86.プリモディーネ・コンテスト
『レディース アーンド ジェントルマーン! これより、今年度の摩利亞那高校最高の美少女を決める、【至高の一輪華】コンテストを開幕しまーす!』
プリモディーネ実行委員会の委員長である我仁さんの挨拶で、ついにプリモディーネ・コンテストが始まった。
このコンテスト、ただの美少女コンテストと思うなかれ。実はそれなりに由緒正しくて歴史のあるコンテストなのだ。
なんでも初代理事長が「我が校に通う乙女たちよ、マリアナの華となる存在であれ」という思いから始められたコンテストであり、開校以来続いている伝統であるという。……ただのミスコンにそんなエピソードいらないと思うけどなぁ。
プリモディーネの候補メンバーは、事前に生徒たちからの人気投票で決められる。
ちなみに今年選出された女のコは全部で六人。私こと日野宮あかる。現役アイドルで去年の″プリモディーネ″である美華月 麗奈。準ミスの海堂 布衣。前生徒会長の星乃木 姫妃に、ネットアイドルでありヒメキの妹の礼音。
ちなみにあと一人、先行委員会推薦の人物が参加することになっている。その人物については、当日まで秘密にされていた。はてさて、いったい誰なんだろうねぇ?
こうして、いずれ劣らぬ美少女たちの華麗なる美の競演が、今ここに幕を開けようとしていたんだ。
プリモディーネ・コンテストは、一人五分の持ち時間の中で観客たちにアピールすることになっている。そして、全員のアピールが終わったところで、会場にいる観客の票と審査員の票を集計して今年のプリモディーネが決まることになっていた。
アピールの順番は厳選なるくじ引きの結果、レノンちゃん、レーナ、布衣ちゃん、Xさん、姫妃先輩、私の順に決まった。ちなみにXさんが特別推薦枠の子だ。どうやら出番まで誰なのかは明かさないつもりらしい。
誰かはわかんないけど、このメンツの中で出なきゃならない『X』さんも可哀想だよなぁと思う。
さぁ、そうこうしているうちに、トップバッターはレノンちゃんの登場だ。
『みんにゃー! レノは二年の星乃木 礼音にゃん! レノのことは親しみを込めて【れのにゃん】って呼んでほしいにゃん!』
ネコミミにチアガールみたいなフリフリセクシーな衣装で登場したレノンちゃんに、観客たちが華やかな歓声を上げる。
挨拶が終わると、すぐに音楽が流れ始めてレノンちゃんが踊り始める。どうやらレノンちゃんはダンスを披露する路線で行くみたいだ。豊かな胸を強調した衣装で踊る情熱的なセクシーダンスに、男子生徒たちは大喜びだ。
最後に投げキッスをしてレノンちゃんのステージは終わりを告げた。いやー、さすがネットアイドル、いいダンスだったし観客の反応も上々だ。いきなり強敵出現って感じだぞ。
踊り終えたレノンちゃんがステージ裏に戻ってきたとき、舞台裏で控えていた私に向かって肩で息をしながらニャンコポーズをしてきた。なんだそれ、宣戦布告かな? とりあえず同じポーズを返すと、レノンちゃんは嬉しそうにニカッと笑みをこぼしたんだ。
さて、次に出場したのは現役アイドルーー大本命のレーナだ。『激甘♡フルーティ』の衣装でレーナが登場した途端、観客達が轟くような大歓声が響き渡る。
さすがレーナ、どうやらこの学校の中にもファンはたくさんいるみたいだ。
『こんにちわ、美華月 麗奈です。去年、あたしはみんなのおかげでプリモディーネになることができました。このユリの花のバッジを付けることができたのも、みんなの応援があってこそです!』
そう言うとレーナは、″百合の花″を模したピンバッジをみんなにかざす。この学校でただ一人、プリモディーネになれた人物だけがつけることを許されたバッジだ。
『あたしは、今年もこのバッジを付けたい。……いいえ、本音を言うわ。あたしはね、日野宮あかるにだけは負けたくないのよっ!』
はぁ? ちょっとレーナってば何言っちゃってんのよ?
だけどレーナの宣言を聞いた観客たちは、ウォォオォォォ! っと大歓声に湧いた。彼らはレーナのやる気満々な宣戦布告を大いに気に入ったのだ。
『だからみんな、あたしのことを応援してね! あたしはアカルに勝って……二連覇の偉業を成し遂げるわ!』
いいぞおぉぉぉ! やっちまぇぇえ! がんばってぇぇぇえ! レーナちゃん最高だぁぁあ!
そんな、ものすごい大歓声に応えるように手を振るレーナ。続けて『激甘♡フルーティ』のヒット曲を披露し、一気に観客を味方につけている。
くっそー、レーナのやつめ。やってくれたじゃないか。
私は無意識のうちに唇を噛んでいた。そして、思いもかけぬレーナの宣戦布告を目の当たりにした私の心に--″闘志″という名の炎が、一気に燃え広がったんだ。
◇◇◇
三番手の布衣ちゃんの出番までつつがなく終わり、いよいよ四人目の候補『X』の登場となった。
ちなみに布衣ちゃんは着物姿で普段習ってるという舞踊を披露した。和風美人って感じですごく良かったんだけど、観客からレーナほどの歓声を得ることはできていなかった。さすがに今回は順番と相手が悪かったよなぁ。しみじみ私、レーナの後の順番じゃなくて良かったよ。
『さぁみなさま、それではおまちかね! 四番目に登場するのはぁ〜、実行委員会推薦の秘密兵器でぇーっす! さぁて、どんな美少女が登場するのか……こうご期待っ!』
委員長である我仁さんが、なにやら意味ありげな笑みを浮かべながらアナウンスしている。観客たちも口々に「誰だ?」「そんな可愛い子いたかな?」などと話している。
私としては、ジュリちゃんあたり来るんじゃないかと思ってた。もしくは大穴で羽子ちゃんとか? でも目立つの苦手だから出てこないだろうなぁ。
そんなことを考えていると、ステージの上に一気にスポットライトが当たる。いよいよ謎の候補者の登場だ。
『では登場してもらいましょ〜! 謎の候補者Xの入場でーす!』
パサッと幕が開いて、ステージの奥から現れたのは、綺麗な純白のドレスを身につけた美少女だった。会場の生徒たちが一気にざわめく。
ざわめきの理由は実にシンプルだった。
「か、かわいい……!」「でもさ、あの子どこのクラスの子だ?」「あんな美少女、うちにいたかな?」「いや、知らねえぞあんな子!」
これら生徒のたちの呟きの言葉が全てを表していた。そう。現れた生徒が誰であるのか、この場にあるものたちの中で、わかる者がいなかったのだ。
でも、私はなんとなく壇上の美少女に見覚えがあった。あの顔立ちは……髪は長いけど、もしそれを短くしたら……って、 あれ? もしかして、彼女の正体は……。
「ああああぉぁぁぁぁあっ⁉︎」
思わず声を上げてしまい、周りの人たちから一斉に視線を向けられる。だけどそんなものに構ってる心の余裕なんて無かった。なぜならこの美少女の正体は……。
「……もしかして、いおりん?」
その言葉に、壇上の美少女は私に向かってウインクしながら頷いたんだ。
そう、彼女ーーいや彼は、汐 伊織が女装した姿だったのだ!
会場でも徐々に謎の美少女の正体に気付くものが現れ始めた。そして情報は拡散していき、会場は一気に騒ついていった。
そりゃそうだろう。なにせ突然現れた美少女の正体は、キングダムカルテットのイケメンのうちの一人、美少年いおりんが女装した姿だったのだから!
「ぎゃあぁぁぁ」とか「ひぃぃぃぃ」とか悲鳴とも歓声ともつかぬ声を浴びながら、いおりんが観客に手を振る。特に女性客からの反応は凄まじかった。中には失神しそうになってる子もいたりする。どうやらいおりんは、一瞬にして観客の心を掴んだようだ。
くっそー、我仁さんめ。まさかこんな秘密兵器を出して来るとは思わなかったよ。
結局いおりんは特にパフォーマンスを披露することなく、出オチみたいにステージから降りていったんだけど、観客はいおりんの登場に興奮の坩堝に落ちていったんだ。
ちなみにいおりんは、退場後に私の横を通り過ぎるときに「ふふふっ、負けないよ? アカルちゃん」と妖艶な笑みを残していった。
えーっと。いおりんさ、絶対生まれて来る性別間違えてきてるよね?
美少女いおりん登場の興奮冷めやらない中、次の候補者である姫妃先輩がステージに登場する。
彼女もかなりの美少女だったんだけど、今回はタイミングが悪すぎた。なにせみんな、いおりんショックから抜け出せてない状態だったのだから。
姫妃先輩は気合を入れて何か格闘技の型なんかを見せてたんだけど、それがまた良くなかった。実際、観衆の反応もイマイチだった。
そりゃそうだろう、ミスコンで格闘技見せるやつがこの世のどこにいるんだか。
こうして、ついに私の順番がやってきたんだ。
さぁて、一応秘策っぽいのは用意してるんだけど……レーナやいおりんの破壊力に勝つことができるのかな?
◇◇◇
『さぁーみなさん、お待たせしました! いよいよラストの候補の登場ですっ! 最後に登場するのは、二十年ぶりに誕生した我が校の期待の一等星。才色兼備を兼ね揃えた″マリアナの薔薇姫″、日野宮あかるさんでぇーっす!』
我仁さんのアナウンスに従って、私はゆっくりと壇上に上がって行く。
ステージの上に姿を見せた瞬間、それまで騒ついていた観客たちがシーンと静まり返った。
『な、なんと……日野宮あかるさんは、ド、ドレス姿で登場です! しかもこのドレスはぁぁ、伝説となった耽美堂のCMで着てたドレスではないかぁぁあっ!』
私が用意したささやかな秘策その一。それは、例の話題になったCMで着ていたドレスで登場することだった。
いやー、これけっこう大変だったのよ? 黒木マネージャーに頼んで取り寄せてもらったんだけど、レーナにバレないように手配してもらうのに随分骨が折れたんだ。ま、苦労したのは黒木マネージャーなんだけどさ。
でもこの観客たちの反応を見る限り、感触は上々みたいだ。マイクを渡されたので、続けてパフォーマンスの方に入る。
『みなさん、こんにちわ。日野宮あかるです』
その一言だけで、既に他の五人のおかげでだいぶ熱気が上がっていた観客たちがワッと湧く。なかなか良い反応だねぇ!
「みなさんにエヴァンジェリストに選んでもらったこと、私はすごく光栄に思ってます。さらにこうしてプリモディーネの機会まで与えてもらえて……本当にありがとう!」
どわぁっ! まるで地鳴りみたいな反応に、思わず身震いしてしまう。
うわー、こりゃすごい光景だな。こんな反応されたら、なんか興奮しちゃうかも。レーナがアイドルにこだわる気持ち、すごく良くわかるな。
『本当はここでレーナみたいに歌でも披露したかったんだけど……ごめんなさい。歌の方はこのあとのライブの方で全力を尽くします。だから、この場では勘弁してくださいね?』
いいよー! 気にしないでー! あとで聞きに行くよー! などの優しくも暖かい声が返ってきた。叫んでるのがクラスメイトたちだと気付いて、私は思わず笑みをこぼしてしまう。
『ありがとう。それじゃあ披露します。ここにいるみなさんに、感謝の気持ちを込めて……″剣舞″』
スラリ。私は横に置いていた剣を手に取ると、前に掲げた。そして祈るように皆の前に掲げ膝を折る。
騒ついていた観衆が、一気に静まり返るのが分かった。
それはそうだろう。みんな、なぜ日野宮あかるが剣などを手に持ったのか理解出来ないのだ。しかも″剣舞″などと言われて余計ピンと来ないのだろう。
彼らがそんな反応をするのも良くわかる。なぜなら私自身、剣舞を思い出したのは昨日の夜だったのだから。
私が昨日蘇らせた記憶の断片。そのなかに、この剣舞--厳密には剣舞ではないんだけど--のことも入っていた。
もともとは別のこと--たとえばダンスなんかを披露するつもりだったんだけど、急に気が変わったんだ。
どうせ、この記憶も消えて無くなるんだ。だったら、今の俺が出せるものは惜しみなく全部出してしまおう。
それこそが、俺が俺としてこの世に在ったことの証明なのだから。
そう思って、今朝になって急遽演目を変更することにしたんだ。ちなみに剣の方は演劇部の小道具からお借りしたパチモンだ。ごめんね演劇部さん。
こうして私は、この世界の人たちが知るよしもない剣舞を、みんなの前で披露した。
本当はこの剣舞の権利者は別の人で、自分のは単なるパクりなんだけど……まぁ当の本人はここには居ないんだ。怒られたりはしないだろう。
全てを踊り終えたあと、それでも観衆はシーンと静まり返っていた。でも私はぶっちゃけ観衆の反応なんてどうでも良かった。
この世界に生きた確かな証を、ここにしっかりと残すことができたから。
だけどこのあと、予想外の光景が--私の目の前に繰り広げられる。
パチ……パチパチ……パチパチパチパチ!
最初はまばらに、次第に波のように大きな拍手が会場に沸き起こる。拍手にはやがて歓声や悲鳴みたいなのも混じっていって、最後には嵐のような勢いになって私に襲いかかってきたのだ!
どうやら私の踊りは、みんなの心に残ることが出来たらしい。すごく喜んでもらえたみたいで、胸の奥から暖かいものがこみ上げてくる。
『ありがとう……ございました』
私は最後にマイクに向かって静かにそう口にすると、大歓声を浴びながらステージを後にしたんだ。
残りあと、三話。
すいません、あと少しなのですが急に忙しくなってしまったので、更新が少し止まるかも?
でもなるべく影響出ないように早く書き上げます!