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大砲姫  作者: 阿波座泡介
ガルムント編
59/98

毒麦事件

 コンラート城のサロンには、私とアイリス夫人に身元不明の小柄な者が残った。

 普通ならば侍女やメイドがいるはずだが、アイリス夫人が人払いをしたので、サロンには三人だけだ。

 どうやら、これから内密な話をするようだ。


「私を茶に誘ったのは、統合騎士団の相談を受けたからか?」

 私が問うと。

「いわゆる根回しでございますわ」

 いや、なんで根回しが必要なのだ?

「あと城の重鎮の方々にも話を通さなくてはいけませんから、しばらくこの件は御内密に願いますわ」

「父上は賛成すると思うのだがな?」

 私がアイリス夫人に反論すると。

「内心では賛成なるでしょうね。ですが、周囲が反対すれば、この話は流れますわ」

 アイリス夫人は笑顔のままだが、その目には熱が籠っているようだ。

「……どうも分らんな。私が知らない事情があるのか?」

アイリス夫人は私の言葉に首肯で答える。

「事の起こりは、先王乱心の事件ですわ」

 先王であるアルベルトが乱心して起こしたとされる一連の事件だ。

 乱心王アルベルトを討った事で、我が父は王に即位したのであるが。

「その即位に最後まで反対したのが先代のコーベン伯とフィリップ伯ですわ」

 両伯爵は、アルベルト王に強い忠義心を持っていたそうだ。

「なるほどな……。で、何が起こった?」

「表面上は、特に何も」

 両伯爵家に対しては公式の処罰は無かったが。

「ですが、彼らは孤立しました。そして、両伯爵の領地で毒麦が発生しました」

「内生菌か?」

「いえ……実の所は、よくわからないのです」

 麦が有毒になる事象には原因が二つある。

 一つはイネ科の毒麦草が麦に混ざる事。

 もう一つが、麦に内生菌が発生して毒素を生じる事。

 だが、この毒麦事件では、原因も被害も良く分からなかった。

「両伯爵の領地の麦に毒が混ざっていると言う噂が流れたのです」

事実、両伯爵家では相次いで馬や牛が死んだらしいが、これも原因不明であるらしい。

「単なる偶然で、ただの風評だったかもしれませんが……商人は麦の買取を拒否しました」

「それは……厳しいな」

 商人への支払いや納税は金貨で行われるので、農産物以外に貨幣獲得に道がない領主には麦の買取拒否は深刻な打撃となる。

 一般にこのような事態に対しては王家が原因の究明と対策をとったり、救済の手をさしのばるのだが……

「父上は何もしなかったのか?」

「この事件自体、表向きは無かった事になっています。アドルフ王の耳には届いていないかもしれませんし……」

「届いていても、何もできなかったか?」

 いきなり国王となった父であるアドルフ王は、就任当初は内政を大臣たちに任せていたようだった。

 大臣らが反対したら、何も出来なくなってしまうのだ。

 私に問いにアイリス夫人は、肯定も否定もしなかった。

「それで、税やら支払いはどうなった?」

「彼らは騎士の馬を売りました。私の家も十頭ほど購入しました」

「全部でどれ程まで売ったのだろうな?」

「騎士団を維持するギリギリまで売ったと聞いています」

「予備の馬は無くなってしまったのか?」

 アイリス夫人は首肯で答えた。

「厳しいな……」

 騎士が戦闘職である以上は、馬は消耗する。

 戦闘で疲弊したら素早く予備と交換しなくてはならないし、年老いたら処分する、子を孕んだら使えない。

 だが、数を増やすには金を払って他領地から買うか子馬を増やすしかない。

 どれも難しいのならば、数を増やすのは難しい。

 予備の馬がいない状態では、正規の軍役をこなすのは無理がある。

 だが、両伯爵は軍役除外の願い申し出なかったし、王家もその状況を知っていながら救済をしなかったようだ。

 つまらぬ見栄と意地で、双方が動けなくなったのだろうか。

 馬鹿馬鹿しいが、よくある話でもある。

「本来であれば我が公爵家も事態の収拾に乗り出すべきでしたが、上手く立ち回れなくて……わが身の未熟が悔やまれますわ」

 この手の問題は、一度こじれると解決が酷く困難になる。

「それから、どうなった?」

「両伯爵家の取った対応は、馬を消耗する戦闘の回避ですわ」

「なるほど」

 そんな理由でジョン伯は工兵部隊となりランキン伯は狙撃特化部隊となったのか。

「両伯爵家の馬保有数は回復しつつありますが、財政状態も悪く、定数を満たさない状態が続いているようですわ」

「バーンズ伯との統合騎士団化は、彼らにとっては願ってもない救済と言う事か」

「そうでございますわね」

 統合騎士団となれば、騎士の融通は簡単だ。定数を満たさない騎士団があっても、他の騎士団が補充すれば事は足りる。

 そして、バーンズ伯は通常騎士団二個分の騎士を保有している。

 ジョン伯とランキン伯の不足分を補っても十分に余裕がある。

 馬に余裕が出来たジョン伯・ランキン伯は、その間に馬を増やす算段をするつもりだろう。

そして、バーンズ伯は諸兵科連合部隊を手に入れ、今後に予想される戦闘の多様化に対応できる方法を得た。

「エッセン公爵家としても主力であるバーンズ伯が強化するされるならば、それは願ってもない事かな?」

「それが公爵家の務めでございますわ」

 とても模範的な回答だ。


 ところで、先に私は『伯爵は六〇騎までの騎士を養うもの』と定義した。

 なのに、バーンズ伯は百二十騎の騎士を養っている。これは矛盾ではないか?

 バーンズ伯が養う騎士全てが『正騎士』ならば、先の定義には反している。

 だが、オズボーン家の正騎士は定数通りの六〇騎。

 他の騎士は全て『予備役騎士』、つまり予備役の騎士だ。

 予備役とは、現在地球では退役した軍人を指す、在郷軍人とも呼ばれる。

 退役しても軍人としての訓練は受けた者なので、戦時の際には召集される事がある。そして予備軍を編成する。

 ちなみに、召集とは予備役を軍隊に戻す事だ。

 日本人は『召集=兵役強要』と勘違いしている事が多そうだが……

 さておき。

 マウリスにおける予備役騎士は、訓練を受けて騎士試験に合格し一定期間の騎士役をこなした騎士伯の内、正騎士団に所属していない者を指している。

 現在のマウリスでは正騎士団に属さない騎士伯は全て予備役騎士となり、彼らが属する騎士団は『予備騎士団』となる。

 ちなみに、正騎士団に属さない男爵位持ちの騎士は陪臣扱いとなるが数は少ない。また、予備騎士団の団長は基本として男爵がつく。

 さらにつけくわえると、騎士伯で正騎士団にも予備騎士団にも属さず、他に職を持つ者は『在郷騎士』または『自由騎士フリーランス』と呼ばれる。もちろん、戦時には召集対象だ。


 これは豆知識だが、マウリスにおいては陪臣や閣僚・元老院議員には正騎士は就任できない。しかし、予備役騎士は就任できる。守護騎士は正騎士ではなく予備役騎士のフリーランスであるが陪臣扱いとなる。


 さて、話をもどそう。

 アイリス夫人の話からすると、王国の中枢には、アドルフ王即位に反対した者への見せしめを今でも行おうとしている輩がいると言う事になる。

 一見すると王に対する忠義が厚いようにも思えるが。

 君主の意見を無視してまで忠義を示そうとの行為はよろしくないどころか、有害だ。反逆者と言ってもよい。自称『愛国者』とか『忠義者』に多い間違いで、普通に注意しても聞き入れなれない事や勝手に解釈されて事態を悪化させる事も多い。

 ある意味、無能者より始末が悪い。


「重臣の中に、なにやら心得え違いをしている者がいるようだな」

 私の独り言のように呟いた言葉に、アイリス夫人は特に反応をしなかった。

 この先は自分でなんとかしろ、と言う事かな。


 統合騎士団の件はこれでよいだろう。

 ヨアヒムとフランシス工房の件を話そうかと考えていたのだが……


 いや、待てよ。

 フランシス工房を取り込むつもりならば、ヨアヒムを通すよりもアイリス夫人に話をしたほうが良いのではないだろうか?

 公爵子になったばかりのヨアヒムよりも、アイリス夫人の方が事情には詳しそうだ。

 交渉にしても、私はヨアヒム相手に性的な意味で冷静に話を進める自信がない。

 だが、アイリス夫人とならば、普通に話を話をできる。

 まあ、ヨアヒムより手ごわい交渉相手であるのは確かだろうが……


 そんな事を考えていると。


「アイリス様……コチラノ方ヲゴ紹介イタダケマスカニャ?」


 身元不明の小柄な者がアイリス夫人に声をかける。


「あら、そうだわ。わたくしったらご紹介がまだでしたわね」

 華やかな笑顔で自身の失敗を詫びながら、アイリス夫人は立ち上がり小柄な者を紹介した。

「ユリアナ様にご紹介させていただきます。フロナ氏族の姫であらせられるロレル・マキナ・フロナ様です」

 と、小柄な者を紹介した後。

「ロレル様にご紹介させていただきます。マウリス王家の姫であらせらるユリアナ・エルム・マウリス様です」

 と、私を紹介した。

 外交礼に則った紹介だった。

 私は立ち上がり。

「ユリアナ・エルム・マウリスです。ロレル・マキナ・フロナ様とお会いできて光栄に存じます」

 と、外交礼をとると。

「ロレル・マキナ・フロナ デスニャ。ユリアナ・エルム・マウリス様トオ会イデキテ光栄二存ジマスニャ」

 小柄な者も立ち上がりフードを取ると外交礼を返した。

 ちゃんとした貴族教育を受けて者の対応だ。

 しかも……

 フードの下の顔は猫だった。


 獣人族キタ~!

 

やっとで獣人族の姫様登場です。

ヨアヒムのターンは、まだ先ですね。

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