1ー3 ウェイザー
何を言っているのかわからない。敵とは一体何のことだろうか。目の前の男は先程までの適当な雰囲気とは違い、怖い顔でこちらを睨んでいる。親しげな空気は一切消え、まるで別人かのようだ。
鋭い眼光は全身を居抜き、首筋に抜き身の刀を当てられているような気分だ。体が重圧を感じ、こわばっている。全身から冷や汗があふれ、口からは渇いた吐息がひゅうと漏れる。じっとりと垂れる汗を拭うことすらできず、カチカチという音に気付けば、それは自らの口から発せられている音のようだった。
何故だか理解できた。これはーー殺気だ。目の前の男は自分を殺そうとしているのだ。
逃げたい。今すぐここから逃げなくてはいけない。しかし、それをするにはあまりにも殺意というものに対して不慣れであった。体がまるで金縛りにあったように動かないのだ。指の一本でも動かせば、その瞬間にこの命は羽虫のごとく消え失せるだろう。
「疑わしきは罰せよってやつだ。悪く思うなよ、咲坂累」
竜二はゆっくりと手を前に突き出す。差し出した何も持たない掌からは異様なプレッシャーが感じとられた。一体何をするつもりなのか。その明確な答えは今ここにはない。でもこれだけはわかる。逃げないとやばい。ーー動け、動け!!
「ーー」
竜二が何かをつぶやいた。その瞬間、しんと周りの音が消えた。そして次の瞬間、体に凄まじい衝撃が走る。
まるで全身を強く打ち付けられたような痛み。肺の空気は一気に吐き出され、何かを考える暇もなく意識は闇に落ちた。
「ーーここは…っつ!」
目を覚ますと同時に、鈍い痛みが体を襲う。どうやら先程のダメージがまだ残っているようだ。口の中には鈍い鉄の味がして、不快感が込み上げてくる。辺りを見渡すと、竜二は先程は打って変わって元の、気の抜けたような顔をこちらに向けていた。
「よう、起きたか累」
「ーっ!竜二…!」
まだ大して力の入らない体を無理に起こして、竜二を睨みつける。
「おいおい、そんなに警戒すんかよ。もう何もしねーって」
「そんなこと言って信じられると思うか?こっちはいきなり襲われたんだぞ?敵だとかなんとか、ちゃんと説明してもらうぞ。そうじゃなきゃ到底納得なんか出来ないし、許してやらない」
敵意を剥き出しにして、拗ねたような仕草を取る。
先程あんなことをされた後だというのに、不思議と噛み付いた態度を取っても大丈夫なのだと分かっていた。
「…そうだな、悪かった。ただこっちにも事情ってもんがある。これから説明するが、あれは必要なことだった。とりあえずお前が敵じゃあないことはわかった。もうお前を襲ったりしねえよ」
「っだから!敵って何のことだよ!それにあの時俺に何したんだよ!全部説明しろよ!」
感情に任せて一気にまくしたてると、竜二は苦笑いしながら答えた。
「まあ、そう怒るなよ。悪かったっていってるじゃねえか。あの時お前になにをしたかは…そうだな、これから話すことはお前に取って突拍子もないことだろうが・・・嘘を言ってるわけじゃあない。いいか累、俺はなーー超能力が使える」
「ーーは?」
「別にからかってる訳じゃねえよ。俺は超能力が使えるんだ。あの時お前を攻撃したのはその超能力だ。…んで、俺の仲間たちもみんな超能力を使える。俺らはこの超能力者のことを‘’ウェイザー‘’って読んでるんだ」
「超能力者…ウェイザー…とてもじゃないが素直に信じれる話じゃない…が、それを実際に体験してるのも事実だな」
「まあいきなり信じれる方がおかしいさ。ただ、一見は百聞に如かずだ。まあもう一度見せてやる、よし動くなよ?」
そう言うと竜二はにやりと笑い、こちらに手を向ける。
「ま、待て待て!俺に対して使うなっ!やめろっ!!」
「かっかっか、冗談だ冗談。じゃあよぉーく見てろよ?ー衝撃」
あの時と同じだ。一瞬にして周りの空気が張りつめ、音がしん、と消える。そして次の瞬間どん!と音が鳴り響く。元々そこにあった壁は見る影もなく、大きな風穴を開けていた。
「ーーっすげぇ…」
「これでも大分手加減してる。まあ、脆くなってたんだろうな、お前の方が頑丈だ!かっかっか」
一歩間違えれば自分もこの壁のようになっていたかと思うと、怒りと恐怖がこみ上げてくる。キッと竜二を睨むと、うれしそうに満面の笑みを浮かべた。
間違いない、こいつ性格悪い。