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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
60/98

獣人の姫

 私の目の前に、猫耳獣人娘がいる。


 人族より高い位置にある耳が、緊張しているのかヒクヒクと動いている。

 おお~、生きて動いている耳だ。

 

 とは言え、外見からだけの私的な判断だが、猫科生物から進化した知的生命体ではないようだ。類人猿から進化した人類だが、進化の過程で『たまたま外見が猫に似ている』という感じだろうか。

 まあ、あくまでも私見であり、私は専門家では無い。


 ちなみに、残念なお知らせだが、獣人族はシッポが無い。掌には肉球も無く、普通の人の手だ。

 また、犬歯が多少長い部族もあるらしいが、牙と言うほどには大きくはないらしい。

 つまりは、現代地球の人種差が少し大きくなったくらいの差でしか無い、と私には思われる。


 さて、ロレル嬢の毛並みは猫型獣人フロナ族特有の『虎縞柄』だ。

 この毛並み模様だと、体の大きな者を見たら『猫』ではなく『虎』を連想してしまうかもしれない。

 だが、小柄な私よりも、さらに小さいロレル嬢の姿は、どう見ても猫を連想させる。

 ああ、ミミツムしたい~~。


 さておき。

「なにゆえ、ロレル殿はユーイルにおられるのですか?」

 ここは外交の場となるかもしれないと予想して、口調を改める事にした。

 さて、部族長の娘と言えば『姫』である。国交があれば『国賓』待遇だし、国交が無い王族の入国は基本では禁止だ。

 ちなみに、マウリスは獣人種部族との国交は無い。

 ロレル嬢は、普通の手段を使ってはこの場所にはいられない。

「密入国ですわ。バーンズ殿に御協力をお願いして、私が計画いたしました」

 アイリス夫人は笑顔で答える。

「御内密にお願いいたしますニャ」

 とロレル嬢も笑顔で言うが。

「秘密であるのに、私に顔を見せた理由をお聞かせ願えますか?」

 私は当然の疑問を問う。

「ユリアナ様は、奴隷使用を完全に禁止とされる御心算おつもりとかニャ?」

 昨晩、私が語った話だ。

 バーンズ伯にでも話を聞いたのかな。

「その心算つもりですが」

「ですが、貴国で最も多くの獣人奴隷を使っておられるのは王家でございますニャ」

 なるほど、そういう話か。

 

 昨晩も話題にのぼったが。

 造船から海軍までを独占している我がマウリス王家は、基本で『奴隷禁止』のマウリスで多くの奴隷を所有している。

 この奴隷は、法で禁じられている『マウリス国籍の奴隷』では無く『外国籍の奴隷を長期で借りている』形をとっている。これは合法だ。

 そして、王家の奴隷で最も数が多いのは『獣人』である。

 この世界での『獣人』とは、南大陸の原住民か商品奴隷なのだ。


「南大陸でも奴隷制度は現存すると聞いておりますが?」

 私の疑問にロレル嬢は首肯し。

「その通りですニャ。我らフロナ氏族は、今でも『奴隷制度』を認めていますニャ」

「そうなりますと、貴国フロナでは認められる奴隷を、我がマウリスでは禁止してほしいと願っておられるのですか?」

 快活に奴隷制度を肯定するロレル嬢に私は少し毒のある問いを返したが。

「そうは申しておりませんニャ。貴国マウリスの奴隷制度が我が氏族フロナの奴隷制度と同じであれば、結構な事だと思っておりますニャ」

 はて?

 ロレル嬢の言葉を確認する為に問い直してみた。

「ロレル様に伺います。我がマウリス貴国フロナの奴隷制度には違いがあると仰られるのですか?」

 ロレル嬢は大きく首肯すると両手を合わて微笑んだ。



 南大陸は過酷な砂漠の大地である。

 南大陸中央部には万年雪をたたえる大山脈があるが、この雪解け水は大河となって流れる事は無い。

 万年雪の雪解け水は、砂漠地帯に達すると大半が蒸発し残りは地下水となって流れる。雪解け水が砂漠を潤し緑を育てる事は、一部の例外を除いては無い。

 その一部の例外がオアシスだ。

 稀に、地下水が地上に湧き出す事がある。その場所をオアシスと呼ぶ。

 このオアシスに獣人氏族は集落を築き、各氏族ごとに集まって暮らしている。

 だが、このオアシス。頻繁に枯れたり、湧き出すポイントがずれたりする事がある。

 そんな『オアシス枯れ』が起ると集落は滅び、氏族は集団で他のオアシスを求めて彷徨う事になる。そして、新しい手つかずのオアシスにたどり着けば再出発も可能であるが、ほとんどのオアシスには他の氏族が住んでいるのだ。

 オアシスを失った彷徨える氏族が他の氏族が住むオアシスに辿りついた時の対応は、次の三つだ。

 1・オアシスの主権を賭けた戦争を行う

 2・他のオアシスを探して、ふたたび彷徨う。

 3・氏族の主権を捨てて奴隷になる。


 ちなみに、1を選択して負けると自動的に3になる。


 さて、奴隷を得た獣人氏族は奴隷をどのように扱うだろうか?

 我がマウリスを含めた新大陸諸国家における奴隷への対応は一般的に以下のようになる。


『生かさず殺さず、労働力として酷使する』


 だが、獣人氏族の扱いは違うようだ。


 基本において、獣人氏族における奴隷は『保護民』に近い扱いとなる。

 奴隷はオアシスを支配する氏族に対する発言権やら参政権は無い。

 だが、獣人部族では『奴隷を大切にしない者は半人前』『沢山の奴隷を守るれる獣人ほど立派な獣人』と思われるらしい。

 そして、獣人達は、このルールをよく守り。より立派な獣人となるために『沢山の奴隷を得て、奴隷の生活を守ろう』と努力するようだ。


 現代地球なら『社長が社員全員を家族のように扱う』に近い感覚かもしれない。

 その言い方ならば新大陸諸国家は『超ブラック企業』だ。


「なるほど」

 私はロレル嬢の話を聞き、大きく首肯をして。 

「つまり、ロレル様は我々が『獣人氏族のように奴隷を大切にする』ならば『獣人を奴隷とするのはかまわない』と仰りたいのでございますね?」

 私の言葉にロレル嬢は笑顔を返し。

「はいニャ。ですが……」

 と、ここでロレル嬢は表情を暗くして。

「アイリス様には、私の方法では事態の解決は難しいと諭されましたニャ」

 まあ、無理もない話だ。

「私も相談されました時には困惑しましたわ。まさか、奴隷の扱いがこれほどに違うなどとは思いませんでしたから」

 アイリス夫人は頬に手のひらを添えて少し首をかしげた『困ったわのポーズ』で呟いた。

「奴隷制度をそのままに、扱いだけを変えるのは……難しくありますね」

 常識ほど変えるのが難しいものは無いだろう。

 制度とセットになった常識を、制度を変えずに常識だけを変えるには長い年月と不断の努力が必要だ。

「制度を変える方が容易ではありませんか」

「そうですございますわね」

 私の言葉にアイリス夫人も同意したが。

「奴隷制度の完全廃止をお考えと聞きましたがニャ。今のまま奴隷を解放しましたらニャ、奴隷はどうなりますかニャ?」

 ロレル嬢は『マウリス王家は保有する奴隷を、解放と言いながら捨てるのか?』と問うている。


 たしかに、良い主人の元の奴隷ほど幸福な存在はないかもしれない。

 その意味で、獣人種族は『親切で心が豊か』と言えるだろう。


「ロレル様の深い慈悲のお心には深く打たれましたが」

 私は一呼吸おいてロレル嬢の表情を読む。

 笑顔のままではあるが、細められた瞳が硬い。

「私は、ロレル様に意に添えるほどの豊かさを持たぬ者どもでございます」

「それでは奴隷はどうなりますかニャ?」

「私は完全廃止を目指します。そして解放後は各自の自由といたします所存でございます」

 もちろん、これは現時点では私的な見解だ。

 現在の王国マウリスの方針とは違う。

 だが、私は『奴隷完全禁止・奴隷解放』路線で話を進めるつもりだ。


 ロレル嬢は笑顔を消し、表情を固めて姿勢を直した。

「ケーニヒス公爵が勧めておられる新体制をご存知ですかニャ?」

「いいえ、存じておりません」

 騒動や流民の事は知っているが、スペンサー・ケーニヒス公爵がどんな政を行っているのかは知らない。

「そうなのですかニャ」

 ここでまたロレル嬢は明るい笑顔になった。

 どうやらロレル嬢は、交渉相手として私を切り捨てた様子だ。

 残念ながら、私が知っているケーニヒス公爵に関する情報は少ない。

 私の嫁ぎ先としてエッセン公爵家を選ぶ上でも、対立が予想されるケーニヒス公爵家の情報は急ぎ揃えなくては。

「ユリアナ様とのお話は、とても面白かったでですニャ」

 ロレル嬢は笑顔で呟き、私との会話が一段落付いたとのサインを出した。

 まあ、表向きは『私は世間話をしただけで、政治的な交渉はしてませんよ』と言いたいのかもしれない。

 残念な事に、今の私には政治を語るだけの情報も権限も無い。


 ところで、誤魔化しているけど『密入国の件は内密でね』って事かな?

 

獣人族の話し方を変更しました。

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