17.山が呼んでいる
「あかるちゃんごめんね。結局メイクするのに夢中になって、やり方を教える時間がなくなっちゃった」
時刻はもう19時を回っていた。べつに門限があるとかいうお年頃でも無いんだけど、『姫王子』いおりんには何か別に用事があるみたいだった。
「また今度ゆっくり教えるから……それでも良い?」
「うん、ぜんぜん問題ないよ」
いおりんがメイクの先生になってくれたのは、こちらとしては本当に大助かりだ。しかもあれだけ「私はあなた個人じゃなくてあなたの技術に興味があるんですよー」って念を押したんだ。さすがにいおりんがアカルちゃんに対して変なちょっかいをかけてくることは無いだろう。……無いよね⁇
「とりあえず今日は基礎的な洗顔とケアの仕方だけ教えとくね? お肌のケアをちゃんとするかしないかでメイクのノリが全然違うからね?」
「は、はぁい」
おっと、まだ指導は終わってなかったみたい。しっかし女の子ってのは本当に大変なんだなぁ。毎日こんなことやってるなんて、ほんっと尊敬するよ。
それから小一時間、いおりんのレクチャーを受けてこの日は帰路に着くことにしたんだ。
「……はやく仲直りできるといいね」
「ん? 汐くん、なんか言った?」
「ううん、なんでもないよ。あかるちゃん、また来週ね」
別れの挨拶をしていおりんと笑顔で別れると、もう完全に日の暮れてしまった街を通り抜けて家路へと急ぐ。我慢できなくなって駅にたどり着くまでの間に【Gテレパス】を立ち上げる。
俺はもう気になって仕方なかった。さぁ、いったいどれくらい数字が伸びているんだ? ミッションのクリア状況はいまどうなっている?
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第一ミッション:【アカルを可愛くすること】
…進行率:65%
第二ミッション:【アカルの学力を落とさずに過ごす】
…進行率:2%
第三ミッション:【アカルの友達を作る】
…進行率:37%
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き、きたーーーっ! 65%キタコレ! 一気に来ちゃったよ!
しかもなぜか第三ミッションのほうまで37%まで上がってるし。これはあれか? もしかして羽子ちゃんがようやく少しずつ心を開き始めてくれたってことかな?
ぐふふ、最高にハイテンションな結果に心躍るぜ。
しかも大事なことがもう一つある。今日は金曜日。つまり明日から土日なのだ!
やっほーい、明日は学校に行かなくていいだぜぃ! いやー、そう思うとなんて気楽なんだ。まるで背中に羽根が生えたかのような気分だわ。
◇◇◇
「ふんふんふ~ん♪」
「おねーちゃん、なんだかご機嫌だね?」
今日も残業なしで帰ってきたアカルママのおいしい夕食を食べた後、リビングでくつろぎながら携帯をいじくっていると、マヨちゃんが話しかけてきた。
「ん~? だって明日はお休みだからね。なにしようかと思ってね。携帯でいろいろ調べてたんだ」
「ふーん、どっか行くの?」
「んふふっ、山でも登ろうかと思ってさ」
「はぁ? 山ぁ?」
そう、山だ。山はいいぞぉ! きれいな空気。鳥の鳴き声。澄んだ水。たまらない癒しの雰囲気がそこにはあるのだ。まぁまだ若いマヨちゃんには山の魅力は分かんないかもしれないけどさ。
「へー、山か。それいいなぁ」
今日はめずらしく早くから家にいた朝日兄さんも喰いついてきた。おっ? 山の良さが分かるとはなかなかやるじゃないか。と思っていたところ、「少し人里から離れていろいろなことを考えたいな……」などと遠い目で語りだしやがった。
あー、こいつあれだな。失恋の痛手から脱するために自然に癒されたい系だな。くくく、だったら山に行くといい。大いなる山はきっとすべてを受け入れてくれるだろう。
「えー、おにーちゃんも行くのぉ? だったらマヨも行くぅ!」
「よーし、だったら俺が車を出すぞ! せっかくだから有名な高菜山にしよう!」
ありゃりゃ、なんだか勝手に兄妹で山登りすることになっちまったぞ。できれば一人でのんびり過ごしたかったんだけどなぁ……。ま、仕方ないか。
「じゃあ私がルートとか調べておこうか? あーあ、パソコンがあれば楽なんだけどなぁ」
「へ? なにいってんだアカル。自分用のノートパソコン持ってたのに売ったの自分じゃんか」
な、なんと、アカルちゃんは自分用のノートパソコンを持ってたのに売っぱらってしまったらしい。なんて勿体無いことを……パソコンこそ電脳世界に旅立つのに必要な次世代のマストアイテムだというのに! きっと買ったは良いものの使いこなせなくて売っちまったんだろうなぁ。あー勿体無い。
そういえば俺がハマってたネトゲ、どうなったんだろうか……。名前思い出せないけど、そのゲームでネカマやってたような記憶があるんだよなぁ。
そんなことを考えながら、仕方なくスマホで高菜山について調べることにした。スマホって使いすぎると指が痛くなるから苦手なんだよねぇ。
◇◇◇
お風呂から上がったあとは、部屋に戻ってお肌の手入れ。今日いおりんから教わったことをおさらいするように、化粧水をコットンに落として肌に当てていく。くはーっ、めんどくさっ!
乳液にクリームと、教わった順番で塗り終わると、最後に鏡を確認する。うわっ、お肌がぷるっぷるだ! こいつが噂に聞く『たまご肌』ったやつか? すごいな、ちゃんとやるとこんなにプルプルになるんだ。
そのあとは、日課となったストレッチ。ぐいぐい身体が曲がるからストレッチも気持ちがいい。そのうち本当にかかと落としができそうだ。実は憧れてんだよねぇ、かかと落とし。回し蹴りとかも出来るようになるかな?
ストレッチしながらスマホを確認したものの、今日もまだ【G】はオフラインだ。そういえば過去の受信メールを確認するのを忘れてたことを思い出した。せっかくだから見てみよう。
ちなみにアカルちゃんのメールの受信履歴のほとんどはアカルママだ。たまにマヨちゃんが混じっているくらいだ。うーん、アカルちゃんってほんとに友達居なかったんだなぁ。
ちなみに内容のほとんどは晩御飯についてだ。なんちゅうか事務的な内容ばっかりで逆に言え落ち込んでしまう。年頃の女の子らしいやり取りはないのかよ?
ただ、その中に一通だけ雰囲気の違うメールがあった。【シュー】という相手から届いたメールで、内容は一言『ゴメン、あかる』とだけ書かれていた。
んー、これは一体誰なんだろう。シューってことは……シューマッハかな? ンなバカな。
ピロリロリン。そのとき、もう丸二日近く聞いてなかった電子音が携帯から鳴り響いた。お、どうやら【G】が復活したみたいだな。
『昨日は連絡できなくてすまない。だが化粧のことはそれなりに学んできたぞ!』
ほぉ、Gのやつゲームマスターのくせになかなか勤勉じゃないか。どれどれ、それじゃあ勉強の成果を聞かせてもらおうかな。
「へぇ、そりゃすごい。ぜひ教えてくれ」
『ふふ、よく聞け。化粧はな、まずファンデーションというのを塗って、そのあとに口紅とかをつけるものなのだ』
……は? こいつ何言ってんの? そんくらい、いおりんに教わる前の俺でも知ってるんですけど?
「それで? その先は?」
『その先? その先があるのか?』
「その先どころかその前も後もあるんだけど?」
『……すまん。私にはこれ以上わからない』
「おいおい! 一日調べてそんだけかよっ!」
あまりにもガッカリなことを言ってきたので、思わず過激に突っ込んでしまった。メッセージを送ったあとに言い過ぎたかなぁと思ったものの、もう後の祭り。案の定【G】からの返事は返ってこなかった。
参ったなぁ。なんかフォローしといたほうがいいかな?
「すまない、言い過ぎた。Gも忙しい中調べてくれたんだよな? 感謝してるよ」
そうメッセージを送ると、ピンピロリーン。予想に反してすぐに返事が返ってきた。どれどれ……。
『うむ、分かればよろしい。これからも困ったことがあったら私に相談しなさい。答えられる範囲で君の力になろう』
……なんでこいつは毎回こう、上から目線なわけ? ちょっとイラっとしたので、言わなくてもいいツッコミをもう一つ返してみる。
「でもさ、Gも女の子なら化粧の仕方とかちゃんと勉強しといたほうがいいと思うよ?」
ピロリロリーン。ほほぅ、すぐ返事が来たってことは、さすがに怒ったかな?
『おい、なぜ君は私が女だと思ったんだ?』
は? 食いつくのそこ? そんなの話してたらすぐわかるでしょ。誰がどう見たって女の子にしか思えないし、ねえ?
『そ、そうか。女にしか見えないか』
「ついでに言うと、女の子なら女の子らしくメッセージももう少し可愛らしい書き方にすると良いよ? たとえば、絵文字とか顔文字とかを積極的に使うのもいいんじゃないかな? (≧∇≦)」
ペロリンローン。返信早いな。
『そうか、前向きに善処する(^-^)』
うん、顔文字が付いてずいぶん可愛らしくなったような気がする。まだちょっと堅苦しい感じはするけど、そのへんは徐々に慣れてくれればいいかな。
こうやって【G】とコミュニケーションが少しずつでも円滑に取れるようになっていくといいんだけどな。