〜 エピローグ 〜
……ねぇ、あかるさん。
季節はあっという間に巡っていきますね。最近ようやく春を実感するようになりました。なにせ今日から新学期、三年生になるのですから。
あなたのいない教室は、とっても寂しいです。それはまるで、太陽が失われてしまった氷の世界みたいに。
あかるさんのいた頃の教室はとっても明るくて、毎日が輝いているみたいでした。だけど今はなんだか大切なピースが欠けてしまったようです。
わたしは今日も、あの頃と変わらず窓の外をぼんやりと眺めています。
そうしたら、あなたが初めてわたしに声をかけてきた時みたいに、またあなたに声をかけてもらえるような気がしたから。
《羽子ちゃん、なにしてるの?》
そんな、あかるさんの声が。
……聞こえるはずなんてないのに。
思い返せば、あかるさんと過ごした日々は、夢みたいに楽しかった。
内気だったあたしの心のドアを、あかるさんがノックしてくれた。あの日から始まった、刺激的な毎日。
あかるさん、知ってる? わたしね、本当は学校に来るのが怖くなってたんだ。
だけどね、そんなわたしにあかるさんは声をかけてくれた。
……その日から、わたしの学校生活は一変したんだよ。
キラキラと、まるで太陽みたいに明るく輝くあかるさんの存在は、みんなにとって憧れの的だった。
そんなあかるさんが、わたしみたいな平凡な女の子の側にいてくれるのが、本当に不思議で、だけど誇らしくて……。
わたしはね、あかるさんのことが本当に大好きだったんだよ。
修学旅行のときに、あかるさんは言ったよね? 「実は私は、ほんとうは男なんだ」って。
あれ、本当のことだったらどんなに良かっただろうって思ってた。本当だったら、わたしはあかるさんに……。
だけどね、あの日の夜に美華月さんとたくさん話をしたんだ。
美華月さんはわたしに、「アカルは悩み抱えてるみたいね。だから、あの子のことが大好きなあたしたちが守ってあげようね」って言ってきた。わたしはその意見に一も二もなく同意したんだ。
それからわたしと美華月さんは、同盟関係を結んだんだよ? その名も『アカル同盟』。同盟の目的は、あかるさんを守ること。
面白いでしょ? わたしみたいな平凡な子が、美華月さんみたいなアイドルとまで仲良くなれちゃったんだよ。
それもこれも、ぜーんぶあかるさんのおかけだね。
……あかるさん。会いたいよぉ。
ぐすっ。
なんだか涙が出てきちゃった。
泣いたりしたらダメだよね。あかるさんに笑われちゃうもんね。
だけどね、あかるさんが居ないのは本当に寂しい。
あかるさんに会いたい。また前みたいに一緒に笑い合いたい。今日行われた三年生の始業式にも、あかるさんと一緒に参加したかった。
……それが無理だってのは分かってる。わたしのワガママだってのも。
だけど、それでも。
わたしはあかるさんと、ずっと一緒に歩いていきたかったな。
ねぇ、あかるさん。
あなたはいま、どこにいるの?
もう会えないのかな? 永遠のお別れなのかな?
そんなの嫌だよ。会いたいよ。
だってわたしは……。
「……羽子ちゃーん!」
あれ、なんだろう。
なんだか聞こえるはずのない声が聞こえて来るよ。
だってあかるさんがここにいるはずなんてないのに。
「羽子ちゃーん!」
でもやっぱり声が聞こえる!
わたしは慌てて窓の外に身を乗り出した。
「あかるさんっ⁉︎」
すると窓の下には……。
めいいっぱいの笑顔で手を振る、あかるさんの姿があったんだ。
ど、ど、ど、どうして⁉︎
あかるさんがここにいるはずなんてないのに!
わたしは逸る気持ちを抑えきれずにいた。眼下にいるあかるさんがまぼろしじゃないか、気が気でなかったから。
「あかるさんっ⁉︎ ど、どうしてここにっ⁉︎」
「羽子ちゃん久しぶりっ! ごめんねーなかなか学校に来れなくて。いやーなんか撮影が忙しくってさ! でも今日は始業式だからってら無理言って抜け出してきたんだよ!」
底抜けに明るい笑顔でそう口にするあかるさんは、以前と何も変わらないあかるさんだった。
その笑顔を見た瞬間、わたしのなかで膨れ上がっていく気持ちが抑えられなくなっていく。
--だめだ。もう気持ちを抑えられないっ!
わたしは気がつくと、窓から身を乗り出していたんだ。眼下には、驚きの表情を浮かべるあかるさん。
「ちょ、ちょ⁉︎ 羽子ちゃん⁉︎ まさか飛び降りる気⁉︎」
「あかるさーん! 受け止めてーっ!」
慌てふためくあかるさんを無視して、わたしは勇気を振り絞ってそのまま……窓から外に飛び降りる。
バランスを崩しながらも着地すると、そのまま一気に--驚いた顔のあかるさんの胸に飛び込んだんだ。
「うわわっ⁉︎ 羽子ちゃんってば、無茶するなぁ!」
「ふふふっ、だってあかるさんに会いたかったんですもの」
「……ただいま、羽子ちゃん」
「おかえり、あかるさん」
よかった!
幻なんかじゃなかった!
あかるさんは……間違いなく、ここにいる。
◆◆◆
いやー、学校に来るのもひっさしぶりだな!
なんだか羽子ちゃんがずいぶんと積極的になってるんだけど、久しぶりだからかな? ずいぶんと寂しい思いをさせちゃったみたいだね。ごめんよ〜、羽子ちゃん。
なにせお仕事がめっちゃ忙しかったんだよ。学校に来るヒマもないったらありゃしない。
気がついたら三年生に進級してるしさ。芸能人に対して懐が広いマリアナ高校じゃなかったら落第してたかもね。
……それもこれもレーナたちのせいだな、ぷんぷん。
実は--マリアナ祭のあの日から、私の生活はずいぶんと一変していた。
まず、あのライブの影響がすごかった。
ガニさんが全力を尽くして撮影して、エリスくんが全身全霊でプロデュースしたあのライブ映像を、レノンちゃんが動画サイトで投稿した。
そしたらそれがえらい人気になってしまって……あっという間に百万再生を突破してしまったのだ。
そりゃそうだよね。『激甘♡フルーティ』でメインヴォーカルを務めるレーナをバックコーラスに使うなんて、どんだけ贅沢なバンドなんだと思うよ。
ついでに、世間では『幻の美少女』なんて呼ばれてる【AKARU】--すなわち私がメインヴォーカルを務めてて、自分で言うのもなんだけどめっちゃ歌が上手なわけでしょ?
しかも出演してる子はみんな美男美女なわけで……これが評判にならないわけがないよね?
様々な噂や憶測を呼んで、まずネット界に火がついた。どっかの掲示板やらネット配信サイトにこの動画の噂が広がっていき、やがて大ブレイクを果たす。
それだけでも大ごとだったんだけど、次なる爆弾を投下したのは--レーナのお母さんの更紗さんや、学校の卒業生の大女優である星原 聖泉さんがあのライブについてテレビで言及したことだ。
どうやら二人ともライブを見にきてくれていたらしくて、大女優二人が揃って「あのライブは凄かった」「あんなに鳥肌が立ったのは生まれて初めて」などと言いたい放題褒めまくってくれたもんだから……もう大変。
ネット界でのブレイクもあいまってテレビやニュースなんかでもライブ映像が取り上げられたりして、気がつくと……驚異の一千万再生を突破していた。
こうなると、世間が黙っちゃいない。特集なんかまで組まれたりして、学校にも取材が殺到する始末。
そんな騒動の最中、レーナが最終的に決定打となる爆弾を投下する。しかも、とんでもない威力を持った爆弾を。
「あたし、『激甘♡フルーティ』を卒業します!」
なんとレーナのバカタレは、いまや人気絶頂のアイドルグループとなった『激甘♡フルーティ』からの脱退を、突然なんの前振りもなく発表してしまったのだ。
突然のレーナの卒業宣言に、当然メディアは食いついた。それに対応したレーナの答えがこれまた酷いもんだった。
『レーナさん、突然の卒業発表には、やはり例の動画が関係しているのですか?』
『……ふふ、ナイショです。でも一つだけ言えることがあります』
『それは、なんなのですか?』
『あたしは……運命を見つけてしまったのです』
運命とは何か? 恋人発覚か? もしくは新アイドルグループを結成か?
世間がいろんな噂で大騒ぎするなか、勝手に外堀を埋められてしまった私に、もはや逃げ道なんてなかった。
気がつくと、レーナの暴走に後押しされる形で……レーナとの新ユニットを結成することになっちまったんだ。
レーナと私が結成したユニット名は、その名も【アカレーナ】。
レーナが『激甘♡フルーティ』で培った地位や名誉を全部捨ててまで選んだ新しい道ということで、すごい大ニュースになってしまう。
こうして私は、自分が望む望まないに関わりなく、レーナと一緒に芸能界の荒波のなかに突入することになっちまったんだ。
えーっと、一言言わせて欲しい。
……どうしてこうなった?
◇◇◇
あの日、私がラーにした選択。それはもちろん『過去の記憶を捨てて、日野宮あかるとして生きていく』というものだ。
だから当然の結果として、男だった頃の記憶は全て失ってしまった。でもまぁそれはそれで構わない。別に過去の記憶になんて未練なかったしね。
私にはそれよりも大切なものがあったんだ。
--友達という、かけがえのない存在がね。
こうして激動の日々が過ぎていき、気がつくと私は三年生になっていた。
三年生になってクラス替えも行われ、心機一転新しい生活が始まる。腕にしがみついたままの羽子ちゃんと一緒に自分の教室に入ると、そこには何人か見慣れた顔があった。いおりんとミカエルだ。
どうやら彼らも同じクラスらしい。あ、名簿を見てみるとレーナも同じクラスみたいだ。今日は仕事で来れなかったけどね。
「はーいみなさん! それではホームルームを始めますね! って、日野宮さん来れたのね?」
そう言いながら教室に入って来たのは、今年も担任となるさくらちゃん先生だ。「はい、仕事を抜け出して来ました」と答えながら羽子ちゃんの隣の席に座る。後ろのほうではいおりんが嬉しそうにこっちに手を振り、ミカエルがウインクを飛ばしてきた。こいつら、なにも変わってないなぁ。
「それじゃあ早速ですがみなさんに報告がありまーす。今日の始業式に出てた人は学長の話を聞いてたと思いますが、なんと今日から新しいお友達が増えます。留学生が……三人もです! しかもこの三人とも、うちのクラスに来ることになりました!」
さくらちゃん先生の突然の発表に、一気に騒めくクラスメイトたち。それもそのはずだ、高校三年の春からいきなり留学生が、しかも同時に三人も来るだって? そんなの前代未聞じゃないか?
「はーい、みんな落ち着いてー! それじゃあ早速ですが紹介しますね。三人とも、どうぞー!」
さくらちゃん先生の声に導かれ、教室のドアが開く。
現れたのは、マリアナ高校の制服に身を包んだ三人の男女。よく似た顔立ちの白銀色の髪を持つ双子らしき男女と、地味な印象を受ける小柄な白髪の女の子だ。
うわー、さすが留学生。えらく日本人離れした外見してるよなぁ。
さくらちゃん先生に促されて、みんなの前に整列する三人。ぺこりと頭を下げながら自己紹介を始める。
「はじめまして、僕はアメリカはサウスカロライナから来ました、カスティリーヤ・アズライェールです。この国に来たのは初めてなので、とっても興奮してます! よろしくお願いしますね!」
「同じく妹の、エルフィアーナです。私はこの国は二度目ですが、また来るのを楽しみにしていました。よろしくお願いします」
どうやら二人は双子のようだ。確かに顔立ちはよく似ているんだけど、なんとなーく性格は正反対みたいだ。それにしてもすっごい美形、なんか外国映画に出て来る子役の子みたい。
そして最後の一人、白髪で地味な顔立ちの--だけど目を離せないほどの存在感を放つ少女が、ぺこりと頭を下げる。
「帰国子女の……田中 晶です。短い期間ですがよろしくお願いします」
その少女の僅かに緊張した笑みを見た瞬間、デジャヴのような妙な懐かしさを覚えた。
なんだろう、この感覚は。
どこかで会ったことがあるような……。
気がつくと私は、彼女に話しかけようとして席を立っていた。
そのとき、一陣の春風が教室の中を優しく流れ、私の髪を気まぐれに踊らせる。
--私の、新しい第一歩が……ここから始まる。
『アカル☆パラドックス 〜 『女子高生』になった俺の、華麗なる⁉︎シンデレラストーリー 〜 』
〜〜 おしまい 〜〜
本作はこれにて完結です!
思ったより長いお話となってしまいましたが、ここまでお付き合いありがとうございました(≧∀≦)
もし本作を気に入っていただけたら、ブックマークや評価、感想なんかを頂けるととっても嬉しいです(о´∀`о)
なお、本編はこれにて終了となりますが、余裕が出たら番外編なんかを投稿する予定です。
ですので、もしなにかエピソードのリクエストなどありましたら、お気軽に感想にでもお書きください!お待ちしております( ^ω^ )
それでは、本当にありがとうございました!!