教えてミサイルくん
今回も戦争の話ではありません。
エロ成分もありません。
本当は朝一番にガルムントへ向かう予定でだったのだが。
諸般の事情で、私がガルムントへと向かったのは昼食前であった。
この時間からなら、荷馬車でも昼過ぎにはガルムントへ着くのだが、昼食時をはさむので、貴族はこんな時間からは移動はしない。
「道中お気をつけて」
と見送ってくれたジョナサン・コンラート伯爵の顔色は悪かった。
それも、私が彼の城内で倒れて怪我をしてしまうし、回復したと思ったら今朝になって体調不良で出立を遅らせたりと、厄介ばかりかけているからだろう。
しかも、私がヨアヒムと結ばれたならば、ジョナサン・コンラートは義理の叔父さんなる。
こんなのが親戚になるかもしれないと思うと、心安らかではいられない。
そんな訳だが、私を乗せる予定だった箱馬車を中心とした護衛騎士つきの馬車隊はガルムントへと出発した。
箱馬車が『私を乗せる予定だった』のは、私は飼葉を積んだ荷馬車に乗っているからだ。
箱馬車には、グレタが一人で、私のコスプレをして乗っている。
まあ、サイズ的にかなり無理なコスプレなのだが。
罰ゲームだとで思ってもらおう。
なんの罰か? だと。
国王姫である私を貪った罰だ!
これくらいで許してやるけど。
さて、この荷馬車に乗っているのは私だけではない。
もう一人の客がいる。
彼の名はミハイル・ゲンヘン。
『ミサイル原潜』では無い。
ミハイルくんだ。
えっ、ミサイルくん知らない?
そりゃそうだね。
名前が出るのは今回が初めてだし。
「なあ、ミサイルくん」
「ミハイルです! ミサイルって何ですか」
さて、このミサイルくんことミハイルくん。
元ユーイル港の港湾役人であった。
そう、賄賂を贈ろうとしたグレテを逮捕した、あの役人だ。
役人を務めており家名があることからも分かるが、彼は一応は貴族。
ゲンヘン男爵家の四男である。
まあ下級貴族の四男なんてのは無駄飯喰らいの代名詞だが、ミサイルくんは学問優秀であった。
ユーイルの中等学校を主席で卒業したミサイルくんは、奨学金で王都の高等学院で法律を学び、ここでも成績優秀ではあった。
優秀ではあったが、ちょっと困った事にハマってしまったのだ。
ミサイルくんがハマッたのは『古典法』だ。
古典法は『侵略戦争の放棄』やら『国民主権』やら『議会政治』に『三権分立』を謳う法体系である。
古くから存在し、貴族ならば名前くらいは聞いた事はある、教養としての法律の一つだ。
ちなみに、この古典法の作者は不明。
まあ、教養としてサラリと流せば毒にも薬にもならない古典法だが、真剣に学びだすと『この法こそ国を治めるにふさわしい』となってしまう事が多い。さらに拗らせて、現実に施行されている法律や貴族制を否定しはじめると、これは国家反逆罪にも通じる。
なまじ完成度が高く、法を学ぶ者としては無視できない影響を持つ古典法だが、こんな訳で現在は学問としては主流ではない。
そんなゲテモノ法にハマッたミサイルくんは、案の定、卒業後は就職口が無く、ゲンヘン家からも勘当され、流民一歩手前でユーイル港湾役人になったのが2年前である。
事務処理は優秀だが、ことあるごとに貴族とぶつかる始末であった。
そして、ついに領主であるジョナサンや王姫である私にまで反抗してしまった。
それ自体は、マウリスでは罪に問うものではない。
ユーイルの港湾法を守らなかったのは私たちの方だ。
それはいいとしても、賄賂は帳簿に記録して届け出れば個人収入として合法だ。無届で着服すると横領となる。
もちろん、賄賂を贈られた役人は、賄賂を贈った者に便宜をはかるのは当然の理屈。
このへんは、現代人の感覚とは少し違う。
まあ、追加料金を支払えば順番待ちの行列を免除される某遊園地のシステムみたいなものだ。
つまり、違法では無い賄賂を違法として逮捕権を行使したミサイルくんは役人としてダメとなり解雇。ただいま絶賛失業中だ。
手続き不備の時点で、賄賂を贈たのだから通せと私がジョナサンに正式に抗議したのならば、ミサイルくんも厳重注意くらいで許してもらえたかもしれない。
しかし、現代地球の感覚が残る私は、何となく賄賂を後暗いものなのでコッソリと渡すのが吉と思ってしまった点で抜かりがあった。
そのうえ、ミサイルくんが、面白そうな奴なので、どうなるか見てみたかったのもある。
案の定、路頭に迷いそうだったの、グレタに命じてスカウトした次第だ。
しかし、あんな融通か効かない性格で古典法を振り回して、今まで無事に過ごせたことが奇跡みたいなもだ。
「もしかして、ミサイルくんって幸運児?」
「ミハイルです! 何ですかミサイルって?」
と、先ほどと同じような問答が繰り返されている。
「で、どうすんですか?」
「何を?」
ミサイルくんの問いを質問で返すと、深いため息が返ってきた。
「姫殿下は私を雇いましたよね」
「うむ、そうじゃな」
「何か目的があるではありませんか?」
ああ、そういう質問だったのか。
察しが悪くてごめんね。
「ちょっと調べものを頼みたくてのお」
私は懐から封書を取り出す。
「ミサイルくん。王立高等学院の法務科で主席じゃとか?」
「昔の話です。しかも、法など役に立たない」
私が褒めたのに、面白くなさそうに横を向く。
「役人が、それを言っちゃあダメじゃろう」
「その役人に銃を向けたのは誰ですか!」
「……我の事か?」
「他に誰がいますか!」
まあ、あの場面で古典法的に悪いのは私だが。マウリスの現行法的にダメなのはミサイルくんの方なんだよな。
「実は我は、王立高等学院のジョルビッチ教授と法律論で口論をした事があるのじゃよ」
「あの温厚なジョルビッチ教授が法学の事で口論? まさか……銃を出したとか?」
「銃は使っておらん」
私は無法者では無いぞ。
「それと同じ質問をミサイルくんにしようと思うのじゃ」
「ジョルビッチ教授を怒らせた質問……ですか?」
ミサイルくんが身を正して息を呑んだ。
「簡単な事じゃよ。国民主権が何ゆえ成立するのか? を教えて欲しいのじゃ」
鳩が豆鉄砲が食らったような顔のミサイル君は。
「王国の主権が王では無く平民にこそある、との学説ですか?」
と返してきた。
「おお、それじゃ」
さすがに主席の優等生は反応がいいな。
「では、その……現実の話では無く、おとぎ話のような世界の話から始めますがよろしいですか?」
「おお、かまわんよ」
「では、王や領主のいない国で、皆が平等で平和に暮らしている様子を考えてください」
「想像したぞ」
さて、ミサイルくんの話を要約しよう。
そんな国でも困った事が起こる。
例えば、乱暴者の山賊が作物を奪いに来たり、川が氾濫したり、なんて事だ。
そこで山賊には自警団を向かわせ、川の氾濫には皆で協力して堤を築いたりした。
だが、こういった事では『皆で協力して』だけでは事が上手くゆかない事が多い。
そこで、人々は考えた。
自分たちの持つ生まれながらの権利の一部を『契約』によって、誰かに託し、山賊討伐や堤防建設をやってもらおう。
その為に、自分の権利は減ってしまうけれど、その方が上手く行くし、何より便利だから。
そして、権利を集約して国全体の仕事をするのが王や領主となる。
つまり、貴族は『人が生まれながらにもっている権利』を『契約』によって『集約管理』しているだけだと言う考え方が、国民主権の基本となるのだ。
「なるほど、それが社会契約説じゃな」
「姫殿下も、ジョルビッチ教授と論争をやったくらいなんですから、この話はご存知でしょう?」
なかなかに察しが良いな優等生。
「人いうものが理想的な知性を持つモノであれば、その考えで十分なのじゃがな。現実としては不十分じゃな」
私の現実的との言葉にミサイルくんは苦い表情をつくる。
まあ、彼の考えを『非現実的』とか『理想主義』と揶揄する事もできる。
「誤解するなよ。実のところ、私も『社会契約説』には賛成なのじゃ」
「それならば、何ゆえに不十分なのですか?」
「それは、人のココが野蛮で強欲じゃからだ」
と私は自分の頭を指差した。
「人の心がですか?」
私は首を横に振り。
「いや、人の脳が『野蛮で強欲』なのじゃ。人の心は、まだ脳を支配できないでいるのじゃ」




