クラリネット吹きは緊張する
「キャッ」・・またリードミスしてしまった。
指揮者の長部先生が、こちらを見てる。。今日は合奏で3度目だ。
先生が、目で私に退出の指示を出している。
「ユカリン、また、退出よ・・」
「調子悪いっていうより、根本が間違ってるんじゃない?」
そんなヒソヒソ声は聞こえないふうで、私は、クラリネットを持って音楽室を出た。
リードを確認したけれど、透明にもなってない、他のリードで試すも、
やはり「キャッ」って出てしまう。
楽器は、問題ない。この間調整に出したばかりだ。
音楽室に戻り、自主練習することを許してもらった。
合奏、終わったあとに、パートリーダーが、私のところに来て、楽器を
みてくれた。マウスピースを変え吹いてみてくれた。
めっちゃ、綺麗な音だった。いいな、うらやましい。あんな音を出したい。
私は、里田 由香里。高校2年生。吹奏楽部のクラリネット2パート。
楽器はクランポン。高校入学と同時に買ってもらった、自分の楽器。
最近、この「キャッ」音に悩まされている。
「ユカリンさ、力みすぎてない?」とパーリーの細田さん
「うん、なんか長部先生の顔が怖いというか、目をあわせたくない?」
一度、睨まれ怖くなって緊張してるのかも。
長部の目は、どうしても苦手だ。キャ音が世界で一番憎いって目だ。
そんな音を出す私も憎まれてる。
しかも、曲の大事な所で出るのだ、私のキャ音は。
ffで盛り上がってるところ。セカンドにしては高い音で緊張する所。
主旋律で間違えてはいけないって所。
”キャ”で水を差すようなもんだも。
その長部に、次の日、呼び出された。いやだな。怖い。いっそ部をやめるか?
相変わらずの目。下から探るような。
悪いところがあったら、遠慮なく罵倒しようと待ち構えてるような目だ。
これで、どうしても長部が怖かったら、部をやめよう。
そこまで覚悟したら、勇気がでて、音楽準備室の長部の所に行くことが出来た。
それなのに長部から出た言葉は、こっちがびっくりするような優しい言葉だった。
「里田、マウスピースをこの間、変えたと細田から聞いたが、ひょっとして
それが、楽器にあわないんじゃないか?」
「え?そういう事もありなんですか?」
「まあ、プロでも”キャ”音は、出るときもあるから、あまり神経質に
ならないようにな。マウスピース、もう一度調整してみるといい」
実は優しかった長部は、合奏中は鬼に変身するのだ。
だらけてたり、合奏中の私語で退出は当然として、音あわせの基本Bフラットすら
あってないものは、チューナーと一緒に退出。
合奏中も容赦なく、演奏をとめ、こまごまと指示をだし、出来るまで繰り返させる。
あげるときりがない。
さて、マウスピースをとりあえず前のものに変えると、あの不快な音が減った。
やれやれ、じゃあ、このマウスピースのメーカーと同じのを買うといいのね。
又、両親に頼みこまなければいけない。
万全の体制で合奏に望む。
長部を恐る恐るみると、眼鏡をかけていた。先生、目、悪かった?
「いや~。どうも乱視だったようでね。検査で言われたよ。よく眼鏡なしで
やってるって。」
そういう長部の目は、キャ音を出す私を睨む目ではない。
なんだ、目の悪いせいだったのね。
目は優しくなっても、やっぱり合奏中は鬼の長部だったけどね