8.一日の終わり
焦って逃げてきたせいで、傷口が開き、血が滲む。家の扉を開ける頃には、再び血みどろになっていた。
「ただいま帰りましたー」
声を掛けると、床を足が叩く音がする。
「お帰り、遅かったな、ってぎゃあ!?ゾンビか!?」
わざわざ玄関まで出迎えに来てくれたメディだが、目に飛び込んで来たのは傷だらけのジークだった。
今日は悲鳴を良く聞くなぁと他人事のように思いながら、家に上がる。
「ま、待て待て、その調子だと死ぬぞお前」
「傷の治りは早いんです」
「そんな問題じゃないだろ、手当てしてやるからこっち来い」
「わかりました」
渋々といった感じでジークが頷く。
「キュイィ……」
「!?な、なんだ今の鳴き声は……うわっ、噛みつくな!」
疲れた様子の飛行生物がメディの首筋に噛みついた。
「ああっ、何してるんですか!」
「うわあっ、やめろ、首は駄目だ、あはっ、あはははは!」
弱点を責められて爆笑するメディを見てジークは慌てたが、自分の腕力では引き剥がせないことを知っているため動くことができない。結局、最初に噛みつかれたジークの二の舞となった。
数分後、手当てが終わったジークは、居間に正座させられていた。見上げれば疲労の浮かぶメディの顔がある。
「色々と説明してもらおうか……」
およそ女性が出すものではないドスのきいた声でメディが喋る。
「は、はい、少し長くなりますが」
それからジークは依頼先でイレギュラーな魔獣と遭遇したこと、その後謎の飛行生物が現れ、自分についてきたことなどを事細かに話した。
「成る程、新種か……危険かも知れんが、研究する価値はありそうだな。ジーク、お前は気付いていないようだが、こいつは魔力を食っていたぞ」
「魔力を食う?」
結び付かない名詞と動詞に疑問符が浮かぶ。当の魔獣はジークの肩に乗って器用なことに眠っていた。
「ああ、そんな能力は聞いたことがないが、攻撃性は無いように見えるし、観察しやすいだろう」
「観察……!?」
そのワードに対し、怪しい薬品が入った器の中に浮かぶ可愛らしい生物の姿が想像される。
「いや待て、良からぬことをするんじゃない、月並みな言い方をするなら飼うということだ」
ジークの肩から力が抜ける。
「お前、私を何だと思っているんだ、言っておくがこれでも15の少女なんだからな?人道から外れたことができるほど暗黒面に飲まれちゃいないぞ」
とは言うが、1度人体実験された側から聞けばたまったものではない。全ての言葉に裏があるように感じてしまうのだ。
「もう少し信頼してくれても罰はあたらんというのに……まあいい、夕飯にしよう、冗談のつもりだったのに、本当に丸ごと一頭持ってきたんだろう?」
微笑が浮かぶ。それで完全に力を緩めたジークは元気に返事をした。
「大怪我しているのに、どうしてそうはしゃげるんだ、実は食いしん坊だったのか?」
「あはは、1人だとまともなご飯を食べないものですから」
「最近は料理の出来る男がモテると聞くぞ?」
皮肉の入った冗談を苦笑で誤魔化し、テーブルへと歩いていく。居候生活の1日目は、慌ただしく過ぎていった。