24.黒幕
いっちに、さんし。
夜、風呂上がりにいつものように化粧水を塗ってストレッチをしながら、いろいろなことを考える。
これまで謎だった自分の置かれた状況が、今日でだいぶ整理された。俺が中に入ったときのアカルちゃんは、クラスメイトから避けられ、孤立するような存在だった。唯一の話し相手は羽子ちゃんだけ。あ、あといおりんがいたか。
それが今日一日でずいぶんと良い方に変わっていったのではないかと思う。よもや、今日一日でクラスメイトとカラオケするくらいまで改善するとは思ってもみなかった。ま、そうなるように仕掛けたのは俺なんだけどさ。それにしても長い一日だったよ……疲れた。
クラスで孤立していた件については、その元凶とも言える存在……妙な噂を流した張本人である一丸さんたち一二三トリオとはだいぶ和解できたんじゃないかと思う。まぁ和解もなにも元々なにもなかったんだけどね。
現に、今日実際に触れ合ってみてハッキリしたけど、一丸さんたちは『普通の女の子』だった。単に噂好きで、イケメンやファッションが好きで、流されやすくて……。別にアカルちゃんに対して直接負の感情を抱いているわけじゃ無かったんだ。
そもそもアカルのことを避けていたのも、例の【事件】とやらの話がキッカケだったみたいだし。そのこと自体もいおりんの説明と今日のメイク大会のおかげでかなり払拭されたんじゃないかと思う。
こうなるとだいぶん状況は改善したように思うんだけど、まだ根本的に解決しているとは言い難い。なにせいまの俺は『メイク』するだけで「人の彼氏を誘惑してる」なんて、あらぬ疑いをかけられてしまうような存在なのだから。
そういう意味ではまだまだやるべきことは残っているのかもしれないな。とりあえずハッキリしとかなきゃいけないのは……幼馴染との関係だ。
そういや以前に確認した受信ボックスにあった『シュー』って人物からの『ゴメン』ってメール、あれってやっぱり『黒騎士』シュウだったんだろうなぁ。なにがゴメンなのかは分からないけど、恐らくは例の『事件』関係のメールなのではないだろうか。
このことからも、なんとなくシュウとの関係がその事件をきっかけに悪化したのは察することはできる。だけど、ぶっちゃけ今の俺は火村修司にまったく興味が無いので、ハッキリ言ってどうでもいい。だからこれ以上揉めようもないと思うんだけどな。
ということは、やっぱり問題は……。ピロリンリーン。お、【G】からのメッセージだ。久しぶりだな。
『時間がかかってすまなかった。君に指摘されていた問題点は無事解決した』
問題点? 問題点ってなんだったっけ? ……あぁそういや文字化けするとかしてたとか、そういうやつだったか。なんかもうどうでも良くなってすっかり忘れてたよ。
「そっか。それはお疲れ様、【G】」
『な、なんか素っ気ない態度だな?』
いや、素っ気ないのはいつものそっちの応対でしょうが。
「いやすまん、なんか別に文字化けしたままでも特に問題なく過ごせてたからさ。でもさ、修正に苦労したんだろう? おつかれさま」
しばらくの沈黙のあと、返ってきた返事は『別に君のために苦労したわけではない。だが礼は受け取っておこう』という意味不明なツンデレ対応だった。ったく、めんどくせーこいつ。
「とはいえ、これから【黒幕】と対峙する上で【ステータス】が回復したのは多少は心強いよ。ありがとう」
さりげなく放たれた爆弾に、今度はすぐに返事が返ってこなかった。さーて、【G】はどう返してくるかな。ペロリンリーン。
『【黒幕】とは何のことだ? 君はいったい今なにと対峙している?』
ふんっ。あんたはゲームマスターなんだから、どうせ全部知ってるんだろ? そのくせトボけた応対しやがって。ったく、あわよくば【G】の背景とかが分かればと思ったんだけどな。さすがにこの程度の誘導尋問には引っかからないか。仕方ない、普通に返信するかね。
「日野宮あかるに友達が居なかったのは、彼女が根暗だったからじゃない。俺が中に入る前からトラブルに巻き込まれていたからなんだ。クラスメイトから無視されるようなトラブルにな。それをいま俺が解決してるところなんだよ」
『そうだったのか、それは大変だな。それで黒幕というのは?』
おや、こいつゲームマスターのくせにそこが気になるのか? だいたいこの状況はある意味【G】が仕込んだものじゃないのか?
「黒幕とは、アカルちゃんをこの状況に貶めた本当の相手のことだよ」
『それは、誰なんだ?』
なぜだ。なぜ【G】はこんなにしつこく個人情報を聞きたがる? 本来のこいつの役割からして、そんなものには興味ないと思ってたんだけどな。どうやら【G】の立ち位置は、俺が想像していたものとは少し違うのかもしれない。
……でもまぁそれはそれとして、とりあえず『誰なんだ? 教えろ』『私はそんなに気の長い方じゃないんだ。早くしろ!』『頼む、教えてくれ』などと連続でメッセージが届くの勘弁してくんないかな? くそっ、こいつ都合の悪い時にはダンマリのくせに、自分が興味あることにはしつこいのな! めんどくせー!
「落ち着けよ、ちゃんと教えるからさ! この【事件】の黒幕は……『海堂 布衣』ちゃんだよ」
今度も、しばらくは返事がこなかった。
ピロリーン。しばしの沈黙のあと、【G】からのメッセージが届く。
『そうだったのか。良ければ君がそう判断した理由を教えて欲しい』
なんとなく文面から【G】がショックを受けているような様子が見て取れる。なんでこいつがこんな反応するんだか。
とはいえ、またさっきみたいに鬼のようにメッセージ貰っても嫌だから、俺はかいつまんでそう考えた理由を説明することにした。
◇◇◇
今回のクラスメイトたちによる「アカルちゃん無視」に関しては、その元凶は一丸さんたち一二三トリオで確定した。クラスの女子たちのリーダー格である一丸さんや、噂話が大好きな二岡さんあたりが嫌悪感混じりに例の【事件】の話を面白おかしく広めて、あのような状況になってしまったんだろう。
ところが、実際に接してみて一丸さんたちには悪意はなかった。ただの普通の女の子だった。問題の根源はそこにはなかったのだ。
であれば問題は……彼女たちに情報を流した情報源のほうにあるということになる。
一二三トリオはその人物から得た情報で、アカルちゃんを「人の彼氏にちょっかいをかけるような女」だと判断した。
つまり、一丸さんたちに対して「故意に」「意図的な」「アカルちゃんを貶めるような」情報を流したやつがいたんだ。
じゃあそれが誰だってことになる。その答えのヒントになったのは、先日の登山だ。
俺は先日朝日兄さんとマヨちゃんの三人で高菜山に登山した。そのとき偶然デート中のシュウとヌイちゃんに会った。この登山については前日夜に思いつきで決めたものだ。しかも行き先に至っては決めたのは朝日兄さんだ。決してヌイちゃんたちのデートを邪魔しようとしたわけではない。
なのに週明けの月曜日には、クラスの中で「日野宮あかるが火村くんと海堂さんのデート現場に現れて邪魔した」という噂が一丸さんたちの口から流されていた。これはいくらなんでも情報の流通が早すぎだ。
なぜ思いつきで登った登山でバッタリ出会ってしまったことを、週明けにはクラスメイトが知っていたのか。その理由は……知ってるやつが広めたからに決まっている。たぶん携帯のメッセージアプリとかで広めたんだろう。
じゃあ知ってるやつは誰なのか。それはもう二人しかいない。シュウとヌイちゃんだ。
ここで『黒騎士シュウ』こと火村 修司のほうは除外できる。なぜなら彼にこの噂を広める意味はないし、なにより一丸さんたち一二三トリオにつてが無いはずだ。
……となれば、自動的に対象は絞られる。一丸さんたちと同じテニス部であり、シュウの彼女であり、週末に俺とバッタリ会った人物。
すなわち『海堂 布衣』ちゃんだけだ。
◇◇◇
一通り説明したあと、やはり【G】からすぐに返事は返ってこなかった。もしかしたらショックだったのかな? 全てを知るゲームマスターなのに?
しっかし、改めて不思議なのは海堂 布衣ちゃんの行動だ。彼女はタイプは違うけどアカルちゃんとタメを張るほどの美少女だ。きっとすごくモテるだろうし、実際に恋が実ってイケメン彼氏もゲットして幸せいっぱいのはずだ。そんな彼女が、なんでよりにもよってアカルちゃんの悪口を広めるような真似をしてるんだろうか。
今回のやり口を見る限り、ヌイちゃんは明らかにアカルちゃんを敵視しており、あえて孤立するように情報を拡散していた。それほど仲違いするほど、アカルちゃんとヌイちゃんの間に決定的な出来事があったのだろうか。
ピンピロリーン。お、ようやく返事が来たぞ。
『長い報告感謝する。そうか、君の方こそ色々と大変だったのだな』
ほう、【G】にしては柔らかい返事が届く。こいつなりに心配してくれてるのかな?
でも俺に関しては心配無用だ。そもそもそんなにショックを受けたりしてるわけじゃ無いし、なにより……忙しくなるのはこれからだから。
そう返事をすると、『それはどういう意味だ?』と返事が返ってきた。俺はニヤリと笑いながらメッセージを打つ。
「なーに、明日いよいよ【黒幕】と直接対決して、この問題を全部解決するつもりだからさ」




