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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
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天を渡る波の音は

この空気には覚えがあった。

 最初は、学生時代の学園祭準備の雰囲気を思った。

 皆で集まり、妙にハイテンションになりながら、今思えば微妙な事に熱中していた。

 心地よい、熱気だった。


 だが、この空気も次第に重いものとなる。

 次に思い出したのは、会社勤め時代のデスマーチ中の空気だ。

 そもそも、トラブルの本質さえ分からない状態での長時間作業は神経を削るものだ。

 まるで、賽の河原で小石を積むに等しい作業。


 私が動員した職人と平民軍人は、様々に鉱石やコイルにコンデンサーを組み合わせては、ワイングラス改造レシーバーに接続して音が聞こえないかを確認している。

 それほど困難な作業では無い。

 しかし、組み合わせは何万とあり、重複しないように相互チェックしながら作業を進めているが。終わりの見えない作業であった。

 あれから二日を経過して、チェックリストは終わりに近づいているのに、レシーバーは沈黙を続けている。

 はたして私は……私たちは、正しい道を進んでいるのだろうか?

 最初の入り口を間違えてはいないだろうか?

 そもそも、フランシス工房代表テレサ女史の設問の意味は『電波受信機を作れ』で良いのだろうか?

 はたして、エッセン公爵領にある『電波塔』から発信されているであろう電波は、どいうものなのか?

 それは、音声なのか音楽なのか信号なのか……それさえも分からない。


 そんな思案をしている時……


 ポ……ポ……ポ……


 規則的な電子音が微かに聞こえてきた。


 受信した!


「この音が出ている受信機はどれか!」

 私は思わず叫んでいた。


「この機械です。姫さま」

 職人の一人が手を上げた。

「でかした!」

 私は、職人を褒めると、その受信機の設定を確認する。


 ? なんだ? これ、まちがっていないか?


「なんじゃ? これは?」

 私が問いただすと。

「申し訳ございません。その、チッとふざけて適当に繋いでいたんですが……」

 恐縮する職人だが。

「咎めはせぬ。成功したのは、そちの『遊び心』のおかげじゃからな」

 それは、当初の私の予想とは違う設定だった。


 私は、通信用の音声かモールス信号を考えて一般的なAMラジオ波長の中波を想定していた。

 だが、この受信機が捕らえたのは、かなり長波よりな電波のようだ。


「まあ、よいか。少しアンテナにも手をくわえねばならんな」


 捕らえた電波にあわせて、アンテナを調整し、再度トライ。


 ポン!……ポン!……ポン!……


 今度は、かなり強い電子音を受信した。


「やった!」

「ついに……受信した」

「これが『ラジオ』って奴なのか?」

 一仕事を終えた達成感からか、皆は大きな声で喜んでいる。


 まあ、何にせよ。これでテレサ女史の課題は完了だな。


 そんな安堵にホッとしていると。

 難しい顔でアンジェラがレシーバーから聞こえる電子音に聞き耳をたてている。


「どうしたのじゃ? アンジェラ」

「なあ、聞こえないか? 音と音の間に小さい音があるぞ」

 なに?

 アンジェラの指摘に耳を澄ましてみる。


 確かに『ポン……ポン』の『……』の部分に気をつけて聞いてみると、小さな『ピ』という音が混じっていた。

 それは『ポン…ピ…ポン…ピ…ポン…ピ…』と聞こえる。もちろん、ピの音はボンよりかなり小さい。

「なんでこんな風に聞こえるんだ?」

「はて? 山に反射したコダマの電波かのぉ?」

 しかし、エコー波にしては切れの良い音だ。

 私は受信機を操作して、少し波長をずらす。

 すると、ボンの音が徐々に小さくなりピの音がはっきりとする。

「少し周波数が違う二つの電波に信号を乗せている?」

 これは、単なる信号の発信で無い。

 たぶん、これはアレだな。


 私がテレサ女史のテストに、第二の回答を出した。

 

 とにかくも、ぎりぎりではあったが、何とか答えを見つけたのだ。

 私は、急遽結成したプロジェクトチームを解散させて、その成果に対しての心ばかりの報酬を与え、今宵は宴を催すと宣言した。


 まず、苦心して完成させた受信機を慎重に私の部屋に運び出して。その後、工具などを片付けて簡単な掃除をしてから用意していた酒やご馳走が次々に運びこんだ。

 酒や飯を前にしながら、それでも誰も手を出そうとしない。

 なぜ?

 と思ったが。主催者である私が、何も言っていない事に気がついた。

「皆のもの、ご苦労であった。ささやかではあるが私から感謝の気持ちである。今宵は、無礼講である。存分に飲み食らい騒いでよろしい!」

 私の言葉に、皆が喝采と歓喜の声を上げ。そして、一斉にテーブルへと突進した。



「お嬢様……少しお休みならなくてはいけませんわ。せんわ」

 広間の喧騒が聞こえるくる私室で、私は鉱石受信機からの信号音を聞いていた。

 そんな私に、ハンナがショールを掛けながら気遣ってくれる。

「ああ、もう休むが……仕事を増やしてしまったな」

 私は広間の宴会の事を言うと。

「いいえ、そんな事はよろしいですわ。ですわ」

 いつもと同じ返事が返ってくる。

「すまぬが。明日はエッセイ公爵領から客が来るので、その準備も頼む」

「かしこまりましてございますわ。ますわ」

 ハンナの返答は、王家の姫に仕えるメイドとして規範通りのものだ。

「ハンナ……私は、よい姫ではなかったな」

「……」

 ハンナは、何かを言おうとして止め、少し間をおいてから返答を返した。

「その通りでございますわ。ますわ」

 それは、私の予想とは少し違う返答だった。

「私は十五になったらエッセン公爵に嫁ぐ」

「はい。おめでたい事でございますわ。ますわ」

「ハンナ。そちは……」

 私は『私に付いて来てくれ』と言おうとしたが。

 口から出た言葉は、少し違っていた。

「どうしたい?」

 それは、主がメイドにかける言葉ではなかった。

「それでは……お暇をいただきとおございますわ。ますわ」

 そして、ハンナの答えは私の予想から大きく外れていた。

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