1.二人の出会い
白銀の髪と黄金の瞳を持つ少年の視界には、ただ、赤だけがある。燃える家、燃える人、誰かの泣き声。それらの要素が、少年の心を凍らせていく。火の熱さが増していく度、少年の精神は冷たくなっていく。やがて少年は、酷い眠気に襲われた。彼のいる場所は安全だった。母の腕の中で微睡む赤ん坊と同じように、その甘い誘惑に少年は従うのだった。
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この世界には大まかに6つの国がある。それぞれの国は、それぞれ違う種族が支配していた。一つ目はマギルス、人間が統治する、魔法技術の中心の大国だ。ここは主に人間が住んでいる。二つ目はエルフィーン、魔力と敏捷性に富む種族、エルフが住んでいる。三つ目はビストリア、獣の特徴を持つ獣人が駆ける国だ、四つ目はドワハルド、力と手先の器用さが自慢のドワーフ達が、日々工業の発展に力を注いでいる。五つ目はヒゾメ、かつては他の種族に恐れられた戦闘種族、魔人が鎬を削る魔国である。六つ目はフリエ、自由の国と謳われる、様々な種族が行き交う小国だ。物語はその小国、フリエで幕を開ける。
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かつて大規模かつ原因不明の魔法災害があったとされる、フリエ国の首都、シグラスから南にある森林、魔法災害があってから、入ることを禁止されてこそいないものの、寄りつく者がめっきりいなくなったその森を、一人の少女が当ても無さそうに歩いていた。しかし彼女は迷い込んだわけではない。彼女は神から与えられたという超常の力、魔法を使う魔術師だった。例の災害からこの森に自生するようになった、魔力によって変質した植物を採取するために、森の奥へと向かっているのだ。彼女の名はメディという。紅玉を溶かしたような髪、同色の瞳。自分の実力を高く評価しながらも過信はしていないということが伺える表情は、彼女が現代でも屈指の実力を持っていることを表している。彼女は一通りの仕事を終えると、ある程度開けた場所にある手頃な木の切り株に座った。
魔法災害があったとはいっても、この森に大きな危険は無い。数年間様々な理由でこの場所を訪れていたメディはよく知っている。それでも、魔力に当てられて変質し、凶暴化した獣、魔獣と呼ばれるそれがいつ襲いかかってくるかわからない。ある程度の気は張り詰めていなければならないのだ。幸い、この場所は視界が良く、仮に魔獣が襲ってきても対処が簡単だ。一時の安心に、メディはほう、と溜め息を吐き、森の静穏さを味わう。しばらくそこで休憩して、立ち上がろうとした、その時だった。
遠くで、何か固いものがぶつかり合う音が聞こえた。一瞬、獣同士の縄張り争いかとメディは考えたが、固いものの片方がどうやら金属音であるということに気が付き、人と獣が戦っているのだと確信した。この森にそう危険な魔獣は出ないが、一応様子を見に行こうと決めたメディは、音のするほうへ歩き出した。
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音の発生源はやはり人間と魔獣の戦闘だった。魔獣の方は巨大な熊型のもので、魔法や毒などは無いが、力だけなら目を見張る部分のある種だ。対する人間の方は、メディとそう変わらぬ歳格好、すなわち十五歳前後の少年である。少年は自らの身の丈程もある大剣を反則と言いたくなるような魔力放出で振り回し、魔獣と互角以上に渡り合っている。これなら平気そうだとメディが身を翻そうとした時、少年が彼女の方へ振り向き、何かを叫んだ。だがそれは、戦況を不利と悟って、目の前の敵より弱そうな獲物を見定めた魔獣がメディに飛びかかった際の風切り音でかき消された。自身に迫る魔獣をメディは無感動に眺めていたが、頭から食われそうになるその直前に、彼女は右腕を無造作に肩程まで上げた。
「自分より弱い者を探して狩る獣の本能を、考え無しと誹るつもりはないが……運が無かったな」
それを言い切る少し前に、メディの手からは尋常ならざる熱が放出された。それは爆炎となって、魔獣の顔面の毛を、皮を、肌を、肉を、そして骨を焼き尽くす。火という原始的で、かつ強力な暴力を一身に受けた魔獣は、哀れにも首から上を失って、地面に倒れ伏した。魔法、それは人の身では決して埋められぬ実力差のある存在との力関係を、ただの一撃で覆すほどの力を持っていた。
「そっちのお前、無事か」
今殺した魔獣には目もくれずメディは少年に声を掛けた。目の前で圧倒的な威力を持つ魔法を目にして呆けていた少年はそれで現実に引き戻されたようだった。
「は、はい、ありがとうございます!」
馬鹿丁寧な口調で直角に腰を曲げて感謝されると、メディはどこかむずがゆい気分になった。美しい赤毛の生える頭を掻き毟って、冷淡な声で答える。
「別に、降りかかった火の粉を払っただけさ、じゃあな、生きていればまたいずれ会うかもしれん」
社交辞令とも言えないような言葉を残して、メディは踵を返し、森の出口への道に行き先を変更した。メディを帰り道の案内人代わりにしているのだろう少年が付いてくるが、メディは気にせず歩いて行く。しばらく歩いて森の出口にさしかかると、少年が背後から声を上げた。
「あ、あの、僕、旅人で、今日、泊まる場所が無くて」
「それがどうした、街までは案内してやる、そこで宿を探せ」
「その、お金も、無くて」
「仕事なら街の真ん中の冒険者ギルドで受注出来る」
「もう、夕方じゃないですか」
これから何か仕事をしていれば夜になって、結局寝る場所が無い、ということを主張したいのだろう。メディは少し考えて、自分の妙な面倒見の良さに溜め息を吐いた。彼女は、男というものがそう好きではない、嫌いと断言してしまっても良いだろう。だが、この少年と話していると、嫌悪感が湧いてこなかった。こいつならいいか、と甘やかす気持ちが頭をもたげたのだ。
「わかった、なら私の家に泊まって構わない。ただ、長く滞在するつもりならそれなりの仕事はやってもらうぞ、いいな」
メディがそう言うと、少年は表情を輝かせ、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!お世話になります!僕、ジークって言います、あなたは?」
「私はメディ。巷では魔女とか呼ばれている。迷惑をかけてくれるなよ、ジーク」
振り向いて、改めて挨拶した時、メディは始めてまともにジークの顔を見た、銀髪と金の瞳が人間離れした美しさを醸し出している、印象的な少年だった。