黒色火薬
領主館は、ガルムントの統治機構そのものだ。
私が暮らす『西の館』は、領主の私邸である。
グレゴリオらとの茶会の翌日、西の館に引きこもっていた私は、領主館に出向いた。
「しかし、こんな格好とは……」
グレゴリオは、私の姿を見て唸りだす。
「王族と言うものはな、神棚に飾っておくものだ。気安くては値打ちが下がるわ」
庭師の息子が私の背格好と同じなので、古着を譲ってもらい、それを着てきた。
髪も、普段のティアラ付きツインテールから、ティアラを外し団子に結って帽子の中に押し込めた。
「故に、このように気をつかわねばならん」
訝しげに私を見たグレゴリオは。
「なんにせよ、ハンナが大騒ぎしていましたよ」
「書き置きは、しておいたのだがな」
「それだけで騒ぎが起こらないと思っているのですか?」
「私は愚か者ではないぞ。書き置きなぞ、安い免罪符程度のものだ」
「……確信犯でしたか」
グレゴリオは、深いため息を吐き出した。
領主館の書類倉庫に入った私は、帳簿を見ていった。
そこには、この鉱山から出荷された硝石の流れが書き留められている。
しかし、これほど大量の数値を手書きで処理するのは大変だな。パソコンがあれば一発なのだが。
電気も無い世界では、手作業での計算しかないだろうな。
いや、歯車計算機なら作れるかな?
帳簿の集計には一週間もかかってしまった。
「なんと、この帳簿を、これほどに早く集計されるとは!」
グレゴリオが驚いているところを見ると、ここの経理は無能だな。
いや、私が有能なのか?
さて、一週間の間、私は帳簿仕事だけをしていたわけではない。
メアリーアンに密命を下し、アレの製造を命じた。
ちょうど帳簿の整理が終わったところで、アレの試作品が出来たとの報告が入った。
そこで、鉱山から少し離れた荒野で関係者一同を集めて実験をする事とした。
「おや、ユリアナ様、今日はハンナと一緒なのですか?」
グレゴリオは、私とハンナを見て言う。
「うむ……つかまってしまった」
「今日こそは離れませんわ。せんわ!」
今日は、グレゴリオやメアリーアン以外にも客がいるので、衣装は狩猟服にした。
先に来ていたグレゴリオの部下四名は、私の姿を見て深く礼をする。
工夫頭と技師長、経理主任そして駐留騎士団長。
「それでは、始めてよろしいですか? 姫殿下」
従者装束を纏ったメアリーアンである。
「うむ」
ああ、姫殿下とか呼ばれるのは、嫌なのじゃがなあ。
そんな私の思いとは関係なく、メアリーアンは、一欠けら鉱石を手に持ち。
「これは、皆さんにもお馴染み硝石です。これが何に使われるかご存知の方はおられますか?」
メアリーアンの質問に、経理部長は。
「肥料だ。あと、ハムを作るときも使う」
その言葉に、工夫長と技師長が頷き、騎士団長はいやらしい目でメアリーアンを見ている。
おいおい、手を出したらグレゴリオがガチで怒るから止めとけ。
「他には、知りませんか?」
「知りませんね」
また、工夫長と技師長が頷く。騎士団長はメアリーアンの胸を凝視している。
そんなにでっかいのがイイのか?
でっかいほうがイイのか!
私だって……うう、言うまい。
「では、皆さんに硝石の新しい使い方をお教えします」
メアリーアンの手には一本の紐が握られている。彼女が、この紐に火をつけると、その紐は勢い良く火花を出して燃え上がる。
「おおっ!」
それを見た四人は、声を出して驚いた。
火は、紐を伝ってドンドンと先に進み、私達から数十メートル離れた地面に吸い込めれてゆく。
「みなさん、耳をふさいでください!」
メアリーアンが言うと、私は耳を塞いでしゃがんだ。
次の瞬間。
一瞬の鈍い響き。
めくれ上がり、土を噴出す大地。
体の心を揺るがす衝撃。
そして、その衝撃が収まった時に、体を叩く衝撃波の突風が襲う。
これが、黒色火薬の爆轟である。
さぞ、驚いているだろうと思って、四人を見ると。
工夫長と技師長はひっくりかえり、経理部長は目をまわしている。騎士団長は、さすがに地に伏して正気のようだが、眼は驚きに見開かれている。
ちなみに、ハンナは気を失っている様子。
ショック療法としては、成功であろう。
「これは『火薬』と呼ばれます。セリアの内戦で使われた武器の核となるものです」
メアリーアンの言葉に。
「それは、あれッスか~。『銃』とか『大砲』の事ッスか~」
騎士団長である。
意外に話し方が軽い。
どこのヤンキーだ!
「はい、銃や大砲は、この火薬を武器に変える器です」
「硝石が武器だって?」
と、工夫長。
「この石は叩いたって爆発なんぞせんぞ」
技師長が問うので。
「だが、硝石が熱を加えると変化するのは知っていよう」
と、私が答えた。
「それは、知っていますが燃えたりはしません」
「硝石自体は燃えない。燃やす作用をするのだ。そして、燃えやすい物と適度に混ぜれば、一瞬で燃える」
私は、皆を見回し。
「一欠けらの炭とて、燃えれば熱い、煙もでる。それが、小さな器の中で一瞬に起こればどうなるかな?」
一同が息を呑む。
「見ての通りじゃ。爆発じゃ」
私は、殺人鬼のように笑った。
まあ、殺人鬼に会ったことは無いのだが。
「銃や大砲も爆発するッスか?」
これは騎士団長。
「ああ、少し違うな。メアリーアン、アレの用意だ」
「はい、姫殿下」
メアリーアンは、次の出し物の用意に動き出した。
「騎士団長、申し訳ないが。銃は用意できなんだ。今、試作品を注文しておるゆえ、しばし待て」
あからさまに落胆した表情の騎士団長。
お前は、分かりやすすぎるぞ。
「間に合わせだが、大砲は用意できた。あれだ」
私は、メアリーアンの方を指した。
皆から、少し離れた場所に、大きな木の桶が斜めに土嚢と杭で固定されたいる。
「あれが大砲ッスか? 殿下」
「うむ、木砲と言う」
アレは、とうてい武器に見えない。しかし、私が合図して、メアリーアンがアレに点火すると。
先ほどのよりは、少しおとなしい爆発がおこる。
さすがに二回目ともなると、慣れた一同は耳を塞いで爆発に耐えている。
だが、アレの先から、人の頭ほどもある丸石が飛び出して、五〇メートルほど飛んでいくのを見ると、またまた呆然と立ち尽くした。
私はメアリーアンにサムズアップを送る。
メアリーアンは、手を振って笑顔であった。
ちなみに、ハンナは気絶したままだ。
うむ、静かでよい。
そして、グレゴリオは、何かに怒っていた。
いつも怒っている奴だな。
「いやあ~スゴイッス。大砲サイコウ~。火薬サイコウ~。これからの戦は、変わるッスねえ~」
ああ、うっとおしい!
先の実験から西の館に帰る間中、騎士団長は私に纏わり付き、軽口をまくしたてつづけている。
火薬について好意的なので、我慢しているが。
私は、軽い男とヤンキーは嫌いだ。
そんな時。
「団長! 酒場で乱闘です」
「ああ? そんなんはオマエらでチャチャと片付けるッス」
「いや、それが、暴れてるの副団長なんで」
「あのバカ、いっぺんシメるッス! そんな訳で姫殿下、オイラ仕事してきますんで、よろしくッス~」
騎士団長と部下は、街の方へと走っていった。
騎士団長、なぜお前はスキップなんだ!
副団長とやら、心の中で褒めてやるぞ。
西の館に着いた私達は、居間に集まり、硝石採掘計画を含めて、今後の方針を打ち合わせるすることとなった。
「火薬は……あれですね。歴史を変えますね」
技師長が呟いた。
「少なくとも戦は変わる。その結果である歴史も必然的に変わるであろう」
私は頷きながら答える。
「戦場の勝敗が、火薬で決まるって事か?」
工夫長である。
「その要素は大きいな。火薬と大砲や銃の保有量が国戦力を測るモノサシになるやもそれん」
実際に、地球の歴史ではそうだった。
「その火薬ですけれど、ここで採れる硝石から出来るんですよね。その……ここの硝石で火薬をつくっている国って、あるんですかね」
「あります。セリアです」
経理主任の質問にメアリーアンが答える。
「確かにセリアはお得意様ですが。輸出するときには肥料として出していますよ」
「お主はセリアの農夫が、ガルムントの硝石を畑に撒いている姿を見ているのか?」
「それは……ですが。肥料として輸出していますし……」
「それの使い道を決めるのは、我らでは無いのだ」
私が経理部長と問答していると。
「私はセリア王国の士官でした。戦場ではガルムントの硝石からつくられる火薬は品質が良いので重宝していました」
メアリーアンが問答にけりをつける。
「ガルムント以外の硝石もあるのですか?」
「南方の砂漠から採れるものもあります。それに硝石丘をつくって自給もしていましたが、品質は劣ります。品質と供給の安定ではガルムント産が一番です」
メアリーアンの言葉に、黙る一同。
私は、さらにダメ押しをする。
先に調べた硝石の出荷量を、巨大なグラフに描いて皆に示した。
それは横軸に年月を、縦軸に硝石の出荷量を描いたものだ。
グラフは、硝石の出荷量が年々増えていることを示している。
「ここに注目をしてほしい」
私は、皆に硝石出荷量が急激に増えている時期を指した。
「メアリーアン、この時期にセリアで何が起こった?」
「セリア内戦がありました。姫殿下」
一同は、再び深い沈黙に沈む。
皆の心が落ち着くのを待ち、私は話を始めた。
「我々は、望まずに大陸の戦争に参加していたのだ。このガルムントの硝石が、大陸の戦争の結果を左右しかねない」
一拍おいて、私は言葉を続けた。
「私は、硝石を戦略物資として国有管理する必要があると国王へ進言する必要があると思う。……異存のある者はいるか」
声は上がらなかった。
「よろしい。では、グレゴリオよ。硝石管理の件を国王へ進言してくれ」
と、私はこの件をグレゴリオにまる投げした。
「ええ! ちょっとお待ちください姫殿下」
「なんだ、グレゴリオ。私は疲れているのだ。これでも病弱で転地療養にきている身なのだぞ」
「いや、それは表向きの話で……」
「それに、父上は私の言葉など聞いてはくれないのだ。なにしろ物狂いの姫なのでな」
そう言いながら、私は椅子に深く座る。
手足に軽い痺れが起こる。
緊張が切れたのが原因だろうか?
どうも、このところ疲れやすくなった。
「それにな。疲れたのは……本当だ。どうも……体がうまく動かなん。すまんが、医者を……」
私は、言葉の途中で、意識を失った。
文章量が少ないとのご指摘があり、今回は増量してみました。
しばらく、これくらいの分量でアップしてみます。
ただ、毎日更新は難しくなります。
お待たせするかもしれません。
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