デルガト攻略3
カトチャ村前線司令部では、デルガト攻略の為の最終調整が進んでいた。
すでに攻撃拠点の基礎工事は終わり、火砲の搬入が始まっている。
「ガードルート中尉、ユーイル榴弾砲を受理して戻りました」
ガードルート中尉が軍人礼で報告してくる。
「御苦労であった。報告は我の天幕で受ける」
ガードルート中尉は、ユーイルから運ばれてきた新開発の榴弾砲をフォロスで受け取りカトチャまで運ぶ部隊の指揮をとっていた。
ガルムント砲は直接照準での攻撃を得意とするカノン砲。
ガードルート中尉が運んできた榴弾砲は、間接照準射撃の曲射攻撃を得意とする、大口径短砲身長の火砲だ。
この砲から、量産はガルムントからユーイルに移している。
とてもではないが、山奥のガルムントでは量産は難しい上に、移動も困難なのだ。
現在、ガルムント・ユーイルでの兵器生産と兵站を管理しているのはメアリーアン。
昇進して兵站総指揮をまかせ、上級大佐になった。
現状では、平民軍での最高位である。
本当は将軍に就かせたかったが、現状で貴族位に無い者が将軍を名乗るのは問題が多いのだ。
それに、将軍を任命できるのは国王か。その代理者に限られる。
ユーイル榴弾砲到着とほぼ同時に、王都ニネアから商人団と移動娼館が到着した。
その商人団の一つは、カラレバナ商会であった。
「おお、ニコラスではないあ。久しぶりだな」
私が声をかけると。
「お声をかけていただき光栄でございます、ユリアナ姫殿下」
と、平民礼をする。
「まあ、つもる話もあるでのぉ。ちょっとコチラへ来い」
私は、自分用の天幕へとニコラスを誘う。
「姫殿下、そちらの方は?」
「ああ、こいつは……」
と紹介しようしたが。
「カラレバナ商会のニコラス・コールです。美しいお嬢さん」
ニコラスは、いつの間にかガードルート中尉の前に行っている。
あいかわらすの女たらしだ。
「おい、公務中じゃぞ」
「はひぃ、失礼しました!」
「おお、声も美しい。その鈴を鳴らしたような声で私のことを『ニック』と呼んではくださいませんか?」
「ひぃぃ!」
まったく。
「私が注意したのはニコラスの方じゃぞ。ニックと呼ばれたいなら、私が呼んでやろうか」
「おやおや、かわいい姫殿下に何の不満がありましょか」
いや、ガートルートには美しいで、私にはかわいいか?
胸のサイズは、あんまり変わらないのに、なんで扱いが違う!
いや……私の方がチョットちいさいかな。
チョットだけだぞ。
「公務中だと言っているのだニコラス。ガードルート中尉も気にするな、虫けらが鳴いているとでも思え」
「は、はひぃ!」
「おおぅ~」
私が虫けら呼ばわりしたのに、何だか嬉しそうなニコラス。
もしかして……ドМ?
「カラレバナ商会って、プリンセスキャップのですか?」
「感染予防サックじゃ!」
ガードルート中尉が言葉に出した俗称に、私は思わず正式商品名を叫んでいた。
「ユリアナ様、もうプリンセスキャップで良いのではありませんか?」
「良いわけがあるかぁ!」
ニコラスの提案を、私は即断で却下した。
この世界で『コンドーム』に相当する商品を開発して販売しているのは私である。
これは、感染症予防・人口抑制を狙った他に、軍需物資であるゴムを確保する名目が欲しかったからだ。
ところが、平民軍での普及を目指したら、いつの間にか『姫殿下の帽子』との異名が付いてしまい。その名前が一般化してしまった。
かりにも国王家が統治している国家で、公式に避妊具の名前に王室位を表すプリンセスを使う訳にはいかない。
しかし、俗称となると、禁止するのは難しい。
このままでは、私は『ゴム避妊具を発明し普及させた姫』として後世に名を残しそうだ。
ちょっとだけ、後悔している。
しかし、戦場における性処理問題は、どのような軍組織でも考慮すべき重要な問題だ。
下手な処理をすると、後世へと問題を残す事となる。
重要な事であるから、重ねて言うが。
どのような軍事組織であろうと、戦場での性処理問題は、軍が直接に管理する重要な項目だ。
この点は、決して忘れてはいけない。
「まあ、そのカラレバナ商会だ。私が出資してつくらせたのでな。まあ、身内じゃな」
「やっぱりアレって姫殿下のだったんですね」
いや、そうだけど。
地味にへこむからやめて。
とは言え、避妊具を商品として扱う事で、本来は戦略物資であるゴムの取引や栽培誘致を警戒されずにスムーズに行えている。
その上、主力の販売先は娼館である。
ここに食い込む事で、アンダーグランドの情報も集めやすい。
その効果は一石二鳥以上ではないか!
私の評価が多少アレになるくらいは……容認しよう。
そんな事をしていると、メイド姿のグレタ・ジェイがお茶を持ってきた。
とたんにニコラスの目が獲物をとらえた獣それになるが、グレタから睨み返されると、なんか微妙な顔で「イイ~」と小声で囁いておとなしくなった。
なんだ?
おとなしくするなら、いいけど。
グレタが後ろに控えるのを待って、私はニコラスに声をかける。
「それで、依頼した件の調べはついたのか?」
「それなんですが……一言で言うと異常です」
ニコラスは一口お茶を飲むと話し始めた。
「姫殿下からパニア家についての調べろと依頼でしたが。ここしばらくパニア家で、娼館へ遊びに来る客がほとんどいないのですよ。その上、来た客もグチや世間話をしないそうで」
もちろん、パニアはマウリス王家の公式な情報機関だ。
情報機関員が、軽々しく娼婦に機密を話すとは思えない。
だが、若い独身男性も多い職場であるなら、風俗に通う輩もそれなりにいる。
それが、極端に減るとなれば……。
「では、王宮は?」
「そちらの方こそガチガチですよ。私らでは近づく事もできません」
「ならば貴族街の様子はどうじゃ」
「静かですね。静かすぎるくらいです」
これは情報統制どころか、厳戒令が出ていないか?
「下町は?」
「そっちは賑やかですよ。人が増えましたからね」
流民と無償医療の影響で王都の人口は増加している。
「ほう、そんなにか?」
「ええ、この頃は安い酒やら旨い屋台が増えましてね。なんでも、南部からの流民が持ちこんだとかで」
南部からの流人? なんかひっかかる。
「その安い酒と屋台の旨いものを持ってこれるか?」
「それなら、娼館が屋台も開くそうですから、あとから持ってまいりましょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
私には、なにか大きな流れが足元で渦巻いている気がした。
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