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【最終話】 ラスト・ダンス




 ひゅううぅ。

 冷たい風が、すでに日の落ちかけた夕暮れのマリアナ高校に吹き付ける。


 私はそんな風を身に受けとめながら、眼下に広がる光景をひとりでぼんやり眺めていた。

 グランドにはキャンプファイヤーが焚かれ、それを取り囲むようにたくさんの男女カップルが身を寄せ合っている。

 これから始まる後夜祭、そして行われるダンスパーティーのために待機しているのだ。


 私はもちろんその輪の中にいない。

 たったひとりで、屋上に立ってたんだ。



 それにしてもさっきのステージは驚いたわぁ。

 なにせ気がついたら号泣しちゃってたんだよ⁉︎ 自分でもビックリだよ。しかもレーナや羽子ちゃん、オマケにレノンちゃんたちなんかもぐしょぐしょになった泣き顔でしがみついてくるしさ。


 でもまぁ、おかげで全部を出せた気がするよ。本当に良かった。ありがとうね、みんな。

 これでもう、思い残すことはないよ。


 --あと一つのことを除いてはね。



 眼下にいる生徒たちが私に気づくことはない。ここに来るまでにレーナや羽子ちゃんから声をかけられたんだけど、彼女らの誘いを振り切ってこの場に来ていた。


 この景色も見納めかな。そう思うと、ちょっとだけセンチメンタルな気分になった。



『……こんなところで黄昏てるのかい?』


 急に後ろから声をかけられても、特に驚きはしなかった。なぜなら、こいつが来ることは分かっていたのだから。


「なかなかいい眺めだろう? 私、結構この学校のことが好きだったんだ」

『……そうか。それは良かった』


 振り返ると、そこには白と黒のストライプの髪を持つ、白いスーツのような服を着た一人の女性が立っていた。


「待ってたよ、【ラー】。遅かったじゃないか」

『いや、少し前からここにいたんだけどね。なんとなく声をかけづらくてさ』


 そう。立っていたのは【ラー】……私をこんな目にあわせた張本人だ。女神みたいに薄い輝きを放ちながら立つラーは、苦笑いを浮かべながら頭をぽりぽりとかいている。人間離れした見た目からは想像できないほど、それは人間的な行動だった。


「そんなの別に気にしなくて良かったのに……。そういえば、さっきのステージに【G】と一緒に来てくれてただろう? ありがとう」

『……きみに誘われてたからね。実に感動的で良いステージだったよ』

「お褒めに預かり光栄です、魔王ラー様」

『ははっ、茶化さないでくれよ。……ところで、私のことを待ってたってことは、もう分かってたのかい? 今日が君の【決断の時】になるってことを』


 ラーの問いかけに、私は素直に頷く。

 私には確信があった。先ほどのライブが、自分が今の″日野宮あかる″で居られる最後のときであり、そのあとにラーによって決断を迫られることを。

 選ぶ道は二つのいずれか。前の体の記憶を消して、このまま″日野宮あかる″として生きていくか。もしくは全てを捨てて新しく生まれ変わるか。


『……それじゃあもう、思い残すことはないってことかな?』

「思い残す事なんてたくさんあるさ。だけど、答えなら決めたよ」

『あぁ、これは聞き方が悪かったね。気が利かなくてすまなかった』

「いや、別に気にしなくていいよ」

『そうか……わかった。それじゃあさっそくだけど、きみの答えを聞いてもいいかい?』


 ラーの問いに、私は昨日の夜……いや、今朝出した答えを伝える。するとラーは少しだけ目を見開いたあと、真剣な顔で頷いた。


『……【S】、それが君の出した答えかい?』

「そうだよ」

『その答えに変わりはない?』

「ああ、変わりない」


 私に迷いがないことを理解すると、ラーは一つ大きな息を吐く。その表情は、安堵か。


『わかった。それじゃあこれから君の望み通りのことをしようか。……心の準備はいいかい?』

「ああ、かまわないよ。ただ、最後に一つ……お願いがあるんだ」

『願い? ……それはなんだい? 私にできることならばできるだけ叶えたいとは思うが……』

「なぁに、そんなに難しいことじゃないさ」


 小首をひねるラーに、私は最初で最後のお願いをする。


「【ラー】、この私と……踊ってくれないか?」


 その言葉に、ラーはひどく驚いた表情を浮かべた。




 ◇◇◇




 マリアナ高校の校内のスピーカーから、穏やかな曲が流れ始める。どうやら後夜祭恒例のダンスパーティが始まったようだ。

 生徒たちは、事前に申し合わせた運命の相手の手を取り、愛のダンスを踊り始める。


 眼下で繰り広げられる光景を見下ろしながら私は、他の誰でもない【ラー】と踊っていた。ラーは最初かなり驚いていたみたいだったけど、『それが君の最後の望みなら』と言って素直に踊ってくれた。


 私たちのダンスは、とても穏やかなものだった。会話を交わすこともなく、ただ淡々と音楽に合わせてダンスを踊る。そこに特別な技術や感情なんかはない。


 一曲目が終わり二曲目に入ると、私はすぐ目の前にいるラーに語りかけた。


「ねぇ【ラー】、あんたは私の記憶を多少は消すことができるんでしょ?」

『ん? まぁ……そうだね』

「だったら、これから私……いや、が話すことを聞いたら、そのあとすぐにこれから先の記憶を完全に消した上で、俺が選んだ選択肢を実行して欲しいんだ」


 ピタリ。ダンスを踊っていたラーの動きが完全に止まる。


『これから話すことの……記憶を消す?』

「ああそうだ。受け入れてくれるかい?」

『そ、それが君の望みだと言うならかまわないよ』


 そっか。そりゃ安心したよ。

 ラーの返事に安堵した俺は、ずーっと胸の奥につっかえていたことを口にしたんだ。


「……なぁラー。お前って、ほんっとにバカだな?」

『えっ?』

「お前はただのバカだよ。昔っから・・・・何一つ変わってやしない」

『……っ⁉︎』


 みるみるうちに驚愕の表情に変わるラーの顔。だがはそんなものにかまわず、決定的な言葉を告げる。


『え、S……まさか君は……』

「あぁ、分かってるよ。今回のカラクリのほぼ全容についてはな。今回のことはさ、ぜーんぶ俺のために・・・・・やったことなんだろう?」

『そ、そんなバカな……』

「 バカじゃないか? 非効率にも程があるだろう? もうちょっとマシなやり方もあるあっただろうに……あいかわらず不器用なことしやがって」

『だって君は……』

「お前のやっていたことなんて、ぜーんぶお見通しなんだよ、アキラ・・・


 俺の告げたなにげない名前に、ラーの……いやアキラの瞳がグラリと揺れた。




 ◇◇◇




『記憶を……取り戻していたのか?』


 震える声で訪ねてくるアキラに、俺は苦笑いを浮かべながら応える。


「あぁ、でも全部じゃないぜ? バラバラになった欠片の一部って感じだけどな」

『……それはそうだろうな、きみの魂は文字通りバラバラになってたんだから』

「ほぉぉ、そりゃ大ごとじゃないか。ずいぶん苦労したんじゃないのか?」

『苦労したなんてもんじゃないさ。ここまで持ってくるのにずいぶんと時間と手間がかかったよ』


 そう。俺は全部ではないものの、たくさんのことを思い出していた。

 俺はかつて、一度死んでいたのだ。ここではない、異世界・・・転生・・して。


『……いつから記憶を取り戻してたんだ?』

「んー、今朝かな? まぁお前の言う通りバラバラな記憶だから全部を取り戻したってわけじゃないんだけどな」


 転生した異世界で、俺は大きな過ちを犯した。そんな俺を救うためにわざわざ異世界までやってきたのが、目の前にいる親友のアキラだったんだ。


 アキラは、俺が男だったときの中学校時代からの幼馴染だ。オタクで、ネクラで、優柔不断で、だけど最高の男だった。なぜだか今は俺と同じく女の子の姿になってるんだけど……ま、細かいことを気にしてたって仕方ないよな。


 アキラは俺をわざわざ異世界まで追いかけてきて、救いようがない姿になっていた俺に引導を与えてくれた。

 そのときに俺は、アキラの手で死んだはずだった。


 でも、それでよかった。そう思っていたはずなのに……。



「この壮大な大仕掛け。お前、俺をこの世界に戻すためだけにやりやがっただろう?」

『……そうだ』

「しかも、あっちの世界での俺の過ちを思い出させないようにするために、記憶を奪っただろう?」

『…………そうだ』


 そう。このあかるちゃんを取り巻く壮大な仕掛けは、ぜーんぶこの俺のためにアキラが仕組んだことだったのだ。

 すなわち、この俺を……元のこの世界に生き返らせるために取った策。


 ではなぜ記憶を取り上げたのか。それは、俺が異世界での記憶を取り戻さないようにするためだ。

 なにせ俺にとっての異世界の記憶は、『大きな罪の記憶』なのだ。それを思い出させずに、俺に生き返ってもらうには、別人としての人生を歩ませるしかなかったのだ。

 もちろん、最初から記憶を奪って別人にすることだって出来たはずだ。でもあえてそれをしなかったのは、『俺が俺であること』をアキラが大事にしたからに違いない。最も面倒で手間がかかるはずなのに、こいつはあえてそんな手を選択したんだ。

 それこそがこの……俺にアカルちゃんの中に入りこんでしまったと思わせるように誘導した、壮大なまでに無駄な一連の出来事の『真実』だった。


 アホらしいくらい大掛かりで、無駄が多くて、そしてなにより……俺の心を守るための、優しい仕掛け。でもその分、こいつにかかる負荷はとんでもないものだったはずだ。


「なぁアキラ、準備にどれくらい時間がかかったんだ?」

『……まぁ、あっちの世界の時間でざっと千年くらいかな?』

「千年っ⁉︎ そりゃまぁ大ごとだな!」


 大きく見積もってもせいぜい数十年くらいかと思ってたから、予想外に壮大な時間の経過に、びっくりしすぎて逆に笑っちまうわ。ってかこいつ、千年生きてるとか既に人間じゃなくね?


「……でもまぁそれだけの大仕掛けなんだ。いろんな人にずいぶんと迷惑かけたんだろう? 特に【G】--エルフィアーナと、あと一人くらいいるだろう?」

『あぁ、【F】だな。本名はカスティーリャ・″調整者ザ・フィクサー″・ユースティス・ヴァン・アズライェールっていう。エルフィアーナの双子の弟なんだ』

「……その二人にはずいぶん迷惑かけたみたいだなぁ。ちゃんと礼を伝えてくれよ? 特に【G】にはな。なにせ、元のアカルちゃんだったのは【G】なんだろう?」


 俺の問いかけに、アキラは少し驚いた様子で--だけど肯定を示すように頷く。


『よく分かったね。厳密には私も半分以上入ってたんだけど』

「なんだ、じゃあアキラも半分アカルちゃんだったのか」

『とはいえ分体みたいなものだったから、実質アカルちゃんとして存在してたのは大部分がエルフィアーナだったんだけどね。身体のコントロールをしてたのがカスティーリャって感じで』

「もともとアカルちゃんは……存在してなかったのか?」

『いいや、死産だった。だけど彼女の魂が完全に消え去る前にこちらで保護して、きみの魂と融合したんだ。その魂の大部分はきみのなかに溶け込んで、きみの足りなかった部分を補ってるよ。だからきみは……やっぱり日野宮あかるでもあるんだ』


 その答えに、なんとなくホッとする。

 アキラのことだから悪いようにはしてないとは思ってたけど、なんと俺の中にアカルちゃんが元々いたらしい。だったらもう何も迷うことはないな。


「そっかぁ、まぁなんとなくそんな気はしてたよ。じゃああの交通事故の記憶なんかは……」

『もちろん、きみをミスリードさせるために私が植え付けたダミーの記憶だ。ま、こうなっては意味がないけどね』

「そこまで手間かけさせて、あんな雑なシナリオ作るんじゃねーよアキラ。お前、センスないぞ?」

『ひっどいこと言うなぁ、あれでも数年間考え抜いて作ったんだぜ?』

「こうやって見抜かれてるんだ、無駄な努力だったな。くくく」


 まったくバカなやつだよ。

 こいつは、こんな俺をこの世界に蘇らせるためだけに……千年もの時を使いやがったんだ。


 俺は気がつくとアキラのことを抱きしめていた。アキラは……大粒の涙を流しながら泣いていた。千年以上も生きたこいつが、泣いているのだ。


「アキラ、このバカめっ。だけど……ありがとう」

『よく……蘇ってくれた。本当に嬉しいよ。まさかきみにもう一度逢うことが出来るなんて思わなかった』

「俺も嬉しいよ、アキラ。……それにしてもお前は俺の命の恩人だな」

『それはこっちの台詞だよ。きみには二回……いや三回は命を助けられたんだからさ』


 そんなことあったのかな? よく覚えてないけどまぁ別に構わないか。

 俺たちは互いに助け合った。それでいいじゃないか。そう言うとアキラは泣き顔のまま笑ったんだ。




 ◇◇◇




 気がつくと、後夜祭のダンスも終わりの刻を迎えていた。すなわちそれは、俺にとっての時間の終わりを意味していた。


「……もう、終わりだな」

『……そうだな』


 ダンスの音楽が終わり、俺たちはゆっくりと距離を取る。


 向かい合う二人。

 目の前に立つアキラは、俺の記憶にあるあいつとはまったく別の姿になっていた。だけど、なぜだかやっぱりかつての俺の親友そのものにしか見えなかったんだ。


「じゃあ……そろそろ行こうかね。アキラはこっちの世界に残るのか?」

『いや、私は向こうに戻るよ。今じゃあっちにたくさんのしがらみが出来ちゃったからね』

「そっか。そう言う意味では俺も同じかな?」


 俺たちは互いに視線をぶつけ合い、僅かに微笑んだ。


「これで本当にお別れだな」

『……ああ』



 そして、最後の言葉を告げる。




「達者でな、アキラ。……俺の親友」


『じゃあな。きみは私にとって唯一無二の、最高の友達だったよ…………サトシ・・・




 最後のアキラの顔は、泣いていたのかな? それとも笑っていたのかな?

  残念ながら俺はその顔を確認することはできなかった。


 なぜなら……視界がぼやけるくらい、大泣きしていたから。





 やがて、俺の全身を柔らかな光が包み込む。


 --そのまま俺の意識は、眩いばかりの光の中へと落ちていったんだ。






 〜エピローグへ続く〜

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