眠りのおまじない
長いお休みをいたきました。
再始動いたします。
寝不足・過労・栄養失調のトリプルは、意外なほどに私にダメージを与えていたようだ。
私が、ユーイル城で治療を受けてから眠ってしまい、次に目を覚ましたのは翌日の夕暮れだった。
さすがにこの時間からガルムントへ帰れるはずもなく。もう一泊する事となる。
私が倒れたの急報はガルムントにももたらされ、先ほどグレゴリオとライアが迎えの馬車とともにやって来ている。
グレゴリオの奴は、私の顔を見るなり説教モードに入るのは決定コースだろう。
ここは先制で奇襲をかけよう。
ドアの外で先触れが迎えの到着を告げるたので、私は入室の許可を出す。
そして、ドアが開くと同時に。
「喜べグレゴリオ! 我の嫁ぎさき……あれ?」
グレゴリオの怒声を制するようにめでたい話をまくしたてようと思っていたのだが……
「おうおう。姫様は元気そうで良かったんだなぁ」
と、暢気な声が返ってきた。
「なんだ。ライアか……グレゴリオはどうした?」
私の疑問に。
「おうおう。エッセン公爵の奥方に捕まったんだなぁ」
ライアによると、グレゴリオはヨアヒムの母親であるアイリス・エッセン公爵妃が連れていかれたらしい。
あのご婦人は、なにを企んでいるのだ。
まあ、いい。
「ところでライア。平民軍は無事にガルムントに着いたか?」
「おうおう。昨日の夕方に着いたんだな」
となれば、指示を託したメアリーアンとアンジェラは、今朝には銀細工工房についているはずだ。
上手くすれば、試作品は明日には完成しているかもしれない。
いやいや、もしかすると今夜にでも試作品が完成しているかも。
そんな想像をしていると、たまらずガルムントへと帰りたくなった。
「ライアよ。ここからガルムントまでお主の全力ならば、どの程度で行き着くかのお?」
「おう? まあ、一時間くらいなんだな」
一時間か。
いますぐに出れば、日没までにはガルムントに着けるかもしれん。
「よろしい。では、すぐに我を乗せてガルムントへと向かえ!」
と、私が宣言すると。
「それはなりませんよ、姫殿下」
開けたままドアの外にはアイリス公爵妃が立っていた。
「まったくでございます。昨日倒れたばかりではございませんか! そのお体、もはや姫殿下お一人のものではありませんぞ」
公爵妃の後ろではグレゴリオが怒っていた。
ああ、やっぱり怒られた。
「まだ正式なものでは無いとは言え。ユリアナ様はエッセン公爵家に嫁がれる身。ひいては、次の公爵子を授かる御身でございますれば、大事にせねばなりません!」
なんだか一人で感極まっているようなグレゴリオ。
だが、アイリス殿も上機嫌で。
「うふふ。姫殿下……いいえ、もうユリアナちゃんと呼ばせてもらおうかしら。もちろん、私の事もアイリスでも義母上様でも結構よ……そう、ユリアナちゃんとヨアヒムの子供……きっと可愛いわ。あら、でも私は、そうなったらお祖母ちゃんね。ああ、でもでも。私にも孫ができるのね」
何か感極まった風に喜びを全身で表現しつつ、そこは持って生まれた正統派貴族としてエレガントな風情があふれている。
なんだか、バックに大輪のバラが咲き乱れているような?
「ですが、この婚約は正式なものではございませんぞ。そこで姫殿下、私を王都へ」
グレゴリオは騎士礼を私に捧げ。
「婚約の使者として命を下してくださいませ」
本来なら『婚約の使者』は、両家で婚約の内諾が取れた後に形式として、婚約をした両者から両親の元へと出される使者の事だ。
マウリスでは、この使者の到着を持って正式な婚約がなされたとする。
今回は、随分と前に両家の内諾は取れてはいるが、婚約の当事者である私とヨアヒムにアイリス殿だけで決定をしてしまった。
急ぎ使者を立てて形式を整えなくてはいけない。
「あい分かった。ユリアナの命によりグレゴリオを『婚約の使者』とする」
私の言葉にグレゴリオは深く頭を垂れ。
「謹んで拝命いたします」
と答える。
「では、こちらも使者を立てないとね」
アイリスが言うと。
「では、ヨアヒム。誰にしましょうか?」
呼ばれて、ヨアヒムが部屋に入ってきた。
「では、ビンセント・ブルックス男爵を指名します」
ブルックス男爵とは、確かヨアヒムの副官を務める者だったな。
名前を覚えるのが苦手ではあるが、私も嫁ぐ身なれば、嫁ぎ先の人間関係は特に気をつけないとね。
まずは、顔と名前を覚える事だ!
……ブルックス男爵の顔って……どんなんだったっけ?
いやいや、小さな事を気にしてもしかたがない。
ここは大局を見据えて、視野を広く持たないとな。
うん、大局!
「あらあら、ユリアナちゃんったら、何だか妙に元気だわね。お医者様からは、ちゃんと休むように言われているのに」
アイリス殿は休むように言うが。
「一日中休んでおったのじゃ。もう、眠とうはございません」
「いや、姫殿下……」
私に声をかけてきたヨアヒムは、横からアイリス殿が何か目配せをしているのに気がついて、咳払いをして言い直した。
「ユリアナ、わがままを言わずに休まなくてはいけないよ」
少し顔を赤くしてヨアヒムは私の事を皆の前で『ユリアナ』と呼んだ。
「そ……そうは言うが、そんなに休んでばかりおられんのじゃ」
何だか急に周りの視線が気になって声が裏返ってしまう。
「ヨアヒム……ゴニュゴニュ……」
アイリス殿が何かヨアヒムに耳打ちをした。
「なっ!……いいの……ですか? 母上」
ヨアヒムは酷く驚いてアイリス殿を見据えている。
そのアイリス殿は、いい笑顔で首肯した。
少しソワソワした様子のヨアヒムは、また咳払いをすると私の方に近づいてきた。
あれ? そう言えば、私はベッドの上でナイトガウン姿でないか。
「どうしたのじゃ。ヨアヒム」
そんな私の困惑を知らぬ風に、ヨアヒムはベッドに腰を掛けて私の両肩に手を置いた。
「実は母上に良く眠れる御まじないを教えてもらいました」
はて、眠れるまじない?
キョトンとしている私にヨアヒムは顔を近づけて、唇が私のに触れる。
ええ! ここでキスするの!
ダメ! ダメ! 皆が見ている。
抗議でジタバタしていると、唇に電気が走るような刺激がおこる。
ななな……な? 舌が……ヨアヒムの舌が……
キュウ~~
気がつくと朝日が眩しかった。
「おうおう、姫様おはようなんだな。よく眠れたみたいなんだな」
なんだか、ライアの暢気な声が腹立たしかった。
今回はイロイロありまして、やっとで執筆できる状態になりました。
特にストーリーは進んでいませんが、リハビリ中って事でご勘弁を!




