10.新たなミッション
学生証の写真に写っていたのは、華やかな美少女の印象とは遠くかけ離れた【日野宮あかる】の姿だった。
ダサい黒ぶちメガネにぴっちりとした三つ編み。吊り上がった目もあって、受ける印象は「気が強くて他人を寄せ付けない雰囲気のガリ勉少女」って感じだ。
しかし……参ったな、まさかこんなことだったとはね。今の姿との印象の違いに愕然としたものの、まぁだいたい近いことは予想していた。
なにせマヨちゃんの話によると、朝ごはんを食べるときからぴっちりと三つ編みにしたうえで制服を着て、夜ご飯もカロリーフレンドくらいしか食べずに部屋に篭って勉強していたような子なのだ。たぶん学校でも、誰とも口を聞かずに勉強ばかりしていたのではないだろうか。
実際の【日野宮あかる】は……おそらく学生証の写真から受ける印象のとおりの人物だったのだろう。
思い返せばマヨちゃんは何度も「おねーちゃん、いつもと違う」といった類のことを言っていたよなぁ。きっと彼女も「普段とは違う姉」の姿に戸惑っていたのだろう。
ピリリッ。携帯が電子音を鳴り響かせる。Gからのメッセージだ。
『分かってもらえただろうか? それが君が知りたがっていた【日野宮あかる】だ』
「よく分かったよ。だけど……あまりに今の姿と違いすぎないかい? 違うと疑われることはあなたの本望じゃないんじゃないか?」
俺は素直に疑問をぶつけていた。
なにせGが最初に与えたミッションは【アカルを可愛くすること】だ。なのに過去のアカルちゃんはゴリゴリのガリ勉少女だ。さすがにミッション内容と指示が矛盾してるんじゃないかと思う。
その問いに対して、Gはすぐに返事を返してきた。
『君が気づいた通り、私の与えるミッションと【日野宮あかる】の過去の姿に違いがあることは認める。だがそれは、君に対する期待の現れなのだ』
俺に対する期待? もともと男である俺に、Gはいったい何を期待するというのか。
ピロリーン。続けてメッセージが届く。
『それはこういうことだ。いいかい? 【日野宮あかる】はこの春休み中に生まれ変わったのだよ。君にはその【生まれ変わった日野宮あかる】になってもらいたいのだ』
なん……だと?
俺は絶句してしまった。ようはこいつ、俺に『春休みデビューしちゃった女の子』を演じろと言っているのだ。
なんという暴論。そんなメチャクチャな話、聞いたことがない。
ペロレロリーン。はいはい、次はなんですか。
『おそらく君は私の話に戸惑っているだろう。だから君に、今後の指針となるような次のミッションを与える。第二ミッションは【アカルの学力を落とさずに過ごす】こと。そして第三ミッションは……【アカルの友達を作る】ことだ』
そ、うか。そうくるのか。
俺は再び言葉を失ってしまった。
立て続けにGから与えられた情報に驚きはしたものの、少し冷静になって考える。
まず与えられたミッションについて。
第二のミッションは【アカルの学力を落とさずに過ごす】こと。こいつはわかる。恐らくは中身まで入れ替わってしまったことをバレないようにするためのミッションなのだろう。
問題は第三のミッション【アカルの友達を作る】のほうだ。
実は俺は、つい今まである可能性を捨てきれないでいた。その可能性とは「女子の恋愛シミュレーションゲーム」……すなわち乙女系ゲームの世界に入ってしまったのではないかという危惧だ。もしくは少女マンガの世界に入った、とかね。
なにせ『キングダムカルテット』などという現実離れしたイケメン集団が出てくるくらいだ。そう考えてもおかしくはないだろう?
だけど今回のGのミッションで確信した。こいつは少女マンガや乙女ゲームの世界なんかじゃなく……美少女育成シミュレーションゲームなんだと。
俺がそう確信した最たる理由が、今回のミッションである【アカルの友達を作る】だ。
これがもし【アカルの彼氏を作る】とかだったら、俺は即効で乙女系ゲームの世界を疑ってただろう。なのに与えられたのは【友達を作る】という極めて現実的なミッションだった。
そうなれば話は違う。
俺はこの身体……すなわち【日野宮あかる】の世界と真剣に向き合う必要があると、このとき初めて強く意識したんだ。
それにしても【友達を作れ】か……。よりにもよってこんなミッションが来るとはな。
俺は過去にまつわる記憶のほとんどを封じられていた。だけど、だからといって"俺"が"俺"であることまで失われたわけではない。その……"俺"が"俺"としてあることの先たる部分にあるのが、実は『友達を大切にする』という強い想いにあった。
詳しくは思い出すことができない。だけど俺の心の奥底、魂の根幹に関わる部分に『友達は絶対に大切にしろ』という言葉がガッチリと刻み込まれていたんだ。
実は【日野宮あかる】に友達が居ないという事実に薄々気づき始めたときから、俺の心はどんよりと曇り始めていた。だけど今は違う。Gによって明確にミッションとして【友達を作る】ことを与えられたのだ。
いや違う。俺は友達を自由に作って良い許可を得たのだ。
だったら話は違う。思いっきりやらせてもらおうじゃないか。上等だ。たとえゲームの世界だろうが、ぜったい【日野宮あかる】に友達を作ってやるよ。
「Gに質問だ。作る友達の数に指定はあるのか?」
『どうやらやる気になってくれたみたいだな。人数に制限はない。一人でも作ってもらえればこのミッションはクリアとなる』
ふんッ! なにが『一人でも』だ。
俺は感情に任せて返事を打ち返した。スマホの画面をガシガシとフリックする。
「ざけんじゃねーよ! 一人だろうが十人だろうが余裕でクリアしてやんよ! 第一なぁ、そんなもんはミッションなんかじゃない。友達を作るってのはなぁ、当然のことなんだよ!」
はぁ、はぁ。メッセージを送付したあと、すぐにGからの返事は返ってこなかった。
あーあ、やっちまったかな。スマホを持ったままベッドにパタンと倒れこむと、ふんわりと良い匂いが鼻腔をくすぐる。
ピリリーン。間の抜けた電子音が鳴り響いた。
『君の覚悟は伝わった。ありがとう。君が君で良かったよ。それでは健闘を祈る』
Gにしてはめずらしく優しさの伴うメッセージを最後に、【Gテレパス】の通信が切れた。改めてアプリを立ち上げてミッションの項目を確認すると、ブランクだったところに新たに二つのミッションが追加されていた。
---
第二ミッション【アカルの学力を落とさずに過ごす】
……達成率 1%
第三のミッション【アカルの友達を作る】
……達成率0%
---
なぁ、【日野宮あかる】。
たとえ君が美少女育成シミュレーションゲームの主人公であったとしても、たとえ与えられたミッションだったとしても、俺が君にたくさんの友達を作ってみせるよ。
だから、もし全てのミッションをクリアして元に戻ったとしても、君に寂しい思いはさせないからな?
こうして新たな覚悟を決めた俺の、本当の意味での【日野宮あかる】としての日々が始まろうとしてたんだ。