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84.運命の日の前日

 

 忙しい日々は過ぎて行き、気がつくとマリアナ祭の前日になっていた。

 今日は土曜日で休みだというのに、学校にはたくさんの生徒たちが登校していた。もちろん、学祭の準備をするためだ。


 私はクラスのみんなと少し設営の準備をしたあと、みんなから送り出されるようにしてバンドの練習の方へと向かう。どうも一二三ひふみトリオがいろいろ動いてくれたみたいで、クラスメイトたちが私のバンド準備を優先してくれたんだ。

 クラスのみんな、協力してくれてありがとう。明日はきっといいステージにしてみせるよ。


 練習場である音楽室に着くと、既にレーナが到着していた。音楽プレーヤーに繋がるイヤホンから曲--おそらくは明日歌うヤツを聞いているみたいだ。

 実に勉強熱心なレーナらしい行動だよ。


 ちなみに芸能活動がとても忙しいはずの彼女だけど、黒木マネージャーに相談してこのマリアナ祭のために仕事を調整してもらったらしい。

 つくづく有難いことだ。黒木さんにも今度お礼をしないとな。


「やっほ〜レーナ。さすがに早いね」

「……」


 ポンと彼女の肩を叩いてそう声をかけたものの、イヤホンを取ったレーナはえらく神妙な顔をしていた。どうしたんだろう、なにかあったのかな?


「ねぇアカル。あたし、あなたに話したいことがあるの」

「ん? どうしたのさ改まって」

「あたしと一緒に、音楽やらない?」

「……へ?」


 レーナの口から飛び出したのは、思いもかけないとんでもない話だった。一緒に音楽だって? それってもしかして、私と組みたいってこと?


「ちょっとレーナ、自分が言ってることの意味分かってる?」

「もちろん分かってるわ」

「そんな……あれは、『激甘♡フルーティ』はどうするのさ? せっかくナンバーワンになったんだろう?」

「もちろん脱退するわ」

「脱退って……そんな簡単に決めていいことじゃないだろう? そもそもレーナの目標はどうなるのさ? アイドルでトップに立つんじゃなかったの?」

「ええ、その想いは変わらないわ。そのためにアカル、あたしはあなたと組みたいのよ」


 いつになく真剣な表情でそう宣言するレーナ。どうやら浮わついた気持ちで言っているわけではなさそうだ。

 とはいえ、仕事熱心なレーナが今の地位を捨ててまで私と組みたいって言うなんて、どういう風の吹き回しなんだ?


「ねぇアカル。あたしはね、ただルックスだけでもてはやされるようなアイドルになんてなりたくはない。あたしはあたしの歌で、ちゃんと認められたいの。あたしの歌う歌で、聞いてる人の心を揺さぶりたいのよ」

「レーナ……?」

「今回アカルのコーラスをして分かったことがある。あたしとあなたの声質はすごく相性がいいわ。まるで表裏一体、鏡の表裏。あたしたちが組めば、きっとさらなる高みに登って行けるはずよ」

「……」

「アカル。あたしはね、あなたの歌に恋に落ちたの。あなたと一緒に歌いたい、あなたと一緒に世界を変えたいと心から思った。だからあたしは、あなたとこれからの未来を歩みたいのよ。そのためならあたし……これまで積み上げてきたものを全て捨ててもかまわない」


 それは、レーナからのこれ以上ないほど熱烈なラブコールだった。

 こんなにも熱い気持ちでレーナから求められるなんて夢にも思わなかった。だけど、そう熱く語るレーナの表情は思わず引き込まれてしまうくらい強く輝いていた。あまりの眩しさに、真正面から彼女の顔を見ることができないくらいに。


「あ、ありがとうレーナ。そこまで言ってくれて……。でも私……」

「分かってるわ。明日のステージが終わるまでは答えを出せないんでしょ?」

「えっ?」


 どうして、そのことを知ってるの?

 その疑問を口から出すことはできなかった。なぜなら、問いかける前に唇を彼女の指で押さえられたから。


「なんで? なんて疑問は愚問よ。なぜならあたしは、アカルのことはよーく分かってるからね」


 そう言って微笑むレーナは、本当に魅力的で……心の奥から自然と彼女に対する愛おしさが込み上げてくる。

 私は、レーナのことが大好きだ。改めてそう思った。

 もし明日を終えることができたなら、そのときはレーナの提案も真剣に考えてみようかな。


「とりあえずアカル、明日のステージは絶対に成功させましょうね?」

「うん、そうだね」

「きっと明日のステージが終わったら、みんながあなたに注目するでしょうね。だけど覚えておいてね。あなたを最初に誘ったのは、このあたしだってことをね」

「レーナ……」


 私はたまらなくなって、レーナを思いっきり抱きしめた。ふわりと、優しくて甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 抱きしめられたレーナのほうが慌てる気配を感じるけど、そんなのおかまいなしだ。


「ちょ、アカル⁈」

「……ありがとう、レーナ」

「……んふふ、どういたしまして」


 こうして、私たちはしばらく抱きしめ合っていたんだ。

 しばらくして急に音楽室に入ってきたいおりんに見つかって、言い訳をする羽目になっちゃったのはご愛嬌だけどね。ってかいおりんさ、人のことを「たらし」呼ばわりするのはやめてくれないかな?




 ◇◇◇




 最終日の練習が終わったあと、レーナは足早に仕事に、キングダムカルテットの四人は個別に借りたスタジオで練習すると言って出て行ってしまった。

 音楽室に残ったのは、羽子ちゃんと私の二人っきり。羽子ちゃんが何度も同じフレーズを確認するようにピアノを弾く姿を、私はなんとなく名残惜しくてぼーっと眺めていた。


「……アカルさん」

「ん? なぁに」


 ポツリと呟く羽子ちゃんの言葉に声を返す。すると羽子ちゃんはピアノを弾く手を止めてこちらに向き直った。


「わたし、怖いんです」

「怖い? 明日のステージが? あーそうだよねぇ、たくさんの人たちで演奏するなんて緊張するよね。でも大丈夫だよ、私だって……」

「違いますっ!」


 思いがけず強い羽子ちゃんの口調に、驚いて彼女の顔に目を向ける。羽子ちゃんは、その瞳にとても真剣な光を宿していた。


「わたしが怖いのは、明日のステージのあとのことなんです! アカルさん、この曲の詩はアカルさん自身のことを指してるんでしょう?」

「……そう、なのかなぁ」

「わたし、この歌詞を見て怖くなったんです。だってこの歌詞、″別れの歌″でしょう? アカルさんが、明日のステージが終わったあとでわたしたちの前から消えてしまいそうで……」


 --すごいな、羽子ちゃんは。このうたに込められたメッセージをこうも敏感に受け取るなんて。

 私は羽子ちゃんの感受性の高さに感心していた。


 確かにこの歌詞は″別れのうた″なのかもしれない。だけどそれ以上に、これは″感謝のうた″なんだ。これまで私のことを助けてくれた人たちへの、めいいっぱいの感謝。

 同時に、今の自分との別離の歌でもある。なぜなら、たぶん私は明日のステージのあとで一つの選択をすることになるのだろうから。


 修学旅行で『ラー』から伝えられていた″選択の時″。それが、明日・・であることはなんとなくわかっていた。

 おそらく明日、私は自分の未来について答えを出す。そのあと、今の自分のままでいれる保証なんてどこにもなかった。


 だからこそ、このうたに全てのメッセージを込めたんだ。

 たとえ自分がどうなっても、後悔がないように。


 気がつくと羽子ちゃんは泣いていた。そんな彼女を、私は後ろからそっと抱きしめた。


「大丈夫だよ、羽子ちゃん」

「ぐすっ……ひっく……アカル、さん?」

「私は明日、自分に決着をつけてくる。そしたら必ず戻ってくるから」

「本当……ですか?」

「あぁ、本当だよ。だからお互い、明日には全力を注ごうね?」



 そう言うと羽子ちゃんは号泣しながら私にしがみついてきた。そんな彼女の背中を、私は優しく何度も撫でたんだ。





 ◇◇◇





 その日の夜。

 私は眠れない時を過ごしていた。


 明日、答えを出すことが影響しているのかもしれない。もう後戻りできない道を歩み出すことに、知らぬうちにプレッシャーを感じていたのかもしれない。

 ベッドに入っては起きてみたり。イヤホンで曲を聴いてはイメージを高めてみたり。はたまた心を無にして羊の数を数えてみたり……。

 色々やってはみるものの、眠気はまったく襲ってこない。


 どれくらいの時間をそうして過ごしただろうか。何度か寝ようと試みるうちに、ふと微睡みのような瞬間が訪れる。


 ふわり。意識が宙を舞うように揺らぎ、現実と夢の境界が曖昧になる。


 --そのときだった。

 --私の目の前に、例の″制服姿の男の子″の姿が閃光のように蘇ったのは。



 --



 幻想なのか、もしくは錯覚なのか。

 だけど彼の姿を意識として認めた瞬間、私は幻想だろうが何だろうがおかまいなく食いついた。

 この機会を逃すと、こいつの正体を知ることはできなくなる。そう思ったからだ。


 --誰なんだよお前はっ⁉︎ いいかげん顔を見せろよ!


 私は心の中で絶叫しながら、後ろを向いたまま歩き去って行こうとする彼の肩に手を伸ばす。離れていこうとした距離が、一気に近づく。

 そして私の手が彼の肩に触れるか触れないかまで近づいたとき、彼は--ゆっくりとこちら側を振り向いた。




 そこにあった顔は……。






 --






 次の瞬間、私はハッと目を覚ました。


 私は寝ていたのか? だけど、意識はハッキリとしている。ついさっきまで夢現ゆめうつつで見ていたものが何なのか、この心にしっかりと覚えていた。


 ずっと夢に出ていた″制服姿の男の子″。その正体を、私はついに知ることができたのだ。



「そうか……。お前・・……だったんだな」


 自然と口をついて出たのは、そんな言葉。

 すると、それがまるで″鍵の言葉キーワード″であったかのように、次々と失われていたはずの″過去″の記憶が私の脳裏に蘇ってきた。溢れ出る、記憶の奔流。

 ……とはいえそれは、酷く断片的なものだった。一度壊れてしまったものをかき集めたような、粉々になったカケラたち。



 だけど、今の私にはそれで十分だった。

 たとえカケラであったとしても、いろいろなことを思い出すには十分事足りていたんだ。



「……だとすると、この一連の事態のカラクリは……」


 一つのことが分かれば、様々なことが--まるでほどけた糸のようにスルスルと導き出されていく。


 組み上がっていく、仮説のパズル。見えてくる、私を取り巻く事柄の全体像。


 そして私は、ついに……自分を中心としたこの一連の物語・・真相・・を理解することができたんだ。



 --なぜ自分が日野宮あかるになったのか。

 --なぜ自分はこんな形でこの世界に在るのか。

 --そして、【G】や【ラー】の本当の目的・・・・・がなんだったのか。



「……あぁ、そうかい。やっと……全部、分かったよ」



 気がつくと、私は自然と笑みをこぼしていた。

 だけど、これは楽しいから笑っているわけじゃない。ましてや、卑屈な笑みでもない。これは……いや、今はやめておこう。



 とりあえず、これで全ての真相はわかった。

 であれは、私の選ぶ答えは一つだ。


 心は決まった。もう迷いもない。

 ただ一つのことを除いては……。


「私……いや俺は、きっとあいつと″最後のダンス″を踊らなきゃいけないんだろうな」



 ゆっくりと、夜が明けてゆく。

 大きな決断をすることになる運命の日が、ついに幕を開ける。


 いまの俺の、″日野宮あかる″としての最後の日が。


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