87.プリモディーネ決定! そして……
私のパフォーマンスが終わると、ステージ上にプリモディーネ候補の全員が引っ張り出された。六人が勢揃いした状態で一斉に頭を下げると、会場に大きな拍手が巻き起こる。
『さー、これで全ての出場者のパフォーマンスが終わりました! これから投票に入りまーす! みなさん、これぞと思う候補者の箱に票を入れてくださーい!』
プリモディーネ実行委員長の我仁さんのアナウンスにより、観衆だった人たちが一斉に手に持った投票用紙を、候補の生徒の名前が入った箱へと入れていく。
事前の予想通り、レーナといおりん、そして私の箱への投票が集中してるみたいだ。その様子をニヤニヤしながら眺める我仁さん。もしかしたら、我が策が成功したりとか思ってるのかもしれない。どうでもいいけどさ。
「ねえアカル、さっきの踊りはなんなの? あんなの初めて見たわ。どこで覚えたの?」
「本当にビックリしたにゃん! アカルにゃんは秘密兵器を隠し持ってたにゃん!」
投票の結果を待っている間、レーナやレノンちゃんたちに剣舞のことをこんな風に問い詰められたりしたんだけど、「昔ちょっとだけ習ってたんだよね〜」などと適当に言って誤魔化したんだ。
ま、まんざら嘘ってわけでもないんだから、許してちょ。
しばらくすると、集計結果が出たようで……プリモディーネ選考委員たちがステージ上にぞろぞろと上がって来た。
ちなみにプリモディーネの選考は、全生徒に事前に配布された投票用紙と、審査委員である先生四人と学長の持つ特別票でもって決定される。特別票については、先生方は10票分、学長に至っては50票分の権利を持っているので、それなりに結果に影響力を持っていることになる。
そのせいだからだろうか、選考委員に選ばれているさくらちゃん先生も、緊張した様子で私たちの方を眺めている。はてさて、さくらちゃん先生は誰に票を入れたのやら。
『みなさーん、お待たせしましたっ! 集計結果が出ましたので、これから結果を発表させていただきます!』
我仁さんがなにかの書類を持って、マイク片手に壇上に上がってきた。おそらくあの紙に結果が記入されているんだろう、もったいぶりながら紙切れをめくっていく。んー、ちょっとドキドキしてきたぞ。
『それではまず、第六位から発表させて頂きますっ!』
それまでざわついていた会場が、一気に静まり返る。
『えー、オホン。第六位は……36ポイントを獲得した、海堂 布衣さんです!』
なんと第六位は、前回の準ミスからランクダウンしてしまった布衣ちゃんだった! 驚きの結果に、一気にざわめく会場。
んー、まさかこんな結果になるとはなぁ。やっぱり彼氏が出来てしまったのがマイナスポイントだったのかな?
当の布衣ちゃんはというと、「あーあ、負けちゃったね」と、ちょっとだけ悔しそうに口にしたものの、その顔は実に晴れ晴れしていたんだ。もしかして、ある程度覚悟はしてたのかな?
驚き冷めやらぬ中、ガニさんは会場のざわめきを無視するように次の順位を発表していく。
『続いて第五位を発表します! 第五位は……52ポイントを獲得した、星乃木 姫妃さんですっ!』
「ぬわんとっ⁉︎ ヒメは……お、男に負けたのかっ⁉︎」
第五位は、格闘技の型というおよそミスコンに相応しくない一芸を披露した姫妃先輩だった。うぷぷっ、この人いおりんに負けて本気で悔しがってるよ。
だけどさぁ、いくら根強い人気を誇る姫妃先輩でも、さすがにアレじゃあねぇ……? ま、これを契機に女の色香ってやつを学んでくださいな。
二年三年の中でもかなりの人気を誇る二人が早くも敗退した現状に、会場はどんどんヒートアップしていく。そんな観衆たちを煽るように、ガニさんのマイクパフォーマンスも熱を帯びていく。
『でわでわ、どんどん行きますよー? 次は第四位を発表しちゃいます! 第四位は……64ポイントを獲得した、星乃木 礼音さん!』
「うしっ! ヒメ姉には勝ったにゃ!」
「ぐわっ、レノンにも負けたのかっ!」
姫妃先輩が悔しがる通り、姉妹対決は妹であるレノンちゃんに軍配が上がった。とはいえ、それでもやっぱりレノンちゃんも悔しそう。「にゃー! 悔しいにゃー!」と言いながら頭をかきむしってるのは、きっといおりんに負けたからだろうな。
さぁ、そしていよいよトップ三の発表だ。まさかのいおりんが残ってて何気に怖いんだけど……。
『それではどんどん発表していきます! 第三位です! 第三位は……惜しい! ここまで大健闘するとは思いませんでした、84ポイントを獲得した汐 伊織さんでーす!』
「あちゃー、やっぱレーナちゃんやアカルちゃんには勝てなかったかぁ。ざんねーん」
第三位は、まさかの大健闘のいおりんだった。出オチとはいえ、星乃木姉妹や布衣ちゃんを食ったんだ。たいしたもんだと思う。
いおりんは悔しそうにウイッグを手に取ると、そのまま観客たちに放り投げる。湧き上がる大歓声。いおりんってば役者だねぇ。
「でもボクなんかでもこんなに票を貰えるんだね、なんだか自信がついたよ」
そう口にしながら観客に手を振るいおりんはとっても嬉しそうだ。
結果的には三位だったけど、この観客たちの反応を見ると、どうやらいおりんは新たなファンを獲得したみたい。ただ、女子ファンだけじゃなく男子ファンも増えてるっぽいのが気になるんだけど……そこは突っ込まないでおこうっと。
さぁ、あとは二位と一位の発表を残すのみだ。
レーナが私のことを強い眼差しで睨んでくる。きっと持ち前の負けん気を出してるんだろう。ふふふ、ここまで来たら私だって負けてないよ?
『さぁ、残すところは準・プリモディーネと、第一位であるプリモディーネの発表のみです』
ひゅーひゅー! 会場のボルテージは最高潮に達している。私たちの緊張感も、否が応でも高まってゆく。
『二連覇なのか、それとも二冠なのか、勝つのはどっちだ⁉︎ それでは発表します。第二位、準・プリモディーネは……』
ごくり、生唾を飲み込む。
あのレーナでさえ、唇を軽く噛み締めながら、結果に聞き入っている。
さぁ、どんな結果が来る? かかってこいや!
『……218ポイントを獲得した、美華月 麗奈さんです!』
ウワァァァア! 我仁さんの発表とともに、会場から怒号のような大歓声が上がる。
レーナが二位だって? ってことは……?
『ということで、今年の【至高の一輪華】は……驚異の524ポイントを獲得し【摩利亞那伝道師】との二冠を達成した、【マリアナの薔薇姫】こと日野宮あかるさんでーす!』
うっわー、マジかよ!
私、レーナに勝っちゃったんだ!
正直、今回は負けたんじゃないかと思ってた。だから私の一位という結果に、驚きのあまり思わず口元を押さえてしまう。
そんな私の肩に、そっと手が置かれるのを感じた。振り返ると、微笑みを浮かべたレーナだった。
「レーナ……」
「おめでとうアカル、あなたの勝ちよ」
正直私は、別にプリモディーネになりたかったわけじゃない。だけど、こうして友達と切磋琢磨して得られた勲章なんだ。少しくらい誇りに思ってもバチは当たらないよね?
学長から百合の花のピンバッチをつけられて、準プリモディーネのレーナに百合の花の花冠を頭に乗せられる。
少し照れくさかったんだけど、私はみんなの歓声に答えるように手を大きく振ったんだ。
--こうして、私は二冠を達成したのだった。
--【マリアナの剣姫】とかいう、ありがたいのかなんだかよく分からない称号まで、新たに頂いて。
◇◇◇
さて、プリモディーネ・コンテストが終われば、あとは講堂で行なわれるライブを残すのみだ。
講堂の方では、朝からずっと色々な催し物が行われていた。文化系の部活--たとえば演劇部とか、出し物を選んだクラスの演目--ダンスなんかが披露されたりしている。
ちなみに、さっき剣舞で使った模擬剣も、このあたりの人たちからお借りしたものなんだけどね。
講堂で行われる演目については、基本的に各々に配分された時間はわずか十五分。一部演目については倍の三十分取られてるものもあったけど、入れ替え時間も五分しかない。限られた時間の中で、みんな出せる限りのパフォーマンスを披露していた。
実はプリモディーネ・コンテストが行われている時間帯にも本来は何らかの催し物が行われる予定だったんだけど、この時間帯の参加希望者がいなかったので、前代未聞の『空白時間』が生まれてしまったのは皮肉な話だ。
講堂でのステージは、残すところはあと三つとなっていた。順番的にはこうだ。
・【3-A 一同】創作ダンス
・【キングダムカルテット】ライブ
・【アカル☆パラドックス】スペシャルステージ!
……おいおい、スペシャルステージってなんやねん! 私は何も聞いてないぞーっ?
当の本人が知らないうちに演目が決まってるとは、げに恐るべし……。
そんなわけで、今の時間帯はステージ上で三年生の人たちがストリートダンスを踊っていた。なんとなく卒業前の思い出作りみたいな感じかな? 先輩たちが楽しそうに踊ってるのがとても印象的だった。
この時間になると続々講堂に人が集まりはじめていた。お目当てはもちろん、このあとのステージだろう。
そう、キングダムカルテットのイケメン四人組の演奏と、その後に続く私たちのスペシャルステージが控えているのだ。
ちなみにキングダムカルテットは、与えられた十五分で三曲披露する予定となっていた。一方うちらは一曲だけなんだけどね。その一曲だけのためにどう十五分を使うのかは……見てのお楽しみだ。
『はい、3-Aの演目はこれで終わります! ありがとうございましたっ!』
お、どうやら終わったみたいだな。壇上の先輩たちが満足げな笑みを浮かべながら頭を下げながら退場していく。
交代時間を過ぎたら、いよいよ次はいおりんたちの出番だ。係の人たちがドラムセットなんかをセッティングしていく。
ふと講堂に視線を向けると、すでに満員御礼状態になっている。さすがに彼らは大人気みたいだ。
きゃあーーっ!!
そのとき。怒号みたいな歓声が、満員の観衆--主に女子たちから上がった。
ステージの袖から壇上に視線を向けると、キングダムカルテットの四人がコスプレ姿でステージ上に登場していた。
ちなみにヴォーカルのミカエルは、黒い翼を背負って上半身裸、下には黒革のズボンというハードないでたち。ベースのいおりんは、ミスコンでも着ていたドレスを。ギターのシュウはどこで買ったのか、ゲームの勇者みたいな格好に。そしてドラムのガッくんはローブみたいな服を着ていた。
普通の人がやったのなら、ただの似合わないコスプレにしかならないんだけど、真性のイケメンである彼らが着るとリアルの堕天使や姫様に見えたんだ。
『よう、お前ら。俺たちは【キングダムカルテット】だ。会えて嬉しいぜ! 』
ぎゃぁぁあぁ!
悲鳴みたいな大歓声が一気に巻き起こる。
『さっそくだが一曲目ヤるよ? ……いくぜ、【ザンジヴァル】!』
ギャィイィン!
ミカエルの掛け声を合図に、鋭いシュウのギターの音が鳴り響く。
一曲目の【ザンジヴァル】は、激しいテンポのハードなロックだった。
ときおりシャウトを交えながら、伸びのある声で歌うミカエル。片足を立てたりしながらギターを操るシュウ。身体を左右にフリフリしながらベースをかき鳴らすいおりん。頭を激しく振り、普段の真面目さとはかけ離れた様子を見せながらドラムを叩くガッくん。
うわぁー。こいつら、あいかわらずめっちゃイケてるな。見てるだけで全身に鳥肌が立っちまうよ。
いままで、どうしても認めたくない気持ちがあったけど、こんな光景を見せつけられたら認めざるを得ない。こいつらは、問答無用でカッコいい。
ついでに言うと、心までイケメンだ。もちろん多少なりと問題もあるけど、そこまで引っくるめても最高のヤツらだと思う。
気がつくところ、曲は二曲目の【ウィンディーナ】に入っていた。一転してスローテンポのバラードに、女子の観衆たちは目をハートマークにして魅入っている。
それにしても、このイケメンたち四人とは本当に色々とあったよな。
ハイキックかましたりもしたけれど、私は彼らにすごく感謝している。
ありがとう、いおりん。こんな私を受け入れてくれて。
ありがとう、ミカエル。こんな私を好きだと言ってくれて。
ありがとう、ガッくん。こんな私を認めてくれて。
ありがとう、シュウ。こんな私を幼馴染だと接してくれて。
ありがとう……友達でいてくれて。
二曲目が終わると、今度はステージにクマさんの着ぐるみを着た羽子ちゃんが上がってきた。どうやら三曲目だけ羽子ちゃんがピアノを弾くみたいだ。
イケメンたちの舞台に一人の女性が上がったことで、観衆の女子たちから悲鳴に近い声が上がる。
最初はなんで着ぐるみ? って思ったんだけど、羽子ちゃんにあえてクマさん着ぐるみを着せることで、どうやら女子たちのヘイトを逸らすことに成功してるみたいだった。誰が考えた策かはわかんないけど、なかなかに良い手だこと。
『三曲目、ピアノを入れて新しいオレたちの姿を見せてやるぜ? さぁ、ヤるぞぉぉ!……【カーニヴァル】!』
羽子ちゃんのピアノを交えた彼らの演奏は、さらに上のレベルに登ったかのように素晴らしいものだった。羽子ちゃんも一生懸命ピアノを叩いて、彼らに置いていかれないようにがんばっている。
彼らのハードな音楽は、羽子ちゃんのピアノと融合することで、これまでとはまた異なる印象を与えることに成功していた。
もはやその演奏レベルは、素人の域を完全に超えていたと思う。それだけ、素晴らしいパフォーマンスだったんだ。
三曲目が終わった瞬間、超満員の講堂内に怒号のような悲鳴と歓声が一気に沸き起こった。
そんな観衆たちに、手を振ったりジャンプしたりガッツポーズをしたり投げキッスをしたりして、精一杯応えるキングダムカルテットのメンバーたち。いやー、普段の百倍マシでカッコよく見えるのも仕方ないってなもんだ。
ちなみに羽子ちゃんはコソコソと逃げ出そうとして、いおりんに捕まって前に戻されていたけどね。
観客たちに挨拶をしたあと、彼らはステージの袖に引き上げてきた。そんな彼らに、私は親指を立てて労いのサインを送る。
すると『キングダムカルテット』のメンバーたちは、すごく嬉しそうに笑み返してくれたんだ。
お疲れ様、みんな。すっげーカッコよかったよ。
◇◇◇
汗だくでステージから戻ってきたいおりんたち四人と羽子ちゃんだけど、彼らの役目はこれで終わりじゃない。五分間の休憩を挟んだあとで、私たち『アカル☆パラドックス』のステージで演奏してもらう必要があるのだ。
「五人とも、もう一曲大丈夫?」
「あたぼーよ! まだまだ漲ってるぜ!」
ミカエルの返事に同意を示す他のメンバーたち。
後ろを振り返ってみると、ダンサー役のレノンちゃんたちが少し緊張気味の表情を浮かべて待機している。
さぁ、次は私たちの番だ。
私自身、既にステージ衣装に着替えて戦闘モードに入ってはいたものの、改めて自分に気合を入れなおす。
大きく深呼吸。よし、大丈夫。
私は……飛べる。
「アカル、気合入ってるわね?」
「……まぁね。いろいろなものの集大成だしね」
レーナに声をかけられ、私はうんと頷く。
そう、これは集大成なのだ。
私が日野宮あかるとして生きてきた、この半年強に渡る日々の集大成。
だからこそ、ここでビビるわけにはいかない。
「ありがとうレーナ、私は最高の状態だよ。これからみんなで、最高のステージを見せようね」
「ええ、これがあたしたちのスタートラインだよ!」
スタートライン、か。
そう。ここは私にとって一つのゴールであり、新たなスタートでもあるんだ。
気づくと、私はレーナの手を握っていた。すこし驚きながらも、握り返してくるレーナ。
よーし、それじゃあ一丁やってやるか! ここまで来たら全てを出し切るだけだしね!
なにせこれが私にとって、日野宮あかるとしての……最初で最後のステージなのだからっ!
◆◆◆
こうして、マリアナ祭の最終イベントとも言うべき『アカル☆パラドックス』のステージが、幕を開ける。
のちに、【伝説のライブ】と語り継がれることになる、彼にとって最初で最後のステージが。