23.味方
アカルといおりん、それに一二三トリオの三人は、そのままの流れで自然とカラオケ大会が始まった。なにせカラオケボックスにいるんだから、歌わなきゃ損じゃない? みんなメイクをしたまま楽しそうに歌を歌いまくったんだ。
大人しそうに見える三谷さんが、実はビジュアル系バンドのファンだったらしく、ド派手なメイクに変えてシャウトしまくっているのを見たときには、みんなで腹を抱えて大笑いしたもんだ。
俺はもちろん、トキメキシスターズの歌を披露したよ。みんな黙って俺の歌に聞き惚れてたんだ。うへへ、女の子の声で歌を歌うのってキモチイイ!
こんな感じで、気がつくと俺たちはなんだかんだで楽しい時を過ごしたんだ。
◇◇◇
しばらく歌っていたら急にもよおしてきたのでトイレへと席を立つ。スッキリしたあと元いた部屋に戻ろうとしたら、扉に手をかけたところで室内の声が聞こえてきた。ん? どうやら中でカラオケの合間になにやら話してるみたいだ。
「……ねぇいおりくん。なんで日野宮さんなんかに肩入れしてるの? あの子、布衣ちゃんの恋路にちょっかいかけて、ダメになる寸前まで追い込んだ張本人なんだよ? なのにどうして……」「そうよいおりん。あいつは布衣の邪魔をしたんだよ?」
「……双葉ちゃん、瞳ちゃん。それってホントなのかなぁ?」
うっわ、なんかめっちゃ中に入りづらい話題じゃないか。思わずドアノブにかけていた手を引っ込めて、部屋の外から中の声を伺うことにする。
べ、別に中の会話を盗み聞きしようってわけじゃないんだからねッ?
「……あのね、ボクはあかるちゃんがどうしてあんなに変わったのか、すごく興味があったんだ。だからあかるちゃんに近づいて、ボクなりにその理由を確認することにしたんだよ」
「……うん」
「だってさ、あれだけ変わったならなにか特別な理由があると思うじゃない? たとえば恨みとか、憎しみとか。そういった負の感情は、時に人に強い動機を与えるからね」
「そ、そうよ! だからあいつはきっと布衣のことを……」
「だけどね、あかるちゃんはそうじゃなかった。ただ純粋に、自分を変えようと、綺麗になろうと、変わろうとしてるだけだった。そこに不純な思いなんて一切見受けられ無かったんだ」
「うっそ⁉︎」「ええっ⁉︎」「そんなことって……」
これは……もしかしていおりんが俺の味方をしてくれてるのか? だとしたらすごくありがたいことなんだけど、その意図がどうにも読めない。
「実際にメイクもしたんだけど、あかるちゃんは純粋にボクの技術を喜んでくれた。その上で、一生懸命に学んで綺麗になろうと努力していたんだよ」
「そ、そんなの上辺だけの態度かもしれないじゃん! 綺麗になって、自分をコケにしたひとたちを見返そうとしただけじゃ……」「そうだよ! 現にさ、この前の週末に布衣ちゃんがシュウくんと登山デートしてるときに、偶然を装って目の前にわざとらしく現れたそうなんだよ?」「うんうん!」
はぁ? 俺がシュウや布衣ちゃんの前にわざと現れた、だって? せっかくのいおりんのフォローも、一丸さんたちが口走った発言によって俺の中で吹っ飛んでしまった。なんで俺がそんな無意味なことしなきゃいけないんだよ。ジョークにしても出来が悪すぎる。
そもそもさ、俺が二人に会ったのって高菜山で偶然会ったあのときだけだよ? あれだってこっちは朝日兄さんとマヨちゃんも一緒だったんだしさ。
俺が戸惑っている間にも、いおりんのありがたいフォローが続いている。
「それってさ、本当にわざとなのかな? ただの偶然だったんじゃない? だってボクの目には、あかるちゃんがそんなことするようには見えないんだよ」
「で、でもさ、そんなの分かんなくない? あの子って実は腹黒そうじゃん? わざわざ見せつけるみたいに可愛くして……」
「それは違うと思うよ、瞳ちゃん。あかるちゃんにメイクしたとき、ボクは彼女の本当の魂を感じたんだ」
げっ。俺の本当の魂を感じた、だって⁉︎ いおりんのとんでもない発言にギョッとしてしまう。もしかしていおりんは、俺の中身が男だって気づいてたりしてるのか⁉︎
「メイクはね、相手の心を裸にする。そして実際にメイクしたボクだからこそわかる。あかるちゃんはね、綺麗に見られたいとか、誰かに思い知らせたいとか、そんなもの一切考えてないんだ。そもそも誰からどう見られてるなんてことを気にしてなかったんだ」
「えっ⁉︎」
「あかるちゃんはね、人の目なんて一切気にせず、ただ純粋に『綺麗になりたい』って考えてたんだよ」
あー、そういうことか。さすがにちょっとビビったぜ。でもいおりんの言うことは正しい。たしかに俺はミッションのために綺麗になろうもしてたから、他の人からどう見られるかとかこれっぽっちも考えたこともなかったし。
しっかし、そんなことまで分かっちゃうなんて凄いなぁいおりんは。
「普通の人はね、他の人からどう思われるかが気になってしょうがない。ボクだってそうさ、常に他の人からどう見られてるのかを気にしてる」
「それは……ねぇ。誰だってそうじゃないのかな?」「そうよねぇ」「うんうん」
「だけどね、あかるちゃんはそうじゃなかったんだ。その証拠に、今日あかるちゃんがキミたちを誘ったのだって、恨みとか復讐とかそういうのじゃないんだよ。あかるちゃんはね、ただ単純に、純粋に、キミたちに綺麗になってほしいって思って声をかけたんだよ? 信じられるかい?」
「うっそ⁉︎」「ええっ⁉︎」「そ、そんな……」
「ホントだよ。あかるちゃんがわざわざ今日の昼休みにボクのところに来て、こうお願いしてきたんだ。『素質があるのにもったいない子たちがいるから、一緒にメイク教えるの手伝ってくれないか?』ってね」
あー、そいつは本心だ。だってさ、一丸さんたちってばせっかく若くてみずみずしくてキャピキャピの肌を持ってるのに、ガングロにケバい化粧なんてしてるんだぜ?そんなガッカリな女子高生なんか見たくないじゃん?
ちゃんとした年相応のメイクをすればもっと可愛くなるのに。どうせなら若さと瑞々しさに溢れた女の子の方を近くで見たいと思ったからさ。
「そ、そんな……でもさ、それはきっとアレだよ。別の下心があったんだよ! たとえばさ、イケメンとお近づきになりたいとか?」
「まぁそうだよね。ふつうはそういう下心とかもあったりするよね? 例えば……ボクに近づきたいとか、ミカエルくんたちを紹介してほしい、とかね」
「「うっ!」」
いおりんにそう切り出され、一丸さんたちが一斉に言葉に詰まる。くくくっ、これはきっと図星を指されたんだろうな。実際彼女たちはいおりんに近づきたくて仕方ない子だしね。
「ある人はボク個人に興味があったり、別の人はレーナちゃんの話を聞きたがったり、また別の人はシュウとかガっくんやミカエルくんのことを知りたがったりとか、ね。そんな子たちがすごく多かった。純粋にボクのメイクを求めてくる子なんていなかったんだよ」
「う、うん……」「へ、へぇ……」「あぅ……」
たぶんいおりんは、これまでもいろいろな女の子のお化粧の相談に乗ったり、実際にメイクをしてあげてきたのだろう。ところがその女の子たちのほとんどに、下心なり打算なりがあった。きっとそれがイヤになったんだろうなぁ。
……あ、そっか。もしかしてそれでいおりんは学校の女子たちにメイクをしなくなったのかな?
「でもね、あかるちゃんは違った。ただ純粋にボクの技術を求めてきた。そもそも彼女にはね、なんというか……打算がないんだよ。純粋に綺麗になりたいという思いしかなかったんだ。だからボクは、あかるちゃんに協力することにしたんだよ」
「「「……」」」
そういおりんに言われて、一二三トリオは完全に黙り込んでしまった。
んー、さすがにそろそろ頃合いかな? 中の話もどうやら決着したみたいだし、なによりあんまり戻るのが遅いと逆に警戒されちゃうからね。
大きく一つ深呼吸をして気持ちを整えると、入口のドアを開ける。ガチャリ。
「やっほー、おまたせー! あれ、曲歌ってなかったの?」
「おかえり。次はあかるちゃんの番だったから待ってたんだよ。ねぇ、みんな?」
「う、うん……」「ええ……」「はい……」
いおりんに笑顔でそう言われて、動揺を隠せないまま頷く三人。明らかに様子がおかしいんだけど、敢えてそこは突っ込まないで、極めて明るくこう返したんだ。
「そっか、ありがとう! それじゃあねぇ、トキメキシスターズの『卒業』を入れよっかな! みんなで歌おうよ!」
◇◇◇
結局三時間もカラオケで遊んだ俺たちは、だいぶん遅い時間になったので解散することにした。その帰り道、俺はいおりんと一緒に電車に揺られながら、彼に礼を伝えたんだ。
「汐くん、ありがとうね。おかげで助かったよ」
「本当? ならよかった」
相変わらずのエンジェルスマイルを返してくるいおりん。
今日の出来事で、一丸さんたちとの関係は多少なりとも改善したことだろう。それもこれも、いおりんの存在が非常に大きかった。まったく、いおりんがいなかったらどうなっていたことか。本気で感謝の気持ちでいっぱいだよ。
「お礼に汐くんのお願いならなんでも聞くよ。……あ、変なことじゃなければね?」
「ふふふ、そっか。じゃあ……キスしてもらおっかな?」
「……はぁ?」
「なーんてね、冗談だよ。それじゃあ何してもらうか、楽しみに考えておくね?」
天使のはずのいおりんが、その目に不気味な光を宿らせて笑って見せた。思わずゾクリと背筋に冷たいものが走る。じょ、冗談だよね? いおりんはそんなことしないよね⁉︎
もしかして目前の問題を解決するために、より厄介なものを抱え込んでしまったのではないか。 一抹の不安が頭をよぎるも、いおりんに限ってそんなことは無いだろうと必死になってその考えを打ち消したんだ。




