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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
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天を渡る波の音は 3

「お見事です、姫殿下。あの写真だけで、そこまで分かるとは感服いたしました」


 私の『電波灯台』の答えを聞いたテレサ女史は、乾いた拍手を贈ってくれた。

 いや、喜んでいるなら笑顔をつくろうよ。


「姫殿下にはAプラスオーバーである『S』を贈ります」

 

「それは嬉しいが……正直に言うと、あのヒントが無ければ確信が持てなかったのじゃがね」


 私が窓の外の蒸気車両を指さして言うと。


「なるほど……あの『八木アンテナ』がヒントになりましたか……では評価はAプラスですね」


 あらら、評価さがっちゃったよ。


 テレサ女史が乗ってきた蒸気車両の天井には2本の金属細工が取り付けれている。

 その金属細工は現代地球人なら『テレビアンテナ』と答えるだろう。

 そのテレビアンテナこそが、強い指向性を持つコンパクトなアンテナである八木アンテナなのだ。


「とは言え、そこまでお答えいただいては『我が(マスター)』に紹介しなくてはなりせんね」


「マスター?」


 テレサ女史はフランシス工房の持ち主では無いのか?


「はい、我が主ダンカン様にご紹介させていただきます」

「おぬしは、フランシス工房の主ではなかったのか?」

「そのような不遜な誤解を招くような言動をいたしましたしら? 私は一介の使用人サーバントですわ」

 しかし、それでは、あの場所にアイリス夫人と一緒にいた理由が分からない。

「おぬしが一介の使用人とは思えんな。アイリス公爵夫人と親しそうだったが」

 その言葉に、私の疑問を理解したのか小さく首肯して。

「アイリス様には翻訳の仕事でお付き合いをさせていただいております」

 翻訳?

「テレサ殿はフランシス工房の職人では無いのか?」

「私の専門は『現代地球言語』ですわ」




 私とテレサ女史は蒸気車両の中にいる。


 その車内は、一般的な箱馬車とは大きく違って、作り付けの金属パネルから無数のスイッチやダイヤルが生えている有様で。それは、どう見てもWW1時代の無線通信施設のようであった。

 テレサ女史が一つのスイッチを押すと、金属パネルの隙間から仄かな明かりが見える。

 それはLEDのような光では無く、懐かしい白熱電球に近いものだった。

「真空管か?」

 テレサ女史はレシーバーらしい金属のイヤーマフを耳に当てて天井に生えたハンドルをグルグルと回しだした。

 何度かハンドルとダイヤルを操作したテレサ女史は、大型卓上ホチキスのような器具に手を伸ばすと、その器具のノブのような部品を奇妙なリズムで叩いた。

 しばらくすると、金属パネルのランプの一つが不規則に明滅し、合わせてスピーカーから『ピピ……ピーピピー』と言うような電子音が流れてきた。


「モールス信号通信……どこと通信している?」

「我が(マイマスター)と。ダンカン様は姫殿下に船をガルムントに降ろしてもよいか? と訪ねておられます」

 船を? ガルムントに?

 なんの冗談だ?

 ……いや、まさか……

「船が来ているのか?」

 テレサ女史は小さく首肯した。



 テレサ女史に同行していた騎士や従者が、ガルムント郊外の平民軍演習場に集まっている。

 補助として平民軍兵士も出しているが、これで大丈夫なのだろうか?


 テレサ女史は、天空の一点に向けて鏡で太陽光を反射させて信号を送っている。


 その方向の空には小さな白い点がゆっくりと動いている。

 普通ならば、大きな白い鳥が高い空を飛んでいると思うだけなのだが。

 その点が、ゆっくりとガルムントへ近づきながらドンドンと大きくなってゆく。


 それが、鳥どころか領主館を大きく超える大きさである事が分かると、俄かに地上が騒がしくなってきた。

 事前に騎士団に知らして警備を固めたが、その騎士団が騒ぎ出したのだ。


「ななな……なんスかアレ! アレはなんスか? 姫殿下、何を作ったんスか!」

 そして一番騒がしいのが騎士団長だった。

「少しは落ち着け! そして、アレは私の作ではない」

「エ~! アンナ変なモンを作るのは姫殿下でしょう」

 いや、おまえの中の私の評価って……

「あれはエッセン公爵領から来た『飛行船』だ」

「ひこうせん? 空飛ぶ船……スっか」

「ああ、単なる乗り物だ。だから、皆を落ち着かせろ」

「船って、空とぶんスねえ」

 いやいや、普通の船は飛ばないし。


 騎士団長が大声で説明すると、その後は特に騒ぐものは無かった。

 そして、飛行船は大地に近づくと数本のロープを下ろしてくる。

 地上では、そのロープを数人で捉えると、素早く垣根や杭に巻き付けて固定した。

 テレサ女史の従者らしい男が手旗を降っている。

 何かを飛行船と周囲に伝えているようだ。


 飛行船の固定--係留が完了したのか、飛行船のゴンドラの腹が開いて、タラップが地上に降ろされた。そこから作業服姿の者が急いで地上に降りて手旗を持つ従者と何かを話している。その後にも数名の作業員が降りてきた。

 それとは別に、ゴンドラの操縦席らしい所の扉が開くと小さなクレーンに吊られた椅子が出てきた。その椅子には、どうやら人が座っている。

「マスター」

 テレサ女史は呟くと、手に信号鏡を持ったまま走り出した。

 どうやら行先は、飛行船から降りた椅子に座った人物らしい。


「テレサ女史はマスターと言っておるが……ダンカン? まさか、あのダンカンなのか……」


 私も、スカートの端をつまんで小走りに飛行船に近づいた。

 近くで見ると、本当に大きい。

 領主館の二倍超えはありる。

 某超有名アニメ監督作品の『天空の城○○○○』に出てきた海賊の飛行船くらいの大きさありそうだ。

 推進器はプロペラ。

 それを駆動するエンジンはどうやら空冷のガソリンエンジンらしい。

「ガソリンエンジンもつくれるのか」

 まあ、航空機用のエンジンとなると、蒸気機関では難しい。

 しかし、まだ開発の初期段階なのか盛大に油が漏れている。

 故障ではないのなら、WW1時代のレシプロエンジンレベルの性能だろう。

 まあ、それでも、この世界ではオーバーテクノロジーには違いない。


 私が飛行船に見惚れていると。

「ははは、どうですかな我がボロ船『アンドロメダ号』は」

 声をかけてきたのテレサ女史が押す車椅子に座った老人。

 先ほど飛行船から降ろされた椅子は車椅子だったようだ。

 その老人には見覚えがあった。

 と、言うか、ある意味で私が個人的に大変に興味を持つ人物だ。


「これはダンカン・エッセン殿、久しぶりじゃな。ご病気と伺いましたが、お元気になられた様子」

 この老人は、ヨアヒムの祖父にあたる前エッセン公爵だ。

「まあ、外出できるようにはなったがな。ほれ、この通りだ。片足をもっていかれた」

 老人は、自分の膝から下が無い足をパンパンと叩いた。

 ダンカン前公爵は足に出来た悪性の腫物で生死の境を彷徨い、片足切断で何とか命を繋いだらしい。

 一応、事前には聞いていた。

 しかし、回復してからダンカン前公爵に会うのは初めてだ。

 実の所、幼い頃の私の初恋の相手なのだ。

 

 私が天恵を授かる前、正室を亡くされたダンカン公爵に後添えの話があるのを聞いた私は。

「わたくしが公爵様に嫁ぎますわ」

 と言って周囲を驚かせたとか。

「こんな老いぼれの何処が気にいられましたか?」

 とのダンカン殿の言葉に。

「お髭が、とても素敵です。触らせてくださいませ」

 と申し出たとか……


 黒歴史です。

 その頃から髭フェチだったのか私は。


「おや、今日はよろしいのですかな?」

「何の事じゃな?」

 と聞くと。

「これです」

 と、ダンカン殿は自分の髭を触っている。


 いや、いや。

 私も子供じゃないし。

 髭スキーだけど、ヨアヒムのおじいちゃんの髭を、公衆の面前で触れないし。

「いや……あの……」

 断ろうとしたが、私は自分の視線をダンカン殿の髭から外せなくなっていた。

 なんて、良い艶でフサフサした柔らかそうな髭だろうか……

 特にもみあげから顎のカーブのラインがなんとも……

「よろしい……」

 思わず、よろしいのですか? と聞こうとしたら。

 物凄い視線が私を貫いた。

 テレサ女史が、私を睨んでいた。


 怒っている。

 テレサ女史は激おこプンプン丸だった。

 いや、表情は変わらなかった。

 でも、背景で『ズゴゴゴ』とか効果音が書き込まれそうな雰囲気だった。


「ダンカン殿、あまり揶揄わないでほしいのじゃがな」

 人には言えない欲求を心の底にしまった私は、無難な答えを絞り出した。


「ははは、これは失礼をしましたな」


 と 、笑うダンカン前公爵は、横に立つテレサ女史の腰に手を回している。

 いや、違う。そこは腰ではない。

 ダンカン殿の手は、テレサ女史の尻を撫でているのか?

 私は、テレサ女史の表情を覗ったら。

 彼女のソレは誇らしげであり幸福そうであった。

 まあ、無表情なんだけどね。


 つまり、二人はソンな関係らしい。


 リア充死すべし!

 いや、訂正します。

 巨乳だけ死すべし!

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