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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
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グリム連邦

 テレサ女史の話をしよう。

 家名はエルトア--エッセン公爵に仕える男爵家の長女で兄が一人。

 その兄が家を継いで幻獣騎士団に勤務している。

 彼女は、天恵者ではなかった。

 言語学の才があり、ダンカン殿が公爵位にあったころ、スカウトされて『現代地球言語』を学んだらしい。その後の仕事は、エッセン公爵家が集めた『現代地球言語』で書かれた資料の翻訳や天恵者の通訳などをしていたらしい。

 そして、それら異世界の知恵を元に、ダンカン殿が運営するフランシス工房で『現代地球知識』を応用したオーバーテクノロジーデバイスを作っていた。

 そのうちの一部のものは、商品として一般に流通させたり、技術を公開して市場を活性化させたりしていた。

 この活動は、エッセン公爵家代々の事業ではあるが、成果が出始めてのはダンカン殿が公爵位についてかららしい。


 つまり、私が『この世界の技術レベルには不合理がある』と感じている点は、やはりフランシス工房が震源であり。

 それは、エッセン公爵家の仕業と言えた。


 ちなみに、フランシスとはダンカン殿の祖母の名前との事。


 そんな風に仕事上の付き合いをしていたダンカン殿とテレサ女史は、男女の仲では無いが、親しい仲間ではあった。

 だが、ダンカン殿が正室を失い、病が元で脚も失い、爵位を息子に譲って貴族社会から引退した頃から、テレサ女史との仲が親密なものとなり、やがて男女の仲へと進展してゆく。

 この辺の詳しい話も聞いたが……単なる惚気話なので割愛する。


「では他国での天恵者の扱いはどうなのじゃ?」

 私はテレサ女史に問う。

「他国において『現代地球語』の翻訳に成功しているのはウルオン帝国だけと聞いております」

 ウルオンか。

 しかし、あの国は『現代地球の技術』が定着しているとは言いがたい。

「ウルオン帝国では、天恵者は知識奴隷として皇帝が一括に管理していると事です」

 知識奴隷か。

 奴隷の仕事とは、単純作業や過酷な作業をさせるものとの相場があるが。それ以外にも芸能や知識や技能に優れた者が、その特殊才能で主に仕える奴隷もある。

「では、皇帝は『現代地球の知識』を所有しているが、活用はしていないのか」

「そのようですね」

 なるほど。

「それはコレクションだな」

 どうやらウルオン皇帝にとっては天恵者も珍獣や珍品と同じなのだろう。

 集めて眺めて喜んでいるが、それ以上は求めていない。

 いや、案外に『現代知識』の扱いに困って、囲い込んでいるのかもしれないな。

 野放図に巷に流れると、国を乱す元になる。

 それならば、合理的な判断といえるな。


「では、セリアは……いや、グリム連邦はどうなのだ」

 グリム連邦とは、旧セリア連邦の事である。

 先ごろ開かれた『第一回連邦議会』において『セリア共和国を盟主とする各共和国は、相談(グリム)によって連邦を運営する』との宣言を発表し、国名をグリム連邦に改めた。

 さておき。

「セリア王国のころは『現代地球語』の翻訳には失敗しているようでした。なにしろ、天恵者を『失語病』と言う病気であるとしていました」

「ほう、『失語病』とはなあ」

 天恵により現代地球の知識だけを受け取った者は、それが断片であれば元の記憶を失わない。

 だが、まるごと一人分の知識と記憶を受け取ると、原因は不明だが、元の記憶や知識を失ってしまう。

 現象だけを見れば、それは言葉を失ってしまう病と考えられる。

「ただ、アスラン・ド・アズナブルが現れてからは違います」

 私はテレサ女史の言葉に頷き。

「アスランが我と同じような天恵者なのか。おぬしと同じような『現代地球言語』を習得している者なのか。それは分からんか?」

「それは私の分を超えた事柄でございますわ」

 まあ、そうだな。

 これは、国家情報機関が扱うような情報だ。

 後で、グレタかミランダに聞こう。

 いや、両方に聞いて情報精度を上げた方が良いかな?

「そうであるな。すまなかった」

 

 ここまで長々とテレサ女史と話しながら、彼女がココにいる理由を聞いていなかった。

 そうえば、ダンカン殿と会話中にフラフラと歩きだしてココに来ているのだ。


「もしかして……おぬしは我を探してココに来たのか?」

「はい、我主(マイマスター)の命でユリアナ様をお探しておりました」

「それは……ご苦労であったな」

「もったいないお言葉でございますわ」

 テレサ女史は、立ち上がると。

「では、私はこれにてご無礼をさせていただきます。侍女もお待ちのようですし、私も我主(マイマスター)に報告しなければいけませんし」

 と言い、一礼して庭園から屋敷へと向かう。

 テレサ女史の姿を視線で追うと、屋敷の庇の下に一人侍女が立っている。

 私個人が雇用しているメイド兼情報員のグレタ・ジェイだ。


「失礼いたします姫殿下。ハンナ様の件ですが……」

 私が命じた調査の報告に来たグレタであったが。

「その件は後で聞こう……それよりもじゃ」

 私は、先ほどテレサ女史に語った質問をグレタに投げかけた。

「なるほど……アスラン自身が天恵者なのか? もしくは、天恵者の情報を収集し解析する組織を持っているのか? でございますね」

 グレタは瞼を閉じて考えに集中した。

「これは私見ではございますが……」

 しばらく考えたグレタが話はじめた。

「両方ではないでしょうか?」

「両方?」

 私はグレタの言葉をオウムのように繰り返してしまう。

「はい。総帥……いえ、アスランが大砲や銃を用意した段取りを考えますと、すでに基礎的な工業力があったと考えなくては辻褄があいません」

「それでは、たとえばセリアには近代地球的な製鉄所が昔からあったとでもいうのか?」

「その可能性があります。ですが、一般には知られていませんでしたので。アズナブル家が秘匿しながら作っていたのではないかと思われます」

「アズナブル家は裕福な家なのか?」

 私の質問にグレタは首肯で答えた。

「それでは、アスラン自身が天恵者と思われる理由は?」

「彼の性癖です。アレは異世界の影響が直接になければ説明ができません」

 なるほど、道理だな。

「これは……フランシス工房を手に入れても、安心はできないな」

 すでにアスランは私の先の先を歩いていた。


 このままでは、グリム連邦はナポレオン時代どころかWW1からWW2レベルの兵器を出してきそうだ。

 

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