった。だって、聞いたら後戻りできなくなりそうで怖いんだもん!
「さぁ、行きましょうあかるさん」
「は、はひっ」
まるで何事もなかったかのように本を拾い上げ、俺の手を引っぱる羽子ちゃん。そんな彼女に引きずられるようにして、教室へと向かって歩いていったんだ。
◇◇◇
人間関係の方は、このとおり劇的に環境が改善した。
だけど、他の部分でひとつどうしても納得できないことがあった。それは……。
「なんでミッションの達成度合いが100パーセントにならないんだよっ‼︎」
そう。【Gテレパス】で何度確認しても、第三ミッションの達成率が99%で止まっていて、いつまでたっても100%にならないのだ。
あまりに腹が立ったので、何度も【G】に確認したんだ。
「おいG。こいつはいったいどういうことなんだ? またなにか不具合が出てるんじゃないか?」
『いや、君に言われて何度も確認しているが、特に問題は見られない』
「じゃあ……もしかして絶対にクリアさせないために、どんなにがんばっても100%にならない仕様とか?」
『いや、そんなことはない。ちゃんとクリア出来るようになっている。100%にならないのは、君の対応になにか欠けているものがあるからだ』
欠けているもの、だぁ? これだけがんばって、かつ良好な関係が築けてるってのに、他に何が足りないってんだよ!
「ったく、だいたいこのミッションはどんな仕様なんだよ。どうしたら達成できるのさ」
『それくらいは教えよう。最初に君と仲良くなった相手との関係性が、完全に友人と呼べるものに変化した時に100%達成となる。つまり今の君は、100%達成しているとは言えない状況なのだ』
最初に仲良くなった相手? だったら羽子ちゃんだよな。
羽子ちゃんとはかなり親密な関係になってると思うんだけどなぁ。ここまできたらマジで羽子ちゃんと肉体的触れ合いでもしなきゃなんないのか⁉︎ 合法的ハァハァ許可キターッ⁉︎
『愚か者。そんなハレンチなことをしなくても、ちゃんとミッションは達成できるようになっている。変なことは考えずに日々努力を怠らないように』
「……へーい」
それにしてもおっかしいなぁ。羽子ちゃんとはこんなにも仲良くなってるってのにな。マジでどうしたらいいんだよ?
◇◇◇
その他の人との関係も、比較的良好になっていた。
たとえばキングダムカルテットの面々のうち、【堕天使】ミカエルこと冥林 美加得くんはちょくちょく声をかけてくるようになった。基本的にアカルちゃんを口説こうとしているようなので、それらはすべて適当にあしらっている。それでもなぜかこいつは気にした様子もなく、何度も声をかけてくるんだ。なんなんだ、こいつ。
アカルちゃんハイキックで一発でのした【黒騎士】シュウこと火村修司は、あれから俺のことを避けるようになった。こちらの姿を見ると、びくっとしてそのまま逃げていくんだ。
前に一回家からマヨちゃんと出たところで近所に住むシュウに遭遇したんだけど、マヨちゃんとは普通に話すもののこちらとは目も合わさずに、逃げるように去って行ったんだ。うーん、薬が効きすぎたかな?
そして、いおりんに関しては……。
「やっほー、あかるちゃん。ちょっといいかな」
「あ、汐くん。どうしたの?」
「今日の放課後、ちょっと時間もらえないかな? いつものカラオケでいい?」
「……うん。いいけど、またメイクのレッスンしてくれるの?」
「あ、うん。時間があればそれでもいいけど、ちょっと別の相談もあるんだ」
別の相談? いおりんが俺に相談なんてめずらしいな。気にはなるけどそれ以上いおりんは何も言わなかったので、そのまま放課後まで待つことになったんだ。
いつものカラオケに行くと、いおりんが先に待っていた。今日は随分大荷物のようだ。大きなバッグを抱えている。
「おまたせ汐君……ってその荷物は? もしかしてすごいメイク道具が入ってる?」
「あ、あかるちゃん。うーん、まぁそんな感じかな?」
いつもと違ってずいぶんと歯切れが悪いいおりん。とりあえず席に座ったものの、なかなか話題を切り出してこない。めずらしいな、いつもあんなにフレンドリーないおりんが、こんなに大人しいなんて。
「あ、あのねあかるちゃん。実は……今日は相談があって時間を取ってもらったんだ」
「う、うん。わかってるよ」
緊張した面持ちで語りかけてくるいおりん。それにしても、天使の笑顔を持つイケメンでも悩みなんてあるんだなぁ。まぁ彼にはすごくいろいろ助けてもらったから、相談に乗るくらいぜんっぜん問題ないんだけどさ。
「うん、いいよ。汐君にはすごくお世話になったからね。私にできることならなんでも相談に乗るよ」
「本当? じゃあ、ちょっと待ってて。準備してくるから」
そう言うといおりんは、さきほどの大きなバッグを抱えて外に出て行ってしまった。準備?それってどういうこと? そもそも相談するのに必要な準備ってなんなのさ? いろいろと想像してみるものの、すぐに思いつくものはない。
結局一人で部屋に取り残されることになったんだけど、これまたなかなか帰ってこない。仕方ないので、一人でカラオケを歌いながら待つことにした。歌うのはもちろんドキドキシスターズだ! 最近気づいたんだけど、アカルちゃんってめっちゃ歌上手いんだよねー。
それにしても、いおりんの相談って何だろうね。いおりんとは一番最初に仲良くなったんだけど、お世話になりっぱなしでありながら、いおりんのことあんまり知らないんだよねぇ……。
……ん? 一番最初?
あれれ、待てよ? たしか【G】は言ってたよな。『最初に君と仲良くなった相手との関係性が、完全に友人と呼べるものに変化した時に100%達成となる。』って。
俺はそれが、てっきり羽子ちゃんのことだと思っていた。だけどまさかそれが違っていたとしたら? もし別に、本当のターゲットがいたとしたら?
もしそうだとしたら、ターゲットとしてシステムに認識されているのは……。
そのとき。かちゃりと音がして、入り口のドアが開いた。どうやらいおりんが帰ってきたみたいだ。ちょうどいい、せっかくだからいおりんと色々お話をしてみよう。
「おまたせ、あかるちゃん」
「あ、おかえり汐君。遅かったね? なかなか帰ってこないから先に歌を……をををッ⁉︎」
だけど俺は、それ以上言葉を続けることが出来なかった。この部屋に入ってきた人物の姿を見て、完全に言葉を失ってしまっていたからだ。
こ、これは……いったいどういうことなんだ?
「えーっと……あなたは、汐 伊織くん?」
「うん、そうだよ。言葉で説明するよりも、こうやって実際に見せたほうがいいと思ってね?」
「あ……う、うん」
「これが、ボクが今日あかるちゃんに相談したかったこと。ボクの本当の姿なんだ」
俺は、目の前にある光景が信じられなかった。
なぜなら、そこに立っていたのは見慣れた美少年いおりんではなかった。茶色の長い髪、バッチリまつげがついた大きな瞳。魅惑的な厚い唇。薔薇色の頬。ゆるふわなボーダーのワンピースに、黒いタイツ。
……そう。俺の目の前には、アカルちゃんや布衣ちゃんに匹敵するくらいの美少女が立っていたんだ。だけど、その美少女の顔と声はいおりんに間違いない。
つまり……これはその……ま、まさか……。
「実はボク……女の子の格好をするのが好きなんだ」
なんと、俺の目の前に立つその美少女は……バッチリメイクをして女装までしてウィッグをつけたいおりんだったのだ!
うっそーーーーーん⁉︎ こ、こ、こ、これがいおりん⁉︎ もしかしていおりんってば、【男の娘】だったの⁉︎ ってか、いおりんの相談って、このとこだったのかよッ⁉︎
「こんなボクだけどさ、あかるちゃんなら受け入れてくれると思ったから思い切って相談することにしたんだ。あかるちゃん、こんなボクでも受け入れてくれる……よね?」
人間、信じられないような現実を目の前にすると、言葉と表情を失うと聞いていた。そしていま俺は、リアルタイムで自分がそうなる経験をしていた。とりあえず俺は、ただコクコクと頷くことしかできなかった。
そんな俺の頷く様を見て、こちらを祈るような表情で見つめていたいたいおりんの顔が一気に明るく晴れ渡った。
「あははっ! やっぱりあかるちゃんにカミングアウトして良かった! 実は受け入れてもらえるか、とってもドキドキしてたんだ!」
「そ、そうなんだ……いおりん」
「あ! それいいね! よかったらこれからもボクのこと、名前で呼んでもらえないかな?」
「う、うん……」
俺の返事を受けて、目の前に立ついおりんは最高の天使な笑顔を浮かべると、俺の手を嬉しそうに握りしめてきた。新たに爆誕した美少女を前にして、俺はただただ呆然とされるがままになっていたんだ。
……どうなってんの、これーっ⁉︎
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第三ミッション:『アカルの友達を作る』
…100% complete‼︎
ミッションクリアを確認しました。
ーーー
第二章 おしまい。




