表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/112

19.異変

 高菜山に登った日の夜。筋肉痛にならないようにいつも以上に念入りにストレッチをしていると、ピロリーンと携帯から音が聞こえてきた。【G】からのメッセージだ。


『振り返ってみて、この一週間はどうだった?』


 そう聞かれて考えてみたんだけど、最初の一週間は比較的無難に過ごすことが出来たんじゃないかな? って思う。

 お昼は羽子ちゃんとご飯を食べるようになり、綺麗になることについてもいおりんのおかげで目処が立ってきた。この調子でいけば、近いうちに二つのミッションをクリアできるんじゃなかろうか。


「まぁぼちぼち順調じゃないかな?」

『そうか、それはよかった(^_^) これからも色々と大変なことはあるだろうが、頑張ってくれ(^o^)』


 不器用ながらも使用される顔文字のおかげで、これまで機械的だと思っていた【G】の対応もなんとなく優しくなったように感じる。良い傾向だ。

 だけどいまはそれよりも優先すべきことがある。それは、例の文字化けの件を【G】に確認することだ。


「なぁG。特定の人物の【ステータス】情報の一部が文字化けしてるんだけど、あれは仕様なのか?」


 返事はすぐには返ってこなかった。これは痛いところを指摘されたからなのか、はたまた違う理由からなのか……。ピンピロリーン。


『それはどういうことなんだ? 詳しい説明を求める』


 微妙な反応だけど、なんとなく【G】の戸惑いを感じることができる。ということは、こいつは文字化けしてることを知らなかったのか? とりあえず概要を説明する。ピロリンリーン。


『どうやら想定外の事態が発生しているようだ。不便をかけて申し訳ない。早急に状況を確認してみる』

「なぁG、あんたはこのことを知らなかったのかのか?」

『恥ずかしながらまったく知らなかった。すぐに確認の上、問題を解決するようにする』


 そう返事がくると、【G】はすぐにオフラインになってしまった。この慌てっぷりからすると、どうやら本当に知らなかったんだろうな。



 結局、この週末に【G】から返事が返ってくることはなかった。たぶん不具合の状況把握にいろいろと苦戦してるんだろう。

 でもさ、もしあの文字化けが【G】の意図したものじゃないとしたら、どうして発生したんだ? もしや【ステータス】の能力には、【G】以外の……何ものかの意図が反映されてるってことなんだろうか。



 ◇◇◇



 翌朝。いつも通りに登校して教室に入ると、羽子ちゃんの周りに複数の女子たちが集まっていた。ありゃりゃ、珍しいな。羽子ちゃんに俺以外の子が話しかけるなんて。


「おはよう。みんな、どうしたの?」

「あっ……」


 俺の姿を確認した瞬間、羽子ちゃんを取り囲んでた女の子たちが声を上げて蜘蛛の子を散らすように立ち去っていった。あとには下を俯いたままの羽子ちゃんだけが取り残されていた。ん? なんか様子が変だぞ?


「明星さん、なにかあったの?」

「う、ううん……」


 そう答える羽子ちゃんも歯切れが悪い。いったいどうしたんだろうか?



 昼休み、羽子ちゃんを昼ごはんに誘ったんだけど、用事があるからといって断られてしまった。んー、残念。仕方ないから今日は一人で食べるとしますかね。

 久しぶりに一人で食べる昼食は、思ってた以上に味気なくて寂しかった。羽子ちゃんはあんまり自分から話してくれなかったんだけど、それでも居ると居ないでは段違いだった。

 やっぱり彼女の存在は有難かったんだなぁとしみじみ思う。明日は一緒にお昼を食べてくれるかな?



 ◇◇◇




 翌日。この日は羽子ちゃんは昼食をオッケーしてくれた。昼休みに一緒に教室を出るときガタンって大きな音がしたんだけど、クラスメイトの女子が机にぶつかった音だった。ずいぶん不注意な女の子だなぁ。

 羽子ちゃんと食べるお昼は、やっぱり俺が一方的に話す感じだったけど、一緒に食べれるのは嬉しかった。だけど気になったのは、なんだか羽子ちゃんの様子がおかしいことだ。


 もともと羽子ちゃんは恥ずかしがり屋で目を合わせて話すタイプではなかったんだけれども、今は明らかに意識して目を逸らしているように感じる。んー、これはなにかあるぞ。


「明星さん、なにかあった?」

「えっ? あ、ううん。大丈夫ですよ」

「本当に?」


 俯く羽子ちゃんの顔を覗き込むように見ると、パッと顔を赤らめながら逸らした。やっぱり目を合わせるのが恥ずかしいのかな?



 その日の放課後、このあといおりんにメイクのレクチャーを受ける予定だったんだけど、予定の時間までまだ時間があったからのんびりとカバンを片付けながら窓の外を眺めていたんだ。そしたらなんとも珍しい光景が目に入ってきた。羽子ちゃんが他のクラスメイトといっしょにどこかに向かって歩いていたんだ。

 へぇー、羽子ちゃんは俺と違って他のクラスメイトと仲良くしてるのかな? べ、別にうらやましくなんてないんだからねッ? さ、寂しくなんてないんだからねッ⁉︎

 ……だけど、ちょっとだけ様子を見るのはいいよね? 別にストーカーとかじゃないんだからねッ!



 羽子ちゃんと女の子三人は、校舎裏のあまり目立たないところに向かっていた。なんだか微妙な空気を感じて物陰に隠れたまま様子を伺う。

 ……どうやら友達ってわけじゃなく、なにか揉めてるみたいだった。羽子ちゃんを取り囲む三人が、なにやら強めの口調で羽子ちゃんを責めているように見える。

 どうしたんだろう、何かあったのかな。


「あかるちゃん、こんなところでどうしたの?」

「うわあっ⁉︎」


 いきなり後ろから声をかけられて、思わず声を上げてしまう。慌てて振り返ると、神出鬼没の汐伊織いおりんが立っていた。


「う、汐くん⁉︎ どうしてここに?」

「え? なんかあかるちゃんが変な動きで歩いてるのを教室の窓から見かけたからさ、気になって追いかけてみたんだ」


 げっ、羽子ちゃんのあとを追いかけてるの見られてたんだ。って、思わず騒いじゃったけど、羽子ちゃんたちはどうなってる?

 羽子ちゃんたちのほうに視線を向けると、すでに三人の女子たちは羽子ちゃんから離れていた。そのかわり、目をハートマークにしながらいおりんに近寄ってくる。

 あ、思い出した。よく見たらこの子たち、いおりんの追っかけ? 取り巻き? をしてた子だよな。念のため【ステータス】で確認してみる。


 -----

 《一丸いちまる ひとみ

 摩利亞那高校二年の女生徒。

 ギャル風のメイクや格好が好きな、2-Aの女子のリーダー格の子だよ。

『いおりん親衛隊』の隊長なんだ。

 -----


 -----

 《二岡におか 双葉ふたば

 摩利亞那高校二年の女生徒。

 一丸さんといっつもつるんでる、先生に天パーって言ってるけど、本当は美容院でパーマしてる子だよ。すっごいおしゃべり。

『いおりん親衛隊』の副隊長なんだ。

 -----


 -----

 《三谷みたに 美穂みほ

 摩利亞那高校二年の女生徒。

 一丸さんとつるんでる、ボブカットの子だよ。真面目に勉強をしてるイメージがあるけど、あんがい陰湿なタイプなんだ。

『いおりん親衛隊』の隊員だよ。

 -----


 あはは、この子たち綺麗に苗字が一、二、三になってるよ。こりゃ覚えやすいわ。よし、面倒だからこいつら『一二三ひふみトリオ』と呼ぶことにしよう。

 それにしても、『いおりん親衛隊』って……。しかもなんかステータス情報が生々しいんだけど?


「いおりーん、どうしたの?」

「いおりくん、あたしらとカラオケいこうよー」

「ミホ、汐くんと遊びたいなぁ」

「あー、ごめん。今日はあかるちゃんと予定があるんだ」


 そうこうしてる間に三人組はいおりんに話しかけてたんだけど、いおりんは申し訳なさそうにそう言って断ってたんだ。そしたらさ、女の子三人組はこちらを鬼の形相で睨みつけてきた。こ、怖っ! そんな顔しなくても、別にいおりん取ったりしないよ?


 そ、そういえば羽子ちゃんはどうしたかな? ふと気付いて周りを探してみたんだけど、すでに羽子ちゃんはどこかに居なくなってたんだ。



 ◇◇◇



 いおりんからカラオケボックスでメイクを教わりながらも、俺はさっきの光景が頭にこびりついていた。

 たぶん羽子ちゃんはあの女の子三人組と関係を悪化させてるんだと思う。なんでかな? もしかして俺が昼飯誘ってるからかな? でもずっと羽子ちゃんは一人ぼっちだったしなぁ。


「うーん、難しいなぁ」

「どうしたの? あかるちゃん」


 思わず口から漏れた言葉にいおりんが反応する。いかんいかん、また余計なことを口にしてしまった。


「ううん、なんでもないよ。そういえば汐くんはさっきの子たちの誘いを断ってよかったの?」

「えっ? あ、うん。大丈夫だよ。それにボクにとってはあかるちゃんとのこの時間のほうが大切だから」


 うっわ、また女の子を勘違いさせるようなクサイ台詞を口にしてるよ! でも大丈夫。幸いにも俺は男だから、こいつの言葉で勘違いなんてしない。なにせ彼が言ってるのは「自分の夢であるメイクをすることのほうが大事」って意味だからね。


「ありがとう。私も汐くんにメイクを教わる時間は大切だよ」

「ふふっ、ボクたちは持ちつ持たれつってことだね?」


 いおりんは俺にメイクをしたい。俺はいおりんからメイクを教わりたい。そう言う意味ではお互いにウイン=ウインの関係だな。そこにそれ以外の感情が挟まる余地はない。あったとしても俺は断固として断る。


「でもさ、汐くんは友達がたくさんいるよね?」

「うーん。上辺だけの友達ならたくさんいるよ? だけど、どんなことでもさらけ出すことが出来る相手を本当の友達と呼ぶなら、ボクには本当の友達なんて一人もいないよ」


 おやおや、なんだか難しい発言がいおりんの口から出てきちゃったよ。でもさ、その論理はさすがにいただけないなぁ。

 なにせ俺は本当のこと……すなわち自分の中身が男であることを、誰にも話すことができない。話した瞬間、オークの餌食になってしまうのだから。

 なのに、本当のことを話さないと真の友達になれないってんなら、俺は永遠にGのミッションをクリアできないってことになる。さすがにそんなのは勘弁願いたい。


「汐くん、私はそんなことないと思うよ? いくら友達だからって全部をさらけ出すことなんて出来ないし、その必要もないと思う」

「へぇ、あかるちゃんって案外ドライなんだね?」

「そ、そうかな? そうじゃないと生きていけない環境にあったからさ」

「ふふっ、あかるちゃんは大げさだね」


 残念ながら大げさでも何でもないんだなー。こちとら秘密をバラした瞬間、問答無用でオークの餌食なのさ。そんな未来、死んでもゴメンだ。


「だから私は、全部をさらけ出さなくてもいいと思うんだけどね」

「そっか……いつかあかるちゃんも、誰かに本当の姿を見せることが出来ればいいんだけどね」


 そんな未来はきっと来ないよ。それに、もし俺の『本当の姿』を知ったら、きっといおりんはドン引きするだろうさ。くくく。


「……あかるちゃんにだったら、ボクも本当のことを……」

「ん? 汐くん、何か言った?」

「えっ⁉︎ ううん、何も言ってないよ?」


 いおりんがボソッとなにかを口にしてたような気がしたんだけど、カラオケの画面から流れる音楽にかき消されてよく聞こえなかった。

 改めて確認したんだけど、いおりんはそれ以上なにも答えてくれなかったんだ。んー、気になるなぁ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ