9.アカルの真実
かぽーん。
風呂だ。そう、風呂なのだ。
いま俺は風呂に入っていた。美少女に転生だか転移なんかをして、初めてのお風呂だ。
本来であればテンションが上がって然るべきなのに、俺の気持ちがほとんど高ぶることはなかった。その理由は、鏡に映る己の姿にあった。
「クソッ、やっぱモザイクかよ……」
鏡に映った己の大事なところには、無念にも全てモザイクがかかっていたのだ。覚悟していたとはいえ、ショックは隠しきれない。
しかももう一つ想定外のことがあった。なんと……こともあろうか触覚まで認識阻害されていたのだッ!
体を洗うために胸やお尻や大事なところを触っても、モヤモヤとしてはっきりと認識できない。どうやら直接タッチはダメらしい。なんて理不尽な仕様なんだよ!このクソゲーめっ!
……クソッ! ザケンナよ! これじゃあ両翼をもがれたようなもんじゃねぇか! 俺の唯一の楽しみを奪いやがって!
やり場のない怒りを抱きながら全身をゴシゴシ洗うと、お湯をかぶって一気に流し落とした。そのまま湯船に身を沈めると、結構長い時間風呂場に浸かっていたんだ。
ぶぃぃぃぃ。風呂から上がった俺は、パジャマに着替えてドライヤーで髪の毛を乾かしていた。長い髪ってなかなか乾かないのな! 時間がかかるったらありゃしない。なんとか乾かし終わった時には、入浴時間も含めて一時間以上経過していた。
男だった時には『烏の行水』だったってのに、変われば変わるもんだな。しゃこしゃこ歯を磨きながらそんなことを考えていると、トントンと洗面所のドアを叩く音がした。開けてみると朝日兄さんだった。
「あっ……使いたかった?」
「い、いやそうじゃないんだ。アカル、良かったらこれいるか?」
そう言ってお兄さんが渡してきたのは、クチャクチャな紙袋に入った化粧品だった。パッと見たところ色々な種類のものがいくつか入っている。
「これ、どうしたの?」
「ん? あぁ、まあ色々あってな。必要無くなったんだよ。マヨイには少し早いかもしれないけど、お前だったらいいかと思ってな」
どうやら女の子に化粧品を贈ろうとして、フラれて突っ返されでもしたらしい。クククッ、いい色男が台無しだなぁオイ。それともこいつはもしかして『イベントアイテム』的なものなのか?
俺からの視線を受けて何を思ったのか、イケメン兄貴は「察してくれよ〜」的な情けない表情を浮かべている。
仕方ないなぁ。どうせGから与えられたミッションで化粧とかする必要があったわけだし、今回はありがたく頂いとくとするよ。
「ありがとう」
そう答えながら笑顔で紙袋を受け取ると、お兄さんは「ったく、世間の女がアカルくらい素直だったらなぁ」などどブツブツ言いながら引き返していった。
ククッ、イケメンがフラれるのって本当に気持ちが良いな。とはいえ朝日兄さんは悪い奴では無さそうだし、いつかは良い出会いがあるといいな。
寂しげな兄の背中に、俺はもらった化粧品代分くらいは幸せを祈ってあげるのであった。
とりあえず、レアアイテムをゲットだぜ!
◇◇◇
歯磨きを終えたあと、化粧品袋を抱えて自室に戻ってきていた。
シンプルな机の上にさっき貰った化粧品一式を置くと、そのまま椅子に腰掛けてベッドの上に放り投げていたスマホを手に取る。立ち上げたのはもちろん【Gテレパス】だ。だけど相変わらずGは圏外表示のままだった。ため息とともに、携帯を今度は机の上に放り投げた。
仕方なく今日一日あったことを踏まえて色々考えることにする。
まず……学校生活について。これはなんとかなりそうだ。なにせ教室で俺に話しかけてくるヤツが一人も居ないんだから。
朝に声をかけてきたイケメン四人組『キングダムカルテット』のやつらも、結局学校内で見かけることが無かった。まぁ同じクラスじゃなけりゃ、あんなレアキャラどもとそうそう接することもないだろう。そもそもあいつら他の女子たちに追いかけられたりして大変そうだったしな。
ということで、すぐに俺のことがバレてしまうという最悪の事態は避けられそうだ。だけど問題はそこじゃなかった。
色々と鈍臭い俺だって、さすがに気づくことがある。どうやら【日野宮あかる】は、学校生活においてなにがしかの大きな問題を抱えているみたいだった。
もしこれがゲームの世界だとしたら、そのジャンルは……。
そのとき、ふと机の上に置いてあったメガネに気づいた。黒ぶちの、なんともイケてないメガネ。オシャレとは無縁の、実用さと安さを追求したようなモデル。
もしかしてこいつはアカルのメガネなのか? だけどアカルは視力は良いので、メガネを必要としているとは思えない。ただ思うことがあって試しにかけてみることにする。
「なんだこれ……度なしじゃないか」
どうやら思っていた以上に事態は深刻なのかもしれない。俺の中にある様々な疑問が、徐々に具体的なものに形を変えていく。
だが……まだだ。確信するには決定的な材料が足りない。
そのとき、ピロリーンという音とともに携帯が光を発した。ちょうどいいところでGからのメッセージが届いたみたいだ。
『ごきげんよう、登校初日はどうだったか?』
どうもなにも、問題だらけだよこのヤロー! なーにが呑気に「ごきげんよう」だ、気取った態度しやがって! 気軽な調子でメッセージを送ってきやがるGに対して、怒りの感情がこみ上げてくる。
「なぁ、Gに聞きたい。このゲームのジャンルは何なんだ? そしてアカルはどんな問題を抱えている?」
もはやこいつに敬語なんて使わない。どうせGもゲームのキャラクターかなんかなんだろ? だったら遠慮は無しだ。思うがままにメッセージを打ち込む。返ってきた返事はある程度予想した通りのものだった。
『現状、君に対してこちらから伝えることができる情報はない』
「言えなくてもヒントくらいはあるだろう? なぁG、なんでアカルには友達が居ないんだ?」
今度は、Gからの返事はすぐに返ってこなかった。
思えば疑わしいことはたくさんあった。
登校途中で声をかけてきた『キングダムカルテット』のやつらの驚きよう。教室で誰も声をかけてこないという異常な事態。
これらの状況から薄々とは察していた。だけど、返事を返してこないGの様子に確信するに至る。
そう、【日野宮あかる】には友達が居ないのだと。
どうしてこんな状況になっているのか分からない。ただこのゲームがどんなジャンルなのかを判断するにあたり、この事実だけはハッキリさせておきたかった。
なにせ俺はこれから【日野宮あかる】として生活していかなければならないのだ。であれば、背景となる状況を理解しておく必要がある。
しばらくして、ようやくGからのメッセージが返ってきた。期待はしていなかったが、思っていたよりも興味深い内容の返事だった。
『現状、私から君に話せることは極めて限られている。ただ、もし見ていないのならば、【日野宮あかる】の学生手帳を確認するんだ』
Gからこれほど明確なヒントがもらえるとは思ってなかったので、驚きを隠せないまま慌ててカバンの中から学生手帳を取り出す。
学生手帳については表紙を確認しただけで、中身に目を通していなかった。とりあえず表紙をめくってみると、そこにはこの手帳の持ち主を証明する一枚の写真が貼られていた。
「……ウソだろう?」
思わず声が出てしまう。
だけどそんなことが気にならないほど強い衝撃を受けていた。
なぜならそこに写っていたのは……髪の毛をガッチガチの三つ編みにして、黒ぶちのダサいメガネをかけた【日野宮あかる】の姿だったのだから。
---《おまけ》---
朝日「しかしアカルのやつ、まるで別人みたいにしおらしくなったな」
朝日「ありがとうだって……我が妹ながらついドキッとしてしまったぜ」
朝日「ったく、世の中の女がみんなあれくらいしおらしければなぁ〜」
朝日「まいっか、気を取り直して新しい女でも探すとすっかな!」