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21.過去の『事件』

 なんと羽子ちゃんは、三人組からアカルおれと口をきかないように脅されていた。


「そ、それってどういうことかな? 私に話してくれる?」

「は、はい……」


 ポツリ、ポツリと話し始めた羽子ちゃんの説明によると、どうやら羽子ちゃんは一二三ひふみトリオから俺と距離を置くように何度も言われていたらしい。しかもその理由が俺……というよりアカルちゃんにあったみたいなんだ。


「その、一丸さんが言ってたんです。『日野宮さんは男たらしだ。だからあんなやつと仲良くするな』って」


 はぁ? 男たらしだぁ?どこをどうしたらそんな情報になるわけ?

 羽子ちゃんはすごく言いにくそうにしてたんだけど、俺に何度も促されてついに重い口を開いた。


「それが……『日野宮さんは未だに海堂さんの彼氏になった火村くんに付きまとってる。しかもワザとらしくイメチェンして、火村くんにあざとくアピールしてる』って」

「はぁ?」


 なんだそれ? 意味が分からないわ。

 あまりに予想外の話に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 だいたいなんでここで『黒騎士』火村修司シュウとか布衣ぬいちゃんとかが出てくるわけ? そもそも俺、シュウってやつと口きいたことないんだけど?


 ただ、それ以上に意味が分からないのが前半の方の話だ。『日野宮さんは未だに海堂さんの彼氏になった火村くんに付きまとってる』。この話、俺は何も知らないぞ?


「一丸さんたち三人は、汐くんの追っかけであると同時に海堂さんの部活のお友達でもあるんです。だから……その、日野宮さんのことが気になったのかもしれません。なんだか日野宮さん、すごく変わったし」

「あ、ありがとう。私、そんなに変わったかな?」

「は、はい。まるで別人みたいに変わったと思います。わたしも見習いたい……です」

「あははっ、そう言ってもらえると嬉しいよ。だけどまだまだかな? なにせ明星さん以外のクラスメイトからは距離を置かれてるみたいだしね」

「そ、それも……たぶん一丸さんたちのせいだと思いますよ」


 な、なんですとぉ⁉︎

 思ってもみないところからもたらされた情報に、俺は驚きを隠せずにいた。


「そ、その辺のところを詳しく教えて?」

「あの……例のその……『事件』の情報をみんなに広めたのは、一丸さんたち三人なんです」


 事件? 事件ってなんだ?


 アカルちゃんには、俺の知らない過去がある。そんなことは百も承知だ。だけどこの『事件』とやらについては、どうしても俺は知っておかなければいけないみたいだ。


 俺は羽子ちゃんに……なにも知らないことを悟られないように、慎重に問いかけた。


「ねぇ明星さん。あなたが知る『事件』の概要を、私に話してくれないかな?」


 羽子ちゃんは頷くと、俺に衝撃的な過去の出来事について語ってくれた。



 ◇◇◇



 火村 修司。通称『黒騎士』シュウ。

 抜群の運動神経と高い身長。一年生にして野球部のエースで三番バッター。しかも女の子なら誰もが振り返るほどの精悍な顔つきイケメン

 そんな彼は、いつしか摩利亞那マリアナ高校の女生徒たちから『キングダムカルテット』の一人、『黒騎士』シュウと影で呼ばれるようになっていた。


 そんな彼には、常に二人の女性の姿が近くにあった。

 一人は、男子生徒から『守りたい女子ナンバーワン』の人気を誇り、摩利亞那マリアナ祭のメインイベントのミスコンで二位に当たる『準・至高の一輪華プリモディーネ』となった美少女、海堂かいどう 布衣ぬい

 そしてもう一人が、地味でいつも本ばかり読んでるガリ勉メガネっ娘である我らが日野宮あかるだ。


 誰が見ても可愛らしいと評判の海堂かいどう 布衣ぬいちゃんは、シュウのことがずっと好きだった。そのことを仲の良い一二三トリオたちにも相談し、また部活とかでよくシュウの世話を焼いていたことから、ある程度周知の事実として周りからは認知されていた。

 また彼女の愛らしいルックスもあり、他の女子生徒たちも「布衣ぬいちゃんにだったらシュウを取られても仕方ない」という空気になっていたのだそうだ。


 ところが、その関係の間に立っていた存在があった。それが俺こと、日野宮あかるだ。

 火村修司と日野宮あかるは、小さな頃からご近所さんの幼馴染だった。偶然にも同じ学校に通うことが続き、小・中・高と一緒に歩んできた。家族ぐるみの付き合いもあり、基本的に一人でいることの多かったアカルちゃんも、シュウにだけはある程度心を開いていたみたいだったのだそうだ。

 端から見ても、シュウとアカルちゃんは特別な関係のように見えたらしい。


 ただ、そのことが気にくわない人たちもいた。それが例の『一二三ひふみトリオ』を筆頭とする、摩利亞那マリアナ高校のミーハーな女子生徒たちだった。

 それでも一年生のころは、特に大きくモメることもなく過ごしていたらしい。誰が見てもお似合いの二人と、その邪魔をするかのように存在しているガリ勉メガネの幼馴染は、奇妙なバランスの元に成り立っていたのだという。


 そんな三人の構図が崩壊する『事件』が、一年も終わりの三学期末に発生したのだそうだ。



「わたしが聞いた話では……海堂さんが火村くんに告白しようとしたのを、日野宮さんが邪魔をしたってことです」

「……どんな邪魔だって聞いてる?」

「詳しくは知りません。あまり興味が無かったので……。ただそのことで日野宮さんと海堂さんが決裂したと聞きました。そして次の日、日野宮さんは学校を休んで、海堂さんは……その……大泣きして、学校の屋上から飛び降りようとしたんです」

「……えっ⁉︎」

「屋上に立つ海堂さんを止めたのが、火村くんでした。そのことがきっかけとなって二人は付き合いだしたそうです。そのロマンティックな展開から、みんなはそのときのことを『マリアナ邂逅かいこう』事件として騒ぎ立てたんです」

「それが……『事件』か」


 ミスコンで学年二位となるような美少女の片思いを、三つ編みにメガネのガリ勉っ娘が邪魔をした。あげく美少女は死のうとして、それをイケメンが止めて、二人は熱く抱擁し合い結ばれる。なんという乙女チックでロマンチックな展開。


 あー、そりゃアカルちゃんは悪者になるわな。

 それにしても酷いネーミングセンスだよ。なにがマリアナ邂逅だ、もじるにしてももうちょっとマシなネタがあったんじゃないの?


「でも……わたしは日野宮さんと接していて、その話はなにか間違ってるんじゃないかなって思ったんです。日野宮さんはそんなことするような人じゃないって」

「明星さん……」


 そうか、それで羽子ちゃんは一二三ひふみトリオを敵に回してまでもアカルちゃんに着いてくれたのか。うっわー、この子めっちゃ良い子じゃないか。


「ありがとね、明星さん。すごく嬉しいよ」

「そ、そんな……。日野宮さんだってわたしのこと、その、だ、大事だって言ってくれたし」


 顔を真っ赤にしながらそう口にする羽子ちゃん。きっと人見知りな彼女にとっては本当に勇気を絞り出した行動だったんだろうな。

 本当にありがとう、羽子ちゃん。

 俺はギュッと抱きしめたくなる衝動を、抑えるのに必死だったんだ。



 ◇◇◇



 羽子ちゃんが話してくれた過去の『事件』についての話は、それなりに驚きに値する内容だった。だけどこれらの話に、俺は強いショックを受けた……わけではなかった。

 はっきり言って、どうでも良い話だった。ぶっちゃけ「なんだよ、そんな下らないことだったのかよ」と呆れてしまったくらいだ。


 まず俺は……アカルちゃんにはたいへん申し訳ないんだけど、シュウとやらを含めた男という生き物に全く興味が無い。だから誰が誰と付き合おうと関係無いし、どうでもいい。ましてや今後、男とどうにかなることもありえない。


 それに、過去に何かがあったとしても、シュウとやらや海堂さんらを恨むつもりもない。そもそも他人の色恋沙汰なんて関わりたくないね。

 しっかしさー、女の子ってのはほんっとに『惚れたはれた』の話が好きだよね。しかも色恋沙汰でモメて屋上から飛び降りようとするとか、そんなの考えられないし! どんだけスイーツやっちゅうねん!

 こっちはさ、そういうのにまったく興味がないから、勝手に巻き込まないで欲しいよなぁ。




 さて、とりあえず羽子ちゃんのおかげで自分の置かれた状況はよーく分かった。それだけ分かれば、俺に打てる手もある程度明確になったってなもんだ。


「ハコちゃん、言いにくいことを話してくれてありがとうね」

「あっ……名前……」


 あっと、しまった。無意識のうちに心の中で呼んでいたみたいに名前で呼んじゃったよ。


「あ、ごめん。思わず名前で呼んじゃった。イヤだよね?」

「う、うぅん!そんなことない!……です」


 あら? 思いもよらず羽子ちゃんはあっさりと受け入れてくれたよ。こりゃラッキー! これで一気に羽子ちゃんとの距離が縮まったかな⁇


「そっか、じゃあ今度から羽子ちゃんって呼ぶね! 私のことも名前で呼んでいいよ?」

「えっ⁉︎ あ、あの……あかる、さん?」

「あははっ、なんか堅苦しいね!」


 まぁそれでも、名前で呼び合うようになっただけで大きな進歩だと思う。こうなってくると、羽子ちゃんとの距離を縮めるキッカケとなった一丸さんたち一二三ひふみトリオにも感謝しないとな。


「よーし。そしたら羽子ちゃん、ちょっと私これから用があるから、先に行ってるね?」

「えっ? よ、用……?」

「うん。それじゃ、またあとでね!」


 俺は戸惑う羽子ちゃんにそう告げると、ある人物に会うために駆け出したんだ。

 今の自分アカルの状況を変える手を打つために。アカルちゃんには出来なかったかもしれないけれど、中身が男である俺なら出来ることがきっとあるはずだ。



 ◇◇◇



 はぁ、はぁ。残り少ない昼休みに間に合わせるために駆け足で校舎の中を駆けていく。やがてたどり着いたのは……2-Dのクラスだった。


 ガラガラ。勢いよくドアを開けると、教室の中にいた生徒たちが一気に俺に注目する。だけどそんなもん気にしていられない。


「あれ? あかるちゃん、どうしたの?」


 声をかけてきたのはいおりんだ。そう、こっちはいおりんに用があったんだよ。


「汐くん、ちょっとお願いがあるんだ」


 俺はいおりんの腕を掴むと、思わずニヤリと微笑んだ。

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