亡国の工兵中尉
グレゴリオとの話も区切りがついたので、私はメアリーアンの方に向き。
「ところで、メアリーアン。そちは軍属であったのか?」
と問う。
「えっ……お分かりになりますか? それも、異世界の知恵でございますか?」
なんでも異世界の知恵で片付くなら簡単だが……実のところ、異世界の知識だ。
メアリーアンの敬礼は、マウリスのものでなく、地球のドイツ陸軍のものに見えた。
「敬礼をしたであろう。士官がする礼に見えたのだ」
と、情報ソースを曖昧にしておく。
私の言葉を受け、メアリーアンはグレゴリオの方を向いた。グレゴリオはメアリーアンを見て、小さく頷く。
「五年前までは、セリア王国の陸軍士官でした」
セリアか。
確か、五年前に内戦があって、王政から共和制に変わった大陸中央の大国だ。
現在は、隣国のトルメク公国と戦争中。
メアリーアンが、ことさらに『セリア王国』と言ったのは、彼女は王国派の兵として内戦を戦ったからだろう。
「所属と階級は?」
「陸軍工兵中尉でした」
なるほど、工兵であったか。
それで鉱山で働いていたのだな。
「ほう。要塞や塹壕を構築しておったのか?」
「塹壕堀りばかりでした」
メアリーアンが答えると。
「塹壕とはなんだ?」
グレゴリオが質問する。
マウリスの戦史に塹壕は無い。
「戦での防御施設だ。地面に穴を掘って、そこに兵を伏せさせる」
私が答える。
「それは空掘りとは違うのですか?」
グレゴリオの問いに、今度はメアリーアンが答えた。
「似てはいますが、目的も運用も違います。銃や大砲の弾を大地を盾として防ぐのですわ」
「まてまて。銃とは、戦で使うものでは無いだろう?」
どうやら、グレゴリオは混乱しているらしい。
基本の部分で、私やメアリーアンと知識が違うのだから、仕方がないのだ。
このマウリスでは、銃とは『空気銃』の事だ。狩猟で使うものなのだ。もちろん、火砲の存在など無い。
このマウリスには火薬は無いのだ。
火薬による銃も。
火薬による大砲も。
火薬による戦争も。
火薬による歴史も、無い。
だが、大陸には、ある。
「火薬の戦場が、大陸にあるのだな」
私の問いに。
「はい」
メアリーアンは肯定した。
私は、手で顔を覆い、密かに微笑んだ。