2.鏡に映る少女
目の前の鏡に映し出されたのは、ピンク色のパジャマを着た、見たこともない女の子だった。
身長は−−結構高い。立った時にそこまで違和感がなかったから、感覚的には160cm以上……下手すると170cm近くあるんじゃないだろうか。
手足はするりと伸びていて細長い。パジャマの袖をまくって確認してみると、手首が折れてしまいそうなほどに細かった。ついでに色白で、吸い付くような柔らかい肌をしている。
胸は−−よくわからないけどそれなりにはある気がする。なによりスタイルがいい。手足が長くてウエストは引き締まっているから、まるでモデルか何かを見ているみたいだ。
そしてなにより驚いたのは顔! 一言でいうと「めちゃくちゃ可愛い」のだっ!
肩口より少し下くらいまで伸びた黒髪に、びっくりするくらいの小顔。
少し吊りあがり気味の大きな目と整った小さな鼻、部屋の照明の下でもはっきりと艶めいているのがわかる少し厚い唇。
抱きしめたい感じの可愛らしさというよりも、綺麗系の可愛らしさっていうのかな。少しキツめの目元がより一層綺麗さを際立たせてた。
……はっきり言ってアイドルやモデルだと言われても不思議じゃないくらいのルックスだ。
もしこんなにかわいらしい子と知り合いだったら、たぶん有頂天になって周りに自慢しまくってただろう。俺が大好きだったアイドルグループ『トキメキシスターズ』不動のセンター、″星空メルビーナ″ちゃんに匹敵するくらいだ。あれ? そのことは覚えてるんだ。
……いやいや、今の問題はそこじゃない! 問題は、なんで俺が女の子の姿形をしているのかってことだ。
とはいえ、鏡に映っている少女は本当に自分なのだろうか。どうにも疑いを拭い去れないので、驚きを隠しきれないままとりあえずいろいろ試してみる。
ウインクしてみると、鏡の少女もウインクした。
頬をつねってみると、痛い。鏡の少女も顔をしかめている。
あっかんべーすると、やっぱりあっかんべーしてる。なにこれ超かわいい。
……てかマジかよ。やっぱこれ、俺じゃん。
ちなみに改めてじっくりと観察して確信したんだけど、俺はこの美少女にまったく見覚えがない。
なにしろこれだけ可愛らしい美少女だ。知り合いだったら、きっと忘れることはないだろう。忘れないに違いない。
なのに、この子の顔は俺の記憶のどこも刺激しなかったんだ。
「あなたは……だれ?」
改めて声を出してみた。自分の喉から声が発されているのはかわいらしい女の子の声に思わずドキッとしてしまう。
どうしよう、女の子になっちゃったよ。ここにきてようやく実感が湧いてくる。
あ、でもこれってもしかしてめっちゃラッキーだったりする? 自分の身体が美少女になったんだったら、いろいろ見放題・触り放題・やりたい放題と三拍子揃っちゃったりするよね? うっひょー! 俺の時代キタコレ!
それにしても、なんでこんなことになっちゃったんだ?
確かに俺は異世界転生やチートハーレムを希望したんだけど、いくらなんでもこれはないんじゃない?
……いや、待てよ。もしかしてこいつは『少女マンガの世界』に入り込んでしまったのか? だとしたらこれはどんな少女マンガの世界なんだ?
ピリリリッ。
いろんなことを考えながら鏡に映る可愛らしい美少女の姿を呆然と眺めていると、いきなりベッドの上に置いたままにしていた携帯から電子音が鳴り響いた。
うわぁ! ビビったぁ!
思わずドキドキする胸を押さえると、むにゅっという柔らかい感触が掌に伝わってきた。
ぬおっ!? こ、この感触は……もしかして神の神域、すなわち胸!?
服の上からもわかるのこの柔らかさは……間違いなく無防備!
女子高生、しかも美少女の胸を薄布一枚越しに直接おさわりですよ! ヒャッホーイ!
……いかんいかん、ここで我を失っている場合ではない。
夢のようなさわり心地に一瞬心を奪われたものの、ちょっと待て今はそれどころじゃない。
落ち着けー、落ち着くんだ俺。まずは冷静になって携帯を確認してみようじゃないか。
名残惜しそうな細い指を強引に神の聖域から引き剥がすと、ベットに放り投げたままのスマートフォンを確認する。
お、メールかなにかが届いてるみたいだぞ。
というか、携帯の時刻を確認してビビったけど、なんと明け方の四時半だった。マジかよ。もうすぐ夜が明けようかって時間にメールしてくるとか、どんだけ非常識なヤツなんだか。まぁたぶん、この体の持ち主の友達かなにかなんだろうけどさ。
さて、届いたメールを確認しようとしたんだけど、携帯にはバッチリとロックがかかっていた。そりゃそうだよなー。だけどこれじゃあ携帯の中が確認ができないじゃないか。
「あ、もしかして……」
そういえばこのスマホは俺が使っていたものと同じ機種だ。こいつにはたしか指紋認証機能がついていたはず。
恐る恐るほっそりとした右手の人差し指を当ててみると、あっさりと携帯のロックは解除された。
うわぁ、やっぱり入れちまうんだ。改めて自分の身体がどうなってしまったのか思い知らされた気がする。
でもここで尻込みしていても仕方ない。前に進むためには、秘密の花園への突入も厭う訳にはいかないのだ。
俺は覚悟を決めると、禁断の領域へと一歩足を踏み出して、届いたメールの中身を確認してみることにした。
メールの受信ボックスには、何人かとやり取りした形跡が残っていた。
「『マヨイ』? ……誰だろうこれは、友達かな? あとは、んーと『おかあさん』は母親だよなぁ」
しかし届いているメールはすべて既読。
それにしても母親からのメールばかりだ。あとはたまに『マヨイ』って人物と、一通だけ『シュー』って人物から。
メールの中身の確認はあとにするとして、さっきの着信音の確認だ。メールがすべて既読ってことは、たぶん届いたのはメール以外の別のアプリのメッセージなんだろう。
他のアプリを確認してみると、六角形に『G』の文字が書かれたアイコンの右下に、小さく①と表示されたアプリを見つけた。たぶんこいつだな。
見たことないアプリだったけど、とりあえず立ち上げてみることにする。
「なになに……『Gテレパス』? 聞いたことないなぁ」
予想通り、こいつはたぶんトークアプリだ。俺が知らないってことは、たぶん巷の若い子たちで流行ってるやつかなんかなのだろう。
とりあえずアプリを指で操作してみると、トーク画面が表示された。差出人を確認してみると『G』と書いてある。というか、この人物しか登録されてないじゃないか。
偶然にもアプリと同じ名前ではあるけど、たぶん登録されてるイニシャルかなにかだろう。
まったく、ちゃんとした名前で登録すればよいのに。Gだとどうやってもゴ◯ブリを連想しちまうよなぁ。もしかしたらゴブ◯ンかもしれないけど。
いずれにせよ、悩んでいても仕方がない。トークの中身を読んでみるか。
俺は覚悟を決めてトーク画面を開いてみることにした。
「えーっと、なになに? 『はじめまして。私は【G】。その身体の具合はどうだい? 急に身体が女の子になっててびっくりしただろう?』……だって?」
最初の一行を読んだ瞬間、俺の背筋にゾクリと戦慄が走った。
どうやらこいつは、俺の体の主に送られたものなんかじゃない。
間違いなく、「俺」自身に宛てられたメッセージだったんだ。