異世界への流竄
フランシス工房の持ち主が、なんと前のエッセン公爵であるダンカン殿であったとは驚きだが。
ならば、私はフランシス工房の持ち主と知り合いと言う訳で。
それなら、私はダンカン殿にフランシス工房の譲渡をお願いするのが筋というもの。
なんで、アイリス殿はフランシス工房の件をテレサ女史に聞いたのだろうか?
さておき。
「そう言えば、ユリアナ姫様は我が孫、ヨアヒムと婚約していただいとか。いや、ありがたいことだ。なにより、めでたい」
フランシス工房の事を考えていた私に、ダンカン殿が婚約を祝ってくれる。
「我の方こそ、よろしくお願いしたいのじゃ。不束者ゆえ、色々と教えてほしい」
私の言葉に、大きく首肯したダンカン殿。
「ワシらの方こそ、色々教えを請わねばならんと思っておる」
「ヨアヒムは我が孫ながら、なかなかに良く育った思っておるが、少々軟弱に見られる事が心配であったのだが」
ああ、そういえば。髭を伸ばす前のヨアヒムって女顔だったよね。
「髭を生やすようにアドバイスしましてな。それからは、少しは男前になったと思っております」
ええ! それでは。
「ヨアヒム殿の髭は……ダンカン殿が?」
「アドバイスをしただけです。気にいられましたか?」
私はサムズアップして『グッジョブ!』と叫びたかった。
いいね!ボタンがあったら100万回くらいは押したかった。
でも、心の中だけにしておいく。
少しは自重を覚えたね、私。偉いぞ。
「うむ……まだまだじゃが……少し、良かったぞ」
言ってから、耳が熱くなっているのに気が付く。
いま、私の耳は真っ赤だ……恥ずかしい。
いや、ダンカン殿……ニヤニヤして見ないで!
無表情で睨むなよ! 怖いよ、テレサ女史。
とにかく、話を戻そう。
この話題は地雷原だ。
そう思っていると。
「では私は『ベローチェ号』の点検をしてまいりますわ」
と言いながら、テレサ殿が席を立った。
「それは後でも良いではないか」
「いえ、発電機の蒸気ピストンに水垢が付いたらしく、動きが悪いのですわ。炉が冷める前なら掃除が簡単ですので、今のうちに」
「なるほど、それなら仕方がないか」
「それでは、姫殿下、ご無礼致しますわ。ご主人様、失礼いたしますわ」
止めようとしたダンカン殿も、納得したのかテレサ殿を見送った。
「ダンカン殿、ベローチェ号とは何なのじゃ?」
「テレサが乗ってまいりました、馬無し蒸気馬車でございますよ」
ああ、あれか……ただの蒸気車両に固有名があるのか。
いや、今の状況ならば、蒸気機関自体が貴重品だ。
しかも、長距離走行が可能で、発電機に真空管無線機まで搭載しているならば『固有名』を与えるのも当然だな。
「ところでダンカン殿。いろいろなカラクリ(オーパーツ)をつくっておいでじゃが……このアイデアはどこからかな?」
「もちろん、天恵の知恵ですよ。姫殿下……いや、ユリアナ殿と呼ばせていただいた方がよろしいかな?」
「ヨアヒムにはユリアナと呼んで欲しいとお願いしているのじゃ。ダンカン殿もおなじでお願いする」
「いやいや、これは難題だ。う~む……真に敬称無しでよろしいのかな?」
「公式の場では困りますが、プライベートなら問題ないかと」
たぶん、問題無いよね。
「ははは、ではユリアナや。ワシの事は……お爺さまとでも読んでくれんか」
ガーン!
言われて気がついた。
ヨアヒムと結婚したら、ダンカン殿は私の義祖父ではないか。
「そうじゃな……それは気がつかなんだのお……では……」
言おうとすると、意外に照れる。
初恋の人を、お爺さまと呼ぶとか。
どんな紆余曲折なんだろうか?
いや、うれしいけど……いまならまだ、お膝の上に座らせてください も お髭に触らせてください もOKだろうか?
いやいや、違う!
問題がズレた。
「ダンカンお爺さま、お聞きしたい事があるのじゃが?」
私の言葉を聞いたダンカン殿は笑いながら。
「ははは、なにが聞きたいのかな、ユリアナや」
「お爺さまの持つ『天恵の知恵』の情報源を教えて欲しい」
一瞬だけ渋い顔になったが、ダンカン殿は再び笑顔になり。
「やはりユリアナは、ソレが気にかかるか?」
「はい」
ダンカン殿の問いに、私は首肯して答えた。
「さて、どこから説明するかな……」
ダンカン殿は少し考え込んで。
「ユリアナや、そなたは天恵者で間違いはないのだな」
「はい、私は異世界の知恵を持つ『天恵者』じゃ」
「なら、他の天恵者に会ったことはあるかな?」
私以外の天恵者?
ライアは天恵者かもしれないが、他はアルベルト前王とアスラン総統くらいかな。
でも、アルベルト前王もアスラン総統にも会ったことは無いな。
「天恵者らしい者が私に仕える者に一人おるが、他には会ったことはないのじゃ」
「それでは、その天恵者は『現代地球』の事を知っておるかな?」
私はライアの事を考えた。
「たぶん、知らぬだろう。あれは自分が使っている異世界の剣術を自分のオリジナルと思い込んでおる。他の事は何も知らぬと思うのじゃ」
私の言葉を聞いたダンカン殿は深く首肯して。
「その者は厳密な意味では天恵者とは呼ばぬな。単なる天才と認識される者でしょう」
なに?
だが、ライアの剣術は確かに居合い抜刀術だが。
「ユリアナには異世界『現代地球』の知識がある。だから、その者の技が異世界の技だと分かる。違うかな」
「もちろんだ。オリジナルの技を知らない者には……」
そこまで言った私は、ダンカン殿の言葉の意味が分かる。
「そうだな。オリジナルを知らなければ、それがコピーだとは気がつかない」
「それでは……」
「多くの者が気がついていないだけだが。この世には、ほんの少しだけ『現代地球』の知恵や技を受け継いで生きる者が意外に多くおるのだよ」
そして、その者らは良ければ『天才』とか『異才』、悪ければ『変人』と呼ばれる。
「そのような者が多くおるのか?」
「確かな事は分からんが、私が領主の時に調べただけで百人以上の者が『現代地球』の情報を持っていた」
なんと、驚きの事実だ。
あれ? いや、待てよ。
「どうやって、その情報がオリジナルで無いと判断をしたのじゃ?」
私は疑問を投げかけた。
「ワシには……いや、エッセン家は『現代地球』の情報を『天恵者』を保護して集めていたのだよ」
天恵者を保護?
「天恵者を雇用したとか、捕らえて尋問したとかでは無いのか?」
少し間をおいてダンカン殿が話し出した。
「落ち着いて聞いて欲しいが、この世界と『現代地球』の二つ世界の事を、そのままに理解している者は、ワシが知っている内では、ユリアナだけだ」
私だけ?
「一般に『天恵者』として保護された者は、この世界の知恵を失い『現代地球』の知恵だけを持つ者だ」
失う……それでは……
「そんな! それでは、言葉も通じないし。自分の家族も分からなくなるでは」
そこまで言い放った私の言葉にダンカン殿は深く頷いて肯定し。
「そうだ。天恵者は言葉を失い家族も友人も失う。だから、保護が必要なのだ」
そんな……それは。
「異世界への流竄ではないか」
流竄とは流罪の事です。
いわゆる島流しですね。




