15.カラオケボックス
「それではホームルームを終わります。みなさん、今日も一日お疲れ様でした」
みんなから『さくらちゃん』とか『まどちゃん先生』と呼ばれてる担任の佐久良まどみ先生の挨拶で、今日の終業のホームルームが終わりを告げた。
ちなみにさくら先生は二十代後半の独身で、ショートカットでシンプルな服装を好むタイプだ。個人的には好みのタイプではあるんだけど、素材は悪く無いのに持て余してるタイプだよなぁ、もったいない。
とはいえ、まどちゃん先生は生徒たちに大人気だ。いつも笑顔で快活に生徒たちの応対をしてるから自然と生徒たちも信頼して集まってきてるしね。べ、別にうらやましくなんかないんだからねッ?
さて。そんなわけで今日も一日の授業が終わってしまった。
ミッションのこともあるので授業はちゃんと真面目に受けている。地味に一日1%ずつ上がっていくからサボるにサボれないんだよなぁ、これ。
羽子ちゃんとの距離感もさほど縮まった気がしない。本当は一緒に帰ったりして一気に仲良くなりたいところなんだけど、そもそも羽子ちゃんはバス通学で帰り道は違うし、なにより今日はどこかに寄る予定があるそうなので一緒には帰れない。べ、別に残念なんかじゃないんだからねッ!
相変わらず他の生徒たちからは腫れもの扱いなので、寂しく一人で帰りの支度を整えながら、なにげなく外をボーッと眺めていた。眼下に見えるグラウンドでは、野球部やサッカー部などの部活動に汗をながす他の生徒たちの姿が見える。
あぁ、青春だよなぁ部活動。そういえば俺って学生時代になんの部活をやってたっけな?
ちなみに我らが摩利亞那高校では、部活動は一日おきとなっている。もともと勉学が中心の学校ってのもあるんだけど、どうやら最近は部活をやり過ぎないような配慮があるみたいだ。そんなんで試合に勝てるのかな? まぁ別にそこまで興味はないんだけどさ……。
「やっほー、あかるちゃん!」
「ほぅわぁッ⁉︎」
いきなり真横から声をかけられて、思わず身をよじりながら野太い声を上げてしまった。現れたのは神出鬼没の『姫王子』いおりんこと汐 伊織だ。なんなんだよ、なんでいつもいきなり現れるんだよコイツは‼︎
「う、汐くん⁉︎」
「ビックリした? なんだか一人でボーッとしてたからさ」
「え? あ、うん。ちょっと外を眺めながら考えごとをしてて……」
「あっ、そっか。野球部にはシュウやヌイちゃんが居るもんねぇ……」
そう言うといおりんは少し気まずそうな表情を浮かべる。どうやら勝手になにかを勘違いをしているみたいだ。
シュウ? ヌイちゃん? なんのことだ? シュウと言われて思いつくのは『黒騎士』火村 修司くらいだ。へー、彼は野球部なんだ。たしかにやたら色黒だからスポーツやってそうには見えたけどさ。ちなみにヌイちゃんのほうに至ってはサッパリだ。イヌちゃんなら分かるんだけどな。ワンワン。
よほど間抜けな顔をしてたんだろう、いおりんが苦笑いを浮かべながらすぐに話題を変えてきた。よかったよ、勝手に自己解決してくれて。
「ま、その話はいっか。ところであかるちゃん、お化粧の件はどうする? 興味ある?」
そうだよ、その件だよ。
結局色々考えた末、お化粧の件はいおりんにお願いする決心を固めていた。とはいえ、どうやってお願いしようかと悩んでいたところだったんだ。だってさ、イケメンってこっちから近づきたくないんだよなぁ。
そういう意味では向こうからやってきてくれたのはすごいラッキーだ。まさに飛んで火に入る夏の虫。ここで会ったが百年目だ。
「ぜ、ぜひお願いします!」
「うん、いいよ! それじゃあさっそくカラオケボックスにでも行こうか」
カラオケ? なんで? お化粧って歌でも歌いながらするもんなの?
「何言ってるの、あかるちゃん。さすがに学校でお化粧するのはまずいでしょ? 先生に怒られて没取されちゃうよ」
あぁ、そういう意味か。なるほどねー。
◇◇◇
カラオケボックス。なんだかすごく懐かしい響きだ。
昔はずいぶんいったような気がするが、最近はサッパリ行ってないような気がする。記憶があやふやで思い出せないけど。
受付なんかは全部いおりんがやってくれた。慣れた様子で店員とやりとりしている。この辺はもう丸投げだ。まかせたぞ、いおりん。
店員にリモコンを渡されて入った部屋は、二階にある一室だった。へー、最近のカラオケはタブレット端末みたいなのが置いてあるんだ。
「ちょっと準備するから、よかったらあかるちゃんは歌でも歌ってて?」
俺から化粧品一式を回収した『姫王子』いおりんは、そう言うとなにやらカバンの中をごそごそし始めた。化粧になんの準備が必要なのかはよくわからないけど、完全に放置プレイ状態となってしまったので、仕方なくタブレット端末を操作してみる。
へー、最近のは機能が多いなぁ。録音とかするやつがいるんだ。すごいなー。
あっ、これトキメキシスターズの新曲じゃね? しかもビデオクリップ付きとか……こりゃ見てみるしかないっしょ! ポチッとな。
すぐに画面が変わり、曲が流れ出す。おおーすげぇ、本当にミュージックビデオだよ。
今テレビ画面に映し出されているのは、トキメキシスターズの新曲【スーパーフォーメーション】だ。こいつはポップでキュートでキャッチーなメロディで、ヒットチャートのトップを爆進中の曲だ。やっぱセンターの星空メルビーナちゃんは可愛いよなぁ。
歌う気は無かったからそのままビデオクリップを眺めてたんだけど、ふと曲を口ずさんだときに気づいてしまう。
……もしかして、今の俺は女の子なんだからこの曲歌えるんじゃね?
これまで俺は男だったから、どんなにメルビーナちゃんのことが好きでもカラオケでは歌えなかった。男の声でアイドルの曲なんて歌っても気持ち悪いだけだしね。
だけど今は違う。なにせ俺は「女の子」なんだから。だったら歌っても問題ないんじゃないですかね?
間奏に入ったところで恐る恐るマイクを握ってみる。いよいよメインのサビの部分だ。思い切って歌ってみようか。
ごくり、唾を飲み込む。来たぞ……サビだ!
「あいうぉんちゅ〜♪」
うっわ、なにこれ‼︎ めっちゃ可愛い声なんですけど⁉︎
思わずびっくりして歌を止めてしまったが、マイクを通したアカルちゃんの声は予想していた以上に可愛らしかった。どうしよう、マジで可愛いんですけど⁉︎
「きみにぃ〜会いたかったんだぁ〜♪」
ほぅわぁぁ‼︎ た、たまりませんよこれ‼︎ もしかしてこれって凄いことじゃないか⁉︎ だってさ、自分の好きな曲を女の子の声で歌うことが出来るんだよ?
ボイスチェンジャーなんかとは違う、本物の生声の美しさ。いやもうこいつはケタ違いだ。これは……はっきり言ってたまらん。
「すぅ〜ぱぁ〜ふぉおめぇしょんっ♪」
歌い終えた瞬間、俺は自然と涙を流していた。まさか女の生声で歌うことが出来るという奇跡が、俺の身に起こるなんて夢にも思ってなかった。ありがとう神様、俺に天使の歌声をくれて。
ぱちぱちぱち。気がつくと横でいおりんが拍手をしてくれていた。いかん、こいつのことすっかり忘れてたよ。
「あかるちゃん、歌上手だね? こんなにポップな歌を歌うとは思ってなかったよ」
笑顔で俺の歌を褒めてくれるいおりんの目の前には、まるで手術に挑む前の医者のように、驚くほどたくさんの瓶やケース、道具なんかが並べられていたんだ。
げ、もしかしてこれ全部化粧道具なのか?
いおりん「あかるちゃん、歌も上手いなぁ」
いおりん「しかもなんかキュンとなる歌声……下手なアイドルより可愛いかも?」
いおりん「こんなあかるちゃんをこれから好きにできるなんて……ふふふっ、燃えてきたぞぉ!」
いおりん「ボクの手で、キミの本当の姿を表現してみせるよ。待っててね、あかるちゃん」