1−4開戦の調べ
そうして秋葉原から歩いて俺たちは、本拠地があるらしい市ヶ谷の防衛省跡に向かった。戦争によって建物は跡形もなくなったが、竜二の仲間の大地を操る能力を持つ人と何人かで新たに拠点用の建物を作ったらしい。拠点といっても人が機械無しに作れるものなんてたかが知れていると思ったが、竜二に言わせると、なかなかどうして大したモノらしい。そんなことまでできるなんて異能力ってのは凄いもんだ。
俺もそんな能力が使えるだなんて未だに信じられない。本当に俺にも使えるのだろうか。
どこを歩いて見ても焼け崩れた文明の残骸しか目に入らない。かつては天を衝くような高さに感じたビル群達も今は鳴りを潜めてる。開けた空は、こんな時でも心を癒してくれるらしい。
息がつまるように感じた都会の空気は意外なほどに澄んでいて、人類はこの星にとってのウイルスだったのだと言われているようだった。
「東京ってこんなに広かったんだな」
「ああ、何もなくなっちまったからな。でもなんかスカッとした気がするよ。息が詰まるからな、人の多いとこってのは」
「わからなくもないけどな。あんたはそんなこと気にしないで生きてると思ってたよ」
「色々あんだよ、大人になるとな」
「そんなもんなのかな」
「そんなもんだよ。ならねえ方がいいぞ、大人になんてな。つっても今の世界じゃ子供のまんまじゃ生きていけねえけどな」
「どうすりゃいいんだよ…」
苦笑しながら俺が言うと、竜二はまたいたずらな笑みを浮かべた。
「さて無駄話もこのくらいにして…ッ!?」
辺りの空気が一変したのがわかった。先ほどまでの澄んだ空気はなく張り詰めた緊張感が漂ってきた。先ほど感じた竜二の殺気とは全く違うドロドロとした粘つくような殺気だ。
「累、下がってろ。どうやら敵さんのお出ましだ」
「敵ってこんなとこでいきなり仕掛けてくんのかよ!?」
「ああ…警戒はしてたんだがな。情報が漏れてたか、奴らの情報網が思いのほか広かったってこったあな」
この世界に生きるうえで、体験したことがあるものなどいなかったであろうウェイザー同士の戦いが今始まる。
「‘’プリトウェン‘’の山本竜二だな。ボスから手は出すなと言われているが、あんたみたいなおっさん俺の敵じゃねえ。そんなガキ守ったままで勝てるほど甘くねえぞォ!」
突然現れたその男は体格のいいゴロツキというような風貌をしていた。無造作に伸ばされ赤茶髪に、ギラギラと光る目がまるで獣のようだ。今すぐにでも飛びかかってきそうな勢いでこちらを睨みつけている。
「累、この戦いをよーく見ておけ。これが現実であり、お前が足を踏み入れなきゃならない世界だ」
竜二も油断なく身構えるとこちらを見ることなくそう言った。お互いの間に火花が散るかのような錯覚を覚えるほど、二つの殺気がぶつかり合う。
ふと気づくと硬く握り締めていた手のひらはびっしょりだ。額に流れる汗を拭う暇さえなく二人から目が離せなくなっていた。
動き出す予感がした。
「う、ウオオオォォォ!!」
男が急に苦しむように叫ぶと、体が黒い体毛に覆われだした。
筋肉が盛り上がり、目は狼のように鋭くなっていった。
その瞳孔は捕食者のそれであり、長く伸びた爪と牙からは死の匂いがする。
「俺の名前は、ローガン=マッケンジー。能力は見ての通り人狼化だぁ。この姿になると抑えが効かねえ。ハラワタ、食い破らせてもらうぜェ!」
「ワンコロがキャンキャン吠えやがる。発情してねえで、かかってこいや!」
二人の姿が消える。次の瞬間には二人の間合いはほとんどなくなり獣と人間は相対していた。
ローガンが鋭い爪を振り下ろし、それを竜二が紙一重で避ける。その繰り返しの様だが、竜二は防戦一方の様だ。
「おいおい。どうしたぁ!逃げるだけじゃあプリトウェンの名が泣くぜぇ!」
素人目からみても二人の動きは凄まじいが、身体能力に明らかな差がある様に思えた。
人狼の爪は風を切り裂く様に振り回され、かすっただけでも致命傷なのは火を見るより明らかだ。
ローガンの脚に力が入り、竜二の背後に一瞬で回る横薙ぎに放たれた強力な一撃を、竜二は後ろを見ることなく回避した。避けられると思っていなかったのか、一瞬ローガンの顔が驚きで歪むがすぐにまた戦闘狂らしく笑みニヤリと笑い、追撃を始める。
先ほどより一段階速さの増した爪撃はまるで小さな台風だ。
ギリギリでかわしていた竜二だったが、追い詰められたのか腕に軽い一撃を食らってしまった。
「くっ!」
「へっ!もらったぁ!餓狼の殲爪」
ローガンが踏み込み、大振りの追撃をかけようとしたその時だった。
「隙ありだ」
低く身を沈めて攻撃をかわした竜二が、くるりと回転し大股になっていたローガンに足払いをくりだした。
「なにぃッ!?」
体勢を崩したローガンに流れる様な動きで距離を詰めると、竜二は右手をローガンの腹に当て
「ーー衝撃」
ドォン!!
「がはっ!!」
ローガンの体を叩いたその衝撃は、遠く離れている累の肌にもビリビリと響いていた。
地面に強く打ち付けられ倒れ込んだローガンはもう立ち上がれない様だった。
「くっっそぉ…おっさんやるじゃねぇか…」
「お前は攻撃が大振りすぎる。俺と戦うにはまだ早かったな」
「…チッ…殺せよ。どうせ命令を無視したと知れれば幹部の野郎に操り人形にされる。そんなのはごめんだ」
「…美東凛華か。ろくなことしやがらねえな」
「俺は獣だ。縛られるなんて死ぬより許せねえ」
「お前は敵だが、悪くねえ相手だった。来世があったらまた会おうぜ。ローガン=マッケンジー」
「ありがとよ、山本竜二。じゃあな」
竜二は、ローガンの胸元に手を当てた。
「そうそう、ひとつだけ言っておくことがあった。…おれはまだ28だ。おっさんじゃねえよ」
「へっ…なんだよ、年下じゃねぇか」
その後、心臓への衝撃によってローガンは息を引き取った。
竜二はローガンの目元にサッと手をかざすと、瞳を閉じた。
竜二は立ち上がり、すこし目を伏せるとタバコに火をつけた。
「ーー累、これが戦いだ。どっちが強い弱いじゃねえ。敗者は死に、勝者はその命を背負う。今すぐじゃなくていい。その覚悟は決めておけ」
こちらを見ることなくそう話す竜二の背中に俺は何も言うことができなかった。




