王立造船所にて
デルガト半島で一揆が発生した。
さて、デルガト半島である。
マウリス内海に飛び出した半島で周囲は断崖絶壁だが、半島の中央部は広い平地が広がっている。
半島と本土を結ぶ道は、山と海に挟まれた、かなり細い地形だ。
そして、この半島自体が巨大な要塞であり穀倉地帯であることが最大の特徴。
断崖の切れ目のような水路から入る港が一つある。
中型までの帆船なら入出港が可能だ。ちなみに水門と機械弓に守られている。
つまり、デルガト半島は周囲の絶壁が天然の城壁であり、細い地形に築かれた城壁の門を閉ざされると、堅城と化してしまう。しかも、半島中央には耕地や池、森までもがあり、籠城をしても食料や水に困る事がない。
言ってしまえば、デルガト半島は小さな独立国なのだ。
しかし、デルガト半島は地政学的には大して意味が無い土地だ。
マウリス内海は、マウリス王家が完全に支配する海。
主要航路や中継港としても不便な位置にあり、幹線街道や運河も通っていない。
政治的な意味では、我がマウリス家誕生の地であり、王家直轄地であると言う事くらいだ。
しかし『王族の冠婚葬祭の儀はデルガト聖堂で行われる』のが習わし。
私は、早くヨアヒムと婚約アンド結婚がしたい。
その上に『王家の直轄地で一揆を起こされる』自体が醜態だ。
これの制圧に手間取ったり、他の貴族に応援を求めるようでは、王家の権威が下がる。
現在の貴族制から王家による中央集権を経て民主化を目指す私としては『迅速にキレイに処理したい事案』だ。
そして、国内での流民の発生自体が解決すべき問題である。
原因は、医療改革による人口増加と南部での政治問題だ。
特に南部での政治問題は、私としては容認できない。
南部でケーニヒス公爵らが進める政策は、獣人奴隷を中間層にすえた強固な身分制度の制定である。
前世地球の歴史でも、欧米諸国が植民地で多く使った手法だ。
この身分制度は、一度固まると共通意識の根底から縛られてしまい、解きほぐすのが困難なのだ。
短期間で確実に解決する方法は『徹底的な内戦の実行』と私は思っている。
それを実行できない前世地球では、人工的身分制度の解消に失敗し続けているように見える。
まあ、あくまで私見であるが。
前世地球日本で暮らしていたときは、この植民地政策はよその国の事と思っていた。
しかし、今思うと、前世日本こそが、造られた共通意識による植民地政策に縛られた国であったのではないかとも思う。
かつて、一つの国として共に戦った仲間。
それが、敗戦後には二つに分けられ、仲間であった歴史をお互いに嫌悪している。
それが、自然な心なのか。捏造された共通意識なのか。
異なる世界に来てしまった身としては、もはや確かめようもない。
話を戻す。
しかし、この状況は、捉え方によっては好機ともいえる。
先にも言ったが、平民軍が堂々と軍事行動を出来る機会が出来たのである。
さらに、利害やらなにやらで身動きが出来ない騎士団を、新しい武器を運用する平民が出し抜くのである。
痛快ではないか。
さらに、平民が王家の命を直接に受けて、国家の為に戦うのでだ。
この出兵を上手く利用すれば、民主化の第一歩である『絶対王政』への移行を進められかもしれない。
慎重に事を進めなくてはならないが、大胆さも必要となる。
困難だが、やりがいのある事態だ。
さておきガルムントから出発した『ユリアナ私兵団』はユーイルで補給を行いつつ、陸路と水路を使ってデルガト半島に近い地方都市であるフォロスダムを目指す。
ここで平民軍をユリアナ私兵団と仮に呼ぶのは、まあ、公式に軍を名乗れないのと、周辺貴族達への配慮なのだ。
部隊内では平民軍と言っているが、公式文書では『ユリアナが率いる私兵の集団』として処理される。
お役所仕事なのでしかたがないのだ。
さて、フォロスダムはデルガトから馬車で一日の距離にあり、幹線街道や運河に港もある主要地方都市だ。
計画では、後方兵站基地としてフォルスダムを利用して、デルガトとフォルスダムの間に攻略拠点を築く。
とりあえず、王家所有のユーイル造船所の迎賓館を借りて、仮の陣屋として、軍団の遠征準備を進めている。そこに来客があった。
「ユリアナ様。バジル・リステン殿がおいでです」
グレタが取り次ぎ。
「うむ。すぐに会おう」
私は即答した。
ユーイル王立造船所の貴賓室で私は来客を迎えた。
待っていたのは、日に焼けた精悍な風貌の老人である。
「バジル・リステンであります。ユリアナ姫殿下の命により参りました」
ビシッと軍礼を決めているが、次の瞬間に破顔して。
「こんな爺を引きずり出さんでも、若い者がおりましょうに」
と、気軽に話し始める。
好感のもてる人物だ。
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