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27.一件落着?

 ぱち、ぱち……。

 ぱちぱちぱち……。


 気がつくと周りから拍手が巻き起こっていた。どうやらアカルと布衣ちゃんが和解したことを察した野次馬たちが、祝福の拍手をくれているらしい。

 えーっと、これって問題が解決したってことでいいのかな? 布衣ちゃんを抱きしめて頭をナデナデしながらそんなことを考えていると、今度は向こうの方が大きくざわめくのを感じた。

 視線を向けると、野次馬たちの列を切り裂くようにしてこちらに向かってくる人物の姿が目に入った。あれは……『黒騎士』シュウじゃないか。


「アカルっ! 布衣っ!」


 大声をあげながら駆け寄ってくるシュウ。ったく、せっかくこっちは落ち着いてきたってのに、ここにきてまたややこしいやつが出てきやがったなぁ。そんなことを思いながら、とりあえず【ステータス】を飛ばしてみる。



 --《 火村ひむら 修司しゅうじ (シュウくん)》--

 state:摩利亞那マリアナ高校二年の四大イケメン【キングダムカルテット(K4)】の一人。

 通称『黒騎士』シュウ。

 色黒のスポーツマンだよ。アカルの幼馴染。

 昔から天然で空気の読めない鈍感さんだったんだ。

 海堂布衣さんの彼氏。


 --


 うん、文字化けは解決してるな。しっかしこいつのステータス情報、天然で鈍感で空気読めないとか、まさに今俺が思ったことそのまんまじゃないか。

 でもまぁいい。こいつに泣いてる布衣ちゃんを押し付けて、さっさと退散するとするかね。


 目の前に立つ『黒騎士』シュウは、やっぱりイケメンだった。180を超える高身長。日に焼けて浅黒い肌。筋肉質な体。なにより精悍な顔つきイケメン。そして布衣ちゃんという彼女持ち。

 あー、なんでだろう。なんかこいつ見てるだけでイラついてくるんだけど。


「……何か用? 火村くん」

「火村くんって……あぁ、そういえば苗字で呼び合う約束だったな」


 約束?あぁ、シュウと布衣ちゃんが付き合いだしたときに、アカルちゃんがそんな約束でもしてたのかな?


「そんなことはどうでもいいよ。それで何の用? って聞いてるんだけど」

「用って……お前と布衣が揉めてるって聞いたから慌てて来たんじゃないか!」

「ん、見ての通り解決してますけど」

「……へっ?」


 そう言われて、俺の胸元でいまだにしゃくりあげ続けている布衣ちゃんにようやく気付き、マヌケな顔をするシュウ。あーもうこいつ、なんかイライラするなー。

 だいたいさー、こいつがちゃんと布衣ちゃんのこと安心させるようにしっかりと繫ぎ止めてれば、こんなことにならなかったんだよな? そう思うと無性に腹が立ってしかたない。


 そうこうしてるうちに俺の胸で泣いていた布衣ちゃんが顔を上げた。いやぁ、泣き顔の美少女って絵になるよね。鼻水垂れてても可愛いわ。

 でもさすがに可哀想だったのでスカートのポケットから取り出したハンカチを渡す。チーン。あ、人のハンカチで鼻かみよったわ。


「シュウくん……グスッ」

「布衣! 大丈夫か? いったい何があったんだ?」

「ううん、なんでもない。日野宮さん……あかるちゃんと仲直りしてたところだよ」


 おーっと、なにやら布衣ちゃんのアカルに対する呼び名が変わってるぞ。もしかして仲違いする以前は名前で呼び合ってたりしたのかな?


「でも布衣さ、前言ってたじゃんか! アカルに酷いこと言われたって」

「あれはあたしの……その、勘違いだったんだ」

「はあ? 勘違いだぁ⁉︎ お前、自分の勘違いでアカルのことあんなにボロクソに言ってたのか?」


 おやおや? 今度はなんかこっちのほうが雲行きが怪しくなってきたぞ。まだ落ち着きを取り戻しきってない布衣ちゃんに、シュウのやつが詰め寄ろうとする。


「そ、それは、その……」

「その、じゃないよ。布衣、お前……」

「ちょっと待ちな」


 俺が鋭い声を発すると、シュウと布衣ちゃんが驚いたようにこちらへ視線を向けた。


「……あかるちゃん?」

「大丈夫? 布衣ちゃん。ここは私に任せて」

「えっ⁉︎ あ、う、うん……」


 驚く布衣ちゃんを自分の後ろに庇うように隠すと、シュウの前に一歩進み出る。


「火村修司。これ以上私の大切な友達である海堂さんを責めるのは許さないよ?」

「えっ⁉︎」「はぁっ⁉︎」


 布衣ちゃんとシュウの戸惑う声が聞こえるが、そんなもん気にしない。


「アカル。だってお前、布衣になんかされてたんだろ?」

「別に。されてないよ」

「いやだってつい今だって布衣が……」

「私がされてないってんだからされてないんだよ。それより火村修司、お前はなんなんだ?」

「へっ⁉︎」


 自分のことを棚に上げて偉そうに正論を吐こうとしている目の前のこの男が、俺はどうしても我慢ならなかった。そもそもこいつがしっかりしてれば、布衣ちゃんだって安心してられたんだろうにさ。


「なぁ火村修司。お前は自分が海堂さんにどんなに辛い思いをさせたのかわかってんのか?」

「はぁ? お、俺が?」

「そうだよ。お前はこんなに可愛い子に寂しい思いをさせてたんだ。なのにお前はなにやってんだ? 今頃ノコノコやってきて、偉そうに説教たれようとしやがって。お前はちゃんと布衣ちゃんの気持ちを考えたことがあるのか?」


 そう言われても首をひねるシュウ。この唐変木はまーだ自分のせいで布衣ちゃんが嫉妬に狂ったことに気づいてないのか? こいつ、救いようがねぇな。


「ねぇ布衣ちゃん。こいつ、いつもこんな感じなの?」

「う、うん」

「そっか。いろいろと大変だったんだね。辛かったよね?」


 そう言って頭を撫でると、布衣ちゃんはまた可憐なその顔をクシャッと崩したんだ。


 それにしてもシュウのやつ、こんな可憐な彼女にこんな顔をさせるような寂しい思いをさせやがって……。

 あーもう、だめだ。我慢できねー。もはや俺の怒りは完全に有頂天だ。こいつ、ぶん殴っていいかな?


「布衣ちゃん。あとは私がこいつをキッチリと教育しとくよ。それでいいかな?」

「えっ? あ、うん。お願い……します」


 俺の気配に圧倒されて、コクコク頷く布衣ちゃん。そんな彼女に満面の笑みを返すと、俺は入念に足のストレッチをして、シュウに近寄りながら指をポキポキと鳴らす。

 さーて、この鈍感男をどう成敗してやろうかな。あ、もしかして……男だった頃に比べてかなり柔軟性が高い今なら、あの技・・・がいけるかもしれない。よーし、ここはいっちょやってみるか。


 怒りのオーラを発しながら近づいてくる俺に、シュウはビビってるみたいだった。てかこいつ、なんで俺が怒ってるのか分かってないんだろうなぁ。


「す、すまなかったなアカル。またお前に迷惑かけて」

「はぁ? まだ寝言言ってんのか? だいたいテメーが全部悪いんだろーが! 自覚あんのか?」

「……へっ? お、俺?」

「あぁそうだ。そんなことにも気付かなかったのかこのウスラトンカチが! だから布衣ちゃんみたいな可憐な美少女を泣かすような羽目になってんだろーが、このスットコドッコイ!」

「う、うぇっ⁉︎」


 こいつ、ほんっとに何も分かってなかったんだな。経験上、こういうやつは一回痛い目見ないとダメだ。うろたえるシュウの前でもう一度屈伸すると、一気にグイッと詰め寄る。


「いいか、火村修司。これから私が布衣ちゃんに代わってお前に罰を与える。心して味わうように」

「は、はぁぁっ⁉︎」


 すー、はー。ひとつ深呼吸すると、全身をバネのようにぐいっと捻る。

 さぁ、いくぜ!


「覚悟はいいか?」

「え? いや、その……アカルさん、待って?」

「待てん」


 ゲッと言いながら固まるシュウくんに、俺はトドメの一言を放った。


「おいゴラァ、火村修司! てめーは一度死んで詫びろやぁ! このクサレ⚫︎⚫︎⚫︎ピーがぁぁあっ‼︎」


 そして、限界までねじり上げた体を一気に解き放って、シュウのやつにハイキックをかましてやったんだ。ふひゅん。アカルちゃんの細長くて綺麗な右足が、流星となって背の高いシュウのアゴへと吸い込まれていった。


 すぱこーん。

 響き渡る、気持ちのいい音。爪先に、クリティカルな感触が伝わってきた。


 どうやらアカルちゃんの身体は思ってた以上に素晴らしい柔軟性を持っていたみたいだ。バネのように飛び出した俺の蹴りは、綺麗な弧を描いて……なんと180cm以上あるシュウのアゴを完璧なまでに蹴り抜いていたんだ。


 ぐらん。シュウの身体が揺れる。呆然と前を見据えていた彼の目が、ぐりんと回って白目を向いた。

 あ、あかん。これ、完璧に入っちまった。そう思った瞬間、シュウの巨体が……まるで糸の切れた操り人形みたいにゆっくりと前に倒れこんできたんだ。


「うわわっ」


 さすがにあんな巨体にのしかかられたら痛いので、華麗なステップで避ける。哀れシュウくんは、支えるものもなくそのまま地面に倒れこんだんだ。

 どすん。鈍い音が、あたりに響き渡った。




 シーン……。

 火村修司が日野宮あかるにハイキック一撃で撃沈させられるという衝撃的な光景を前にして、これだけ周りにいる野次馬たちが一斉に黙り込んでいた。というより、全員が全員アングリと口を開けて間抜けな顔でこちらを眺めてる始末。


 ……や、やばい。さすがにこれはやり過ぎちゃったか? 慌てて後ろを振り向くと、泣いてた布衣ちゃんまでポカーンと口を開けてこっちを見てるし。

 ちょ、ちょっ、布衣ちゃんまでそんな顔しないでよ! もしかして今度こそやっちまったか⁉︎

 でもここまで来たら後悔先に立たず。やっちまったもんは仕方ないので、適当に思いついた決めゼリフを思わず言い放ったんだ。


「ひ、火村修司! 思い知ったか! 可愛い子を泣かすようなことをしたら、この日野宮あかるが許さないんだからねっ‼︎」


 おまけにビシッと親指を突き出して、そのまま下に向けてみた。さ、さーて……これでどうなるかな? もう俺しーらねっ。



 ◇◇◇



 ……不意に背後からガバッと抱きつかれた。驚いて確認すると、抱きついてきたのは布衣ちゃんだった。


「あかるちゃん! あたしのためにありがとう! すごく嬉しかった!」

「ほ、ほぇっ⁉︎」

「胸の奥にモヤモヤしてたものが、あなたの蹴りでなんだか吹き飛んでいったわ! 本当にありがとう!」

「そ、そう? 良かったね?」


 次の瞬間。それまで沈黙を保っていたこの場が、一気に湧き立った。まるで止まっていた刻が動き出したかのように、あちこちから大歓声が上がる。

 驚き戸惑うアカルに対して、野次馬たちが口々に喝采を浴びせはじめた。それはまるで、サヨナラホームランをかましたプロ野球選手に浴びせられるような賞賛の声だった。


「アカルちゃん、かっけーぞぉ!」「日野宮さん、ステキ〜‼︎ あたしも抱いてぇ!」「火村、ザマーミロ! いい気味だ、ぎゃははっ!」「うっわー、マジで火村を一発でノシちゃったよ! 日野宮すっげー!」「おまけに冷戦状態だった海堂さんとまで抱き合ってるし、日野宮さんカッコよすぎっ!」


 周りから浴びせられるたくさんの声援を受けながら、俺は呆然として立ち尽くしていた。はっきりいって理解が全く追いついていなかった。


 ……一言言いたい。どうしてこうなった?



 ◇◇◇



 それからとりあえず、抱きついてきてる布衣ちゃんを引っぺがすことにした。なんか突然舞台のど真ん中に放り込まれたみたいで、すごく居心地が悪い。一刻も早くこの場から逃げ出したかったんだ。


「えーっと、海堂さん?」

「布衣って呼んで?」

「……は?」

「あたしも前みたいにあかるちゃんって呼ぶから、あなたもあたしのこと布衣って呼んで!」

「あ、はい」


 えーっと、ワケガワカラナイヨ。でもとりあえず言うとおりにしないと話が進まなそうなので、素直に名前で呼ぶようにする。


「あの、布衣ちゃん。あなたの彼氏に蹴り入れてゴメンね?」

「え? どうでもいいこよもうこんなやつ。それよりさっきのあかるちゃん、カッコよかったぁ!」


 はぁ? あんだけ拘ってたくせに、どうでもいいってどういうことよ?

 やっべー、マジでこの子怖いよ。いまようやくいおりんがあのとき言ってたことの意味が分かったわ。


「と、とりあえずさ。さすがにこのままだとこいつも可哀想だから、布衣ちゃん介抱してあげてよ」

「えーっ、やだなぁ」

「やーだーじゃーないっ! 布衣ちゃんの彼氏でしょーが!」

「……ちぇっ」


 渋々、といった感じでシュウの介抱を始める布衣ちゃん。なんなのこの子? これほど第一印象や見た目とのギャップが激しい子、初めて見たわ。おー恐っ、さっさと退散しようっと。くわばらくわばら。



 シュウの介抱……というよりつま先でツンツンしはじめた布衣ちゃんから離れて、野次馬たちが固まってる方へと引き上げていく。そんな俺を、みんなは大歓声で迎えてくれた。本当は野次馬たちを避けて通りたかったんだけど、校門がそっちのほうだから家に帰ろうとすると逃げれなかったんだよねぇ。


「よぉ、日野宮あかる! お前やるな!」

「……あ、ども」


 金色に染めた髪をライオンのたてがみみたいに風になびかせながら、キングダムカルテットの一人である冥林めいばやし 美加得みかえるが近寄ってきた。


「お前のこと、気に入ったぞ! 俺様とデートしようぜ!」

「あ、そういうのお断りしてますんで」

「あぁん⁉︎」


 危険な芽は早めに摘み取るに限る。さっさとミカエルの申し出を断ると、そのまま奥へと抜けていった。



 ◇◇◇



 ……野次馬たちの間をかきわけて奥へと進んでいくと、その先にいおりんと羽子ちゃんの姿があった。見慣れた二人の姿に、思わずホッとしてしまう。ああ、さすがにこの二人は無視して通り過ぎるわけにはいかないよな。すごくお世話になったしね。


「汐くん。羽子ちゃん」

「アカルちゃん、お疲れさま」

「あかるさん……」


 いおりんはいつものように満面の笑みエンジェルスマイルで、羽子ちゃんは今にも泣き出しそうな顔で、俺を迎えてくれる。


「ね? 上手くいったでしょ、羽子ちゃん?」


 そう言うと、羽子ちゃんは目に涙を浮かべたまま俺の胸に飛び込んできた。むにっ、柔らかな感触が伝わってくる。


「よかった……わたし、あかるさんのこと心配してたんです……」

「ありがと、心配かけてゴメンね」


 優しく頭をナデナデしながら、羽子ちゃんの胸の感触といい匂いを堪能する。うっひょー、ご褒美キターッ‼︎

 至福の時を堪能していると、今度はいおりんがニコニコ笑いながら話しかけてきた。


「あかるちゃん、すごくカッコ良かったよ」

「ほ、本当? まぁ……よかった、のかな?」

「うん、良かったと思うよ。ただ、あのハイキックで可愛らしいパンツが丸見えだったけどね?」


 はっ! 完璧に忘れてた! 今の俺、スカートだった!

 急に恥ずかしくなって、反射的にサッとスカートを抑えてしまう。しかもなんか顔が赤くなってくるし!

  ってさ、よく考えたら別に見られて減るもんでもないし、特に恥ずかしがる必要も無いんだよなー。あーでもよかったー、勝負パンツ履いといて。

 でもさ、いおりん。無料タダ美少女アカルちゃんのパンチラを見るなんてこと、そう簡単に許されませんぜ? 俺はすぐに平常心を取り戻すと、いおりんをキッと睨みつけてる羽子ちゃんをなだめながらこう言い放った。


「そっか、いおりん。じゃあその目に、心に、しかと刻み込んどいてね! そのかわり、これで貸し借りなしだかんねッ!」


 そしたらいおりんは大笑いしながら「あははっ、仕方ないなぁあかるちゃんは」と言って、右手をパーにして上にかざしてきた。俺はニヤッと笑いながらその手に思いっきりハイタッチしたんだ。


 ぱぁん。夕暮れの摩利亞那マリアナ高校の校内に、乾いた音が鳴り響いた。それはまるでこの激動の一週間の終焉を告げる、終業のチャイムのようだった。


 さーて。いろいろあったけど、ひとまずこれで一件落着……かな? かなかな?





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