和平交渉1
白旗を掲げたルイス伍長がトボトボと歩いていゆく。
少し歩いて、途中で止まり。振り返って情けない顔で私を見ている。
いや、さっさと行けよ!
私が睨むと、ビクッとして、またトボトボと歩きだした。
白旗を掲げて……
よしよし。
さて、ルイス伍長には軍使として、私の親書を携えてデルガト城へと歩いてゆく。
しかし、何だかルイスの後ろ姿は『悲惨な戦争の記録』みたいになっているな。
軍使なんだからさぁ。堂々としてよ!
「うわぁぁん。怖かったですぅアンジェラ様ぁ」
「良くやったぞルイス。立派だったぞ」
「あじがどうがざいまずぅ、アンジェラざまぁ~」
立派に軍使の役目を果たしたルイスは、返書を託されて帰ってきた。
軍使には、最初はアンジェラが立候補していたのだが。
あいつは、何だか喧嘩売りそうで任せられないんだよなあ。
「ルイスの奴、無事に帰ってこれてよかったであります」
「カペラ、お前どこへいってたんだ」
アンジェラが使えないので、喧嘩を売る心配のないカペラを使いたいと、私は思っていたのだ。
「ちょっと腹の具合が……であります」
嘘だな!
さて、無事に南部自治団との渡りが出来たので、さっそくに和平を目指しての会談と行きますか。
議題は『ここは私の実家なので出ていけ』である。
「いきなり出てゆけとは! これは和平の話し合いでは無かったのですか」
平民にしては身なりのよい中年男が、私の『和平の提案』を聞いて激オコであった。
解せん!
道理にかなった話をしているのだがな。
「怒鳴るではない。ここは平和的に紛争を解決する場であるぞ」
身なりのわりに礼儀を知らん奴だな。
「ですが、寄る辺もない我らに直ぐに出てゆけなどと。非情にもほどがありましょう」
「即刻に退去するのなら、罪も問わんし私有財産の持ち出しも許そうと言うのだ。寛容であろう」
私は笑顔で言うと、相手は何故か恐ろしそうな表情を浮かべた。
何故だ?
さて、この場であるが。
カトチャ村につくった天幕である。
ここを、和平会談会場とした。
先のルイス軍使に持たせた親書には『この事態を平和的に解決する用意があるので、会談を持ちたい。会談場所はカトチャ村に用意した』と書いた。南部自治団からの返書は『会談を受け入れる。明日カトチャ村に代表を送る』であった。
会談場所の変更を希望するかとも思っていたが、素直に応じてくれたので驚いた。
代表がバカなのか。
あるいは、会談に出向く者が死んでもイイと思う者が首領なのか?
さて、国土を奪われた場合の対応は『即座に出ていけ』が基本である。それ以外の対応は『この国は国土を守る気が無い』と周辺諸国に宣言するに等しい。
奪った側は『この土地は〇〇なので私の土地だ』と言い返す。
これが、平和交渉の様式である。
〇〇には『歴史的には』とか『我が同胞が住んでいる』とか『今は私が統治している』とか『ここはお前の土地じゃないだろう』とかが入る。
まあ、理屈などは後付けでどうとでもなる。
さて『南部自治団』であるが、デルガトに少数の南部流人が流れ込んできたのが発端であった。その後も南部流民の流入が続き、元々人口が少なかったデルガトでは、いつの間にか南部流人の方が多くなってしまった。
そして、元住民との間でトラブルが頻発すると南部流人は傭兵を雇って武装し、アッと言う間にデルガトを占領してしまったらしい。
随分と有能な傭兵がいたものである。
代官の資料では傭兵の大半は南大陸出身の獣人族であるケモノフレンド達らしい。
しかし、会談の場にはケモフレの姿は無い。
南部流人団が雇い主であるならば、護衛としてケモフレが混ざっているのが普通だ。
どうも、おかしい。
「ここは私の実家でもある王領じゃ。それを武力で犯したのだ。さらし首も覚悟であろう?」
「我々は、わが身を守っただけです。自治を認めてくだされば、王家に従います。代官も受け入れます」
「我は出て行け、と申したはずだが? 聞こえなかったかのぉ」
いや、そもそも自治を認めるなら王家に従うって、言ってる事が矛盾してないか?
私が自治を認めるって言ってから、王家の命である出ていけって言ったら出て行くの?
「私たちも同じマウリスの民でございますぞ。なぜに受け入れてくださらないのですか?」
「マウリスの民であると主張するならば、マウリスの法を守れ! 今の貴様たちは罪人じゃ」
「マウリスの法では、平民は貴族に保護されるべきと記されております。なぜ我々は保護されないのですか」
「ふむ、よく学んでおるな。その通りじゃ。平民は貴族に保護されるべきで、貴族は平民を保護しなくてはならん」
「でありますなら」
「貴様たちは、なぜ流民となった? 貴様たちを捨てた領主は誰じゃ?」
「それは……」
「我の軍団で、元の領地に送り届けよう。元の暮らしに戻りたいであろう? 我が王令で受け入れるように働きかけても良いぞ」
「……私たちは、この土地に住みたいのです」
「それを決めるのは貴様らでは無い。領主である王家じゃ」
会談は平行線であった。
予定通りに……。
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