5.荒野の戦い
「北の荒野に生息する角牛の角20本を納品すること、か」
城下町の北側には、人の住めない荒野が広がっている。受付係から聞いた話によれば、70年程前に大きな戦争が起こり、それから草木一本も生えない土地になったという。
そのせいで町の北側は忌むべき場所とされ、自然とまともな人間はよりつかなくなった。
自ずと北側は人間も荒れ、スラム街が形成されていた。酒の匂いのする男や、化粧の匂いのする虚ろな目をした女。
ところどころで呼び込みをしている店には、メディの研究室以上に怪しい物体が陳列されている。
それらにあてられたせいで、ジークは先程から変わりもしない依頼書を眺めているのだ。
「早く抜けてしまおう」
いい加減それにも飽きて、依頼書を丸めようとすると、殴り書きされた小さなメモが視界の隅に写った。
「なんでしょう?」
もう一度依頼書を広げ、メモのあった裏側を見ると、
『角牛は今夜の夕食のメインにするため、1頭はまるごと持ってこい』
とあった。
「わかりました」
苦笑混じりに了承の言葉を口にすると、ジークは早足でスラムを抜けるのだった。
北に出る門に差し掛かり、門番に何か言われるかと心配になったが、門番は起きているのか眠っているのかわからない目でジークを一瞥すると、気味の悪い笑みを浮かべて通してしまった。
そんな門番に薄ら寒さを感じたが、美味い夕飯に一縷の望みをかけて進んでいく。
荒野に出ると、すぐに目標を視認できた。だがジークは知らなかった。角牛が常に20頭以上の群れを成して行動することを。
「あの人は、余程僕を試すのが好きらしいですねっ!」
向かってきた角牛の突進を紙一重で避ける。すれ違いざまに一撃食らわせ、鮮血が辺りに飛び散った。
「この数相手だと、流石に分が悪い、なら……」
思考を切り替える。己に迫る死をただ遠ざけるだけの、獣の如き闘争本能を、刹那に呼び起こす。
「くらえっ!」
掌を地面に叩き付ける。そこから走る地割れと、迸る紫電。雷撃魔法の一種だが、殺傷力は低く、角牛の動きを数秒止める程度だ。
その隙に、鮮血の飛び散った場所へと駆ける。まだ固まっていない液体を手に付着させ、それで手早く魔法陣を描く。
「この血を持つ者に束縛を!」
呪文の詠唱を皮切りに、魔法陣から触手のような赤い光りが大量に飛び出し、ようやく動き出そうとしていた角牛達を膝から折れるほどの強い束縛で静止させる。後は簡単だ。
側にいた1匹を剣で絶命させ、角を収納魔法から取り出した短剣で切り取る。夕飯分を確保し、他の牛の角も同様に切り取り、収納しておく。
依頼分を終えるころには束縛も解けていたが、元来臆病な魔獣である角牛は、仲間の1匹が殺され、9匹が自慢の武器を奪われたことに戦慄し、束縛が解けるなり逃げ出してしまった。
あまりにも必死に逃げる牛達を見て、ジークは申し訳ない気分になったが、それも数秒。背後に、巨大な気配を感じた。
「今度は逃げてはくれなさそうですね」
そして、逃げさせてもくれなさそうだと、眼前の強大な魔獣を見て覚悟した。