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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
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奴隷解放とは

アイリス・エッセン公爵夫人がベル紐を引くと、控えの侍女が現れ。

「ロレル・マキナ・フロナ様が下がれますわ。準備をしなさい」

 との公爵夫人の言葉に侍女は一礼し「承りました」と告げる。

 すぐに、警護役らしい騎士と側仕えメイドが現れ、ロレルの身支度をする。

「こちらの王族は、動くだけでも何やら大層ですニャ」

 とロレルが呟くので。

「まったく同感でございますわ」

 と私が同意すると。

「……ユリアナ様がこれ以上身軽に動かれては、少々困りますわね」

 アイリス夫人が小声で呟いたが、無視した。


 ロレルが退出した。

そのはずだが……なんだか控えの間がざわついている。

なんだ?

だがそれを無視するようにアイリス夫人はソファーに座りなおして向き直る。

アイリス夫人は一つ小さな咳をした。

それだけで、空気が変わる。

「ユリアナ様は奴隷完全廃止すると仰いましたが、いかがなされるお心算つもりでございますか?」

 私もソファーに座りなおして。

「奴隷など。面倒なだけで役に立たぬゆえ、開放して自由にさせる……それだけの話じゃが?」

「奴隷がいらないとは……どのような理由でございますか?」

 私はアイリス夫人の瞳を覗き込み。

「改めて聞くが、奴隷とは何に使うのじゃ?」

「そうでございますね……」

と少し考えた風にして、農地の耕耘やガレー船の漕ぎ手に鉱山などの労働者と答える。

「どれも力が必要な重労働のうえに、単調な作業じゃな」

「それゆえに、奴隷の仕事ではございませんか?」

もっともな答えだ。

「では農地の耕耘を考えようか。これは、農耕馬を使えば良い」

「近頃はそうしておりますわね」

「そうじゃな……そして、農業で奴隷を使う事は無くなった」

「そう言えば、その通りでございます」

「だから、我が国では奴隷を使わなくなったのではないか?」

「それは……ユリアナ様は、奴隷が必要なくなったから奴隷使用が禁止されたとおっしゃるのですか?」

私が首肯するとアイリス夫人は。

「それは、あまりにも酷い解釈ではありませんか?」

「そうかな?」


農耕馬に鋤を引かせて農地を耕す方法を繋駕法(けいがほう)と言う。

この方法が確立するまでには長い年月が必要だった。

まず農耕に適して馬を手に入れ、馬の飼育を確実なものとして、馬が引くのに適した鋤の開発し、馬の蹄を保護する蹄鉄の使用、そして馬具の開発に、農地の最適化……

人の手で耕すことを馬に替えるだけで解決すべきハードルは数多くある。

ところが、これが奴隷を使うならば簡単だ。

今まで自分がやっていたことを「やれ」と命じればよい。

 その行動が望み通りならば食料などの褒美を与える。

 その行動が不適ならば叱咤か鞭を与える。

 自分で考える奴隷は、それだけで行動を最適化する。

 とても簡単だ。


しかし、導入が簡単な奴隷は維持が酷く難しい。

人は知恵がある。

単調で長い労働時間の間に考える。

それは「私は今のままで良いのか?」だ。

将来の自分の姿に納得できて、それが安全で安定してものならば、奴隷の身分を受け入れるだろう。

だが、納得できなかったら?

その身分が安全なものでなかったら?

その身分が安定したものでなかったら?

そして、労働の改善を考える。

そして、将来の保証を考える。

あるいは、今の安楽を考える。

ついに、奴隷は、命じている主人と奴隷の違いを考える。

そして、奴隷は逃亡もしくは騒動をおこす。最悪は奴隷の反乱だ。


また、人である奴隷は主人である人と同じものを食べる。

もちろんランクは異なるが、食べ物の種類は同じだ。

いくら奴隷でも、干し草を食べて働けるわけがない。

 つまり、食料の重複により、食料の確保が最重要となる。


つまりは、飢饉がおこったら主人はどうしたらよいのか? との問題だ。

家畜ならば売るか殺して食料にすればよい。

だが、奴隷ならば……

 食料の不足は、即座に奴隷の不服従となる。


ことほどさように、奴隷は維持が難しい。

下手をすれば、自分の身さえ危うくしてしまう。


さて、奴隷は不要となった。

だが、解放された奴隷は時に奴隷の身分に戻りたがる。

また、奴隷を使う近隣の国や地方が、奴隷を使わない者を『無能』とか『甲斐性なし』と蔑む事もある。

さて、この問題を解決する簡単な方法は『人道』だ。

『奴隷を使うのは非人道的だ』と、声たかく宣言すればよい。

奴隷を希望する者は声をひそめる。

奴隷を持つ者を非難できる。

奴隷を持たぬ者は『自分たちこそが人道的で正義である』と言い放てる。

 これにより、奴隷を使う者に圧力を加えられる。


 こんな事を言うと、私は酷い考え方の人間と思われるが。

 実は、現在地球の歴史を考えると、一つの疑問が浮かぶのだ。

『本当に人が善意から奴隷を解放したのならば、なぜその後に人種差別問題などが起こるのだろうか?』

 人が真に人の平等と人権に覚醒したのならば、多少の時間がかかっても、世界に人種差別問題などが残らない道理だが、現実は違う。

 人の平等を理由に他国の主権を侵す国の国内で、何故に人種差別がおこなわれるのか?

 

 つまりは、現在地球においても『人権は政治カード』としての意味が大きい。

 もちろん、完全な善意からの人権運動があるかもしれないとは思うが……


 さておき。


「なんとも独創的な御意見でございますね」

「だが、私は真実だと思っているがのぉ」

「海軍や炭鉱でも奴隷は必要ありませんか?」

アイリス夫人は重ねて問うてくる。

「蒸気機関が代わりとなる」

「あの煙を出すカラクリでございますね」


奴隷不要の世界で必要な人材は、農耕馬を上手に操れる技能を持つ農夫であり、蒸気機関を操作できる技師だ。知識と経験を蓄積し、現状を認識し分析し検討し判断できる『人間』だ。

命令に盲従する『奴隷』では無い。


「まあ、奴隷が必要ないからと野に捨てるのも勿体ないのじゃ。我が拾ってやるつもりじゃがな」

「それが平民軍でございますか?」

「むろんじゃよ」

今の私は、酷く悪い顔をしているだろう。

普通の良識ある貴族ならば、引いてしまうな状況だ。

だが、アイリス夫人は笑顔で。

「姫殿下の事が、少し理解できたように思いますわ」

と呟き、楽しそうである。

「ところで、一つ疑問があるのですが」

聞いてもよろしいかしら、と間をおいて。

「平民を集めて軍隊をおこすなど、道楽としては破格でございますわ。費用はどのように工面されていますのかしら?」

なるほど、当然の疑問だ。

当初はポケットマネーで運用していたが、それもとうに底をついている。

「金の心配ならいらんぞ。私は、こう見えて、大金持ちじゃ」

「硝石の売り上げは、王家に入りますから姫殿下の自由にはなりませんわよねえ」

もちろん、と首肯し。

「王家の収入には私も大いに貢献しておるぞ。なにしろ、硝石を一番多く購入しておるのは私じゃからな」

「……もしかしますと、火薬の売り上げは姫殿下の収入となるのですか?」

「正解じゃ!」

アルフレッド・ノーベルほどではないだろうが、今の私は民兵組織を運用できるほどの資産を持っている。


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